インタビュー
NHK「ゲームゲノム」第1回は,「ワンダと巨像」と「人喰いの大鷲トリコ」。ゲームの奥深さや魅力を哲学的に伝える教養番組が,ついに全10回シリーズでスタート
あれから1年。全10回のシリーズ化を果たした「ゲームゲノム」が帰ってきた。
MCに本田 翼さん,ゲストに山田孝之さんで送る第1回が,2022年10月5日に放送されたのだが,記念すべきシリーズ初回のタイトルは,「ワンダと巨像」と「人喰いの大鷲トリコ」。
パイロット版(0回目)が小島監督で,シリーズ1回目が上田文人氏とは,序盤からなんというかしっくりくる。“文化としてのゲームを語り尽くす番組”の性格を決定づける序盤戦に,バッチリはまっている。
そのあとも,現在判明しているだけでも「ペルソナ5」「逆転裁判」「DARK SOULS」という豪華ラインナップが並んでいる。そのあとさらに6本が控えているわけで,しばらくは毎週水曜日の深夜が楽しみだ。
2022年10月5日から
毎週水曜日 23:00〜23:29/NHK 総合(予定)
※「NHK プラス」で同時配信・1週間見逃し配信あり
※ NHK オンデマンド配信あり
「ゲームゲノム」番組公式サイト
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「ゲームゲノム」がレギュラー番組に。第1回は「ワンダと巨像」と「人喰いの大鷲トリコ」特集,山田孝之さんと上田文人氏がゲスト出演
名作ゲームを徹底分析するNHKの番組「ゲームゲノム」がこの秋,レギュラー番組として毎週水曜夜11:00から放送されることが明らかにされた。10月5日の記念すべき第1回は「ワンダと巨像」と「人喰いの大鷲トリコ」の特集で,ゲストは,俳優の山田孝之さんと,ゲームクリエイターの上田文人氏だ。※9月12日14:40,「DEATH STRANDING」特集回の再放送の情報を追記しました。
ゲームクリエイターになりたいと思っていたわけではなくて,アートから出発した自分は,自分の作品と呼べるものを作りたかった。元々ゲームが好きだったので,そこがうまく交わって気がついたらゲームデザイナーになっていた
と番組冒頭で語った上田氏が,「ワンダと巨像」「人喰いの大鷲トリコ」で表現したことは,「孤独と生命」である。
――上田文人とJenova Chenが語る,アートと制作の苦悩,そして「ゲームを作る」ということ――イメージか,ロジックか
「ワンダと巨像」(2005年)
ゲームシステムこそICOとはまるっきり違うものの,儚くて美しいストーリーライン,幻想的なグラフィックス,ファンタジーではあるがどこかにありそうなリアルな世界観という,共通の特徴を持つ。
RPG的文脈で言うなら「普通っぽい剣」と「普通っぽい弓」しか持たない主人公ワンダが,高さ数十メートルもの巨像と戦うダイナミックで生々しい戦闘シーンが最大の特徴で,16体の巨像を一人で黙々と倒すこと以外の要素が,ほぼすべて排除されている。
人間の弱さと逞しさを,圧倒的なリアリティで描く
「ワンダと巨像」で,一人孤独に巨像に立ち向かう主人公ワンダの姿はあまりにもか弱く,従来のアクションゲームが売りとする爽快感は何一つない。それでもワンダは,苦しみながら一体,また一体と,巨像を倒していく。
そういう「人間の弱さと逞しさ」を感じ取るゲームプレイこそが,本作最大の醍醐味だ。かようなまでに孤独にこだわった理由を上田氏は
ゲームシステムから考えたら,孤独にならざるをえなかった
と語る。
NPCはどうしても人形ぽくなってしまうので,世界のリアリティさを削いでしまう。リアリティさを削いでしまう要素をどんどん省いていった結果,こういう(主人公と巨像以外存在しない)デザインになった,とのこと。
確かに,NPCに人間臭い反応をさせるアプローチも多く見かけるが,現時点ではまだ多くの場合「セリフが増えた人形」でしかない。「世界が持つリアリティ」に最大限の重きを置くロジカルな上田氏にとっては,それが阻害要因でしかないことも納得だ。
「余計な情報を減らしてプレイヤーの感情を感じやすくしてくれている」という山田孝之さんの指摘も納得だ。本作においては,自分と巨像以外の要素がほぼ何もないので,ひたすらにゲーム世界に没入でき,それゆえにリアリティが増していく。雑魚敵が一切存在しないのも,リアリティを増すための手段だ。
リアリティを突き詰めた先に宿る,命の重み
巨像を仕留める瞬間は,スローモーションで生々しくドラマティックに描かれるが,本当に命が「ぷっつりと」失われたかのように倒れていく。プレイヤーが倒したものは,命の宿らない巨像だったはずだ。なぜ敵を倒す行為に,生命を奪い取った罪悪感を覚え始めるのか。
番組中で「敵を倒したくないという感情が生まれた」と山田孝之さんも語っていたが,それはきっと,上田氏の創り上げた,巨像やストーリー,ゲーム内世界,環境音などのすべてを含めた“リアリティ”を,真正面から感じて受け止めてしまったからなのかもしれない。
同じく筆者も“リアリティ”を正面から捉えすぎてしまうので,罪悪感が強すぎて途中からツラくてプレイできなくなる。何十回とプレイしているのだが,いまだに最後までプレイできたことがない。かつて上田氏にそれをそのままぶつけてみたところ,
その感情移入や没入感こそが,結局は先ほどの「錯覚」※であったり感動であったりにつながるわけで,そこは絶対的に必要なんです。それがあるなら,ちゃんと錯覚してもらえてたんだ,成功したんだ,って思えますね。
との答えが返ってきた。
※リアリティについて上田氏は「創作物っていうのは錯覚ですよね。いかに錯覚させるかということです。ですから,(リアリティがあると感じてもらえたということは)錯覚のさせ方が上手に出来たっていうことですかね」と語っている(関連記事)
「爽快感ばかりを追い求めてしまってよいのか」と考えた結果生まれたのが,本作であると語る上田氏。つまり爽快感へのアンチテーゼとして作られたタイトルで,本田 翼さんの言う「虚無感というか,自分の行いは本当に正義なのかという,いつもと違う価値観を感じることができました」というのは,本作をとてもよく表しているひと言だと思う。
「ワンダと巨像」紹介の映像中に,米津玄師さんの「大切な人のために何かを投げ打つことが,初めて孤独を感じた十代の自分には,とても尊いことに思えました」というコメントが出たが,そういう風にポジティブに前向きに考えられない自分が,ちょっとイヤになる。自分の欲望のために罪なき巨像を倒して回ることが,どうしても許容できず,主人公ワンダと一体化したプレイヤーである自分は,もうそれ以上先に進めないのだ。
米津さんのように,孤独を乗り越えてなお信念を譲らず,世界を滅ぼしてでも大切な人のためにつき進めたならば,もしかしたら開発当初に上田氏が思い描いていた「爽快感のあるアクションゲーム」※としてどっぷりと浸れたのかもしれない。
※「ワンダという作品は,スタート当初は「ICOと違って爽快なアクションゲームを作る」という方向付けで開発が始まりました。」(関連記事)
「人喰いの大鷲トリコ」(2016年)
ちなみに1作目は「ICO」(いっこ),2作目ワンダのコードネームは「NICO」(にこ)。なので,3作目も「さんこ」の意味を持たせたネーミングがあるかもしれない……と思っていたが,そのまま「トリコ」(trico。tri=3)だった。
プレイヤーである少年と,架空の巨大生物トリコが織りなす脱出劇を描いたアドベンチャーゲームだ。生まれ育った村に帰りたい少年と,傷ついた大鷲トリコという言葉の通じない2つの生命を操作することで,普通のアクションアドベンチャーとはまるっきり違う“感情”が生まれてくる。
ゲームシステム的にはNPCでしかないトリコを,声で呼んだり身振り手振りで意思を伝えようとしたり(そしてそれこそが本作の肝だ),もどかしいながらも新鮮で,かつ色々な感情が生まれる希有な作品。3作品共通に流れる“上田ワールド”も健在だ。
初めて会った生物に複雑な感情を抱いてほしい
まず上田氏は,トリコの存在感がすべてだと語る。
トリコ自身の動きは徹底的に描画され,まるで本当にいるかのようなリアリティで迫ってくる。番組内では深く語られなかったが,トリコというキャラクターのリアリティ追求だけでも,上田氏が莫大な時間をかけていたことは想像に難くない。
そしてそのリアリティは,単に描画の美しさや動きの生々しさだけではない。トリコの場合はそれらを遙かに凌駕するレベルで「リアリティの描写」が追求されていた。
ステージ内には,鳥とか蝶とか少年とかいろいろなオブジェクトが配置されているわけですが,そのすべてに興味レベルが設定されています。鳥がLv4のときに少年がLv2だと,トリコはプレイヤーである少年のほうではなく,鳥のほうに興味が向いてしまいます。例えば主人公が大きな音を出すとそのLv2がLv6になるので,鳥ではなくこちらを向いてくれるようになります。
とのことで,周辺の情報すべてを含めて―――トリコの頭上を飛ぶ,風景にしか見えない蝶や鳥までも含めて―――「リアリティ」を追求していたのだ。知らなかった。なるほど,トリコがキョロキョロと色んなところを見るのは,そういう判定の結果だったのか。
幼少時代に,犬や猫,アヒルやウサギとかたくさんいた家庭だったため,言葉が通じないところに逆に動物の神秘性を感じていて,それが動物の魅力でもあった……と語る上田氏は,「初めて会った生物に複雑な感情を抱いてほしい」と述べた。
言葉を交わせぬ二つのキャラクターのインタラクションに関与することによって,生命に対する想像力というものを持ってほしいと願っているようだ。
ゲームプレイを通じて長い時間コミュニケーションを取ってきたから,プレイヤーはトリコに思い入れがある。トリコという動物は「人喰い」だし,明らかに恐怖を与える大きさであるにも関わらず,プレイヤーはトリコを「仲間」であると認識するわけだ。
ゲームが進むにつれて,言葉こそ通じないが意思の疎通はできるようになり,トリコという世にも恐ろしい人喰いの大鷲も尊い命であることにプレイヤーは気付き,その尊い命との接し方を学んでいくのだ。
痛いことはいやがるし,怖いものは避けるし,頭をなでれば喜ぶし,鳥に興味を引かれればこっちも向いてくれない。トリコも,か弱くて小さい動物と同じ命を持った生き物でしかないのだ。ほかのゲームジャンルでは―――いや,ほかのどの作品でも―――これは学べない。
実生活において,この動物は食べるけどこの動物は可愛がる,みたいな線引きは平然と当たり前に行われているわけで,日常的に意識することのないその“境界”がなんなのか,そういうことを考えるきっかけになってほしいと上田氏は語る。
言葉を交わせない生命体との不思議な絆は,さまざまな困難に立ち向かうことでより強くなっていくわけだが,物語の終盤,トリコがゲームルールを一変させるイベントが発生する。番組中にも出てくるが,ゲーム史に残る名シーンと評され,本田さんも山田さんもちょっと涙ぐんでいた。動物好きの筆者も,あれは観るだけで泣ける。山田孝之さん言うところの「友情が恐怖を上回った瞬間」を,とても素敵かつダイナミックで力強い表現で描いてあるシーンだ。
そのシーン,実はコンピュータゲームとして考えると相当にセンセーショナルなシーンなのだ。それまでずっとプレイヤーが「ゲームのルール」であり「埋め込まれた不変のゲームシステム」であろうと思っていたものが,あっさりと破られる。しかも自分の相棒であるNPCの手によって。
それに関して上田氏は,
ビデオゲームにはゲームルールがある。それは絶対的なもので,プレイヤーはそれを守りながらプレイする。でもNPCであるトリコならそれを破れるのではないか。そう思ったんです。
と語っていたのだが,ここでハタと気が付いた。そういえば氏の作品は,いつもNPCが重要な位置を占めている。ICOにおける少女ヨルダ,ワンダにおける愛馬アグロ(ワンダの場合はドルミンのほうが重要なNPCか),そしてトリコにおける,人喰いの大鷲であるトリコ。
上田文人というゲームデザイナーは「ゲーム」を作っていないのでは?
ゲームというものは,ゲームデザイナーがデザインしたものをプレイヤーが学習して適応して,ステージなりシーンなりを克服することで進んでいくわけだが,トリコの場合は最後にそのルールを破ったのは,ゲームデザイナー自身だった。
いやもしかしたら,ICOのラストも,ワンダのラストも,ゲームデザイナーがその「ルール」を破ったがゆえの結論なのかもしれない。
そう考えると,番組冒頭で氏が「自分の作品と呼べるものを作りたかった」と語っていたことが,すっきりと納得できた。上田文人というゲームデザイナーは,ゲームというエンターテイメントを作っているのではなくて,“作品”を作っているのかもしれない。※
※「何かわだかまりだったり,少しキズが残るような“閉じ方”にして,「ゲームはクリアして本編は終わってしまったけどこの作品を忘れないでね」と伝わるような作品にしたい気持ちが強いです。」(関連記事)
幸いにも筆者は,いままで何度か上田氏にインタビューする機会をもらっているが,「この人はなんだかんだ言ってもアーティストなのかもしれない」と長らく思っていた。いや筆者だけではなくて,業界関係者は多くはそう思っているに違いない。
でもこの番組で,ようやく理解が一歩進んだ気がする。この人は,もしかしたら「作家」なのではないだろうか。
アートとは主観的なものであり,基本的に正解がない。見た人の解釈で,その価値はいかようにも変わる。
しかし「作品」はおそらく,作家の中での正解がすでにある。それが小説であれゲームであれ「あなたが自由に理解してください」と言ってはくれるが,作者として「感じてほしいこと」「体験してほしいこと」が,確かにあるのだ。
「ハムレット」を100人が読めば「100人のハムレット像」が生まれると思うが,シェイクスピアの中にはきっと「一人のハムレット」しかいない。
そして我々は「人喰いの大鷲トリコ」という冒険活劇で,上田文人というゲームデザイナーによって,感情の起伏まで含めて,思った方へと巧みに誘導されているのかもしれない。最後はビデオゲームのルールを改変されてまで。
そもそも上田氏は,作り上げている作品のイメージとは丸っきり違うのだが,非常にロジカルな人だ。ゲームルールも,デザインも,内容も,世界観も,木の位置も階段の高さも,すべてロジカルに考えて決める。
言葉どおりゲームの「デザイナー(設計者)」なわけだが,その“設計図”の端々に,いままでに彼が見聞きしてきたものや,それを元にした体験や感動を,ゲームで感じられるように,こっそりとかつ大胆に仕込んである※。そしてそれらは,氏が言うところの「少し残るようなキズ」となって,我々プレイヤーの心に深く残る。
※「僕が幼いころに観て感動した映画なんかを思い出して,それと同じような体験や感動をゲームで感じてほしい,みたいなところがあります。」(関連記事)
ゲームプレイの中で少しずつ取り込まれていくストーリーであったり感情みたいなものを大事にしたい。その体験が終わったあとで,なんとなくその世界が地球上のどこかにあるとか,宇宙のどこかにあるとか,そういう風に存在していてそこに思いを馳せれるような,そういう体験を提供したい。
番組の最後で上田氏はそう語っていたが,彼の作品をプレイした人なら,彼の作品が好きな人なら,その圧倒的なリアリティで作り込まれた世界と,そこに住む住人達のことはずっと心に残っているはずだ。
“作家・上田文人”が創り上げた作品は,そのすべてに彼の思想が込められている。その思想を「ゲノム」として受け取った我々プレイヤーは,その情報をさまざまに解釈できるわけで,自分の思想や信条,場合によっては人生の選択さえも,それらの体験が元になっているのかもしれない。
ゲームをカルチャーとして捉えるならば,こんなに料理のしがいがある作品はまさに好例。ゲームは「ただの時間潰し」なんかでは,決してないのだ。
そんなことを,改めて気付かせてくれた30分だった。
祝・ゲームゲノムシリーズ化
さて,ついに「ゲームゲノム」がシリーズ化されたことは,いちプレイヤーとしても,ゲーム業界の末席に身を置く者としても,大変に嬉しい。
ゲームプレイの時間は要らないからインタビューに当ててほしいとか,特定企業の製品を宣伝するような番組をNHKが作ってよいのだろうかとか,当初はあれこれ考えていたが,実際の番組を観て納得した。
「そこまでコンピュータゲームに強い興味がない人」にも(にこそ)観てほしいのだから,大まかな作品紹介はあったほうがよいし,ゲーマー視点で考えても全部の作品を遊んでいるわけではないので,作品紹介をしてもらえるのは大変にありがたい。
ゲームを作品として取り上げること,そして題材となるゲームをまったく知らない人でも楽しんでいただける番組です。
とは,本番組を作り出したNHK平元ディレクターの言だが,まさにこの通りの作りになっているのだ。
しかし0回目の小島監督のときにも思ったのだが,このシリーズのただ一つ大いに残念な点が「時間が短すぎる」ということだ。これほどのクリエイターがしゃべってくれるのに,議論が深みに達する前に次の話題に移行せざるを得なくなるのが,大変もどかしい。
もしこの10回が好評を博して迎えられた暁には,ぜひとも1時間枠にして再度シリーズ化してほしい。同じ人が出てきたとしても,論じるポイントは無限にあるわけで,語り尽くす心配はきっとない。たぶん視聴者の皆さんも,同じことを考えているだろう。
友達と「スマブラ」で喧嘩して,同じ友達と「スマブラ」で仲直りする。「FFX」に感動して泣くといったように,我々ゲーマーの中には,ゲームの体験を通して培われてきた価値観や思想があるんじゃないか……とは平元ディレクターの言葉だが,NHKがゲームを作品,文化,哲学として深掘りして,教養番組として取り上げるという意義は大変に大きく,ゲーム業界としても「大いなる一歩」の足がかりになるかもしれない,とさえ思う。
まずはこの10回シリーズが順調に進んで好評を博することに期待しつつ(そこは間違いないだろう),あわよくばその後の展開にも期待したい。
「ゲームゲノム」番組公式サイト
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