レビュー
現代日本をプレイ可能にする「新クトゥルフ神話TRPG クトゥルフ2020」詳細レビュー。舞台設定のみならず,プレイ環境を“今”にアップデートする一冊
なぜ待望なのか。当たり前だが,「新クトゥルフ神話TRPG」は,クトゥルフ神話の生みの親であるH.P.ラヴクラフトと,そのフォロワー達の作品世界を再現することを目指して生まれてきたタイトルだ。こうしたクトゥルフ神話の作品群は,当然ながら執筆された当時――1920年代のアメリカを舞台にしているものが多いため,「新クトゥルフ神話TRPG」もまた,この舞台設定が標準となっている。
しかし現代日本を生きる我々にとって,1920年代のアメリカというのは実感が湧きにくいのだ。そこで舞台をなじみ深い“現代日本”に舞台を移すために用意されたのが,この「クトゥルフ2020」なのである。
本書は,旧版「クトゥルフ神話TRPG」においても非常に人気のあったソースブック「クトゥルフ神話TRPG クトゥルフ2010」「クトゥルフ神話TRPG クトゥルフ2015」の後継にあたり,現代日本を舞台とするのに必要なさまざまなデータや追加ルールが詰め込まれている。つまり,これでようやく“いつもの”プレイ環境は整った。本稿では,この「クトゥルフ2020」をどう読めばいいのかを,筆者なりの視点で紹介している。
これから本書を買おうという人はもちろん,そしてとりあえず買ったけど積んでしまっているという人も,参考にしてもらえたら幸いだ。
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ソースブックとしての「クトゥルフ2020」
本書の中で,現代日本ソースブックとしての役割を主に担っているのは,以下のコンテンツだ。
- 現代日本での代表的な職業データ一覧
- 現代日本におけるバックストーリー
- クトゥルフ神話的事件のヒントとなる年表
- シナリオ
このうち,職業データ一覧とバックストーリーは,プレイヤーが探索者(プレイヤーキャラクター)を作成するにあたって頻繁に閲覧することになるデータ群となっている。とくに職業データは,「ネットタレント」「eスポーツ・プレイヤー」なんかが含まれていて,非常に現代的なラインナップだ。
年表では,1981年以降の近現代に起きた象徴的な出来事から,シナリオのアイデアソースになりそうなものがピックアップされ,「出来事」「災害」「オカルト現象・犯罪事件」のカテゴリーに分けて掲載されている。
総ページの約半分を占める6本のシナリオは,いずれもフローチャートで進行が示されており,また事件のおおまかな全容が冒頭に記述されていることもあって,非常に遊びやすい構成となっている。基本ルールブックや「スタートセット」などに掲載されていたシナリオと比べても,サマリーなどプレイエイド(プレイを補助する仕掛け)が工夫されていて,これからキーパーに挑戦しようという人にもオススメできる内容と感じられた。
キーパーだけでなく,全プレイヤー必読の「キーパーガイド」
全160ページ中の12ページという少ない文量ながら,筆者が「本書で最も価値がある」と感じたのが,「現代日本を舞台にするためのキーパーガイド」(以下,キーパーガイド)の章だ。とくに前半部分は「新クトゥルフ神話TRPG」のみならず,テーブルトークRPGを遊ぶうえで普遍的なプレイテクニックや心構え,留意すべきことなどが丁寧に紹介されている。
また後半は,現代日本を舞台に「新クトゥルフ神話TRPG」を遊ぶにあたっての有益なガイドラインが示されている。
とくに素晴らしいと思った項目をいくつか紹介してみよう。
例えば,「事前に(シナリオの)トーンを伝える」という項目では,シナリオ本編に入る前に,GMとプレイヤーの間で共有しておくべき共通認識の大切さが示されている。テーブルトークRPGでは,“現代日本を舞台としたクトゥルフもの”という限られたジャンルであっても,シナリオやキーパーごとにプレイフィールは大きく異なるものなのだ。シリアスなのかコミカルなのか,アクションなのかミステリーなのか,はたまた冒険活劇なのか。こうしたセッション全体を覆う雰囲気(=トーン)を,本書ではプレイヤーに予め早い段階で伝えることを推奨している。
インターネットを通してプレイヤーメイドのシナリオが入手しやすくなった今だからこそ,またかつてのような,友人同士やサークル単位でのセッションのみならず,SNSなどを介してプレイヤー募集を行うケースが増えてきた昨今であればこそ,こうしたトーンの伝達ミスによる“齟齬”が発生しやすくなっている。それに起因する不幸を減らし,楽しいテーブルトークRPG体験を共有するためにも,「事前にトーンを伝える」というこの提言は,より大きな意味を持つのではないだろうか。
さらに「デリケートなテーマ」「現実の事件への配慮」といった項目もまた,ぜひ頭に入れてきおきたいガイドラインと感じられた。
先にも触れたように,今日のテーブルトークRPGは,必ずしも“いつもの面子”でプレイするとは限らなもの。そうした多様な価値観,来歴,趣味嗜好を持ったプレイヤーを不用意に傷つることなく,かつ楽しさを共有するのには,やはりこうした配慮は欠かせないだろう。そうした注意点を丁寧に説明してくれるこうしたガイドラインは,心に留めておいて損はない。
「キーパーガイド」には,このほかにも「現代日本」でのセションを楽しむために欠かせないノウハウが,少ないページの中に凝縮されている。「キーパーガイド」と銘打たれてはいるものの,キーパーのみならず,すべてのプレイヤーに一読してほしい章といえる。
収録シナリオの「トーン」を考える
「キーパーガイド」で触れられている「トーン」についての提言は,多くのキーパーが取り入れてほしい素晴らしい内容ではあるものの,具体例に欠けているのが残念に感じられた。そこでこのコラムでは,本書収録の6編のシナリオの簡単な紹介も兼ね,この「トーン」を伝えるテキストをそれぞれ考えてみたので紹介しよう。あくまで「筆者ならこう伝える」という一例であり,正解が存在するものではないものの,これからキーパーをやってみようという人は,ぜひ参考にしてみてほしい。
○シナリオ1「黒い目玉」
比較的短時間でプレイできる,シンプルな展開のシナリオです。商店街のリサイクルショップで探索者達は不気味な怪異とその被害者に遭遇します。知恵を出し合い,哀れな被害者を怪異から助けてあげてください。○シナリオ2「ツチクワの嫁」
探索者たちは,とある恋愛シミュレーションゲームにまつわる事件の解決を依頼されます。事件の真相に潜む怪異への恐怖と,人間の狂気に触れることになるでしょう。○シナリオ3「私には止められない」
探索者たちと懇意な仲にあった,山奥に住む夫婦を襲った悲劇を追うシナリオです。導入部分で彼らと親密な交流をし,夫妻の関係性を深堀りしていると,よりドラマを楽しむことができるでしょう。○シナリオ4「世界を視た男」
ある画家の芸術作品を通じて,探索者たちは知るべきでない世界の真実に近づいていくことになります。見知った世界が変貌していく恐怖と狂気を味わってください。○シナリオ5「眠らぬ街の白い顔たち」
アンダーグラウンドな犯罪とカルトが蔓延する都会の闇の中で,行方不明の少女を捜索するサスペンス。狡猾な陰謀者が企てる邪悪な計画を阻止し,毒牙から少女を救い出せ。○シナリオ6「公園の侵略者」
全員が子供の探索者で挑むシナリオです。公園の遊具が破壊され,いつもの遊び場を何者かに奪われた探索者達は,犯人を突き止めるために少年探偵よろしく調査を開始します。「シナリオグラム」という試み
もう一つ,本書の目玉だと筆者が思ったコンテンツに,シナリオ作成を支援してくれる「シナリオグラム」の章がある。これは,チャート化されたいくつかの項目をランダム,あるいは任意で埋めていくことで,シナリオの骨子があっという間に作れてしまうという,優れもののツールとなっている。
試しに筆者もダイスを振って,シナリオグラムを利用してみると,以下のような実に“らしい”シナリオが生み出された。
「探索者は,怪異が起きている【遊園地】から脱出しなければならない。発端の怪異は【人体発火現象】であり,事件の真相は【偶然にもグレート・オールド・ワンと交信してしまった】ことだ」
人体発火現象を起こすグレート・オールド・ワンとは? 誰が,なぜ遊園地でその神格と偶然にも交信できてしまったのか? パニックになった遊園地からどのように脱出し,どうやって事件に決着をつけるのか? こういったことに想像をめぐらせながら,ルールブックの神格リストなどを眺めていると,自然とシナリオの細部が組み上がっていくだろう。
また,それだけではなく,欠けた部分を補うシナリオソースとしてチャート利用する使い方もあって,完全なダイス任せにせず非常に便利である。
このほかシナリオを作るうえで役立つシート類などもいくつも準備されているので,これから自作のシナリオを作ってみようという人は,ぜひこれらを活用してみよう。
ゲームの舞台と,現実のプレイ環境,双方を「現代日本」にアップデートする1冊
本書を通して筆者が強く感じたのは,これは単に“現代日本を舞台とした”ソースブックであるに止まらず,“現代日本のテーブルトークRPG事情”にフォーカスし,「新クトゥルフ神話TRPG」のプレイ環境をアップデートする試みであるということだった。
「新クトゥルフ神話TRPG」は,ケイオシアムが2014年に出版した「Call of Cthulhu」第7版を和訳したものであり,実はそれほど「新しい」システムではない。当然ながら,昨今の動画やライブ配信を背景として形作られた日本のクトゥルフ神話TRPGブームなどは,まったく考慮されていないものなのだ。そのミッシングリンクを補うために生まれたのが本書であり,そしてそれは,本書の執筆を手がけたアーカム・メンバーズの努力の結実であると言える。
本書は,今まさに「新クトゥルフ神話TRPG」を遊ぼうとする我々に向けて届けられた,先人達のノウハウやツールが詰まった一冊だ。仲間達と楽しい時間を共有するテーブルトークRPGの魅力を最大限に引き出すために,そして楽しい「新クトゥルフ神話TRPG」ライフのお供に,ぜひ本書を手に取ってみてはいかがだろうか。
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