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今,アジア各国のゲーム産業支援はどうなっているのか? 「IGDA Incubation SIGとアジアのゲーム産業の状況」セミナーレポート
「クリエイティブとは民間が自発的にやるものであって,国家の支援に良い印象がない」との声は,日本においては少なくない。
この考えは,政府によるクールジャパン政策が巨額の赤字を出し,これと言った成果を出せなかったことが尾を引いているせいもあるだろう。だから「政府が関与しない市場競争で作品の質を高め,広めていくことこそ正しいのだ」という考えは各所で根強い。
国家の支援に対して冷めた見方があるなか,今年,興味深いプログラムが始動した。経済産業省によるクリエイター支援プログラム「創風」である。これはiGi indie Game incubator(以下,iGi。4Gamerでの過去の取材はこちらから)という,インディーゲーム開発者をサポートするインキュベーションプログラムのメンバーとともに実現したものだ。
iGiが国家からの支援策への協力に積極的である背景には,日本のインディーゲームが言語面やビジネス面の壁により,作品が広まりにくい状況にあるという問題がある。
メンバーが世界各国の状況を調査すると,クリエイティブの支援を行い,全世界的に作品を広めることを補助するプログラムが存在していることに気づく。そこで初めて日本でそうした支援が成立していない危機感を持った。そのため,日本も他国のように国家が開発を支援する環境を実現しようとしたわけだ。
特に「創風」ではメンターにroom6の木村征史氏,ジー・モードの竹下功一氏など実績あるゲーム関係者が加わっているため,かつてのクールジャパン政策よりも具体的な活動が行えるメンツを固めている。
2024年6月20日,そんな「創風」の関係者による講演があった。東京国際工科専門職大学にて,IDGA日本が主催する「ゲーム産業と政府との関係」に焦点を当てたセミナーが開催。講演のひとつ,「IGDA Incubation SIGとアジアのゲーム産業の状況」ではルーディムスの佐藤翔氏が登壇した。
佐藤氏は海外のゲーム産業の調査を本業としてきた人物だ。4Gamerでも何度か佐藤氏の講演をレポートしている。iGiではその知見を買われ,主要メンバーに加わり,「創風」の立ち上げに参画している。そんな佐藤氏ならではの,各国によるクリエイティブ支援の現状が解説された。
世界的なインキュベーションプログラムの設立
佐藤氏によれば,主にヨーロッパでインディーゲームを開発する過程では,さまざまな機関やプログラムから,技術面や資金面での支援を受けられる流れがある。
支援の種類は,おおまかに言えば以下のようなものだ。大学や専門学校といった教育機関からの技術的な知見を受けられるほか,インキュベーションプログラムやアクセラレーションプログラムではチーム作りの方法やビジネス面での知見が提供される。加えて,中央政府や自治体からは資金提供を受けられる。長い期間がかかる開発では,こうした支援を受けることで活動を円滑に進められるのだ。
「インキュベーションプログラムとは,平たく言えばゲーム開発者を育て,パブリッシングにつなげるもの」だと佐藤氏は語る。この仕組みを日本をはじめ,各国も導入していこうという試みるグループが今年立ち上がった。それがIGDA Incubation SIG(以下,IISIG)だ。
これは世界各国のゲームのインキュベーションプログラム・アクセラレーションプログラムの関係者が,共同イベントや調査研究を通じ,世界のゲーム開発者コミュニティに貢献することを目指すIGDA本体の作業部会である。
佐藤氏はグループの構想を立ち上げたこともあり,IISIGの議長も務めている。本業でのゲームやマンガなどの海外進出コンサルティングを行ってきた経験を生かし,IISIGでもイベント事業や,ゲーム関係者の交流事業などをサポートしているのだ。
llSIGでは特にゲーム新興国でのサポートを活発に行っており,各国のメンバー同士が交流する機会や,イベントの開催によってゲームを広める助力をしている。
佐藤氏によれば,ここで「デモディ」と呼ばれるイベントを重視しているのだという。これは主に開発しているゲームを,世界各国のパブリッシャや投資家にプレゼンテーションするものだ。llSIGではこれを各国ごとではなく,たとえばアジア地域と大きな括りで行うことで,パブリッシャが各国のイベントに参加する負担を減らし,開発者とのビジネスの機会を増やそうと試みている。
アジア各地域のゲーム産業への施策
佐藤氏によれば,アジア圏では2020年を境に,独自IPの創出や人材育成を目的として,支援を行う国が増えているという。
現在,アジア各国ではゲーム産業への振興試作が活発に行われている。llSIGではアジアの各地で支部を設立しており,中央アジア支部,南アジア支部,東アジア支部,東南アジア支部の4地域で活動しているとのことだ。
各地域ごとに振興施策に特徴がある。たとえば東南アジア支部ではこうだ。マレーシアではMDEC(マレーシアデジタルエコノミー公社)がLevel UP KLというイベントを開催し,デモデイを実施し,現地の開発者のゲームを広めている。一方,フィリピンでは現地のインキュベーターが国の中部にあるリゾート地を生かし,GDS2024という開発者向けイベントを実施しているという。
興味深いのはインドネシアである。近年,同国からは「コーヒートーク」や「A Space for the Unbound 心に咲く花」などのADVがリリースされるなど,世界的なインディーゲームシーンのなかでも特に興味深いゲームが登場している。
インドネシアの活躍の背景として,インドネシアでは貿易省が支援するIndigo Game Startupに加え,クリエイティブエコノミー省がGameSeedという小規模ゲーム開発者の支援プログラムを実施するなど,さまざま支援がある。
特に「Let Me Out」はインドネシアのインキュベーターの支援タイトルであり,佐藤氏によれば「インドネシアにおける,台湾のホラーゲーム『返校』のようなタイトル」とのことだ。
続いて南アジア支部での支援についてだが,この地域では今のところインドのみが参加している。同国では教育機関主導のゲーム産業育成プログラムが多く,インド最大手のモバイルゲーム会社Nazara傘下のOpenplay Technologiesや,インド連邦政府・テランガーナ州の政府によるIMAGE CoEなどがインキュベーターとなっている。
こうした支援もあって,佐藤氏も「次はインドから面白いゲームが出る可能性がある」と語った。実際,紹介されたインキュベーション発の「Mukti」というタイトルは,興味深いものがあった。本作は西ベンガルにあるパーラ朝時代の遺跡を調査するADVであり,実写なども交えた表現を特徴としているという。インドの歴史や地域性を生かした一作であり,注目に値するだろう。
ちなみにインドは「Battlegrounds Mobile India」(「PUBG: BATTLEGROUNDS」をインド向けにローカライズしたタイトル)が爆発的な人気を博した国のひとつでもあり,その影響なのかインキュベーションを希望するゲームもバトルロイヤル系が多いとのことだ。インキュベーション発のゲームである「Scarfall 2.0」も,そんなバトルロイヤルもののひとつである。
筆者は東南アジア,南アジアのインディーゲームについてはそれなりに知識があった。一方,ほとんど状況を知らなかったのがキルギスやウズベキスタンなどの国がある中央アジアのゲームシーンである。ただ佐藤氏の解説を聞く限り,どうやらこれから勃興していく地域であると感じられた。
IISIGでこの地域の支部を建てるのには,ひと悶着あったとのことだ。中央アジア地域に属するメンバーは当初,地理的にはヨーロッパとアジアの中間にある国であることを理由に,ヨーロッパ側の支部に参加を希望していたという。
地理的な影響もあり,中央アジアではヨーロッパ側の影響は少なくない。たとえばロシアによるウクライナ侵攻である。侵攻が勃発して以降,中央アジア各国出身でロシアの企業に所属していたゲームクリエイターが自分の国に戻る動きが生じた。その結果,中央アジア各国でゲーム産業が活発になったという。
そこでヨーロッパ各国の政府やトルコの政府が現地の開発者に資金提供を行うほか,中央アジア各国でイベントの開催や新しいインキュベーションが登場するといった動きが起きたそうだ。依然としてロシアによるウクライナ侵攻は継続している。軍事侵攻によってこれまでの開発現場から離れざるを得なくなったクリエイターを,中央アジアのゲーム産業が助けている構図も見られるのだ。
最後に東アジアである。世界屈指の売り上げを見せる中国を筆頭に,モバイルやオンラインゲームが活況であり,2022年には世界4位の売り上げを見せた韓国,インディーゲームで気鋭の作品を多数輩出する台湾など,アジアのみならず世界全体でもゲーム産業をリードする地域だ。
産業の前線にある国が揃っているからか,各国で興味深い支援プログラムが見られる。韓国では先日「ゲーム産業振興総合計画」が発表され,今後はコンソールやインディーゲームにも開発支援を行うと発表した(こちらは4Gamerでも記事化している)。
中国では上海を始め,山東省済南市や湖北省武漢市などの自治体がゲーム開発への資金援助を実施。その他に,海外での売り上げに対する奨励金,優秀作品への賞金提供,パブリッシャへの報奨金などの支援している。
また,中国ではインディーゲームイベントWePlayを実施している中国インディーゲーム協会がインキュベーターを運営するほか、ゲームパブリッシャのGameraGamesがインキュベーターを,「アークナイツ」を代表作に持つHypergryphの投資会社がアクセラレーターを運営している。その他にSIEが「China Hero Project」を行うなど,興味深い支援がある。
台湾では,DIT Startupがゲームのアクセラレーターを運営するほか,台湾クリエイティブ・コンテンツ・エイジェンシーが,ゲームを含むコンテンツ分野のアクセラレーションプログラムを実施するなど,こちらも活発に支援が行われている。
日本におけるゲーム産業の政府施策
さて,このようにアジア各国で国家も絡んだ支援プログラムが見受けられるなか,日本ではどのような支援を行っているのだろうか。
日本政府は昨年2023年から,ゲーム産業を含むクリエイター育成のために,さまざまな施策を行っているという。たとえば国内外イベントへの出展のほか,さまざまなアワードやビジネスマッチングの実施である。
VIPO(映像産業振興機構)が事務局となり,ゲームを含むコンテンツ産業のローカライズ・プロモーションに関する助成金でそうした施策を行っている。ドイツのゲームイベントgamescomへのジャパンパビリオンの出展や,スウェーデンでのビジネスマッチングなどがそうだ。
また,JETRO(日本貿易振興機構)の働きでアメリカ最大のゲーム開発者カンファレンスであるGDCで「MADE IN JAPAN GAMES MARKET」の出展を実現するなど,海外への展開に積極的な支援が行われているわけだ。
日本の行政機関からは,やはり文化庁による支援が目立つ。文化庁は「メディア芸術」というカテゴリーで,ゲームをはじめ,漫画やアニメ,そしてメディアアートへの支援を行っている。
そうしたメディア芸術クリエイター育成事業の一環として,今年2月には「ENCOUNTERS」というイベントを開催した。一方で2021年には文化庁メディア芸術祭が中止になるなど,ゲームやアニメ,漫画を文化的に評価する流れにブレーキがかかる出来事もあった。
クリエイター支援の環境がこのように展開されている中で,冒頭で取り上げた「創風」が始動しているのだ。世界各国で見られる支援プログラムの環境に追いつくように,日本も進み始めている。
ただし,先日筆者がインタビューしたインディーゲームイベント「東京ゲームダンジョン」主催の岩崎氏が,「創風」について応募の年齢制限があることや,支援内容の一部分に関して意義を申し立てている。クリエイター当事者から疑問が挙がっていることを鑑みるに,まだ検討の余地があるプログラムでもあるようだ。なお,iGi indie Game incubatorには年齢制限はない。
まとめとして,近年のゲーム産業においては,特にインディーゲーム開発者に向けた支援の仕組み作りの関心が各所で高まってきている。
そこで大事なのは,多様な開発者がゲームを制作できる環境のため,支援プログラムをより便利な仕組みにしていくために,開発者自身が意見交換やフィードバックを出せる場の整備だという。日本の場合,国家の支援を受けてゲーム作りをする環境はほとんど始まったばかりだ。だからこそクリエイター当事者が支援する側とうまく話し合いながら,ともにより良いゲーム開発の環境を作り上げていくべきなのである。
IGDA日本 公式サイト
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