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[CEDEC 2014]「百見は一体験に如かず」,SCE吉田修平氏が熱く語ったProject Morpheusが拓くVRの未来
講演の最初に,吉田氏はOculus VRのRiftやMorpheusのデモを体験したことがある人の挙手を求めたのだが,会場にいる大半の人が手を挙げたことに驚いた様子だった。さすがゲーム業界というところだろうか。どちらかといえば,VR体験をしたことがない人を対象にした内容を練っていたという吉田氏だが,VRの歴史やコンテンツ制作の注意点など,開発者向けのノウハウについても紹介していた。そのあたりを中心に紹介してみたい。
続いて,GDCやE3,gamescomでMorpheusを公開したときの模様や,実際に体験したメディアによる記事などが紹介され,いずれも熱い反応が得られたことから,VRの可能性について,いっそうの確信を深めているようだ。
なぜ今バーチャルリアリティなのか
講演の前半では,VRの歴史が紹介された。あまり紹介される機会のない話なので少し触れておこう。
世界で最初に実現されたVRは,Morton L. Heilig氏による「Sensorama」という装置だった。1960年代のことで,ビルの屋上などにアトラクションとして設置されていたものだったという。
立体映像でニューヨーク市内をバイクで走る様子が体験でき,ハンドルからは振動が伝わり,前方からは風,そしてオイルの匂いまで伝わってくるという五感に訴えた展示物だったらしい。米国特許文書によると,映像はいわゆるサイドバイサイド記録で,プリズムで左右に分離して両眼に映し出す方式となっている。設置型の装置を覗き込む感じで使用するので,HMDではないのだが,表示部分は現在のHMDとかなり似た感じではある。ちなみに,Heilig氏は別途,HMDでの特許も取得しているようだ。
「Sensorama」特許文書(クリックするとpdfファイルが開きます)
そのほか,天井から吊り下げた2台のCRTによるHMDの実装や,セガのR360のような大型体感ゲーム機の登場など,さまざまなアプローチでVR開発が進んできた。一般への認知としては,映画の「バーチャルウォーズ」あたりでVRという言葉がかなり一般化してきたという。とはいえ,VRは基本的に高価な機材を使った専門的な分野でのみ使われていた。
ここにきて,RiftやMorpheusなどが一気に話題をさらうようになったのはなぜか。これについて吉田氏は,
- スマートフォンの爆発的な普及
- コンピュータグラフィックス性能の飛躍的向上
- リアルタイム3Dグラフィックスを使った高度な開発ツール
の3点を挙げていた。つまり,爆発的な普及を見せるスマートフォンの構成機材とHMDの構成機材には共通するものが多く,高精度な6軸センサーや高解像度液晶パネルなどが安価に調達できるようになったこと,かなり現実的な画質でのリアルタイムレンダリングが可能になってきたこと,そしてHMD対応コンテンツが開発可能なゲームエンジンなどを誰でも手にできるようになってきたことが大きな要因となっているのだ。
没入感を超える体験「プレゼンス」を実現するための6項目
次に吉田氏が挙げたテーマは「プレゼンス」(Sense of Presence)だった。存在感とでも訳すべき言葉なのだが,VRで使われる場合は,実在するかのような存在感・臨場感を表すときに使われる。これは「没入感」を超えた体験で,自分が別の世界にいると信じ込んでしまうくらいだと吉田氏は説明した。単なる没入感であれば,小説などでも可能だが,プレゼンスというのはVRでのみ体験できるものだという。
実際問題としては,身体が信じ込んでしまうからいろいろ問題も出てくるのだが,それはまた別の話。まずは,いかにしてプレゼンスを確立するかが焦点となる。
このプレゼンスは,きわめて壊れやすいものだと吉田氏は述べる。映像に違和感があると,プレゼンスは得られない。そこで,できるだけ違和感を感じさせないようにするためにSCEが心掛けているという6項目が紹介された。それが,「Sight」,「Sound」,「Tracking」,「Control」,「Ease of Use」,そして「Content」だ。
まず,「Sight」は表示デバイスそのものだ。スライドではソニーが開発してきたHMDや双眼鏡型立体視カメラなどが示され,そういったデバイスを開発してきた部署やデジカメなどを扱う部隊とも協力してMorpheusを開発してきたのだと吉田氏は語った。とくに液晶にはかなり開口率の高いものを使い,画素が目立たないよう配慮しているという。
「Sound」は,主に立体音響のことを指している。VR環境ではBGM以外に環境音など,立体音響が重要な意味を持つ。
「Tracking」は,主にヘッドトラッキング,つまり頭の動きに追従して視界が動くことや,人体の動きを認識するということだ。
Morpheusは,6軸センサー以外にPlayStation CameraでHMDの位置や向きを検出しているが,ヘッドバンドの後ろにも位置検出用のLEDが仕込まれており,振り向いてもトラッキングが途切れないことを強調していた。
これはRift DK2のセンサーが前面と側面だけで,背面はオプションであることを意識しているのかもしれないが,VRを推進する者同士ということでOculus VRとは仲よくやっているようだ。
「Control」は,PS Moveを使ったVR空間へのインタラクション技術を意味する。「リアルなVR空間を前にすると,どうしても手で触りたくなる」(吉田氏)というのは事実で,とくにRiftやMorpheusのような広視野角のHMDによる臨場感のあるVR映像では,本当につい手が出てしまうものだ。その「手」の動きをトラッキングできるPS Moveは,VR空間に最適なデバイスだと吉田氏は語る。PlayStation 4のコントローラであるDUALSHOCK 4にも位置検出用のLEDがついており,同様の体験が可能だ。
「Ease of Use」は使いやすさのことだが,プレイヤーに優しい設計といった意味もある。Morpheusはまだ試作段階だが,そのあたりにも留意して作られているという。まず,装着法として,長く使っていても疲れないように,HMD部の重さは頭で支え,本体をぶら下げるバイザー方式が採用されている。バイザー方式なので,スクリーン部分を前後に自由に動かして位置調節ができ,メガネをかけていても問題なく装着できる。
そして,「Content」は優れたコンテンツを制作するためのSDK(ソフトウェア開発キット)などを提供していくことを意味している。SCEが開発するSDK以外にも,数多くのゲームエンジンやオーサリングツール,ミドルウェアのメーカーがすでにMorpheusへの対応を表明しているという。
VRコンテンツ作成上のノウハウ
続いて,Morpheus本体の紹介に続き,VRコンテンツ作成上のノウハウが紹介された。とはいっても,プログラムでのノウハウといった技術的な話ではなく,ゲームデザインのレベルでどのようにすべきかといった問題だ。
VRコンテンツは,テーマパークのアトラクションを作るようなもので,普通のゲームとは考え方を変える必要があるという。例えば,既存のゲームをそのまま立体視化して,「Morpheus対応です」と称しても,まず間違いなく失敗するだろう。VR対応HMDの画面は,テレビ画面の延長ではなく,プレイヤーの両眼の延長であり,そこを履き違えると非常に違和感のあるコンテンツが生まれてくるだけとなる。
これまでのゲームで使ったモデリングデータなどはそのまま使えるものの,ゲームデザインは一から作り直す必要があり,できればVR専用に作るのが望ましいと吉田氏は語る。
アセットもVR専用のほうがよいのかと疑問を持つ人がいるかもしれないが,実際,平面視だとばれなくても,立体視だとポリゴンの少なさがすぐに分かったり,パーティクルが平面の板にしか見えなかったりとごまかしが効かない局面は多い。十文字に組んだ板にテクスチャを張れば木に見えるなどということは,立体視ではありえない。最初からVRを前提に作るに越したことはない。
注意点の2番めとして挙げられたのは,フレームレートを60fpsに保つことだ。Riftでは75fps対応かつ低遅延パイプラインを導入するなど,「シミュレータ酔いをさせない」ようにすることが最も大切だとしており,その点で両社の意見は一致している。「60fpsをキープできないなら,出すべきではない」と吉田氏は述べる。
「必ずポジショントラッキングをする」というのは,常に頭の動きに視界を追従させるようにしなさいという意味だ。たとえゲームを一時停止してUIで選択画面などを出すときでも,視点の移動などを妨げるべきではないと吉田氏は主張した。UIはバーチャル画面などで,ゲーム内オブジェクトのように扱うべきだという。これはゲーム世界から「醒めないようにする」ために有効であるのと,シミュレータ酔いを避けるためだ。
この“ヘッドトラッキングしないことによるシミュレータ酔い”のあたりは,ちょっとピンとこない人もいるのではないだろうか。これはVR対応のHMDを体験しないと分からないたぐいの問題であり,ちゃんと作ってあるコンテンツしか知らない人にも理解しづらいだろう。そうでないコンテンツを試したときの不快感を味わえば即座に分かるので,これについてはアンチパターン集を作って配布したほうが啓蒙になるような気がする。
3D酔いについては再度注意が喚起させられており,VRだからといって,現実では無理そうなもの凄いローラーコースターを作ったりしてはいけないと吉田氏は語る。実際に乗って酔いそうなものはVRでも酔う。というか,体感がなくて,視界だけ変化するのでいっそう酔いやすいと思っておいたほうがいい。
体感との違和感でいうと,移動時の加速にも注意が必要だ。VR空間での移動にはかなり注意が必要で,大きな加速や減速は3D酔いを招きやすい。SCEでは,基本的に,加速,減速はゆっくり行い,速度変化を抑えるようにしているという。
E3でSCEが発表した「Street Luge」(関連記事)は,路面スレスレを滑走するゲームだが,当初は自動車に衝突したときに急停止しており,かなり体感的に不快感があったという。そこで,すり抜けをOKにして,すり抜けたときに多少速度が落ちるくらいの処理にしてあるとのこと。
スライドに書かれている「右スティック問題」について言及はなかったのだが,通常のゲームのように右スティックで視点切り替えをしてると,VRゲームでは大変なことになるのは間違いない。視界内での照準位置の移動など,別の用途に使うべきだろう。
多くのゲームで使われているカットシーンについては,プレイヤーの操作を離れて映像が展開されるため,作り直すことが推奨されている。最悪,バーチャルスクリーンに映し出す形で逃げるのがよいのではないかとされていたが,ゲームとシームレスに展開するのがカットシーンの良いところだろうし,バーチャルスクリーンが出現しては辻褄が合わない気もする。
視点制御がプレイヤー側なら,プレイヤーの前でカットシーンのアクションが展開されても問題はない。プレイヤーの目の前でイベントシーンが展開される「ハーフライフ2」のような実装が望ましいと吉田氏は語っていた。
プレイヤーの体感とVRを一致させるという意味では,プレイヤーの姿勢とゲーム内の姿勢を合わせることが有効だそうだ。体感との違和感を少なくし,臨場感を高められそうなので,確かに効果がありそうだ。
また,PS Moveを使えばプレイヤーの手の動きをトラッキングできるので,画面内に身体の一部を表示することが推奨されている。身体の一部が表示されていることで,VR世界内でのプレゼンスが違ってくる。
gamescomに出展されていた「War Thunder」というゲームでは,プレイに操縦桿型のコントローラを使用するのだが,ゲームのコックピット内を見下ろせば,実際の手と同じ状態で操縦桿を握った手が表示されており,抜群の臨場感を味わえるという。
同様にコックピットなど,身体の近くにあるオブジェクト(もしくは,身体の動きに追随する近くの物体)が表示されていることで,安心してVR体験ができるのだという。「THE DEEP」のデモでのケージなどは,よい効果を出しているそうだ。
そのほか,ゲーム内のスケールが現実世界と違うと違和感が発生するので,なるべく合わせるほうがよいことや,3Dオーディオはプレゼンスを高めるのに非常に効果的なことなどが語られた。
ヘッドトラッキングでキャラクターの位置を正確に判定できるので,キャラクターの視線を合わせることなどに効果的だという。このあたりは,なんとなく先日発表されたバンダイナムコゲームスによる「サマーレッスン」(関連記事)を意識したものではないかと思われる。
また,通常のゲームだと,一生懸命作り込んだシーンでも素通りされがちなのだが,VRの場合,プレイヤーがじっくり見て回る傾向があるという。そういう場所では物理システムを使ったインタラクティブな仕掛けなどが有効で,楽しめるコンテンツになる。また,キャラクターの歩く速度を現実の歩行速度に合わせることも効果的だという。
VRコンテンツについては,座って体験するものは安全だが,立って動き回るようなものはちょっと危険なこともある。目の前をふさがれて外界が見えず,PS Moveなどを振り回していたら物理的に危ないこともありそうだ。しかし,立って動き回ることには独特の面白さもあり,必ずしも否定すべきではないというのが吉田氏の考え方だ。
会場で紹介されたgamescomの体験コーナーの様子では,恐ろしくハイテンションで体験プレイをする男性が映し出されていた。デモが終わると周りから拍手喝采を浴びるほどの大ウケで,デモを作った側もこれだけ喜んでもらえれば本望といった感じのプレイっぷりに,吉田氏も感じ入るところがあったようだ。
そのほか,VRというと一人称視点のものがほとんどとなっているが,必ずしもそうでなくてもVRゲームは成立すると吉田氏は語っていた。GODゲームなどに応用を見出しているという。
ゲーム以外のVRの可能性についていろいろ紹介されたのだが,コミュニティ・コミュニケーションへの応用についての部分で「サマーレッスン」の話題が出ていた。女の子の家庭教師をするシミュレーションゲームらしいのだが,すでに吉田氏は開発バージョンに触れており,「存在感が凄い」「無茶苦茶緊張した」と感想を述べ,バーチャルなNPCが放つ実在感にさまざまな可能性を見出していたようだった。残念ながらデモ映像などはなかったのだが,東京ゲームショウでぜひ体験してほしいとのこと。
最後に語られたのが,VR普及のための課題についてだ。
まずは,技術的な課題からだが,あらゆる部分についてのさらなるクオリティアップが必要との認識を示し,さらにシステムソフトとの親和性向上で使いやすいものにすることや,開発環境の充実などに引き続き取り組んでいくという。
ビジネス的な課題としては,どれくらい値段を下げられるか,どれくらいソフトを出してもらえるか,ゲーム以外でどれくらい使えるようになるかといったものが挙げられていた。
また,VRが普及するかどうかは,すべては品質の高いコンテンツが集まるかどうかにかかっているとし,品質向上のためにノウハウや情報交換などが必要という認識を示していた。また,広く受け入れてもらうために,VRを体験できる機会をできるだけ多くすることや,新しい技術ができたときにありがちな偏見を抑え,仮想世界に遊ぶVRが根暗な趣味などではなく,明るいイメージで社会に受け入れられるようなイメージ作りをしていくことが重要だと力説していた。
こういった社会への受け入れについては,吉田氏は楽観しているようだ。それはVRが持つパワーを体験すれば,その素晴らしさを必ず分かってもらえるという確信によるものだろう。VR体験がもたらす情報量と説得力は膨大であり,いずれは「百聞は一見に如かず」から「百見は一体験に如かず」と言われるような世の中になるという。その日が早く来るよう,Morpheusの開発にいっそう尽力すると吉田氏は語り,会場にいる開発者達にも参加を呼びかけていた。
コラム
ちなみに,CEDEC会場ではMorpheusの体験会も行われており,「THE DEEP」と「The Castle」のデモがプレイ可能となっていた。どちらもGDCで体験したことがあるのだが,改めて触ってみると,ともにかなりバージョンアップされているように感じた。
THE DEEPでは,海中のディテールが追加されたり,サメの攻撃が激しくなったりと,迫力が増していた印象だ。個人的には,GDCのデモでケージが深海に向かうときの降下感が気に入っていたのだが,今回のデモではそのあたりは省略されていた。3D酔いを招くような移動をなくすという意味では改善されたのだろうが,ちょっと物足りない気がしたのも事実だ。下降していることに目で気づくよりも先に身体で気づくような感覚(もちろん,目で先に認識しているからなのだろうが)は,なかなか新鮮だったのだが。
ちなみに引き上げシーンはあったので,まったく上下移動をしなくなったわけではない。おそらく,下降より上昇のほうが体感的なダメージが少ないためだろう。
The Castleのデモでは,武器にトゲトゲハンマーが加わっていたり,切り落とした腕をつかんで投げ上げ,さらに斬るようなこともできたりするらしい……のだが,つかんで云々はちょっとうまくいかなかった。行動できるエリアが限られるので,遠くに飛びがちな鎧パーツを取りに行くのが難しかったからだ。そのほか,全体的な構成も少し変わっていたようだった。どちらも絶えずバージョンアップされており,とくにTHE DEEPのほうはタイトルとしてリリースされる可能性もあるとのこと。
ハードウェアとしてのMorpheusも,細かい部分でいろいろバージョンアップが行われているそうだが,基本スペック自体は変わっていない。
発売日や価格が未定なのも変わらずだが,東京ゲームショウでは「サマーレッスン」などが公開され,より作り込まれたVRの姿も確認できそうだ。
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