仮想現実(以下,VR)および拡張現実(以下,AR)関連業界における標準化を目指す非営利団体,
Immersive Technology Alliance(以下,ITA)が,CES 2016に合わせる形で,北米時間2016年1月7日,米ネバダ州ラスベガスにある遊戯施設「Palm Casino Resort」において「
VR Fest Conference」というイベントを開催した。
4Gamerは,ちょうど1年前,International CES 2015のタイミングで,発足したばかりのITAでエクゼクティブディレクターを務める
Neil Schneider(ニール・シュナイダー)氏にインタビューをしているが(
関連記事),あれから1年の間にHTC,Futuremark,Starbreeze Studios,Frostbyte,そしてPanasonicといった有名どころがメンバーとして加わり,業界団体としての存在感が高まってきている。
ITA版VR Councilのロゴ
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そんなITAの新しいメンバーとして2015年12月に加わったのがAMDで,同社が昨夏立ち上げた業界団体「VR Counsil」はITAと共同で,さらに効率のいい団体運営を行うための意志決定機関を,新VR Council――名称はAMDの立ち上げた団体と同じだが,イベントではVR Advisory Councilという表現も使われていた――を立ち上げた。ちなみに,新VR Councilのトップに,AMDでVRディレクターを務める
Daryl Sartain(ダリル・サーテイン)氏が就くことは内定していたのだが,今回正式に就任したというのが,VR Fest Conferenceにおける1つのトピックとなる。
興味深いのは,AMDのVRディレクターが意志決定機関のトップに立ったITAのイベントで,ITAのメンバーではないNVIDIAやIntelからもゲストスピーカーが登壇していたことだ。そこからは,業界が1つにまとまっていこうという機運をかなり強く感じることができた。
VR Councilの目的と,業界の今後
Daryl Sartain氏(Director of VR for AMD and the new ITA VR Council Chair)
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VR Fest ConferenceでSartain氏が語ったところによると,ITA版VR Councilを頂点とするITAが今後,どのような目標と指針で運営していくのかは,これから決定することになるが,現時点において,ITAに参加する企業が一致しているのは「VR市場をよりオープンなものにすることにより,公平なビジネスチャンスを作りつつ,互いの情報交換を通じて競争力を高めていく」ことだそうだ。
また,それによってより良いアプリケ―ションやサービスを生み出し,消費者への浸透性を活発にすることによって,たとえば「バーチャルボーイ」や「DisneyQuest」といった一過性のVRブームとは異なる,永続的なビジネスに育てようといういうわけである。
VR Councilの目標
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また,その延長線上には,VHSやOpenGLといったような業界標準を作り上げる「VR技術の規格化」や,消費者を遠ざけてしまう質の悪い商品を軽減するための「VRアプリケーション認証システムの確立」といったことも念頭にあるようだ。こうしたハードルは,多くの産業が直面してきたことだが,ITAは,政府や消費者団体からの圧力を受けるより,さらに言えば「VRゲーム市場」が本格的に立ち上がるよりも前の時点で,クリアするための下準備を始めており,それだけ,失敗に終わった新技術群の轍を踏まないよう,慎重にことを進めてようとしている雰囲気がある。
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パネルディスカッションには,ゲストスピーカーとしてNVIDIAやIntelのVR担当者が参加していた。このことは,ITAの今後にとって明るい材料といえそうだ |
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3月下旬の発売に向け予約受付が始まったRiftだが,CES 2016のOculus VRでは,今回もデモを体験しようとしう来場者が長い列を作った |
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VR Fest Conferenceには展示コーナーがあり,幾つかのゲームアプリや周辺機器を体験できた。写真は,Sixsenseのモーショントラッキングデバイスでアーチェリーのデモを体験する参加者 |
ただ,それでも不安はある。
2016年はVRの年とよく言われているが,今回スピーカーとしてVR Fest Conferenceのパネルディスカッションに参加したNVIDIAは,Oculus VRの「Rift」が要求するスペック,具体的には「
GeForce GTX 970」や「
Radeon R9 290」以上のスペックは,全世界で1300万台ほどしかないという試算を示していた。
当然,この1300万台を持つユーザーが,全員Riftを買うわけではない。このうち,どれだけのユーザーがアーリーアダプター(early adopter)となって,599ドル(税別,
実際に日本から購入すると,税,送料込みで9万4600円となる)という,控えめに言ってもかなりお高めなRiftを購入するかと,疑問も残る。それもあってVR Fest ConferenceではSchneider氏は「2017年が本当のVR元年になるかもしれない」とトーンダウンしている。
1990年代中期に勃興した3Dゲームのように新世代のグラフィックスメディアとなるか,立体視対応テレビのようになってしまうかは,向こう1〜2年で見えてくるのではないかと思われ,それだけにITA,そしてVR Councilの活動は重要になりそうだ。
RiftとHTCの「Vive Pre」がVR業界の主役と考える読者は多いと思うが,Samsung Electronicsの「Gear VR」も,エントリー市場向けのデバイスとして,CES 2016では確固たる存在感を見せていた。そんなSamsung ElectronicsもITAには未加入だ
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前述したNVIDIAやIntelだけでなく,Oculus VR,ソニー・コンピュータエンタテインメント,Samsung Electronicsといった,VR業界のキープレイヤーは,ITAに参加する意向を示していない。各企業にはそれぞれの戦略があり,それぞれの立場でVR市場におけるナンバーワンを目指して競争している以上,それはそれで健康的な状況といえるが,同じようにVR(あるいはAR)と謳っているにもかかわらず,挙動や仕様に違いがあるというのは,消費者からすると決して歓迎できる状況ではない。
VRが特定用途向けのニッチなデバイスで終わってしまうのか,もっと一般的な存在になるのか,いまの段階では分からないが,後者に向けた糸口をITA,そしてVR Councilがつかむことに期待したいところである。