連載
攻略感覚で楽しめる戦国“スパイ”小説「城をひとつ―戦国北条奇略伝―」(ゲーマーのためのブックガイド:第12回)
「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載だ。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,さまざまなテーマでお届けする。
第12回で取り上げるのは,後北条氏に仕えた大藤信基(だいとうもとのぶ)とその子孫を主人公とした歴史小説「城をひとつ―戦国北条奇略伝―」。戦ではなく城攻めに至るまでの調略と潜入をテーマとした戦国“スパイ”小説を朱鷺田祐介氏に紹介してもらった。
城をひとつ―戦国北条奇略伝―
歴史小説が好きだ。
もともとSF畑で,近未来から超古代までいろいろ漁ってきた筆者だが,やはり面白いのは日本史――とくに戦国時代と,幕末から明治初期である。シミュレーションゲームに関連する作品なども含めていろいろと読んでいる中で,推している作家に伊東 潤氏がいる。勧める理由はいくつかあるが,とにかく筆者のツボに刺さりまくるのだ。
伊東氏は1960年(昭和35年)生まれで,日本IBMを経て外資系企業のマネジメントやコンサルタント会社の経営に関わり,2007年に小説家としてメジャーデビュー。2010年に専業作家となり今に至る。戦国時代や幕末を舞台にした戦いの物語に定評があるが,近年は「ライト マイ ファイア」(幻冬舎)や「琉球警察」(角川春樹事務所)など,現代史の暗部に迫る作品も手がけている。
筆者が最初にハマった作品が,池田屋事件を“新撰組に斬られる側”から描いた連作「池田屋乱刃」(講談社)だった。もともと新撰組が好きだったが,その斬新な視点でやられたのだ。そして,続いてハマったのが,今回紹介する「城をひとつ」(文庫版は「城をひとつ―戦国北条奇略伝―」)である。
城をひとつ―戦国北条奇略伝―
著者:伊東 潤
版元:新潮社
発行:2020年4月25日(単行本は2017年3月30日)
価格:710円(+税)※電子書籍版は742円(税込)
ISBN:9784101261737
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新潮社公式サイト「城をひとつ―戦国北条奇略伝―」書籍情報ページ
「城をひとつ」は,後北条氏(以下,北条氏)に仕えた武将大藤信基(だいとうもとのぶ)とその子孫を主人公にした戦国もので,テーマは城攻めに至るまでの調略と潜入である。
連作短編6作からなり,舞台となる時代は,後北条氏の関東進出に始まり,関東管領(上杉家)との戦いや上杉謙信との激闘,秀吉による小田原攻めで北条氏が滅亡するまでが描かれる。
主人公達は北条氏に敵対する城に入り込み,内部より撹乱して落城に至らしめる。つまりは潜入工作員,スパイの物語なのだ。それぞれの物語は「ミッション・インポッシブル」か「スパイ教室」のように,不可能だろうという目的の遂行に向けて展開していく。
一話目「城をひとつ」では,北条早雲の死後,熊野から北条氏にやってきた大藤信基が,その腕を証明するために,江戸城を3か月で取る,という策略を展開する。現在の江戸城とは違うが,当時の江戸城も,名将太田道灌が建設した名城である。周辺は海沿いの湿地帯で,攻めるのも難しい。そこで身分を偽って内部へと侵入し,城の攻略を内側から進めるのである。
以降の話では,小弓公方足利義明,古河公方足利晴氏,上杉謙信などを相手に,戦の事前工作で謀略を展開していく。戦の場面はもちろんあるが,あくまでもメインは対人攻略戦だ。ここが実に小気味好い。第五話「幻の軍師」に至っては,あの上杉謙信を相手に,伝説の軍配者・白井入道浄三として,下総臼井城で逆転劇を演じることになる。臼井城の戦いは,謙信最大の敗戦とも言われるものだ。
「城をひとつ」には城の攻略もの,謀略スパイものとしての魅力に加えて,歴史好きを魅了する味わいがある。主役としてはあまり取り上げられることがなかった後北条氏を扱い,河越合戦や臼井城攻防戦などを描くところは,城趾めぐりを愛した著者のマイナーな城で戦った戦国武将へこだわりが,読んでいて伝わってくるようだ。
また,作中の大藤家には古代中国,三国志の梟雄である曹操の残した兵書「孟徳新書」の教えが口伝で伝わっており,ここに書かれた入込(いれこみ)の術を用いて敵の城に潜入し,調略を行う。
「孟徳新書」は「三国志」に登場する兵学の書で,もともとは,曹操が古今の兵書から抜き書きした「接要」をを13巻にまとめたものとされる。こういう歴史ファンの琴線に引っかかるネタを引っ張り出すのが,伊東氏はすごくうまいのだ。
伊東 潤作品の魅力の一つは,歴史探訪から「今,読むべき歴史の題材を書く」という執筆姿勢による先見性であろう。例えば昨年大きな話題になったNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の前に,北条政子の視点から鎌倉幕府草創期を描いた「修羅の都」と「夜叉の都」(ともに文藝春秋)などが登場していることなどは,まさにその好例と言える。筆者も「鎌倉殿の13人」のよき副読本として楽しませてもらった。
視点となる人物や勢力の選び方も,抜群に面白い。先の池田屋乱刃はもちろんのこと,今川義元の子供で蹴鞠の達人でもあった今川氏真を描く「国を蹴った男」(講談社),幕軍の陸軍奉行として戊辰戦争を生き残った大鳥圭介を描く「死んでたまるか」(新潮社。文庫版は「維新と戦った男 大鳥圭介」)なども高い評価を得ている。
鉄錆びた古鐘のような声音が、新築なった小田原城評定の間に響き渡る。
いやはや,この外連味がよい。
よい作家というのは,書き出しが美味い,いや,上手い。
なお「城をひとつ」を読んで気に入った人には,ゆうきまさみのコミック「新九郎、奔る!」もまた,ぜひオススメしたい。北条早雲こと伊勢新九郎を主人公にしたこのコミックでは,最近の研究をもとに,その青春が描かれている(公式サイトリンク)。
最新12巻では,姉が嫁いだ今川家の内紛と,関東の複雑怪奇な戦乱の様相がテーマになっており,非常に興味深い。伊豆公方や関東管領らのややこしい権力争い,太田道灌の活躍,応仁の乱後も続く京都政界のややこしい状況など,これまであまり描かれてこなかった,戦国時代の始まりを垣間見られる。
ああ,読書は一冊で終わらない。
伊東潤公式サイト「城をひとつ」
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■■朱鷺田祐介(ライター)■■
TRPGデザイン/翻訳を主戦場とするフリーライター。代表作に「深淵」「シャドウラン」「ザ・ループTRPG」など。最近のブームはスウェーデン産TRPGで,昨年は「MÖRK BORG」に触発された戦国ドゥーム・メタル・ファンタジー「信長の黒い城」をクラウドファンディングで製作し,販売。2022年冬のコミケでは,同系列の新作「黒の新撰組 幕末鬼殺行」のオープンβ版を発表した。
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