インタビュー
[インタビュー]「Steam Deck OLED」は,業界初のHDR OLEDディスプレイを搭載しつつ,全体的なスペックも格段に向上している
「Steam Deck OLED」は,日本では2022年12月に出荷が始まったオールイン型ポータブルPC「Steam Deck」最新版で,その名称どおりHDR OLEDディスプレイを搭載している。なお,HDR OLEDディスプレイを搭載した小型ゲームPCの登場は業界初となる。
ディスプレイの変更以外だけでなく,バッテリーの持続時間を30〜50%向上しつつも,現行版からおよそ30gの軽量化を実現。さらに最大で1TBのストレージにも対応するようになり,全体的なスペックが底上げされている。
価格は1TB版が649ドル(日本価格:9万9800円),そして512GB版が549ドル(日本価格:8万4800円)となっており,HDRグラフィックスを安価に堪能できるのは多くのゲーマーにとってうれしいところであろう。
今回4Gamerは,Valveでプロダクトデザイナーを務めるローレンス・ヤン(Lawence Yang)氏と,Steam Deckのソフトウェア開発を行うジェレミー・シーラン(Jeremy Selan)氏にオンラインインタビューをする機会を得た。OLED版Steam Deckの気になるポイントを聞いたので,ぜひ読み進めてほしい。
「Steam Deck OLED」公式サイト
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。このインタビューが掲載されるときには,「Steam Deck OLED」は発表されています。ロゴがオレンジ色に変更されているので,名称は「Steam Deck: Orange Box」などになるのかと思っていました。
ローレンス・ヤン(以下,ヤン)氏:
ははは(笑)。ロゴのオレンジ色はOLED版のブランドになります。オレンジ色のスイッチボタンに加えて,ケースのロゴ,それから起動する際のロゴもオレンジ色に統一しています。
4Gamer:
私の認識ですと,HDR対応ゲームでは1000nitsの高輝度で最適なグラフィックス表現が実現されているのですが,「Steam Deck OLED」ではそれらを表現できるのでしょうか。
ジェレミー・シーラン(以下,シーラン)氏:
ええ,もちろんです。我々がこのデバイスにおいて,最も誇りに思っている部分の1つになります。オリジナルのLCDディスプレイは400nitsまでで,その後に多少ソフトウェアの改良で向上させていました。
4Gamer:
これまでのSteam DeckにOLEDディスプレイを採用しなかった理由は,やはりコスト面の問題でしょうか。
ヤン氏:
既製品のSteam DeckにもOLEDディスプレイを搭載したかったのですが,スケジュールの問題で調整することが難しかったのです。もちろん,コスト面の問題もありましたので,もしOLEDディスプレイの採用にこだわっていたら,リリースはさらに延期されましたし,値段も変わっていたと思います。
4Gamer:
OLEDディスプレイを採用するにあたり,AMDと協力し合って進めたのでしょうか。
シーラン氏:
ええ。AMDとは,HDRを最大限に表現するため,特にLinuxにおける色彩マネージメントのプロセッシングにおいては,APUのカーネルドライバーレベルで密接に協力させていただきました。
これに関しては,先日スペインで開催されたLinux開発者向けのイベントで我々の代表がトークセッションを行っています。内容も公開されているので,興味がある人はこちらに目を通してください。
4Gamer:
OLEDディスプレイを採用するリスクとして,焼き付きや,寿命の短さが指摘されることもあります。それらの問題はクリアされていますか。
ヤン氏:
我々がそれらの問題をどのように回避しているか,詳細をお話しすることはできないのですが,大きな問題になることは想定していません。
焼き付きの大きな原因は放熱に関連するものになります。APUが7mnから6mnになったことによる放熱機構のリデザイン,電力管理の強化,それからファンの拡大で,排熱処理が改善されています。これらが問題の解決に寄与しています。
4Gamer:
今回のインタビューに向けてプレイさせてもらいましたが,確かに放熱周りは改善されているように感じました。ファンの静音化も魅力ですね。
ヤン氏:
お気づきになりましたか? ファンの静音化に関しては,排熱処理の改善の一貫として,プロダクトデザインで大きく気を使いました。そもそも既製品のSteam Deckと比べると放熱量が下がっているので,ファンの稼働時間も削減されています。
4Gamer:
バッテリーは40Whrから50Whrとなりましたが,これはバッテリーサイズが上がったのでしょうか。それともエネルギー密度が大きくなったのでしょうか。
ヤン氏:
物理的にバッテリーが分厚くなっています。それでも全体で軽量化が実現できたのは,OLEDディスプレイが軽くて薄いため,スペースが確保できたからです。バッテリーチャージも高速化が実現でき,残量20%を80%に向上させるのに45分しか掛かりません。排熱面でもパイプを太くできるなど,ディスプレイパネルの変化が多方面で良い効果を生んでいるのです。
4Gamer:
リフレッシュレートの最大値も60hzから90Hzに向上していますが,バッテリーへの負担を考えるとデスクトップユーザー向けと考えたほうがいいのでしょうか。
シーラン氏:
エネルギー消費の観点では,リフレッシュレートの向上は必ずしもプラスにはなりませんが,インディーゲームの中には高いリフレッシュレートでもしっかりとパフォーマンスをマネジメントしているものもあります。また,リフレッシュレートを高めるとディスプレイのレイテンシを削減する効果が得られます。携帯しての利用時にも利便性が高まっています。
4Gamer:
こうした変更点は,ユーザーフィードバックから考慮されていったものなのでしょうか。
ヤン氏:
ユーザーからの意見は取り入れていますが,その中には我々開発者のものも含まれています。もともと我々は,OLEDディスプレイでのデバイス開発の機会をうかがっており,より軽く,より静かで,より低温なものを目指していました。エンジニアの性分として自分たちが使っているデバイスで気になる部分は改善したいと思うものなのです。
4Gamer:
冒頭でネーミングの話をしましたが,なぜ携帯電話のようにナンバリングを付けなかったのでしょうか。ヤンさんも元々はiPhoneを手掛けておられましたが。
ヤン氏:
「Steam Deck OLED」は,Steam Deckの新型であっても“第2バージョン”ではありません。もし我々が「Steam Deck 2」を製造するのであれば,それはデバイスとして飛躍的に進歩しているものであるべきだと思います。
4Gamer:
なるほど。リぺアビリティ(整備性)はどこか改良されましたか。
ヤン氏:
背面カバーを金属ボス付き機械ネジに変更したことで,壊れやすいプラスチックよりも確実に分解,組み立てができるようになりました。デバイス全体に使用されているネジの種類も削減していますし,修理に必要な手順が減っています。バンパースイッチもジョイスティックボードに搭載され,修理しやすくなりましたし,ディスプレイの交換時に背面の取り外しがいらなくなりました。
4Gamer:
先日,とあるヨーロッパのゲームイベントでスケルトン仕様にしている同業のジャーナリストを見たのですけど,まだ自分でやるにはハードルが高そうです。
ヤン氏:
購入すれば自分の所持品ですから,補償対象ではなくなってしまいますが,何をしていただいても構いません。ちなみに北米でリリースされる「Steam Deck OLED」の限定エディションは,独自の半透明化がなされていて,我々にとっては需要があるかどうかの実験となっています。コンシューマ機で色違いの本体やコントローラが販売されることはよくありますが,我々のデバイスにも需要があるのかどうかは気になりますね。
4Gamer:
今回は日本での発売が北米のローンチと差がないのもうれしいところです。
ヤン氏:
流通を担当するKomodoさんにも頑張っていただいていますし,それだけ生産も順調になっているということです。Komodoさんは,Valveでは手が回らないマーケティングをアジア市場向けに行っています。東京ゲームショウ2022では,ファン向けのイベントも実施していただけましたし,ポジティブな活動に助けられています。
4Gamer:
既製品のSteam Deckでは,リリース後にソフトウェアのアップデートが頻繁に行われていますし,「Valve Time」(リリースを延期したり,Valveの自由気ままなスケジュール感を指すスラング)とはもう言えませんね。
シーラン氏:
ははは(笑)。ただ,我々は満足しないなら出さないというスタンスで開発を続けていますので,Valve Timeは続いているかもしれません。昨年にSteam Deckを発売したときも,さまざまな葛藤のすえのローンチとなりましたが,我々が満足できるものを慌てずに作っていくというスタンスは変わっていません。
4Gamer:
それがValveのポリシーであると。
ヤン氏:
ええ。ただ発売してからのユーザーフィードバックも大切なことは認識しています。今回で言えば,ケースは素材を変更しただけでなく,内側のシェルも取り外しが可能になりましたし(1TBモデルのみの仕様),ベルクローで止めるだけでもしっかりプロテクトされるようになりました。また,電源ケーブルも1.5mから2.5mに長くなったのに合わせて,より纏めやすいように専用ポーチも付けましたし,ユーザー目線で細かいところまで気を配っていることがお分かりいただけるでしょう。
4Gamer:
そもそもSteam Deckの形状は,日本産の携帯ゲーム機に近いものがありますし,日本のゲームを遊びやすいデバイスのように感じられます。
ヤン氏:
日本のゲームとは非常にシナジーがあると思っているんです。実は東京ゲームショウ2023にも足を運んで,メーカーに会ってSteam Deck OLEDの試作版を見てもらったのですが,開発キットに変更があるとか,認証のプロセスに変更を加えるといったことは一切ありません。
つまり,今のままゲームを作ってSteamにリリースしていただくだけでいいのです。そのことをお伝えしたとき,中には大きな拍手をしてくれたチームもあって,私も非常にうれしかったです。
4Gamer:
Xbox Cloud Gamingなど,Microsoftからのサポートも顕著ですが,ほかのプラットフォームとの提携については何か話せることはありますか。
シーラン氏:
今のところお話しできるようなことはないですが,例えばPlayStationのファーストパーティタイトルはSteamライブラリでも販売されるようになっています。プレイヤーの選択枝という点では,非常に利点の大きなデバイスだと思っています。
4Gamer:
最後にSteam Deck OLEDを楽しみにしているファンや読者にメッセージをお願いします。
ヤン氏:
この1年で競合となる携帯型ポータブルPCデバイスが多く発売されましたが,この性能でこの価格を実現できているものはほとんどありません。Steam Deck OLEDの発売に合わせて,LCD版Steam Deckの値下げも発表しており,512GBモデルなら449ドル,64GBユニットなら349ドルと手に取りやすい価格になっています。
ただ,できることであれば日本の皆さんにもSteam Deck OLEDを手に取っていただき,開発に向けてフィードバックをいただけるとありがたいですね。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
最後に発売価格をまとめておくと,以下のようになっている。ゲームを最大限に楽しめる小型ポータブルPCデバイスとして,「Steam Deck OLED」の続報をチェックしておこう。
●Steam Deck OLED
Steam Deck OLED 1TB 限定エディション:679ドル
Steam Deck OLED 1TB:649ドル(日本価格:9万9800円)
Steam Deck OLED 512GB:549ドル(日本価格:8万4800円)
●Steam Deck(LCD)
64GB:399ドル→349ドル
256GB:529ドル→399ドル
512GB:649ドル→449ドル
「Steam Deck OLED」公式サイト
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