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西川善司の3DGE:PS5 Proの実像をテクニカルプレゼンテーションから考察してみる
テクニカルプレゼンテーションの動画内で明かされた情報はそれほど多くはなかった。それでも重要なキーワードはいくつかあったので,そのあたりをヒントにして,筆者独自の考察も加えつつ,詳しく見ていくことにしたい。
Proモデルは「体験の進化」ではなく「映像のグレードアップ」
PlayStation 4を開発していた頃から,PSハードウェア仕様を監督する「リードアーキテクト」に就任したSIEのMark Cerny(マーク・サーニー)氏には,筆者も直接取材をしたことがある。しかし,残念ながら今回は,本稿執筆時点でメディア向けの技術説明会やイベントなどは行われていないので,PS5 Proについて,Cerny氏に直接,話を聞く機会は得られていない。
そのため筆者は,Cerny氏による今回のテクニカルプレゼンテーションについて考察するにあたって,PS4 ProについてCerny氏へ取材したときに聞いた「PS4 Proの開発コンセプト」を,まず振り返ることとした。
西川善司の3DGE:知られざるPS4 Proの秘密(1)メモリ増量に,Polarisと次世代GPUの機能取り込み!?
2016年11月10日の発売が迫るPlayStation 4 Proだが,ここにきて,SIEが,公式スペックには記載されていない部分の仕様を明らかにした。しかも少なくない量を,だ。連載「西川善司の3Dゲームエクスタシー」では,明らかになったPS4 Proの秘密を前後編でお伝えしたい。
西川善司の3DGE:知られざるPS4 Proの秘密(2)明らかになった「4Kレンダリングのレシピ」
2016年11月10日に発売となった「PlayStation 4 Pro」。連載「西川善司の3Dゲームエクスタシー」では,今まで語られていなかった本機の秘密に迫るシリーズ後編をお届けしたい。今回のテーマは「4Kレンダリング」だ。PlayStation 4 Proは,いかにして4K表示を実現しているのだろうか。
PS4 ProについてCerny氏は,「Proモデルでは,ゲーム体験は変えない。映像体験のグレードアップに注力したモデルが,Proである」と述べている。当時のインタビューでこれを聞いた筆者は,「Proでゲーム体験そのものを変えないのはなぜか」と質問したのだが,これに対するCerny氏の答えは「ゲーム体験を進化させるのは,ゲーム機の世代を変えるときだと思うから」だった。
これを踏まえて,今回のテクニカルプレゼンテーションを見ると,PS5 Proにも「Proモデルは映像体験のグレードアップに注力したモデル」であることがはっきりしていて,「ゲーム体験の進化は次世代機で」という彼の信条が,今回も色濃く反映されていることが分かる。
かつて大ヒットしたPlayStation 3は,GPUに汎用品であるNVIDIA製「GeForce 7800 GTX」のデチューン版を採用したものの,特性の異なる2つのメモリを,CPUとGPUのそれぞれに接続するという独特なメモリサブシステムを採用していた。また,CPUには「PowerPC 970」ベースのCPU 1基をメインCPU「PPE」として,256KBの独立メモリ空間を備えた128bit SIMD型RISCプロセッサ「SPE」を8基(うち1基は非稼働)組み合わせた独自CPU「Cell Broadband Engine」を採用していた。
理論上は高性能であったPS3だが,当時主流のコンピュータシステムとは相違点が多く,実際,「PS3は開発難度が高くて苦労した」と振り返る,当時のゲーム開発関係者はかなり多い。高い開発難度の現場を数多く見てきたCerny氏が,当時のPCアーキテクチャをほぼそのままPlayStation仕様に仕立てたPS4に「Go!」の判断をしたことは,自然なことだったといえる。その正統進化版のPS5は,いわずもがな,だ。ゲーム体験の進化とは,事実上,「ゲームそのものの設計変更が必要になる」ことと同義なので,Cerny氏の中では「それはゲーム機の世代更新時にしたい」と考えているのだろう。
今回のテクニカルプレゼンテーションでは,GPU周りの進化に関する言及しかなかったわけだが,実際問題として,それ以外の部分での進化はないか,あったとしても微々たるものになったのであろう。このあたりの詳細は,後段で触れたい。
PS5のGPUはRDNA 2系のままか,RDNA 3系に進化したのか?
Cerny氏は,3つある「PS5 Proの強化ポイント」について以下の3点を掲げ,これらを「ビッグスリー」と呼んだ。
- Larger GPU
- Advanced Ray Tracing
- AI-Driven Upscaling
ここからは,これら3つの強化ポイントについて考察していこう。
Cerny氏が示した「Larger GPU」というスライドには,PS5 ProのGPUが,PS5標準モデルのGPUと比べて,Compute Unit(以下,CU)が67%増量されたと書かれている。
次にCerny氏が示したスライドでは,後に「PS5 Proの実効描画パフォーマンスは(標準モデルと比べて)45%も高まった」と説明していた。
情報はこれだけだが,RDNA系アーキテクチャを採用するPS5のGPUでは,CUは,事実上のGPUコアなので,額面どおりに受け取れば,PS5のCU数36基に対して,その1.67倍となるCU数60基に増えたことになる。
ここで重要なのは,PS5 ProのGPUが,PS5標準モデルと同じ「Radeon RX 6000」系のRDNA 2なのか,それとも世代の新しい「Radeon RX 7000」系のRDNA 3なのかという点だ。
RDNA 2系でCU数60基のGPUといえば「Radeon RX 6800 XT」あたりが近い仕様であり,RDNA 3系のCU数60基モデルといえば,「Radeon RX 7800 XT」あたりになる。
実際のところ,RDNA 2なのかRDNA 3なのかの違いは,結構重要だ。RDNA 2では,CU 1基あたり演算ユニット(※SIMD32演算器)を64基備えているのだが,RDNA 3では,この数が2倍になる。つまり,CU 1基あたり,128基の演算ユニットを備えることになり,演算性能がだいぶ変わることになるわけだ。
そこで,どちらか判断できない本稿執筆時点では,RDNA 2のままの場合と,RDNA 3に変わった場合の両パターンについて,理論性能値を求めてみたい。PS5 ProのGPU動作クロックは,今のところ非公開なので,PS5標準モデルの2.23GHz(最大値)を用いる。なお,2024年3月に流布されたリーク情報は,2.18GHzあたりで計算していた。
●RDNA 2のままの場合
- 60 CU×64演算器
× 積和算(2 FLOP) × 2.23GHz ≒17.13 TFLOPS
●RDNA 3へと変わっていた場合
- 60 CU×128演算器
× 積和算(2 FLOP) × 2.23GHz ≒34.25 TFLOPS
見てのとおり,どちらのアーキテクチャを採用したのかで,理論性能値はだいぶ異なってくる。RDNA 2のままならば約17 TFLOPS,RDNA 3になっていれば約34 TFLOPSだ。
なお,PS4標準モデル(理論性能値で1.84 TFLOPS)が,PS4 Pro(同4.2 TFLOPS)になったときは,理論性能値は約2.3倍も高くなった。それに比べるとPS5 Proにおいて,たとえ実効性能では最大45%向上したとしても,理論性能値の向上率が1.67倍に留まることには違和感がある。
RDNA 3では,RDNA 2からCU内のSIMD演算器を倍増しただけなので,CU(=GPUコア)数がRDNA 2と同じであれば,たとえば異なるシェーダプログラムの同時実行並列度は上がらない。具体的には,さまざまな材質表現シェーダを実行したり,影描画やポストエフェクト処理,Compute Shader(GPGPU)処理といった異なるレンダリングパイプラインを実行したりする効率は,そのままなのだ。
それならCU内のSIMD演算器を増やしたRDNA 3の存在価値はどこにあるのかというと,シンプルに「ひとつのシェーダプログラムが扱うデータスレッドの実行効率」が向上する。具体的にいえば,ジオメトリ処理系ではポリゴン数の多いシーンの描画効率の向上が期待でき,ピクセル処理系では高い解像度の描画効率の向上が期待できるといった具合だ。
たとえ話で言うなら,SIMD演算器の数をそのままにCUの数を増やすと,「たくさんのシェーダプログラムを動かす」ことに長けるようになる。一方,CU数をそのままにCU内のSIMD演算器を増やすと「複雑なシェーダプログラムを短時間で終える」ことに長けるといったところか。
CU増加率67%でもレイトレ性能が2〜3倍に上がる理屈
続いては,ビッグスリーの2番めである「Advanced Ray Tracing」とは何かを考えてみよう。
Advanced Ray TracingについてCerny氏は,「PS5の2〜3倍のレイトレーシング性能を得られる」と説明していることが,大きなヒントになる。
CUの仕様については,RDNA 2なのかRDNA 3なのか断定しにくかったが,レイトレーシングユニット(AMDではRay Accelerator,以下 RTユニット)は,世代が上がっているとみて間違いない。RDNA系アーキテクチャでは,CU 1基あたりRTユニットも1基の構成なので,67%程度のCU増量で,レイトレーシング性能が2〜3倍も向上するはずがないからだ。おそらく,PS5 Proのレイトレーシング機能は,RDNA 3か,さらに先の世代の技術を搭載してきた可能性がある。
次世代のレイトレーシング技術については,考察のしようがないので省略するとして,PS5 Proのレイトレーシング機能が,RDNA 3ベースとなったと仮定して話を進めよう。まず,大前提として,CU数が1.67倍になっていると,単純計算で,レイトレーシング性能も1.67倍に上がる。問題は,Cerny氏が言う2〜3倍をどう実現するかだ。
これは,いくつかの観点から説明ができる。RDNA 3では,再帰的なレイトレーシングパイプラインが実行されたときの性能向上のために,スタック管理をハードウェアで処理したり,ベクトル命令用の汎用レジスタ「Vector GPR」をRDNA 2比で1.5倍に増量したりといった改良を加えた。AMDは,これらの改良によって「同規模のRDNA 2世代GPUに対して,(RDNA 3では)1.5倍のレイ生成が可能となった」と,説明したことがあるのだ。
額面どおりなら,1.67倍のCU×1.5倍のレイ生成となって,約2.5倍のレイトレーシング性能が実現できることになる。
しかし,これだけではやや物足りないと感じるかもしれないが,RDNA 3におけるレイトレーシング性能強化は,ほかにもある。詳細については,筆者が過去に執筆したNavi 31世代の解説記事を参照してもらうとして,本稿でも軽く説明しよう。
ひとつは「Ray Flagのハードウェア処理機能」の搭載だ。
レイトレーシングというキーワードに過大な幻想を抱いている人もいるが,実際のところ,近代GPUにおけるRTユニットは,3Dシーン内に放たれたレイが,3Dモデルを構成するどのポリゴンに衝突したか計算する処理を担当している。
たとえば,描画する3Dシーンに半透明のモンスターがいたとする。正確さを重視するなら,モンスターもレイトレーシングで正しく描画すべきだ。しかし,処理を軽くするために,「モンスターの実体は従来のラスタライズ法で描画する。半透明のモンスターは,周囲に及ぼす間接光や透過光,遮蔽の影響が少ないから,レイトレーシング処理系では無視しよう。だから,レイトレーシングの描画対象には含めなくていいことにする」というRay Flag(※判定のルール)を設定したとする。ゲームグラフィックスではごく当たり前の,「最適化という名の手抜き」だ。
RDNA 3では,Ray Flagの判定処理を強烈な速さで処理するので,「レイのトラバース(推進)効率」が大幅に向上するのである。
2つめは「ハードウェアによるBVHのソーティング」だ。
詳細は省くが,近代GPUのレイトレーシング処理系における実践的なレイトレーシング処理は,「Bounding Volume Hierarchy」(以下,BVH)という構造体に対して行う。BVHとは,対象3Dシーンを効率よくレイトレースできるように組み立てたデータ構造体と理解していい(関連記事)。
レイトレーシング処理において,3Dシーンに放たれたレイは「どの3Dモデルのポリゴンに衝突しているのか」と探査をしつつ,3Dシーン内を進むのだが,実際の処理は3Dシーンを表現したBVH構造体を参照していくものになる。当然,BVHの構成要素はメモリにデータとして記録されているわけだが,そのBVHデータの登場順を,何を目的とするレイトレーシング処理なのかに応じて,ハードウェアによって最適になるよう超高速で並べ替えをするのが,ハードウェアによるBVHのソーティング機能というわけだ。
具体的な例を挙げると,レイトレーシング処理が影生成,間接光処理,鏡像生成のいずれかを目的とする場合,目的に合わせてBVHデータのソーティングを行う。いわば,レイトレーシング処理が早く終わるように補助する優秀な秘書役といった仕組みである。
おそらく,Cerny氏がいう「PS5標準モデルに対して最大3倍のレイトレーシング性能が得られる」の部分は,ここで挙げたような機能が効果的に働いた場合のことだろう。なお,PS5 Proのレイトレーシング機能が,仮に次世代の「RDNA 4」相当だったとしても,AMDがRDNA 3に実装した機能は継承するだろうから,ここで挙げた機能の恩恵は受けられるはずだ。
ここでひとつ強調しておきたいのは,AMDがRDNA 3に対して行ったレイトレーシング性能強化のほとんどは,基本的にゲーム側の個別対応がほぼ不要という点である。つまり,既存のゲームの多くにおいて,ほぼ自動で,レイトレーシングの性能向上が期待できるということになる。
SIE独自の超解像エンジン「PSSR」とはいかなるものか
続いては「ビッグスリー」の3番め「AI-Driven Upscaling」についてだ。
結論から言ってしまえば,PCゲームグラフィックス界では定番となっているNVIDIA独自の超解像技術「DLSS」(Deep Learning Super Sampling)のSIE版に相当するものを,「PlayStation Spectral Super Resolution」(PSSR)としてPS5 Proに搭載したということだろう。
Super Resolutionは,日本語では「超解像」と呼ばれる技術で,広義としては「低解像度の映像を高解像度に変換する技術」として知られている。アップスケーリング処理の一種として覚えている人もいるだろう。
ちなみに,学術界では超解像を,低解像度の画像を「解像度情報が失われた画像」と仮定して,失われた解像度を復元するという考えで高解像度映像に復元する処理系と定義されている。解像度の復元にあたっては,「なぜ入力画像が低解像度化してしまったのか」に注目し,たとえば,デジタルカメラによる撮影が原因だとしたら,デジタルカメラの撮像素子やカラーフィルタの配列などの情報をもとに,入力画像を高解像度に逆変換できる逆関数を考えるわけだ。逆関数が正しければ,入力画像を高品位な高解像度画像に戻せる。
ゲームグラフィックスの場合,バイリニア的な処理の結果で低解像度な画像になることが多い。そのため,超解像処理における逆関数としては,シンプルなボックス型フィルタが選ばれることが多いのだ。このあたりの詳細な解説は,AMDの超解像技術「FidelityFX Super Resolution」(FSR)の解説記事を参照してほしい。
西川善司の3DGE:AMDの超解像技術「FidelityFX Super Resolution」は,DLSSのライバルとなり得るのか
AMD独自の超解像技術「FidelityFX Super Resolution」がついにリリースされる。PCゲームでの採用が広がっているNVIDIA独自の超解像&アンチエイリアシング技術「DLSS」に対抗するものだ。まだ未公開の部分もあるのだが,どんな利点があり,仕組みはどうなっているのかを解説したい。
近年では,この超解像技術の肝ともいえる逆関数の部分を,人工知能(AI)ベースの処理に置き換えようとする手法が盛んだ。NVIDIAのDLSSやIntelの「XeSS」が,その代表格である。一方,AMDのFSRは,どちらかと言えば「信号処理アルゴリズム的なアップスケール」に相当すると言われている。
今回,筆者の興味を引いたのは「Spectral」というキーワードだ。3Dグラフィックスの世界では,「Spectral Rendering」とか「Spectrum Rendering」という技術が存在するので,これを連想させる。
Spectrum Renderingとは,3Dグラフィックスの描画を赤緑青の3原色に限定して行うのではなく,取り扱う光の波長を広く拡大して扱い,さらには,描画対象となるさまざまな素材の光の反射についても,光の波長ごとに異なる反射特性まで配慮して行うというレンダリング手法だ。
Spectrum Rendering技術のメリットはいくつかあるが,ひとつは,材質ごとの色再現を,より現実世界に近い正確さで表現できることだ。
ライティングやシェーディングを3原色ではなく,広範囲の光の波長で行うので,最終的に赤緑青の3原色で扱うディスプレイに表示したときにも,3原色だけで演算するよりもリアルな色が出せる。イメージ的には「色のHDRレンダリング」という感じか。
Spectrum Rendering技術におけるメリットの2つめは,表現対象の表面で生じる可視光の波長領域での光学現象を再現できるという点だ。たとえば,「水に浮かんだ油」や「CD,DVDの記録面」には,異方性の虹色の輝きが見えるだろう。あれは,複数の波長の光が干渉することで生じる模様だ。Spectrum Rendering技術を用いると,あのような現象を表現できる。
最近,ディスプレイパネル技術で話題の,青色光を赤色や緑色に変換できる量子ドット技術も,このレベルの光学現象なので,Spectrum Rendering技術で再現できるかもしれない。
仮に,PSSRが,Spectrum Rendering技術に片足を踏み込んだ超解像技術だとすれば,業界初の試みだろう。個人的な印象としては,そこまでのものではない気がするのだが……。
現時点で確実に言えることは,先述した超解像処理における逆関数部分にAI技術を活用していることで,基本的にはAIに低解像度の画像と,同じシーンの高解像度画像の相関性をひたすら学習させて,学習データを生成する。その学習結果を与えたPSSRをPS5 Proで動作させることで,GPUにとって負荷の低い低解像度グラフィックスを描画したうえで,リアルタイムに超解像処理を行って画面に表示するという運用になると思われる。
具体的には,GPUは,リアル4K(3840×2160ピクセル)解像度ではなく,フルHD(1920×1080ピクセル)や解像度2560×1440ピクセルなどの低解像度な映像を描画してから,これをPSSRで4K解像度に変換して表示するという流れだ。
GPUで実際に描画するゲームグラフィックスは,低解像度であればあるほど高いフレームレートが得られるので,PSSRを活用すれば4Kや8Kでもハイフレームレートなゲーム映像が得られる。SIEは,PS5 Proで8K(7680×4320ピクセル)解像度に対応したこともアピールしているので,8K表示のためには,PSSR活用が絶対条件となるだろう。
もちろん,低解像度であればあるほど,4K〜8K化したときの映像品質は下がるのだが。
なお,NVIDIAやIntelは,パートナーシップを結んだゲーム開発スタジオに対して,DLSSやXeSSのランタイムに搭載する低解像度から高解像度への変換学習データを,開発中のゲームの画像だけで学習させて生成するフレームワークを提供している。PSSRについても,同様の仕組みが提供されるとみて間違いない。
ところでCerny氏は,PSSRの実行は「機械学習用のカスタムハードウェアが担当する」と述べていた。ここで言う機械学習用カスタムハードウェア(≒推論アクセラレータ)は,PS5が誇る立体音響技術「Tempest 3D Audio」を実現する専用ハードウェア「Tempest 3D Audio Engine」のように,GPU側のCUを使うカスタム版という可能性が考えられる。
ただ,余計なエンジニアリングはコストに響くので,シンプルにRDNA 3で導入された推論アクセラレータ「AI Accelerator」に準ずるものを流用している可能性も高そうだ。
ちなみに,RDNA 3のAI Acceleratorは,CU 1基あたり2基搭載される。AI Acceleratorは,16bit浮動小数点データを一度に2要素取り扱える32bit SIMD積和算器である「Wave Matrix Multiply Accumulate」(WMMA)を64基で構成されるものだ。PS5 ProのGPUはCU数60基なので,PS5標準モデルと同じ動作クロック2.23GHzと仮定すると,演算性能は以下のとおりとなる。
- 64 WMMA×2要素×2 FLOPS
× 2 AI Accelerator × 60 CU × 2.23GHz ≒68 TFLOPS
2024年3月に,PS5 Proのリーク情報と称するものが出回ったときに,「PS5 Proの推論アクセラレータの理論性能値は,67 TFLOPS」という話があった。筆者の試算に近い。リーク情報での理論性能値は,動作クロックをすべて2.18GHzで計算しているようで,先述したGPU理論性能値の試算や,AI Acceleratorの理論性能値の試算に2.18GHzを代入すると,リーク情報にほぼ合致する値が出る。そうなると,「PS5 Proの推論アクセラレータは,RDNA 3のAI Accelerator」という推測は,相応に妥当そうではある。
最近では,PS5向けのゲームがPCに移植される機会が増えているが。PSSRがRDNA 3のAI Acceleratorベースであれば,そうしたPC版ゲームにも,PSSRが実装される可能性があるかもしれない。
PS5 Proにおけるそのほかの進化点
Cerny氏によると,PS5 Proは,メモリバス帯域幅が「28%」程度向上しているそうである。この28%を額面どおりに受け取れば,以下のように計算できる。
- PS5標準モデルのメモリバス帯域幅448GB/s
× 1.28倍 =573.44GB/s
ちなみに,PS5 Proのメモリインタフェースは,PS5標準モデルと同じ256bitと見られる。もし,メモリインタフェースを強化していたら,メモリバス帯域幅も劇的に向上しているだろう。なにより,かつてのPS4 Proでも,メモリインタフェースは256bitのまま据え置きだったので,メモリクロックの向上により,メモリバス帯域幅だけを24%向上したと見られる。
この予想どおりだとした場合,採用するGDDR6メモリの動作クロックを計算できる。つまり,PS5標準モデルの14GHz(GTS)相当から17.92GHz(GTS)相当に高められているわけだ。
一方,メモリ容量については,増量に関する言及がないので,16GBのまま据え置かれたようである。PS4 Proでは,メモリ容量は表向き,PS4標準モデルと同じ8GBに据え置かれたが,実際には768MB増量されている。
PS4では,スタンバイ時の動作制御やバックグラウンドプロセスの制御用として,ArmベースのサブCPU「セカンダリプロセッサ」を搭載していた。このサブCPU用のDDR3メモリが,PS4標準モデルで容量256MBだったのに対して,PS4 Proでは容量1GBへと拡張されていたのだ。
PS5 Proにおいては,最低でも,PSSR処理用の学習データを格納しておくための追加メモリ容量は絶対に必要なので,何らかの対策が必要のはずだ。しかしPS5には,PS4のようなArmベースのサブCPUとサブシステム用メモリはない。現実的な線としては,PS5 Proは高速なSSDを搭載しているので,PS4 Proのようなノンゲームアプリのスワップアウト機構を,SSDに対して行ってなんとかしているのかもしれない。
SSDといえば,PS5 Proでは標準搭載容量が2TBへと増えたが,そのアクセス速度についての説明はなかった。ここは,容量のみのアップグレードと考えていいのだろう。
CPUについても,テクニカルプレゼンテーションでは言及がなかった。先述のリーク情報では,「PS5 ProのCPUは,同一アーキテクチャで動作クロックのみ10%ほど向上して3.85GHzとなった」とされる。ほとんど誤差みたいなクロック向上率だが,この点についても違和感はない。繰り返しになるが,「PS5 Proはゲーム体験を変えない,変えるのは映像体験だけ」というコンセプトで開発されているからだ。
PS3やXbox 360の時代から,あれだけ繰り返し「GPGPUでAIや物理演算を!」と叫ばれては来たが,良くも悪くも近代ゲームの多くは,メタAIやキャラクターAI,各種物理シミュレーションについても,いまだにCPUベースでの実装が主流となっている。CPUの劇的な性能強化は,次世代機の登場まで待つ必要がありそうだ。
PS5 ProのブーストモードはPS4ゲームにも効く
PS4 Proがそうであったように,PS5 Proにおいても,既存のPS5ゲームを高速で動かせる「ゲームブースト」モードが搭載される。嬉しいのは,ゲームブースト機能が,PS5向けゲームだけでなく,PS4世代のゲームにも利用できる点だ。
PS5 Proでは,CPU性能こそ据え置かれているが,GPUはCU数が60基に増えた分だけ性能も上がっているので,PS5/4の既存ゲームでも恩恵が得られる。「フレームレートが安定しなかったお気に入りのあのゲームも,PS5 Proなら快適にプレイできる」ことがあるかもしれない。
既存のPS5のレイトレ対応ゲームも,PS5 Proであれば,レイトレーシングユニットが36基から60基に増えたので,その分,性能向上が見込める。そして,PS5 ProのレイトレーシングユニットがRDNA 3世代以降のものであれば,本稿で説明したようなレイトレーシング最適化機能の一部は,ゲーム側の対応なしで恩恵が受けられるので,予想以上に高い性能が得られるかもしれない。
PSSRはどうだろう。既存ゲームに無理矢理,適用できなくはないだろうが,その場合の超解像品質は,PS5 Pro向けに最適化された「PS5 Pro Enhanced」対応ゲームには遠く及ばないだろう。
というのも,PSSRでは,アルゴリズム的に過去フレームの参照が必須となる仕組みなので,ゲーム側のグラフィックスパイプライン(グラフィックスエンジン)への組み込みが不可欠だからだ。学習データも,ゲーム専用のものをどう提供するのか,学習データをメモリのどこに配置するかについて,既存ゲームのプログラムを一切,変更せずに実現するのは難しそうである。
もちろん,特定のゲーム専用ではない「汎用学習データ」をシステム側のメモリ空間に置き,超解像処理も過去フレームの参照をせずに,表示直前の生フレームに対して,ポストエフェクト的な処理系として介入する実装とすれば実現できなくはない(※AMDは,ドライバソフト側で超解像処理を行う技術「Radeon
いずれにせよPSSRの本命は,PS5 Proに最適化された「PS5 Pro Enhanced」対応ゲームであることは間違いない。
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