下記の記事は,游研社(→
リンク)に掲載された記事を,許可を得て翻訳したものです。可能な限りオリジナルのまま翻訳することに注力していますが,一部,画面写真などを変更したり,文化的な背景などで理解されづらいものについては日本向けに表現を変えたりしている箇所があります。→
元記事
さかのぼること4年前の2018年,中国ゲーム版号(ライセンス)の発行中止は,計265日間続き,業界に大打撃を与えた。
今回もそれに負けず劣らずの期間で,昨年2021年7月から,版号(ライセンス)の新規発行は再び凍結状態に入り,263日が経った2022年4月11日に,中国ゲーム業界はようやく,版号の新規発行承認リストを目にすることができたのだ。
厳しい“冬”は,前回よりほんの数日だけ短かったが,ほぼ同レベルの日数
※になる。
※4月11日の発表により再開が周知されたが,実際に版号審査を通ったのは3日前の4月8日だ。
今回の版号凍結でも,中国ゲーム業界は非常に大きなプレッシャーを受けているが,とは言え心境は前回と微妙に違う。
その理由の一つは,すでに一度同じような状況を経験したことがあるので,心の準備ができていたことが挙げられる。そしてもう一つは,教育業界という“前車の戒め”を目にした
※ことだ。
2021年の紙切れ一枚で,中国の学習塾産業がほぼ一瞬で壊滅した(編注:2021年9月に掲載された
Asahi GLOBE+ の記事が参考になるだろう)。IT産業の行く末に誰もが危機を感じていたそのときに,いつも叩かれるゲーム業界が存続していたのは,逆にそれ自体が,かけがえのない価値を持っていることを示している。
※前車の覆るは後車の戒め
「漢書」賈誼伝にある,前の車がひっくり返るのを見て,自分は同じわだちを通らないようにしよう,先人の失敗は後人の教訓になるという諺
ゲーム業界と教育業界を比較することは,別におかしいことではない。4月11日に版号再開の承認リストが発表されたのち,発表されたリストには,bilibili,NetEase,Tencentなど超大手のゲーム会社のタイトルが一切入っていないにも関わらず,各社の株価は急騰し,海外で上場した中国株全体の株価を,下げ相場から上げ相場へと変化させたほどだ。
一方,教育関連株の寄り付きは大きく下落しており,新東方教育(New Oriental Education & Technology Group Inc.)
※の株式は10%近く下がる結果となっている。
※中国の学習支援サービス大手
中国教育大手の新東方、従業員6万人昨年削減−規制強化で売上8割減(Bloomberg)
画像からNetEase,Tencent,ビリビリの株価上昇が確認できる。右側は急落した教育株「新東方教育」
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過去の263日間,ゲーム業界内の共通認識は「遅かれ早かれ版号は再開される。問題は自分たちがそれまで,持ちこたえられるかどうかだ」というものだった。
それにしても,待っている時間は苦労の連続だったが。
8月3日に,中国ゲーム業界は忘れられない衝撃を受けることとなった。新しい一日が始まる陽射しとともに,
「精神的アヘンが数千億人民幣の産業に成長した」というタイトルの,自国のゲーム産業に関する記事
※がSNSで拡散されたことに気付いたのだ。恥や怒り,絶望などの感情がいっとき業界全体を駆け巡った。
※政府意見の拡大解釈で,正しく電子機器を利用する旨の論旨が,依存を引き起こす害悪と例えられて報道され,ゲーム関連企業の株価が大きく下落した。その後,中国在住のゲームクリエイター・高橋玲央奈氏によるオンラインセミナーでも本件について触れられた。レポート記事はこちら
しかし,転機はすぐ訪れた。「精神的アヘン」の記事は削除され,その後,その事件はさらに盛り上がることもなく,業界全体に漂う情緒不安定さはもしかして過剰反応だったのではという反省もあった。
なにしろ,何度も規制による統制を繰り返してきたゲーム業界は,止まることのない勢いで急成長してきたのだ。「版号発行を中止させること以外,ゲーム業界をストップさせる方法はないだろう」と,安堵する声さえも聞こえてきた。とは言えその時点では,次の版号まで8か月も待たなければならないことを,誰も知らなかったのだが。
版号の停滞は,ますます急務となった未成年者の保護から始まっていた。2021年8月末,中国国家報道出版局による「关于进一步严格管理 切实防止未成年人沉迷网络游戏的通知」(
未成年者のオンラインゲームへの依存を効果的に防止するための更なる厳格な管理に関する通知)の発行が報じられた。これがその後「史上もっとも厳しい依存防止」と呼ばれることになった規制だ。その中で,広く知られている規制の例として,下記のものが挙げられる。
「すべてのオンラインゲーム企業は,金,土,日および法定休日の20時〜21時の1時間だけ,未成年者にサービスを提供することができる。それ以外の時間帯は,あらゆる方式での未成年者へのオンラインゲームサービス提供を禁じる」
これに対し,ゲーム企業は最大かつ最速の協力をした。
2021年の中国ゲーム産業年次総会で当局は,業界各企業が関連規制に素早く対応し,実施したことを肯定した。
「新しいルールと自主規制規約の発表以降,オンラインゲームにおいての未成年保護対策は社会の各方面から広く認知され,多くのゲーム企業からは積極的な協力と真剣な実行を得られた。すべての関係者による共同の努力により,未成年者の保護に関していくつかの新しい進展があり,新しい風が吹いた」
警察部門と連携を取って顔認証やAI認証を導入。親子交流を促進するリアルショー
※を放送し,アカウントの売買も取り締まるなど,ゲーム企業は自分達でできることをすべてやってきた。
※Tencent「成长守护平台」(成長を守るプラットフォームシステム)主導で制作した家族のコミュニケーションを提唱するトーク番組「敞开心扉的少年(心を開く少年)」
多くのソースが4月に版号が降りることを示したが,3月時点で一度「事実無根」と否定された
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版号の再開は,時間の問題だった。
再開のタイミングについては,2021年11月から業界の間で,さまざまな推測や議論がなされてきた。それは,業界がそれを待ち望んでいることの表れでもあり,4月ごろに再開されるという説が一番広く拡散されていた。
民意は,このタイミングに対してピュアな解釈をした。オリンピックと両会
※が終わるこのタイミングで,きっと版号承認の凍結は考え直されるだろうと。しかし残念ながらこの推測は,オフィシャルに「事実無根」と否定された。
※中国独特の政策決定制度で,毎年3月に開催される「全国人民代表大会」(全人代)と「中国人民政治協商会議」を指す。「全国人民代表大会」では,憲法の改正,憲法実施の監督,刑事・民事・国家機構などその他の基本法律の改正,国家機構人員の選別決定,国家重大事項についてを話し合い,それが「中国人民政治協商会議」に諮問され,全国「両会」の決定事項として発表される。
そしてこの4月,ついに版号発行が再開された。
これについて昨今のエピソードを挟むなら,上海がコロナの流行でロックダウンされているこの時期に,「経済も維持したいし,ゼロコロナ政策
※も徹底したいなら,ゲームの版号発行を再開したほうがいい」という声があったようだ。この発言は,興味深く時事を反映しているために拡散され,結果,あたかも予言であったかのように,1週間も経たずに承認リストが公表された。
※コロナ撲滅を目標に都市封鎖や厳しい行動制限をかける政策。長期にわたるロックダウンにより経済活動は大きく制約されている。
現実的な話をするならば,ゲームに代表される「在宅経済」は,確かに今年の中国国内の厳しい感染状況でも,経済に対して一定の景気浮揚効果をもたらすことができる。
Sensor Towerの統計によると,2022年3月のApp StoreとGoogle Playの売上高ランキングで,グローバルトップ100のスマホゲームパブリッシャのうち,38企業は中国の会社で,ランクインした企業の3月売上合計額は22.2億ドル(約2806.17億円)を超えている。
この数字は,トップ100パブリッシャの全体売上の約40.2%だ。版号発行が停滞しているこの状況で,すでに承認を受けていたリリース済のゲームと,海外市場のゲーム運営だけでこの数字を叩き出していることを考えると,版号発行を再開して,中国ゲーム市場を賑やかせば,より大きい経済価値を生み出せることだろう。
さて,9か月近くが経過して再開された版号に,一番乗りした“ラッキーマン”はどんなゲームだろうか。
残念ながら,今回の承認タイトルにはいわゆる“超大作”はほとんどなく,コアゲーマーがあまり名前を聞いたことがないであろうライトなゲームが多数を占める。情報筋によると,版号再開から最初の2回は,軽いゲームを多くする予定で,業界のバランスを取るつもりなのかもしれない。
第一弾の承認タイトルで注目すべきは,PCゲーム
「My Time at Sandrock」「剣侠情縁Online 参 縁起」「Never Breakup」「Glimmer in Mirror」(
Steam),Nintendo Switch用ゲーム
「クロッカ 〜時の旅人〜」,そしてモバイルゲーム
「フラッシュパーティー」(
iOS /
Android)と
「生活派对(訳名未定,ライフパーティー)」だ。
モバイルの2タイトルは,それぞれXDとLilith Gamesの新作になる。「フラッシュパーティー」は乱闘アクションゲームとして,日本のiOS用無料ゲームランキング一位を連続12日獲得したタイトルだ。以降は,中国国内マーケットとも向き合うことになる。
今回発表された計45の承認タイトルのうちひとつは,版号を待たずに日本ですでにリリース済みの「フラッシュパーティー」
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ともあれ,ようやく版号が発行され始め,今回のリストに入っていないデベロッパーも喜びをかみしめている。ようやく期待できる展開が見えてきたことで,ゲーム業界は大晦日に勝るとも劣らない,喜ばしい雰囲気を醸し出している。
一方で,このような長いブランクに対して業界も多様な反応を見せている。例えば筆者の周りでは,「某大手メーカーの開発チームは,版号が取れないためにプロジェクトごと解散してスタッフは解雇されたが,解散してすぐに版号が降りてきた」などと噂されている。
友人を通して確認した限り,それはデマの可能性が高いが,こういうデマこそが,再開に対する業界の悲喜こもごもの複雑な心境を反映していると言える。例えば今回のリストにある
「进击的兔子(進撃のウサギ)」(
TapTap)だが,このゲームの開発と運営はBaiduである。しかしBaiduは,今年の年初に「ゲーム業務はすべて中止して解散」と噂されていた。版号がもらえても,このタイトルの運命は未知数だ。
これに限らず,数多くのチームが版号再開の前夜に倒れていた。開発者が心を込めて作ったゲームが,プレイヤーの目に触れる日まで耐えしのび,生まれてくれることを願ってやまない。(著者:
Oracle)