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視線追跡技術はVR HMDをどう変えるか? 視線追跡搭載VR HMD「Tobii VR4」を体験してみた
そのTobiiは,2017年3月のGame Developer Conference 2017(以下,GDC 2017)に合わせて,HTCのVR HMD「Vive」に自社の視線追跡システムを組み込んだ「Tobii’s VR4 for Vive Kit」(以下,Tobii VR4)を発表。GDC 2017会場では,実機による体験会も行われた。
また開発キットもリリース済みで,Tobii公式Webサイトからダウンロード可能となっている
これまでは開発者向けキットということもあって,国内では体験できる機会が少なかったTobii VR4を,Tobiiの日本支社で実際に試してみる機会を得たので,その模様をレポートしたい。
アイトラッキングでVRは変わるのか?
Tobii VR4を評価するにあたっては,まず何より,「VR HMD内でユーザーの視線を追跡できることに,どういうメリットがあるのか?」がポイントとなる。
実際Tobiiは,これまでもPC用の比較的安価な視線追跡キットを販売したり,ゲーマー向けノートPC用に内蔵型の視線追跡デバイスを提供したりしているのだが,これらによって「ゲーム体験がこのように劇的に変化した!」という話はなかなか出てこない。e-Sportsプレイヤーがトレーニングに活用するとか,ゲーム実況において実況者の視線を画面上に重ねるといった提案が行われてはいるものの(関連記事),幅広いゲーマーが使いたくなるほどのものかと言えば,そうではないのが正直なところだろう。
だが実際にTobii VR4を使ってみると,視線追跡機能の有無が劇的なまでに体験の差を生むことが分かった。筆者の体験から,そのメリットを列挙してみたい。
●目の位置を正確に測定してくれるので,HMDをより正しい位置で固定できる
些細なことに思えるかもしれないが,Tobii VR4の視線追跡機能を利用したキャリブレーションによって,筆者は,自分がこれまでHMDを,正しい位置よりもやや低い位置で装着していたことに気付かされた。ガイダンスに従ってHMDの装着位置とレンズの間隔を調整したところ,明らかにVR世界の「クリアさ」が変わったのだ。
身体に染み付いている感覚は,それが間違っていた場合でも,なかなか修正しにくい。とくにVR HMDの場合,装着者本人にしか「どう体験できているか」が分からない。このように客観的な最適化を補助してくれるツールがあるのはとてもありがたいことだ。
●VR空間内に自分のアバターを置いたとき,その表現力と自然さが段違い
これは,GDC 2017でのレポートでも紹介されていた「Mirror」というデモで体験できた。
視線追跡機能を有効にしていないアバターの場合,3Dモデルは瞬きしないし,視線をさまよわせることもない。しかし視線追跡機能を有効にすると,アバターはVR HMD装着者とシンクロして瞬きするようになり,視線の向きもリアルタイムで反映されるのだ。これによって,VR空間で相対する3Dアバターが持つ,どことなく「のっぺり」した感覚は,ほぼ完全に払拭されている。
もし「FaceRig」というアバターアプリを見たことがあれば,あれを初めて見たときのような衝撃があると言えるだろう。Tobii VR4の場合,口元の動きは反映されないが,それでも印象はガラリと変わった。
●視線でのオブジェクト選択が,きわめて自然に行える
一般的に,VRコンテンツにおいては手に持ったコントローラでオブジェクトを「指差す」ような感覚で,ターゲットを指定する。でなければヘッドトラッキングを利用して,「画面の中央にあるもの」をターゲットすることが多い。
一方,Tobii VR4を使うと,画面の中央といった曖昧なものではなく,HMD装着者が見ているオブジェクトを正確にターゲットできるようになる。
視線だけでターゲッティングしようとすると,若干のぎこちなさを感じるが,現実で行うように,対象に顔を向けながら視線をあわせるようにすると,驚くほど自然にターゲッティングできるのだ。
一度この自然さに慣れたら,ヘッドトラッキングだけでターゲッティングするのが不自然に感じてしまうほど,快適度に差がある。
また,今回は試すことができなかったが,視線追跡を利用して,画面に表示する映像のうち,視線の周囲だけを高解像度で,それ以外の部分は低解像度でレンダリングする技術「フォヴィエイテッドレンダリング」への応用も大いに期待できるだろう。
Tobii VR4に死角はないのか
さて,なかなか面白い使い方ができそうなTobii VR4だが,読んでいて気になる点があったのではないだろうか。最も頻繁に出てきそうな疑問と,答えをまとめてみた。
●メガネをかけていても使えるの?
まったく問題なかった。Tobiiは15年以上に渡って視線追跡技術を研究開発している企業で,少なくとも実用において,メガネの有無が視線追跡の精度に差を産むことはなかったと言える。
●PCの負荷がさらに高くなるのではないか?
基本的にはあまり変わらない。視線追跡にともなう各種の処理は,Tobii VR4側で独立して行い,得られたデータだけをViveとPCをつなぐケーブル経由で渡す仕組みとのこと。そのため,PC側で余計な処理が増えることはないそうだ。
データを転送するケーブルも,Viveのものを利用するので,PCとVR HMDをつなぐケーブルが増えることはない。Viveを装着して歩き回ることを考えると,ケーブルが増えない点は結構重要だろう。
●すでにあるViveに,Tobii VR4を組み込めるのか?
残念ながら現状ではできない。Tobii VR4は,視線追跡機材一式をViveに完全に組み込んだ状態で出荷しており,既存のViveに対する拡張パーツとして,ユーザーが付け足せるものではないのだ。
●視線追跡に対応したVRソフトはあるか?
Tobii VR4は現状,開発者向けキットとして販売されている。そのため,Tobii VR4に完全対応したゲームやアプリはほとんど存在しない。あくまでもこれからの商品と言える。
●でもお高いんでしょう?
開発者向けのキットだけあって,一般的な利用者の感覚にしてみればお高いアイテムである。
とはいえ,かつては結構な価格をしていたTobiiの視線追跡システムだが,今ではPC用の「Tobii Eye Tracker 4C」が2万円程度で販売されている(Amazonアソシエイト)。キャンペーンがあると,1万円ちょっとまで値下がりすることもあるようだ。
普及の目処がたって量産化されれば,Viveと比べて極端に割高な価格にはならないと期待できる。
●どこで体験できるの?
日本では,2017年8月30日〜9月1日かけて横浜で行われる「CEDEC 2017」と,2017年9月21日〜24日に幕張で開かれる「東京ゲームショウ2017」のVRコーナーに,Tobiiがブースを出展するそうで,Tobii VR4も体験できるとのこと。とくにゲーム開発者は,CEDEC 2017でのデモを狙うのがいいだろう。
ちなみに,TobiiがVRアプリ開発会社ではないこともあり,Tobii謹製のデモは「ものすごくできが良い」とは言えない程度の完成度ではある。あるいは,Tobii VR4対応アプリを開発することで,VRベンチャー企業が名乗りを上げるチャンスかもしれない。
VRにも進出するTobiiの今後に注目
2016年末に視線追跡技術を扱うEye TribeをFacebookが買収するなど,VRの世界では,視線追跡技術が大きな注目を集めている。そんな状況であるが,Tobiiはあくまで視線追跡技術の老舗として,「VR分野にも進出する」という形でTobii VR4という製品を開発している。その姿勢もあってか,たとえば視線追跡機能が売りのVR HMDを手がける「FOVE」に対しては,「直接のライバルとは考えてはいない」とTobiiのスタッフは述べていた。
視線追跡技術を持つ企業がさまざまな大企業に買収されているなか,完全に独立した企業として視線追跡技術の可能性を探求するTobii。同社が,今後どんなデバイスで,どんな展開を広げていくのか,注目したいところだ。
Tobii 日本語公式Webサイト
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