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[CEDEC 2019]SIEが振り返る「PlayStation VR」3年間の軌跡
Oculus VRの「Rift」,HTCの「Vive」,そしてSCE(当時)の「PlayStation VR」(以下,PSVR)が発売され,2016年はVRに沸いた年だった。そこから3年が経ち,いろんな意味でブームが落ち着いた感があるが,2019年は次世代PlayStationの登場予告が行われており,次世代PSVRへの期待も高まるこのタイミングで,ソニー・インタラクティブエンタテインメント 東京グローバルデベロッパテクノロジー部次長の秋山賢成氏が,CEDECで現行PSVRについて語る「PlayStationVR の振り返り」というセッションを行った。
北米市場から見えるPSVRユーザーの傾向とは?
秋山氏によると,2018年12月13日時点でPlayStation 4(以下,PS4)/PS4 Proは合わせて世界累計9160万台を販売しており(※2019年7月30日時点で1億台突破と発表されている),同様に2019年3月3日時点でPSVRは実売数が420万台を超えているとのこと。単純な割り算ではPS4ユーザー(PS4 Proユーザー含む,以下同)の約20人に1人はPSVRを所有している計算になる。別売りの高価なゲーム機器周辺機器としてはなかなかの大ヒット作といえよう。なお,PSVR向けにリリースされたコンテンツ総数は現在までに世界累計で約500タイトル程度だという。
秋山氏はここで「データで見るPSVRプラットフォーム」ともいうべき,興味深いPSVRユーザーにまつわる傾向を紹介した。
以下のランキング表は2018年の北米市場におけるPSVRタイトルの販売/ダウンロードランキングのトップ10になる。表があまりにも多かったので2018年の累計と2019年の最新集計のみを下に示す。
データの出典はSIEの公式ブログだそうで,これらを分析していくと北米ユーザーには以下のような傾向があることが見えてくるとのこと。
- モーションコントローラPlayStation Moveを活用したタイトルの人気が高い
- 人気上位タイトルは長期間にわたって人気を維持する傾向が強い
- 一人称シューティング(FPS)の人気が根強い
たしかに,PSVRに限らず,VRコンテンツは「当たり外れが激しい」という印象があるので,「人気の定番タイトル」に流れる心境は分かる気がする。FPSタイプのゲームが人気なのも納得だ。
ここまでを踏まえ,続いて秋山氏は日本も含めた世界市場全体の傾向についての分析に移った。
まずはPSVRユーザーの購入確率(アタッチレート)についてだ。アタッチレートが高いのは,およそ以下のようなものになるという。
- 無料コンテンツ
- 過去のPSプラットフォーム向けにリリースされたゲームのPSVR対応版
- ノンゲームコンテンツ,とくに動画コンテンツ
安くはないPSVRを購入して,できるだけ多くのコンテンツを楽しもうと思えば無料コンテンツを当たるのは自然なことかもしれない。
「過去のPSプラットフォーム向けに提供されたゲームのPSVR対応版」とは,「Rez Infinite」などのヒット作をまず思い浮かべてしまうが,それ以外に「サイバーダンガンロンパVR 学級裁判」のような人気タイトルの無料のVRデモなどもこれに当てはまるのかもしれない。なお,秋山氏は販売データなどについては実名タイトルを見せていたが,傾向の分析において言及する場合には明確なタイトル名は伏せていたので,ここでは筆者の推測でタイトルを補足している。
さらに,累計プレイ(体験)時間(秋山氏は「累計セッション時間」と呼称)の長いタイトルについての傾向についても言及する。
- VR入門的なタイトルの人気が高い
- シナリオがあるコンテンツの人気が高い
- ユーザー間コミュニケーションが濃厚なタイトルが長く遊ばれる傾向が強い
おそらく「人気の入門タイトル」とは,PSVRのデモソフト的な「PlayStation VR WORLDS」や,あらゆるVRプラットフォームにリリースされている「Job Simulator」などが該当するとみられる。
秋山氏も「意外に」と前置きして述べていたのは,短いさらっとしたコンテンツよりもストーリー性が濃厚な方が好まれる傾向があるという点だ。つまり,短いコンテンツが繰り返し遊ばれる傾向は希薄で,ストーリー性の高いコンテンツは物語の結末までプレイされる傾向が強いということを表している。
そして,1ユーザーがどのコンテンツを長くプレイするかという傾向(秋山氏は「アカウント単位の累計セッション時間」と呼称)については以下のようにまとめていた。
- プレイヤー間コミュニケーションが濃厚なタイトルの人気が高い
- プレイヤーごとに役割が与えられ,それを楽しむタイプのコンテンツに人気がある
- 1つのタイトルを気に入って繰り返し長くプレイする傾向が見られる
- この分析手法では意外なことにFPSは上位にない
前出の分析にも登場した人気の「プレイヤー間コミュニケーションが濃厚なタイトル」とはアメリカのVRゲームスタジオAgainst Gravityが開発した「Rec Room」だろうか。このタイトルは「プレイヤーごとに役割が与えられ,それを楽しむ」という部分にも適合する。
「FPSがこの分析では上位にいない」というのは,FPSは購入されやすい人気ジャンルではあるが,長時間プレイする人は少ないという傾向にあることが分かる。FPS大人気の世界市場であっても「VR酔い」「VR疲労」とは無縁ではないのかもしれない。
日本市場から見えるPSVRユーザーの傾向とは?
日本市場の「アタッチレート」「累計セッション時間」「アカウント単位の累計セッション時間」についても秋山氏は分析を披露。こちらもおそらくこのあたりの情報をもとにしての分析だと思われる。
アタッチレートの分析について秋山氏はこうまとめている。
- 北米と比べて動画コンテンツが強い
- ノンゲームコンテンツの人気が高い
- ゲームについてはフルボリューム型が人気
北米市場分析のところにも出てきている「ノンゲームコンテンツ」とは,とくにゴールが設けられていないインタラクティブVRコンテンツのことを指す。このノンゲームコンテンツの中で,単なる動画再生に特化したものについては「動画コンテンツ」として分類しているようだ。
その動画コンテンツでとくに人気が高いのは人気アニメのVRコンテンツだとのこと。実に日本らしい傾向だといえる。
日本の市場で人気が高い「フルボリューム型」VRゲームというのは,おそらく「バイオハザード7 レジデント イービル」のような全編VRでプレイできるようなタイトルを指しているのだと思われる。
続いて,累計セッション時間の多いコンテンツについての分析は以下のようにまとめていた。
- 動画コンテンツが圧倒的
- ノンゲームコンテンツはアクション性が低いものが人気
- ゲームコンテンツはPSプラットフォームで既発コンテンツのVR版が人気
人気のVRゲームは,北米市場と同じ「PSプラットフォーム既発コンテンツのVR版」が好まれる傾向にあるという認識でよいようだ。ただ,日本のPSVRユーザーは離脱率が高い傾向もあるようで,新作VRゲームを追い求める特徴があるという分析も行っていた。
そして割合としては日本のPSVRユーザーは,全体的にゲームよりはノンゲームコンテンツと動画コンテンツの体験に積極性が高い傾向もあるとのことである。もう少し具体的にいえば,日本のPSVRユーザーは「のんびりと楽しめるVRが好き」ということだろうか。
そして「アカウント単位の累計セッション時間」の傾向は以下のように報告されている。
- RPG要素の強いコンテンツが圧倒的に人気が高い
- 長考を要するような戦略的な駆け引きが生じるゲームも上位に来る傾向
- 動画コンテンツが人気
「RPG要素の強いタイトル」というと「The Elder Scrolls V: Skyrim VR」あたりだろうか。「長考を要するような戦略ゲーム」というと「V!勇者のくせになまいきだR」だろうか。長考してるとすぐゲームオーバーになってしまう気もするが。「SUPERHOT PS VR」や「みんなのGOLF VR」などもある種戦略的なゲームなのでここに含まれるのかもしれない。
そして「動画コンテンツの人気ぶり」については秋山氏は「日本市場のPSVRユーザーはトップセールス,トップダウンロードの上位にこない動画タイトルを好んで体験しているようだ」という興味深い傾向について言及していた。要するに日本のPSVRユーザーは「みんなに大人気」というタイトルではなく,「自分好みのマニアックなタイトル」を思い思いに選んで楽しんでいるということだろう。ある意味,玄人志向が強いともいえる。
PSVRコンテンツ開発に際する注意点
続いて,秋山氏はPSVRコンテンツ開発においてしばしば発生するトラブルの紹介を行った。
VRコンテンツの制作は,従来のゲーム開発とは異なった部分に気を付けて開発する必要があり,単純に開発したゲームを「VR-HMDに対応させて終わり」ということにはならないというのだ。
秋山氏はその代表的な事例を3つほど紹介した。
1つは「VR酔い」だ。SIEとしては,動きの激しいタイトルについては「酔いの危険性がある」ことの警告メッセージの表示を行ったり,あるいは「酔いやすい人」に向けた「酔いにくいプレイモード」の提供などを奨励しているそうだ。
2つめは「立ってプレイするVRにおける危険性」ついてだ。
SIEでは,PSVRゲームは基本的には椅子に座ってプレイするスタイルのコンテンツを基本としているとのことである。しかし,一部の没入感を重視したVRゲームでは,立ってある程度動き回ってプレイすることを想定した設計になっているものもあり,そうしたタイトルでは室内の家具などの調度品に身体をぶつけてしまう危険性が出てくる。そこで,SIEでは,PSVRの位置トラッキングを行うPS Cameraの正面から大きくずれた場合には,その旨を告げる警告メッセージの表示を強く求めているそうである。
3つめは,直視型のテレビでプレイするゲームでは起こりえない,VRゲームならではの注意ポイントで,「メニューなどのユーザーインタフェース(UI)画面をどこに表示するか」という問題だ。
VRゲームはゲーム映像が立体映像として表示されているため,UI画面を「遠近のどこに表示すればいいのか」「プレイヤーの視界全体を覆ってしまっていいのか」といった問題が発生するのだ。
倒すべき敵が2m先にいて,戦っている最中に武器やアイテムを切り換えるUI画面が,目前の50cmに表示されてしまったら遊びづらい。また,このUI画面が右を向いても左を向いても画面全体や画面中央について回ったら,場合によっては酔ってしまうこともあるかもしれない。
実際,この「UI画面をどこにどう表示するか」問題はVRゲーム開発においては定番の議題で,「手に持っている銃火器などの近辺に表示する」「レーザーサイトのような照準器と3Dオブジェクトの交差点付近に表示する」「VR世界に存在するオブジェクト,たとえばディスプレイ機器や看板といった形で表示する」といったパターンが模範事例として紹介されることが多い。
今回の秋山氏のセッションでは,時間的な都合もあって,そうした具体的な対策事例については言及されなかったが,「SIEでは,VRゲームごとにそうしたUI画面の設計方針についてのコンサルティングなどを行っているので,ぜひご相談ください」と告知を行っていた。
PSVRコンテンツのパフォーマンスをどのようにして最適化すればいいのか
秋山氏は,PSVRコンテンツの開発の際における注意点も紹介していた。
1つは「リプロジェクションについて」だ。
リプロジェクションとは,VRコンテンツ側のフレームレートが低下したときに,前フレームの映像を,その時点でのVRHMDの向きや位置に辻褄が合うように加工して応急処置的に表示する仕組みのことである。
プレイヤーが被ったVRHMDの動きがとくに速いときに,VRコンテンツのフレームレートは下がりやすい傾向にあるため,VR向けのグラフィックス描画には欠かせない技術となっている。詳細についてはCEDEC 2015のSCEジャパンスタジオの横川 裕氏が行ったセッション「The PlayRoomエンジンをVR化する:Project Morpheusを導入するための手引き」のレポートに詳しいので知らなかった人はそちらを参照してほしい。
VRコンテンツ開発技術用語では「非同期タイムワープ処理」と呼ばれることもあるこのテクニックは,間違った実装になっている開発事例や,そもそもリプロジェクション処理ではどうにもならないほどフレームレートが安定していないケースもあったのだという。
まさに,こうした問題に直面したときには,秋山氏率いる技術サポートチームに相談してほしいということなのだ。
秋山氏は,実際に行われたよくあるコンサルティング事例を紹介した。
フレームレートを向上させる基本テクニックとしては,ゲームエンジンを使ってVRコンテンツを開発している場合には,「Instanced Stereo Rendering」や「Multi-View Rendering」を有効化するとよいとのことである。
Instanced Stereo Renderingとは,左右の目でそれぞれに描画すべき各オブジェクトを,「左右の目それぞれのパラメータ違い」で描画するように描画コールを1つにまとめて実装するテクニックだ。もともと「パラメータ違いの同一複数オブジェクトの一括描画」テクニックのためにGPUに実装された「Instanced Rendering」をVR向け(というか立体視映像描画向け)に応用したものになる。
Multi-View Renderingは,ジオメトリシェーダを使った「1つのレンダリングパスで複数の視点分の描画を行うことを可能にする機能」になる。ジオメトリシェーダはDirectX 10世代以降,OpenGL ES 3.2以降のGPUに実装された機能で,最近ではARMのMaliシリーズなど,携帯機器向けのGPUにも搭載されるようになった。
Unreal Engine 4では「Instanced Stereo Rendering」と「Multi-View Rendering」の両方が利用できるので,秋山氏も「積極活用したほうがいいです」と述べていた。ちなみに,筆者からの補足だが,これらの機能はPSVRだけでなく,最近では前述したように携帯機器向けのGPUでも利用できるようになっているので覚えておくといいだろう。
また,実装難度は高くなるが,視界中央を高解像度に描画し,視界外周をやや低解像度に描画する「Foveated Rendering」の実装もフレームレート維持には大きな効果があるとのことである。
無駄な描画(Overdraw)を徹底的に排除していくことも重要だと,秋山氏。
秋山氏によれば,最終的な描画には残らない「不可視となるオブジェクト」を大量に描画していた事例や,透明テクセルと不透明テクセルを組み合わせたテクスチャが適用されたポリゴンのαテスト(≒型抜き処理)でGPU負荷が高くなっている事例があったとのこと。
一見,山に見えるが |
実は内部や裏側なども描かれていた |
葉っぱなどは「葉のテクスチャ」が貼られたポリゴンでできている。このテクスチャにおいて,葉の実体部分以外はすべて透明テクセルが敷き詰められているので,このポリゴンを描画するときには,この葉テクスチャを読み出し,葉の実体部分(不透明)か透明テクセル部分かを判定するαテストを行わなければならない。
苦労してαテストを行って描画した葉も,手前の葉が描画されたことで隠れてしまったら,奥の葉の描画は無意味なモノとなる。
こうした事例では,描画不要なポリゴンを捨てる早期カリングの実装や,あるいはピクセル破棄が効率的に行われる深度バッファを先出しテクニック(Zプリパスレンダリング)を採用するのも手かもしれないとのこと。
また,「特定の処理要素の更新頻度をあえて低下させるのも有効だろう」とも付け加えていた。
たとえば,物理シミュレーションは30fps相当の更新頻度でも問題なく,キャラクターの行動方針を決定するAI処理は5fps相当でも問題ないかもしれない。影生成のためにテクスチャに描画するシャドウマップは,光源やシーン内のオブジェクトが動かない限りは描画し直す必要がない。何でもかんでも60fps,あるいはそれ以上の90fps,120fpsといったVR向けのハイフレームレートで更新する必要はないので,ゲームの進行に見合う更新レートで処理すればVRグラフィックスのフレームレートの向上ができるかもしれませんよと秋山氏は言っているわけだ。
SIEは,PS4向けゲーム開発のライセンスを受けたライセンシー企業/団体に向けてCPU/GPUの処理時間を解析できるプロファイリングツール「Razor Profiler」を提供しており,こうしたツールを活用して,開発初期から計画的に早期からCPU処理,GPU処理におけるボトルネックを排除していくことも重要であると述べていた。これは,ゲーム完成間近になってからの最適化では,問題の根が深すぎて対処しづらいこともあるためだ。
VRコンテンツの開発では,どういったトラブルが起こりえるのか,これを事前に理解しておくことも重要である,と秋山氏は語る。これについては,PSVRライセンシー向けに提供される「VRコンテンツ開発時に遭遇する定番の問題症状をPSVRで体験できる技術デモ」がうってつけだという。
このデモの様子を秋山氏は動画で紹介した。VRコンテンツ開発時のトラブル症状を,PSVRを被って実体験できるだけでなく,そのトラブル症状のオン/オフすらも体験できるのが興味深かった。また,「この症状は何が原因でしょう」といったクイズもあったりして,説明を聞く限り,かなり楽しそうなVRコンテンツに見えた。
内容が内容だけに一般人向けのコンテンツではないとは思うが,CEDECのような開発者向けイベントで限定公開してほしいと思ってしまった。
- 関連タイトル:
PlayStation VR本体
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