インタビュー
「なぜVRを?」「社風ですから」HTCの開発者に聞いたVive開発秘話。独特な形のコントローラにも工夫が凝らされていた
現在,そんな盛り上がりを見せているViveの体験会が都内で開催され,Vive開発のキーマンにインタビューする機会が得られたのでその内容をお届けしたいと思う。なお,体験会の模様については,すでに掲載されている記事を参照していただければ幸いだ。
VR空間を歩ける自由度をもたらす「ルームスケールVR」はどこがどう凄いのか? 発売直前のHTC Viveを体験してきた
HTC Viveの製品パッケージは1種類のみ
4Gamer:
本日はよろしくお願いいたします。3月1日に予約がスタートしたHTC Viveですが,製品の出荷はいつくらいになるのでしょうか。
玉野氏:
ワールドワイドで4月までに出荷を開始する予定です。
4Gamer:
最終的な製品は何種類になるのでしょうか。プレイヤー位置検出ユニットのBase Stationが1つのパッケージとか,コントローラなしパッケージとか,そういう製品の種類もあるのでしょうか。
玉野氏:
製品のラインナップは1種類です。製品パッケージにはHMD本体,2基のベースステーションと2基の専用コントローラが付属します。
4Gamer:
フルセットですね。
玉野氏:
はい。我々はViveで最高のVR体験をお届けしたいと考えていますので。
携帯電話機メーカーのHTCがVRに取り組む意味とは?
4Gamer:
そもそも携帯電話や情報家電のメーカーであるHTCが,なぜ,エンターテインメント志向の強いVRHMDの開発事業を始めることになったのでしょうか。
玉野氏:
我々としてはVRHMDについても「そうなる可能性がある」と考えており,VRHMDの開発事業を立ち上げました。2014年にアメリカのゲームスタジオValve Softwareと出会い,以降,強力なパートナーシップのもとで,ハードウェア,ソフトウェアの両面から開発を進めてきました。
我々としては,VR事業への取り組みは,これまでのスマートフォンへの取り組みとなんら変わった部分はなく,新しい技術があってそこに将来性が感じられれば積極的に取り組んでいく……というだけのことなのです。
4Gamer:
なるほど社風のようなものですね。「携帯電話メーカーが取り組むVR」ということであれば,サムスンが製品化した「Gear VR」のような,スマートフォンをはめ込んで使うカジュアルVR向けも考えられたのではないでしょうか。
玉野氏:
我々は「プレイヤーが最初に体験するVR体験はベストのものである必要がある」と考えています。中途半端なものを出して,プレイヤーに「酔う」とか「映像が遅れる」と認識されてしまったら,市場開拓のチャンスを失うことでしょう。ですから,我々は最初から,すべての面で最高のスペックをViveに搭載したというわけです。とくに,2基のBase Stationによる高精度なプレイヤー位置検出機能は,競合のVRシステムよりも遙かに豊かな仮想空間内での移動・没入体験を提供します。
ただ,一つ補足させてください。我々はカジュアルVRを否定はしないのです。時期は申し上げられませんが,カジュアルVR市場に向けた製品開発に取り組むことも近いうちにあろうかと思います。
HTC Viveの仕様について掘り下げて聞いてみた
4Gamer:
玉野氏:
2つの接眼レンズに2枚の1200×1080ピクセルの有機ELパネルを相対させて実装した構成で,パネル解像度とパネル枚数,パネルの種類はRiftと同じですが,我々は独自にカスタマイズしたものを採用しているので,Riftとまったく同じパネルかと言われれば「違います」とお答えします。なお,パネルベンダーの企業名は非公開としています。
4Gamer:
ほかのVRシステムとの最大の違い・特徴はどこにあると思いますか
玉野氏:
繰り返しになってしまいますが,プレイヤー位置の測位精度ですね。
Viveの位置測定システムは,2基のBase Stationから赤外線レーザーを照射して,HMD側でこれを受ける方式を採用しています。HMD自身は,2基のBase Stationが取り囲んだ空間内のどこにいるかをミリメートル未満の精度で正確に計測できる仕組みになっています。
一方で競合のVRHMDシステムは,画像認識技術をベースにしてHMD位置を推測する方式です。この画像認識の部分では処理時間分の遅延は避けられません。我々の方式はいわばレーザー計測なので,画像認識や推測要素はなく正確で高速なのです。
ここで筆者がViveのHMD位置計測のメカニズムの解説を補足しておこう。
Viveでは,2基のBase Stationから赤外光レーザーを部屋全体に向けてスキャン照射するのだが,単位時間ごとに縦照射,横照射という具合で2軸の照射を時分割で行っている。HMD側には複数の赤外光センサーが実装されていて,そのどれかが赤外レーザーを受光したとすれば,「今,BASE STATIONが縦/横どちらの方向にスキャン照射しているのか」「照射したレーザー光はHMD側に到達するまでどのくらい時間掛かっているのか」の情報からBase Stationから見たHMDの一意的な方向と距離が求められる。
HMD位置の計算自体はそれなりの幾何学計算だけで実現できるわけだ。
一方,RiftはHMD側の赤外光LEDマーカーを赤外光カメラで撮影して位置検出をする方式で,PlayStation VR(以下,PSVR)は可視光LEDマーカーを可視光カメラで撮影して位置検出をする方式と,ともに撮影映像を認識する処理が必要になり,少なくともViveで行うヘッドトラッキング計算よりはだいぶ複雑になる。
こういったことから,HTC側としては「低遅延で正確な位置検出にはViveの方式が最適である」とかなり自信を見せているのである。
4Gamer:
Base Stationの数を1つに減らしたり,3つ以上に増やしたり……といったことは可能なんでしょうか。
Pao氏:
そして広い部屋……現在のBase Stationが想定している両辺が3m×4m,対角5mよりも大きい部屋での活用を想定した場合は,リレーのような形でBase Stationを追加設置していく……というソリューションも技術的には実現可能だと思います。
玉野氏:
ただ,現時点では2基のBase Stationで捉えられる3m×4m,対角5mの大きさまでの部屋での使用を想定しています。我々はこれを「ルームスケールVR」と呼んでいるわけですが。
現状,この大きさは必要十分なものだと感じています。大きな範囲で動き回れるVRコンテンツにも対応できますし,RiftやPSVRのような「基本着座状体でプレイして少しだけ動き回れる」,いわば「着座状態+α」のVRコンテンツにも対応できますから。
4Gamer:
2基のBase Stationが管轄しているVRルームに,複数のHMDプレイヤーを参加させることはできますか。
Pao氏:
技術的には可能ですし,実際,我々の開発実験室では,2つのBase Stationが設置された環境で,6人の開発者達が,各自,それぞれ自分の実験を行っています。
これは,部屋に設置された2基のBASE STATIONからのレーザースキャンを,各HMDが受けて自身の位置を取得する仕組みになっているからです。逆に言えば,各HMDは自身の位置は把握できますが,他人のHMDの位置は直接知りえません。
複数人同時体験型のVRコンテンツを設計する場合には,各HMDの位置情報をホストPC側で集めて管理するような仕組みは必要です。それと,Base Stationからのレーザースキャンを他者の身体が遮蔽してしまうような状況下では正しい位置計測はできなくなります。なので,あまりにも大人数が同時参加している場合は対応できないかもしれません。
Vive用のコンテンツにはどんなものが出てくるのか?
4Gamer:
HMDとホストPCを結ぶケーブルはどうにかなりませんか。天吊りとすることで,足に絡まることは対策できるかもしれませんが。
玉野氏:
ケーブルを使用しているのは,現状では低遅延でシステムを構成することを優先させたためです。技術的な進化を待って対策したいと思っていますが,現状は,有線での製品化を行いました。
4Gamer:
HTC Vive向けのゲーム制作を行う際に「ルームスケールVR」を活用すべき……というようなガイドラインは設けられていますか。また,現在,開発中および公開されたVive対応VRコンテンツは,「着座+α」のものと「ルームスケールVR」とはどちらが多いんでしょうか。
Pao氏:
展示会や体験会で見せているViveのVRデモは「ルームスケールVR」のものが多いですね。また,開発中,そして公開済みのVRデモも「ルームスケールVR」のほうが多めです。
しかし,我々は「ルームスケールVR」への対応を奨励しているわけではありません。直近では,Viveに対応させる以上は「ルームスケールVR」の可能性を模索したいという意味で多いのだと思います。
玉野氏:
おそらく,Rift,PSVR,そしてViveの三つが出揃って以降は,「着座+α」のVRコンテンツが,Viveにも増えていくことでしょう。ゲーム開発者の立場としては,複数のプラットフォームで楽しんでもらいたいはずで,そうなれば,Rift,PSVR側の体験仕様に寄ったシステムデザインになるはずですから。
ただ,一つ補足させてもらえれば,Vive対応タイトルにも「Elite Dangerous」という完全着座スタイルでプレイする宇宙戦闘機のドッグファイトゲームがありますよ。ルームスケールVRができるからといって,必ずしもそれを活用しなければならないというわけではありませんし,部屋の大きさも最大3m×4mというだけで狭く設定することはもちろん可能になっています。
ユニークなVive専用コントローラの設計意図
4Gamer:
新型コントローラはどうしてこのような,不思議なデザインになったのですか。先端にドーナツ型の穴の明いた部位があるのも不思議な感じがします。
玉野氏:
まず,既存のゲームコントローラを採用するという案は最初からありませんでした。
HMDを被ってしまうとコントローラがどこにあるか分からない……というのが重大な問題と捉えた我々は,HMDを被った状態でもコントローラの位置が分かるように,コントローラ側もVR空間内での位置測位ができる仕組みの採用を決定していました。このアイデアの採用は,Oculus Touchよりも早かったと思います。
まず,先端部の赤外光センサーは受光範囲を広げるために円状に配置する必要がありました。なので最初期のプロトタイプではドーナツではなく円盤だったのです。
そこで軽量化とデザイン先進性を追求して「穴あき」のドーナツ形状としました。これにより,BASE STATIONからのレーザースキャンが,コントローラの底面側の赤外光センサーにも到達できるようになって,より正確にコントローラの向き,そしてコントローラの表裏の状態を正確に把握できるようになりました。
なお,この専用コントローラは基本デザインをValveが担当し,HTCが技術的な視点からリファインしています。
4Gamer:
1基のHMDにいくつの専用コントローラが登録できますか。
Pao氏:
製品に付属するのは2基ですが,1基のHMDあたり4基の専用コントローラを登録することはできます。同時に2つしか使えませんが。1基のHMDになぜ4基のコントローラを登録できるようにしたかというと,2基のコントローラが充電中でも,もう2基が使える……というようにしたかったためです。
4Gamer:
なるほど。専用コントローラのバッテリーの保ちはどうですか。
Pao氏:
4Gamer:
今後,別の形態のコントローラが出てくる可能性はありますか。
玉野氏:
個人的な意見ですが,現在の専用コントローラも「手の延長線上の存在」という意味合いにおいては,とてもよくできていると思います。押し込みに対応したスライドパッド,2つのサイドボタン,底面側のトリガーボタンなど……さまざまなゲームジャンルに適合するポテンシャルを兼ね備えていますからね。
4Gamer:
ほかのなににも似ていない形に仕上がっていると思います。本日はありがとうございました。
HTC Vive公式サイト
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