インタビュー
クソゲーだから,覚悟のうえで買ってほしい――「moon」移植版配信開始記念,木村祥朗氏&西 健一氏インタビュー
1997年10月16日にPlayStation向けに発売された「moon」が,2019年10月10日,Nintendo Switchのダウンロード用ソフトとして復活を遂げた。
そんな「moon」を生み出したソフトハウスがラブデリックだ。スクウェア(現スクウェア・エニックス)において「スーパーマリオRPG」などの作品に携わった,西 健一氏,工藤太郎氏,木村祥朗氏らが中心となってゲーム制作が行われた同社は,「moon」「UFO -A day in the life」「L.O.L. 〜LACK OF LOVE〜」を発表。その後3人は独立してスキップ,バンプール,パンチラインという3社を設立,それぞれの活動に邁進していった。以降,多くのファンが西氏,工藤氏,木村氏の再結集や,「moon」の続編を望んできたが,その夢は叶えられることなく現在に至る。
4Gamerでは今回,「moon」の移植版配信を記念し,木村氏と西氏にインタビューを行った。「moon」を現代に蘇らせることへの思い,3人が揃っていたラブデリックという奇跡,そして今後の活動について話を聞いた。
“アンチRPG”な「moon」をオリジナル版未経験者がプレイ。人は選ぶが,心に深く刺さる無二な体験ができる作品だ
本日,Onion GamesからSwitch版「moon」がニンテンドーeショップで発売された。発表の瞬間からSNSでは復活を喜ぶ声が多数見られるが,未経験者が今プレイしても面白いのだろうか。本稿ではそんな「やったことないけど,興味はある」という人に向けて,未経験者の立場からプレイレポートをお届けしたい。
「moon」公式サイト
「moon」配信ページ(ニンテンドーeショップ)
ラブデリックは「オーシャンズ11」ならぬ
「ナイーブ10」だった
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。「moon」とラブデリックについて,いろいろとお話を伺えればと思います。
木村祥朗氏(以下,木村氏):
よろしくお願いします。Onion Gamesのゲームデザイナーで旅人の木村です。
西 健一氏(以下,西氏):
今はRoute24の西です。
木村氏:
まずは乾杯しましょう。
一同:
乾杯!
木村氏:
実はこれまで西さんと二人でじっくりしゃべったことって,ほとんどないので,この組み合わせは超レアですね。
西氏:
祥ちゃん(木村氏)と取材を受けたこともあんまりないよね。決して仲が悪いわけじゃないんだけど(笑)。
木村氏:
(工藤)太郎ちゃんと,うち(Onion Games)の倉島(一幸氏)は近所なので最近よく飲むんですけどね。
4Gamer:
先に聞いてほっとしました。
まずはおさらいとして,ラブデリックという会社の概略を,あらためて教えてください。
西氏:
俺らがスクウェアで「スーパーマリオRPG」を作ったあと,独立して作ったのがラブデリック。その初回作が「moon」だね。ラブデリックの共同代表は鈴木浩司さん,松尾憙澄さんという2人で,俺らより10歳くらい上。
木村氏:
そうそう。「moon」のプロジェクトが始まったときって,現場では西さんが一番年上で,その下に太郎ちゃんがいて,僕が一番年下。だから僕は“西さん”って呼んでいたし,西さんはみんなのお兄さん的な存在だった。
4Gamer:
ということは,西さんが中間管理職的な役目だったんでしょうか?
木村氏:
え? 中間どころか管理職というのがなかったですね。
西氏:
タイムカードもなかったし,何時に来いも,帰る時間も決められていなかった。
木村氏:
朝は誰もいないし,夜になるとクラブへ行っちゃうからやっぱり誰もいない(笑)。僕は仕事をするのが好きだったので,朝の8時半くらいから働いてましたけど,これもまた自由だったんです。
……それにしても、西さんはあの動物園みたいな場所をよくまとめてましたね。
西氏:
まとめてないよ。放し飼い(笑)。
木村氏:
西さんが飼っていた犬のタオが事務所によく来てましたけど,確かに僕らもタオと同じ扱いでした(笑)。
西氏:
タオ以下だよ。タオはもっと言うこと聞いてくれたから(笑)。
ただ,俺はみんなに対して「言うことを聞け!」なんて思わなかった。ラブデリックは,みんながやりたいことをトライ・アンド・エラーする実験工房みたいなものだったから。
当時のゲーム業界は景気が良くて,俺達がいたスクウェアでも,社員旅行は海外だったし,家賃の半分を出してくれる借り上げ社宅制度なんかで手厚く守られてたんだよね。けど,そんな恵まれた環境から飛び出しちゃうような連中が集まったのが,ラブデリックだったから。会社への要求も「給料を上げろ」とか「待遇を良くしろ」なんてことじゃなく,「放っておいてくれ! やりたいことをやらせろ!」という自己表現欲から来るもので。
木村氏:
会社が大きくなって人数も増えてくると何かにつけて議論が生まれてしまって,ゲームそのものへ向かっていないと感じる時間がつらいんですよね。当時はそれが苦しかった。今にして思うと,大きい会社のほうが良いところもいっぱいあるんですけどね。
実際問題,小さいインディーズとして独立したからといって,それで自由になれるというのも幻ですしね(笑)。どこにいても何かしらの苦労はするんです。大きな会社でも自由にやって能力を発揮できる人もいますし,単純にあの頃の僕はスクウェアで活躍する方法が分からない弱い子だっただけかな。
西氏:
そういう意味で,ラブデリックは弱いヤツらの集まりだったんだよね。ナイーブな10人。
木村氏:
ナイーブ・テン(笑)。「オーシャンズ11」じゃないけど(笑)。
ラブデリックはマウントの取り合いがない
健全な場所だった
4Gamer:
木村さんは「moon」の開発がスタートしてしばらく経ってから,ラブデリックに合流されたそうですね。
西氏:
祥ちゃんはペルーをさすらったあとで合流してくれて,シナリオや全体の取りまとめをやってくれたんだよ。
木村氏:
ラブデリックはいいところだったんですよ……。でも当時,僕はマウントの取り合いみたいなコミュニケーションに疲れちゃって,スクウェアをエスケープしました。集団で作品を作ることに興味がなくなって「1人でものを作っていこう」と思ってたんです。
ペルーに発つ前にも1か月ほどラブデリックに顔を出していたんですけど,疲れ切っていたからか,早く日本からエスケープして自分の冒険がしたいという思いしかなかった。
4Gamer:
精神的に限界だったんですね……。
木村氏:
だからその時点では,ラブデリックも輝いてなかったんです。ラブデリックのみんなとミーティングとかしてましたが,僕はその時点ではゲーム作りそのものからエスケープしたかったので,そのままペルーに行っちゃった。
でも,ペルーを旅しているうちにゲーム作りへの情熱が蘇ってきて,モチベーションが再び上がりました。そこにラブデリックで仕事をするタイミングがピッタリ合った。戻る場所があって,それがラブデリックだったのは本当に良かったですね。
4Gamer:
どこがそんなに良かったんでしょう?
木村氏:
ラブデリックにはマウントの取り合いがないんです。誰かが面白いアイデアを出しても,理屈でコネ繰り返して反論するという人はいませんでした。「それ面白そう」っていう共感から始まる場合が多かった。
僕がやりたいことを止める人が誰もいない。何かを作ると全肯定で喜んでくれるから,いい気になってどんどんアイデアを出す。そのまま最後まで行ったのが「moon」だったんです。
すごく健全な場所でしたね。それもこれも,西さんや太郎ちゃん,倉島や(上田)晃君が空気を作ってくれていたからなんだな……と今になって思います。
4Gamer:
「moon」はしっかりとした仕様書がない状態で作ったと聞きますが,どうやって役割を分担していたんですか?
木村氏:
それぞれがこのゲームの完成に必要なことをやっただけだと思いますよ。「俺ここやっとくね」的なことをちょっとだけ伝えて,それぞれが得意なところに手を付けて,みんなが自由奔放に開発を進めました。こんなことはもう一生できないでしょうね。
西氏:
スクウェアにいたとき,俺達がした経験は「もの凄い物量を,時間をかけて作る」というものだった。だけど,これを少人数のラブデリックで真似るのは無理なわけ。
そこで,まずは自分達の頭数でやれることを見極め,無駄を削ぎ落としたうえでゲームの軸を作り……と進めていったのが「moon」の開発だったんだよ。
木村氏:
ただ,僕がラブデリックに合流した頃「これはどうやっても開発が終わらないな」と思ったんで,西さんや太郎ちゃんを個別に喫茶店へ連れて行っていろんな話をしたんです。
4Gamer:
社内会議などではなかったんですね。
木村氏:
その頃は,自分の考えていることをみんなに説明したり,プレゼンしたりするのはちょっと怖かったかな。いきなり登場して重要な箇所を話すわけですから,勇気が必要ですよね。だから個別にカフェに呼び出しました。
そこで,西さんには僕が考えるシナリオの展開に了承を得る。太郎ちゃんには,当初考えていた「心の扉システム」はやめて,その代わりにモンスターを追いかけてタッチする遊びにしよう……といった話をしました。
4Gamer:
つまりプロジェクトの状況を見て,ゲームの仕様を実現可能なものにすべく立ち回っていた,と。
木村氏:
立ち回っていたというか,そんな賢いことではなかったです。ほとんど衝動的な感じ。それもこれも,ラブデリックで,ゲームを絶対完成させたいという気持ちからですね。そこで共感を得られたので,ぶわーっと作るんです。もう止まらない勢いで。
4Gamer:
そこまでモチベーションが上がったのはなぜでしょう?
木村氏:
スクウェア時代に発揮できなかったからかもしれません。本来僕のスキルは物語を書くことです。しかしスクウェアでは,物語を書く必要が全然なかった。だって河津(秋敏)さんというRPGの神様の物語をじかに遊べて楽しかったし(笑)。
逆にラブデリックでは僕のスキルを発揮できる場があって,「やっていいんだよ」と押されるような感覚を覚えたんです。だからもの凄い勢いで作ったし,誰も僕を止めなかったし。
西氏:
ぐちゃぐちゃに散らかっていたところをまとめてくれたんだから,止めようがないよ。野球に例えるなら,俺が先発ピッチャーで,工藤が中継ぎ。でも抑えがいないからどうしよう? と思っていたところで,祥ちゃんがみんなの意図を汲み取って綺麗にまとめてくれた。
祥ちゃんが加わったタイミングにも,ある種のマジックがあったね。祥ちゃん自身の中に鬱積したものが爆発する瞬間に,ラブデリックにいてくれた。
4Gamer:
となると気になるのは,「moon」の開発中,完成型が誰の頭の中にあったのか,というところなんですが。
木村氏:
僕の頭の中にはありましたよ(笑)。
西氏:
祥ちゃんが最後にしっかりまとめてくれたね。ラストのコンティニューにまつわる仕掛けなんかは良く考えついたよね。
それも含めて,ラブデリックには奇跡的な風が吹いてたんだと思うよ。
4Gamer:
現在の開発シーンだと,仕様書がないというのはちょっと考えづらいですよね。例えば,キャラクターを作るにしても,どういうものが何体必要かなど,あらかじめ決めたうえでデザイナーに発注するケースが多いと聞きます。
木村氏:
無駄なこともしないとダメなんですよ。キャラクターリストが10個あったら13個描くくらいでないと(笑)。
とはいえ,スケジュールに合わせてクオリティの高いものを作ろうというなら,仕様書やキャラクターリストは必要なんですよね。それこそ「勇者ヤマダくん」には最初から概要書も仕様書もアートイメージもありますし,「BLACK BIRD」(PC / Nintendo Switch)でも,まずは完成イメージの画面や音楽を共有するところから始まってます。これで別に間違っちゃいない。仕様書がないと意識を統一できないし,無駄に迷うし。でも「moon」のときとはまったく違う(笑)。
4Gamer:
もう「moon」のような作り方はできないと。
西氏:
「moon」はああなるしかなかった。誰かが強権発動して形を決めたんじゃなくて,全体の総和としてああなった。俺らがしてたのは,バンドのセッションのようなものだったんじゃないかな。
木村氏:
あの場で良かったのは,音楽担当じゃなくても,みんなが音楽や芝居が好きで,アドリブ的なことに慣れ親しんでいたからかもしれないね。
4Gamer:
では,「moon」が発売されたあとの反響について聞かせてください。
西氏:
発売当時,「moon」はストーキングゲームだってよく言われていたね。キャラクターがゲーム内で生活しているのをずっと,フラグが立つまで見てないといけない。
木村氏:
ゲームの中で川を眺めてボーッと過ごす……というような感覚は「moon」のほかに誰も表現してないですからね。
西氏:
旅行に行ったときなんかがとくにそうで,何か待たされる時間があっても,課金で短縮するわけにはいかないからね。「moon」が教えてくれるのは「世界は自分を中心に回っているわけじゃない」ってことなんだよ。
木村氏:
モロッコの地図に載ってない街で暮らしてたとき,街角にただ座っているだけのおじさんがいたんです。何をしているのか聞いてみたら,これがTwitterと同じ楽しみ方なんですよ。
4Gamer:
どういうことですか?
木村氏:
「目の前を通る人がしゃべっているのを聞くのが,TVを見るよりよほど面白い」って。
4Gamer:
まさにTwitterのTLを眺めているような状態なわけですね。
木村氏:
こういう原初的な感覚が「moon」にも存在するんです。噴水公園で待っていると,いろいろな人がすれ違っていく。
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