インタビュー
「台北大空襲 Raid on Taihoku」インタビュー。第二次世界大戦下のリアルな台北を再現したアドベンチャーゲームを作る
本作は,第二次世界大戦の末期,1945年5月に連合軍が行った台北への大規模な空襲をモチーフとして,苛烈な攻撃にさらされる市民の生き様が描かれる。同社が2017年にリリースした協力型ボードゲームが原作だが,本作はシングルプレイのアドベンチャーゲームとなっている。
アクションADV「台北大空襲」,体験版をSteam Nextフェスで配信へ。クラウドファンディング成功を経てボードゲームからビデオゲームに
Mizoriot Creative Companyは本日,PC向けアクションアドベンチャーゲーム「台北大空襲」の体験版を,日本時間の明日開幕となるSteam Nextフェスにて配信すると発表した。同スタジオを一躍有名にしたボードゲームが,クラウドファンディングの成功を経て,ビデオゲームとして登場するのだ。
今回は,Mizoriot Creative Companyの代表を務め,本作の制作指揮を行っている張 少濂氏にオンラインインタビューを行う機会を得たので,その模様をお届けしていく。
徹底的な調査により50年前の風景や建物を再現
第二次世界大戦下のリアルな台北を描く
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。「台北大空襲」は同名のボードゲームを原作としたデジタルゲームとなりますが,開発に至った経緯を教えてください。
原作の「台北大空襲」は,台湾でもっとも成功したボードゲームの1つです。2015年に実施したクラウドファンディングでは,台湾国内で3万2000ドル,Kickstarterでは2万6000ドルの資金調達に成功しています。
日本最大のアナログゲームイベントであるゲームマーケットにも出展経験があり,そちらでもポジティブな感想をいただくことができました。そうした反響を受けて手応えを感じ,この作品をベースとしたPCゲームを作ろうと考えたのです。
4Gamer:
本作のテーマは興味深くもあり,同時にセンシティブなものだと感じました。どんなきっかけで,こうした題材のゲームを作ろうと考えたのでしょう。
張氏:
祖父の影響が大きいですね。祖父は生前,とても熱心に当時の出来事を語ってくれました。何度もあったという空襲の恐怖はもちろん,当時の情勢や空気感など,実体験をもとに多くのことを教えてくれたのです。
そこで受け取った情報の多くを,この「台北大空襲」に詰め込みました。祖父はすでに亡くなりましたが,こういった形で祖父の意志を伝えていけたらと思っています。
4Gamer:
ボードゲーム版「台湾大空襲」と本作に,何かしらの関係はありますか。
張氏:
ボードゲームとPC版は世界観を共有していますが,システムはまったく異なっています。一部のキャラクターはボードゲーム版から登場していますが,それぞれの設定も変更しているので,PC版は独立した作品と考えていただいて問題ありません。
ちなみに,ボードゲーム版でとても人気のあった台湾犬のクロは,主人公と一緒に生きる大事なキャラクターとして登場します。その辺りは,原作を知っている人ほど楽しめる要素と言えるかもしれませんね。
4Gamer:
ボードゲームとデジタルゲームでは,開発に必要な知識も期間も大きく異なるかと思います。開発チームの規模や,開発期間はどういった状況ですか。
張氏:
開発の規模はどんどん大きくなっていて,開発スタートから3年経った現在は25人ほどのチームになっています。現実と二次元の境をうまく表現する,いわゆる“2.5次元”の世界を成立させるために努力を重ねています。
4Gamer:
本作は,アニメ映画「火垂るの墓」や,ゲーム「バリアント ハート ザ グレイト ウォー」(以下,バリアントハート)をリスペクトしているとお聞きしています。それぞれの作品から,どういった影響を受けているのでしょうか。
張氏:
「火垂るの墓」は,第二次世界大戦をテーマにした映画作品として,台湾人にも非常に馴染み深い作品です。幼稚園や小学生から触れていた,という人も少なくありません。
私は小学一年生のころに見て,本当に大きなショックを受けました。言葉のうえでしか知らなかった“戦争の恐怖”を,より身近に感じたのです。それを本作でも実現したいと思い,リスペクトした作品の一つとして挙げています。近く台北で「高畑 勲展」が行われるので,敬意を持って訪問したいと思っています。
4Gamer:
台湾で「火垂るの墓」がそれほど一般的な作品になっているとは,驚きました。
張氏:
「バリアントハート」の方は,第一次世界大戦のヨーロッパをテーマにした作品で,主人公たちが1匹の犬と共に戦場を生き抜いていく姿が描かれます。
主人公と犬が力を合わせて難所を切り抜ける中で,かけがえのない仲間としての友情が芽生えていくスタイルは,本作のゲーム部分を構築するうえでの参考になりました。
4Gamer:
5月のSteamNEXTフェスでは体験版が公開されましたね。受け取ったフィードバックの中で,興味深かったものなどがあれば教えてください。
張氏:
全体を見渡すと,ポジティブな意見が非常に多かったです。特に台湾犬のクロの可愛らしさや,建物のビジュアルの精巧さなどについては,好意的な意見を多くいただきました。
しかし,fpsが固定されていることや,会話の一部に誤字があることについて,ご指摘をいただきました。これに関しては,体験版の公開から3日後にアップデートを行い,問題を解決しています。
また,「ゲームの流れが分かりにくい」という意見についても,開発チーム内で検討会を行い,よりスムーズにゲームを楽しめるよう改善案を用意しました。正式版では,そうした問題を解決したバージョンをお届けできるかと思います。
4Gamer:
シナリオや世界観などについての反応はいかがでしたか。
張氏:
そちらも好評でした。ただ,体験版では“ある子供”が登場して,親御さんや主人公を困らせるのですが,彼女はすごく嫌われています。これに関しては開発の狙い通りで,こういった題材の物語を作るにあたり,悲しみや怒りの感情も取り込んだ作品にしたいという思いがあり,ああいう人物を登場させています。
いただいた意見をしっかりと受け止め,ポジティブな評価を受けた部分を,より洗練された形で楽しめるようなところを目指していきます。
4Gamer:
製品版の最終的なボリュームや,検討している追加要素などについて教えてください。
張氏:
体験版でお届けしたストーリーは,製品版の約10%程度にすぎません。登場人物も主人公と犬を中心とした数名程度でしたが,製品版ではより多くの,さまざまな立場の人物が物語に関わり,より深く物語を楽しめるようになります。
さらに,当時の情勢や生活が分かる100個以上の収集品,小説「台北大空襲」のキャラクターなど,大幅にボリュームが増えています。現時点で提供できる情報は多くありませんが,台湾視点での第二次世界大戦を描いた作品として,日本や台湾のプレイヤーにとって特別な作品になることを目指しています。
4Gamer:
原作ボードゲーム「台北大空襲」シリーズをを日本で入手するのは,やや難しくなっています。今後,何らかのイベントに出展する予定などはありますか。
張氏:
コロナ禍の影響もあり,海外版はすでに在庫がなくなっていますが,現在もドイツや韓国など,さまざまなボードゲームイベントに参加しています。
2022年末にはドイツに行く予定ですし,2023年にはPCゲームを披露するために日本のゲームマーケットに参加することも検討しています。こうした試みを通じて,世界中の皆さんに私たちのゲームを知っていただければと思っています。
4Gamer:
体験版をプレイしたのですが,随所に日本的な雰囲気を感じさせる建物やオブジェクトがあり,懐かしいような不思議な感覚を覚えました。こうしたゲーム内の風景は,当時を再現した結果としてそうなったのでしょうか。
張氏:
台湾は50年間も日本の植民地でしたので,その間に文化的な混じり合いが発生し,さまざまな部分で共通項が生まれました。そのため,建物の雰囲気や言語などの面でそういった印象を受けたのではないでしょうか。
しかし,1970年代には台湾と日本は外交関係を断絶され,神社など日本由来の建物も取り壊されてしまいました。祖父の昔話の中や,資料の中でしか知ることができない建物もあり,非常に残念なことだと思っています。
ゲーム中には,当時の総督府や,台湾で初めて設立された百貨店の菊元百貨店,今は取り壊された台北駅など,日本によって建設された建物が多く登場します。
4Gamer:
今では見ることができない建物も,当時の姿で再現されているのですね。
張氏:
はい,それが本作のコンセプトの1つでもあります。ゲームを通じてプレイヤーを1945年の台北にタイムスリップさせ,当時の雰囲気を感じてもらえるよう,壊れてしまった建物も可能な限り当時の外観を再現しました。
建物については,長い時間をかけて歴史の資料をもとに構築しています。書籍で当時の様子を調べ,東京大学の中央研究員を務めている陳 力航先生に歴史顧問を担当していただくことで,より正確な再現を目指しました。
4Gamer:
ゲーム内で「ここに注目してほしい」という要素はありますか。
張氏:
では,ゲームに反映されている史実的な要素として,注目すべき点を3つ紹介しましょう。1つめは空襲における飛行機の数,2つめは飛行機の飛ぶ方向,そして3つめは当時の建物の屋根の特殊な角度です。
これらは,顧問の陳先生はもちろんのこと,プレイヤーの皆さんからの指摘がゲームに反映された要素でもあります。
4Gamer:
シナリオについてはいかがでしょう。当時を再現するにあたって,どういった部分に力を入れましたか。
張氏:
当時における,日本人と台湾人の関係には特に力を入れました。良い日本人がいれば,悪い日本人もいるように,良い台湾人がいれば,悪い台湾人もいる。いわゆる“片方が善で,逆側が悪”という一方的な描き方ではなく,善悪は国境によって定義されるものではない,という信念のもとで物語を作りました。
こうしたシリアスな事実は,できるだけ事実を伝えていきます。しかし,本作は前提として“ゲーム”なので,これらの要素を取り込んだうえで,ゲームとしての娯楽性を残した作品にしたいと思っています。
4Gamer:
取材や資料の収集を重ねる中で,特に印象深かった出来事があれば教えてください。
張氏:
ボードゲーム版を制作するにあたって,台北や高雄で“誰が空襲を実行したのか”というアンケートを取ったのですが,なんと多くの人が「日本が台湾を空襲した」と答えたのです。この結果には,本当に驚かされました。
4Gamer:
当時の出来事を知らない人が増えていると。
張氏:
私は東京,大阪,広島などの主要な空襲被害地や,鹿児島の特攻平和会館に足を運びましたが,どの土地にも空襲の存在を忘れないように立てられた碑などがありました。しかし,台湾にはそういったものが非常に少ないのです。
それゆえに,台湾の60代未満の人は台湾空襲の歴史についてほとんど知りません。後から知らせようとしても「だからなに?」と,冷たくあしらわれてしまうことも少なくありませんでした。
また,日本のゲーム実況などを見ると,台湾がかつて日本の植民地だった事実を知らない若者が増えているということを知り,それにも驚かされました。このゲームを通じて,そうした歴史を伝えていきたいと思っています。
4Gamer:
最後に,読者にメッセージをお願いします。
張氏:
戦争の残酷さを今の世代に伝え,記憶に留め続けるのは私達の使命です。ベトナムの小説家ヴィエット・タン・グエン氏は「すべての戦争は2回ある。1回目は戦場で,2回目は記憶の中で」という言葉を残しました。これは,我々のスローガンになっています。
今はまさにウクライナとロシアの間で戦争が起きています。過去の戦争の凄惨さを知ることは,それがいかに深刻なことであるかを知り,平和の尊さを感じる助けになるはずですので,正式なリリースをお待ちいただければと思います。
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