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[GDC 2017]「クラッシュ・ロワイヤル」における健全なメタゲームの構築と維持の秘訣を,ゲームデザイナーが語る
しかしながら対戦ゲームにおいては一般的に,プレイヤーは「良好なゲームバランス」を求める傾向にある。その上で話を難しくするのは,昨今では「Clash Royale」のように,プレイヤーが複数の異なる個性を持ったユニットを使って(しかもどのユニットを使うかは前もって各プレイヤーが独自に設計している)対戦するゲームが増えているということだ。
このように「デッキを組む」要素があるゲームは,1人のプレイヤーが同時に1キャラ(ないし1勢力)しか使わない場合に比べ,プレイヤーが対人戦の場に持ち込む「戦力」のバリエーションが爆発的に増大する――それだけゲームのバランスを取るのは難しくなる。
果たして「Clash Royale」では,この難しい問題と,どのように立ち向かっているのだろうか? 「Quest of the Healthy Metagame: Balancing Cards in Clash Royale」と題された講演において,まさにこの問題に日々取り組んでいる「Clash Royale」のゲームデザイナーStefan Engblom氏がその指針を語った。
調整の前提となる「基礎」
最初に,「Clash Royale」のゲームバランス調整がある程度までやりやすくなっている理由が示された。
「Clash Royale」では,プレイヤーが所有するカードにはレベルがある(このレベルは,ガチャなどを通じてプレイヤーが同じ種類のカードを引くことによって上がっていく。一種の「合成」である)。そしてカードのレベルが上がればHPや攻撃力が上昇していく。
しかしながら,例えばキャラクターカードで言えば,1レベル上がるごとにHPと攻撃力は「10%ずつ上昇する」と決まっている。キャラクターごとに成長パターンがあったりはしないのだ。
このため,同じレベルのキャラクター間であれば,「そのキャラクターで何回攻撃すれば,敵キャラクターが倒れるか」は変わらない。この仕様は,ゲームバランスの調整を容易にしているとEngblom氏は語った。
またもう一つの基準として,トーナメントにおけるレベル上限である「レベル9」の段階でのゲームバランスがどうか,というところにも注目しているという。プレイヤーが,最も競争意識を燃やして戦うレベル帯においてのゲームバランスの良し悪しが極めて重要だというのは,分かりやすい話だ(同様に最大レベルである13のところでのバランスもチェックしているという)。
加えて,基本的な考え方として,レアリティが高いカード=強いカードではない,という大原則がある。
レアリティが高いキャラクターは「より変わった能力を持ったカード」であり,レアリティが高いカードをデッキに詰め込んだら自動的に強いデッキが完成するというバランス調整ではないのだ。
健全なメタゲームを目指して
さて,この基本を踏まえてEngblom氏は「ゲームのバランスを調整する目的は何か?」という,最も根底的な問題を投げかける。実際のところ,例えば格闘ゲームの世界においては,梅原大吾氏が指摘するように「バランスが悪いゲームほど流行る」ように感じられる側面もあったりするわけで,「バランスが良い」ことが無条件で「多くの人が楽しむゲーム」を意味しない。
この問いに対し,Engblom氏は「ゲームバランスを調整する目的は,楽しさ,多様性,新鮮さという3つの軸の上に,健全なメタゲームを構築することにある」と定義した。
メタゲームという言葉(おそらくはTCG「Magic: The Gathering」で大きく発展した概念)は様々な意味を含んでいるが,Engblom氏は「最も重要なのは,メタゲームはゲームを楽しむコミュニティの内部で発生するものであって,デザイナーが作り出すものではないということ」だと指摘する。
「Clash Royale」のようなゲームにおいて,開発者は玩具を作るデザイナーに立場が近い。「こんな感じで遊んでくれたらいいな」「こうやって遊んでも怪我したりしないようにしよう」といった工夫や配慮は行うものの,その玩具で実際にどう遊ぶかは,玩具を手に取った子供次第というわけだ。
その上で,「最悪のメタゲーム環境」も「完璧なメタゲーム環境」も,実際にはまずあり得ないとEngblom氏は指摘する。
最悪のメタゲーム環境とは,氏の定義によれば,「楽しさ」「多様性」「新鮮さ」の3点において,すべて壊滅的ということになる。このような環境は,「Clash Royale」であれば「この呪文を使うと敵のKingを殺せます」といったカードを実装すれば実現可能だが,現実的に言えば,そのレベルの“ぶっ壊れたカード”がゲームに実装されることは滅多にない。
一方で,完璧なメタゲーム環境は「楽しさ」「多様性」「新鮮さ」の3点において満点を達成しているということになるが,これは理論上はあり得ても,現実的とは言い難い。
結局,実務として考えれば,「楽しさ」「多様性」「新鮮さ」の3点すべてにおいて「なるべく高いレベルでまとまる」ように調整していくことが目標となる,とEngblom氏は語った。
最悪のメタゲーム環境を生む壊れカードの例 |
完璧なメタゲーム環境という「理想」 |
現実的に言えば,左のような状況を避け,右のような状況を追求することになる |
さて,では「楽しさ」「多様性」「新鮮さ」の3点について可能な限り高いスコアが維持できるようにするためには,実際に何をどうすればいいのだろうか? Engblom氏は,そこには「3つの原則」があると語る。以下,順番に見ていこう。
「強すぎる!」ことの大事さと,その保険
1つめは「あらゆるカードが“強すぎる”(ないし“強すぎる”と感じる)ようにすること」だ。
実際のところ,すべてのカードが均一な強さを持ったゲームは,必ずしも面白いとは言えない。マーベルの「アベンジャーズ」のように,様々に尖った強さと弱さを持ったキャラクターが活躍してこそ,プレイヤーはそこに楽しさや興奮を感じるのである。
これを実装として考えた場合,Engblom氏は「すべてのカードに見せ場があること」,言い換えれば「そのカードが極めて高く評価できるような状況が,十分な確率で発生しうること」を目指して調整していくことになると語った。
さて,しかしながら「輝く瞬間が十分に確保されているカード」を作ると,結果的にそのカードが「壊れ」になる可能性も高まる。
この問題への対策として,Engblom氏は「あるカードのカウンターになるカードを複数枚用意しておくことで,セーフティーネットを作る」ことを提示した。
例えば,「Clash Royale」にはP.E.K.K.A.という強力なキャラクターが存在する。攻撃力と耐久力に富んだキャラクターで,対峙した敵キャラクターはもちろん,敵のタワーであっても迅速に破壊する力を持ったキャラクターである。
しかし,P.E.K.K.A.にはカウンターとなるカードが無数に存在する。一般的に言えば,P.E.K.K.A.より低コストで使える「1枚で複数の弱いキャラクターを場に出すカード」によって,P.E.K.K.A.は効果的にカウンターされてしまうのだ(実際のところ上級者は「P.E.K.K.A.はカウンターが容易すぎるため,比較的弱いカードだと言える」という評価を下している)。
そして「P.E.K.K.A.は群れなす敵に弱い」というカウンターがあればこそ,P.E.K.K.A.を使うデッキは,P.E.K.K.A.カウンターに対するカウンター(=群れなす弱い敵を一掃する範囲攻撃呪文)を積むという形でメタゲームが発展していくのである。
バランス調整をマネタイズの手段としてはならない
2つめの原則は「新しいカードを加えるときは,そのカードならではの意味を与える」というものだ。
洋の東西を問わず,プレイヤーというものはパワフルな(あるいはパワフルに見える)新カードを見ると「カードを買わせるための策略だ!」と叫ぶ傾向にある。
だが実際のところこれはあり得ない施策だ――健全なメタゲームを破壊するようなカードを出せば,最悪,ゲームそのものが壊れてしまい,長期的に見れば経済的にマイナスの効果しか発揮しないのである。
このことについてEngblom氏は「ゲームバランスを調整していくのは,楽しさ,多様性,新鮮さを高めるためであって,マネタイズのためではない」と断ずる。
その上で,新しいカードは古いカードのアッパーバージョン(いわゆる上位互換)であってはならないとEngblom氏は語る。新しいカードは,現状のゲームに存在する「隙間」を埋めるようなものであるべき,というわけだ。
また,古いカードの価値も守り続けねばならない。
ゲームを長く運営するにつれて,古いカードの能力を調整すべきシーンも出てくる。ここにおいて,古いカードを完全に作り直すのではなく,プレイヤーが「かつてそのカードを使っていたときと同じような使い方で活用できる」方向性で調整を進めるべきだとEngblom氏は指摘した。
このことはプレイヤーにとってメリットになるだけでなく,調整する側にとってもプラスとなる――あくまでカードの性能を調整する範囲であれば,その結果も予測しやすいのだ。
BuffはNerfに勝る
3つめの原則は,「バランス調整をし続ける」ことだ。
だがここで大事なのは,あまりに頻繁に調整を適用するのも効果が薄いという点である。というのも,バランス調整パッチを実装してから,それによるメタゲームの変化が実際に発生するまでには,一定の時間が必要だからだ。
このため「Clash Royale」では,バランス調整パッチをだいたい1か月に1回のペースで実装しているという。
その上で重要になるのは,「カードの性能を向上させる方向での修正を行うほうが,カードの性能を低下させる方向で修正するよりも望ましい」という点であるという。
これはプレイヤーの立場に立って考えた場合,素直に頷ける話だ。自分が必死で集めたカードが急に弱体化されたら,「あんなに頑張ったのに!」という不満が吹き上がることは避けられない。
しかし,それがこの問題のすべてではない。
弱体化パッチを適用した場合,当然ながら,その効果は「最も使われているカード」に対して及ぶことになる(弱体化が必要なほど強いカードは,必然的に,最も使われているカードになりやすい)。一方で強化対象となるカードは「あまり使われていないカード」になるため,全体に対して与える影響も予測しやすいのだ。
またEngblom氏は,強化パッチにせよ弱体化パッチにせよ,プレイヤーとのコミュニケーションは極めて重要だと強調する。バランス調整パッチの実装を宣言することでプレイヤーの期待を高めるのはもちろん,パッチ実装にあたっても,そのパッチが実装された理由,背景,文脈について,制作サイドはしっかりと説明すべきなのだ。
どのカードを調整対象にすべきか
さて,これらの原則を実際に適用していくにあたっては,もう1つ別の問題がある。それは「どのカードを調整の対象とするか」という点だ。
これについて,「Clash Royale」では「3つの指針がある」とEngblom氏は語った。1つめはプレイヤー,2つめはデータ,3つめは直感である。
●プレイヤーを指針とする
プレイヤーを指針とするというのは,プレイヤーからの直接的なフィードバックだけを参考にするというわけではない。SNSやWikiなどを中心としたコミュニティでなされるゲームの分析を参照したり,またYouTubeなどに投稿される研究動画を見たりすることは,ゲームを作る側にとっても大きな意味があるというのだ。
というのも,実際のところ制作スタッフは,そのゲームを世界一うまくプレイできるプレイヤーというわけではない。ゲームをうまくプレイする才能に恵まれ,またそのために膨大な時間を費やす多数のプレイヤーによる知見の蓄積は,いともたやすく制作者の持つゲーム理解を越えてしまうのだ。
事実,「Clash Royale」制作チームはプレイヤーが作った「このカードはこのように使え」動画を見て,その巧みさに感嘆することもあるという。
ただし,プレイヤーから出てくる声を,そのまま鵜呑みにしてしまうのは危険だともEngblom氏は指摘する。「ここはこうすべきだ!」という意見をそのまま採用するのではなく,「ここはこうすべきだ!」という意見が出てきた(そしてそれを手間暇かけて制作側に届けようとした)背景を探る――いわば「プレイヤーの意見の行間を読む」ことが,制作サイドには不可欠となる。
なお,プレイヤーを指針とすべき理由としては,プレイヤーのほうが制作スタッフよりゲームをより深く理解しているからというだけではない。トーナメントなどで優れた成績を残すトッププレイヤー達は,デッキのトレンドを作る人々でもあるのだ。
事実,ヘルシンキで行われたトーナメントを制したデッキ(JASON DECK)は,手に入りやすいカードばかりで構成されていたこともあって,あっという間に「Clash Royale」世界を席巻した。
これからメタゲームがどう動くかを予測するにあたって,トッププレイヤーの動向に注目するというのは,非常に大きな意味があるのだ。
●データを指針とする
「Clash Royale」では,調整すべきカードをピックするための統計的指標として,カードごとの利用率と,カードごとの勝率を判断のベースとしている。また利用率と勝率では,利用率のほうをより重視しているとEngblom氏は語った。
利用率を重視する理由としては,利用率のほうがメタゲームの中心が見えやすいことと,実際に多くのプレイヤーが目にするカードはどれなのかが把握しやすいことがあるという。また「壊れ」カードが発生している場合にも,利用率の数字に異変が発生する(「壊れ」カードは極めて多くのプレイヤーが使うことになるので,勝率としては表れづらい。極端な話,プレイヤーの100%が使うくらい壊れたカードがあれば,そのカードの勝率は50%だ)。
いずれにしても,「勝率より利用率を重視する」という方針は完璧なものではないし,必ずしもすべての対戦ゲームにおいて有効な方針とは限らないとEngblom氏は指摘する。例えば「ストリートファイター」のような格闘ゲームであれば,勝率を参照して調整対象を選ぶほうがより良い結果を生むだろう。
●直感で判断する
直感で判断するというと随分な表現になるが,要は「制作スタッフのゲーム理解に基づいた判断」である。
あるカードに人気が集中している場合,そこには様々な理由がありえる。ただ単にカードが強すぎるだけかもしれないし,メタゲームにおいて有利だからなのかもしれないし,あるいは汎用性が高いからかもしれない。
これを判断するためには,ゲームそのものに対する理解の深さが問われることになる。
「Clash Royale」において,カードは「攻撃の中核を担うキャラクター」と「直接ダメージを与える呪文」に分類することが可能だ。
その一方で,「面白みはないが,どんな状況に対しても安定して使えるカード」と「特定の状況において驚くような効果を発揮する,意外性のあるカード」という方向性で分類することもできる(後者のような使われ方をするカードは,様々な面においてゲームにとって重要な意味を持つ)。
このように,「そのカードはどんなもので,どのように,いつ使われ,どんな傾向を持っているか」を把握していなくては,「なぜそのカードの利用率が高くなっているのか」を分からなくなる。
そしてカードに対する理解を深めるためには,ゲームに対する理解を深めねばならない。「Clash Royale」にはエリクサーアドバンテージ,マルチレーンプッシュ,初動,カイティングなど,さまざまなゲーム要素がある。これらに対する理解が深ければ深いほど,カードについても理解が深まるのである。これを総括してEngblom氏は「あなたのゲームを遊べ」と語った。
バランス調整は永遠に
Engblom氏は講演の最後に,「健全なメタゲームの探索は,永遠に終わらない探索行だ」と語った。実際,ゲームが運営され続ける限り,バランス調整の必要性は失われないのである。
とはいえ,Supercellにおいて「Clash Royale」を制作しているチームは合計で16名。新カードのアイデアなどはこの16人全員から出てくるというが,最終的なバランス調整を管理しているのはEngblom氏,ただ一人だという。どんなチームマネージメントをすれば「Clash Royale」のようなビッグタイトルを16人で回し続けられるのか,そちらの事情も聞いてみたいと思わされる講演であった。
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