インタビュー
あれから4年。久々に姿を見せた「人喰いの大鷲トリコ」について根掘り葉掘り聞いてみよう――4年間で変わったこと,変わらなかったこと
「リアル」と「グラフィックス」
上田氏:
例えば細かい話ですけど,背景のエフェクトってありますよね。うまい例えになるか分かりませんが,何かが崩れ落ちるときなどの煙がたちのぼる表現があって,一方で炎の表現があるとして。
いまのゲームグラフィックスだと,炎の表現のレベルって上がっているんですよ。一方で煙は,レベルは確かに上がっているけれど,まだそこまででもない。だとしたら,我々としては炎の表現は頑張らないといけないんですよ。
4Gamer:
なるほど。「ほかの作品とのバランス調整」という意味だったんですね。
上田氏:
ほかのゲームにおける炎の表現がどんどんレベルアップしていて,それに対するお客さんの目も肥えて期待も上がっているわけです。ですので,こちらもその期待以上に頑張らなければいけません。でも煙はそこまでやらなくても,ほかの作品に比べて遜色ないとか,そこそこリアルに感じ取ってもらえるとか。
そういうものが,この何年かで変わってきていると思うんです。
4Gamer:
理解しました。……がしかし,上田さんのおっしゃる「そこにさもあるかのような世界を作り上げる」というテーマにおいて,グラフィックスのレベルってそこまで必要なものなんでしょうか。うまい聞き方がとっさに見つからなかったので,ダイレクトな問いになっちゃいましたが。
上田氏:
いえ,お聞きしたいことはなんとなく分かりますよ。
……そうですね,例えば,いま新作が上映されている「ターミネーター」(ターミネーター:ジェニシス)や,今度公開となる「ジュラシック・ワールド」の一作目って,当時はこれ以上のリアルなCGなんてないだろうと思いましたけど,今見るとやっぱりアラが見えるんですよね。
でもそれは,当時を否定するわけではなくて,僕も含めてお客さんの目がどんどん肥えているということだと思うんです。作り手側としてはそれを超えていかないと,お客さんに今まで以上,もしくは同等のリアリティを感じてもらえないんですよね。
4Gamer:
確かに映画であればそうかもしれません。でも4年前もちょっと話題に出ましたが,ゲームってその世界に入り込めるところが,映画との最大の違いだと思うんです。
わたしは古いタイプの不親切なMMORPGが好きでして,そういうただの懐古房みたいな感じがイヤで自分なりに理由を分析するんですけど,それって“俺が俺の操作で俺の冒険をする”というのが大きいんじゃないかなぁ,と先日思い当たったんですね。
上田氏:
“俺の冒険”ですか。
4Gamer:
当時のMMORPGなんて,リアリティからはおよそほど遠いものですよね。でもモニターの向こうに“ちゃんと”世界があるというのは,背景のリアルさとか顔の表情とか,そういうものではない何か違うものからきているんじゃないかと思うと,そこまでグラフィックスにこだわる必要はあるんだろうか? とちょっと思ってしまうわけです。
上田氏:
うーん,そうですかね……。そこは,作っている側である自分でも迷う部分ですね。
4Gamer:
“グラフィックス”というワンワードでまとめてしまうのもアレなんですけどね……。
グラフィックスのレベルはもちろん大事ですし,低くてもいいとか言うつもりはないんですけれど,一定以上のクオリティがあれば,リアリティの演出においてそれ以上のものは必要なくて,ほかの部分でフォローアップすればいいのかなぁ,とも思ってるんです。
それもバランスなんだと思うんですよ。例えば――たぶんこういうことを言いたいんだと思いますが――たくさん描き込んである絵がリアルなのかというと,そうではないですよね。お膳立てがしっかりできていて,この世界はこういうものですよ,ってきっちり伝えることができていれば,描き込まなくてもその世界がリアルに感じられるでしょうし。
4Gamer:
「この世界はこういう世界だ」と伝えるのって,なんだろう……なんていうか,ちょっと冷めませんか? 私だけかな。
上田氏:
例えば初期のドラゴンクエストなんかはそうでしたよね。「ここはこういう世界です」っていうのがまず最初にあるから,それで十分。もしかしたら,今のビデオゲーム以上にリアルに感じられるかもしれないです。
4Gamer:
なるほど。そういう意味で言うと,確かに私にとってドラクエは“俺の冒険”だったんですね。
ICOやワンダも,昔の,不親切極まりない「ちゃんと冒険ができるMMORPG」もきっと“俺の冒険”だったと思うんですよね。そこが私の考える「リアル」なのかな,って。この場の思いつきでしゃべってて申し訳ないんですが。
上田氏:
いえ,言わんとしていることは分かりますよ。ビデオゲームへのリテラシーが高い方であれば,確かにそれでも十分かもしれません。でも,みんながみんなそういうお客さんというわけではないですよね。そういういろんなお客さんに向けて,ちゃんと,“そのお客さんなりのリアルさ”を表現していかなくてはならないんです。
4Gamer:
確かにそのとおりです。前回の話で言うなら「アーティスト」ではないわけですからね。
上田氏:
ええ。これは別に悪い意味で言うわけじゃないですが,単に「ビジュアルが写真っぽいからリアルだ」というお客さんもお客さんですし,制作サイドとしてはそういう人達にもちゃんとアピールしていきたいと思ってるんです。そういう話になると,先ほど言ったように,グラフィックスがPS1レベルだったりドット絵でいいのかというと,たぶんそうではないですよね。
4Gamer:
はい,おっしゃることは分かります。
上田氏:
ですので,限られたリソースの中で,いかにたくさんのお客さんにアピールするかということにおいて,考えられる最適な表現というのが,今できているトリコの表現だと,自分では考えているんです。……ちょっと時間がかかりすぎなんですけどね。
4Gamer:
もうちょっと短いスパンで上田作品が遊べると,とても嬉しいところです。
上田氏:
できるだけ早く作りたいとは思っているんですが。
開発の効率化を図るということ
4Gamer:
その“早く作る”という方向にドラスティックに舵を切るという可能性はあるんでしょうか? より早く作るために何かを捨てる,みたいな。
上田氏:
僕自身,前にも言ったと思いますが,とにかく早く作りたいというのは変わらないんです。なのでトリコに関して言えば,スタートの時に「次はもっと早く作ろう」というのがコンセプトとしてあったんです。
4Gamer:
はい,おっしゃってました。
上田氏:
ICOに関しては自分の経験不足もあり,いろいろ試行錯誤しつつ,プラットフォームの変更なんかもあって結果として4年かかったんですけど,ワンダに関しては,プログラム的なチャレンジの要素が多かったわけです。
4Gamer:
そもそもゲームそのものがすごく特殊な構造ですしね。
上田氏:
そうですね。シームレスなステージで,馬で走ってどこからでもアクセスができて,かつAIキャラが2体いて,片方はとても巨大でそれが動き回って……という。それらに関してのクオリティを全体的に上げるという作業が,膨大にかかってしまったという反省点があったんです。
4Gamer:
ではトリコではその反省を生かしてどのような形に?
上田氏:
新しいメカニズムへのチャレンジは控えめにして,これまで培ったもので……なんというか,「より合理的に期間を短縮できないものだろうか」と。
4Gamer:
ダイレクトな表現で恐縮ですが,今までのテクニックを活用して効率良く作ろう,ということでしょうか。
上田氏:
そうですね。ワンダの場合はAIが2体いたわけですが,それをトリコでは1体にして,オープンワールドだったものも,今回の場合はリニアにして。
4Gamer:
あ,そういえばリニアでしたね。E3でそんなことをおっしゃってました。
上田氏:
はい。正確に言うと“シームレス”ではあるんですけど,ワンダのときのようにいろんなところからアクセスできるというわけではないので,そのあたりのコスト(=開発にかかる手数)は下げられるだろうな,と。常に「早く作りたい」というのは,自分の中にはあるんですよ。
4Gamer:
ではそれであれば,きっと何かほかにもドラスティックな効率化とかもあったりします?
上田氏:
それもやっていますよ。
ちょっと細かい話になっちゃうんですが――例えばステージに関する話で言うと,トリコは最初PS3でスタートしたわけですが,その時点で,背景の情報量としてPS2よりはるかに多くの情報量が必要になるだろうと考えていました。ですので,小さいブロック単位で作ったものを組み合わせてステージを構成するようにしたわけです。
4Gamer:
例えがアレですが,マインクラフトみたいな感じなのかな。
上田氏:
似たような感じかもしれません。そうすることによって,背景の情報量を維持したままレベルデザインのイテレーション(iteration:「設計・テスト・調査・改善」という一連の工程を短期間で繰り返して開発を進めていくこと。大ざっぱに「試行錯誤」と言うとなんとなく伝わるだろうか)がとてもやりやすくなるんです。
実際にプレイしてみて,ここには階段が足りないとか,ここにはハシゴが必要だとか,ここにライトを置いてルートを分かりやすくしたほうがいいだろうとか,そういうイテレーションを何度もやるためにも,ブロック単位で作っておけば,調整がやりやすいんです。
4Gamer:
なるほど,確かにかなりの効率化ですね。
上田氏:
だからといって,泥臭い苦労はしていないわけではないですけどね。動きにしてもレベルデザインの調整にしてもそうですし。
4Gamer:
その「動き」に関してはいかがですか? いつだったか,やはり「とにかく繰り返し」だとおっしゃってました。作って,動かしてみて,ちょっと違うな? と思ったらまたちょっと変えて,動かしてみて……。
上田氏:
キャラの動きに関してですよね。であればそうですね。
ただそこも……当然,がんばってはいますが,なんて言うのが適切か分からないんですが,そういった動きを含めたビジュアル部分に関してはそこまで苦労してないというか。これまで一緒にやってきたアニメーターやアーティストがいるというのはとてもありがたくて,そこは比較的,伝わりやすい部分ではあるんですよね。
4Gamer:
なるほど,であればよかったです。今作においては,トリコの動きなんかは相当な肝にあたる部分ですしね。しかしあんなにダイナミックな動きが,明るい場所で動いているシーンが一般に公開されるのって,実は初めてですよね。
上田氏:
実際にゲームプレイと同じスタイルで,一連のつながった形で公開されたのは初めてだと思います。
4Gamer:
崩れ落ちる橋などのステージ変化が,以前に比べてだいぶダイナミックになっていると感じました。今回は,ああいう仕掛けがいっぱいあるんですか?
上田氏:
「いっぱい」というのがどれくらいを指すのかによりますけど(笑)。
4Gamer:
なんか曖昧な聞き方ですみません(笑)。
上田氏:
ご存じのようにICOやワンダは,あまり大きな(ステージの)変化がないですからね。
4Gamer:
まぁワンダは巨像自体が「ステージの変化」と言えなくもないですが。
上田氏:
確かにそうですね。ICOに関していうと,ステージのダイナミックな変化は確かになかったと思います。ですので,今回公開したムービーはその最たるものですが,大きなステージ変化や,トリコの大きなアクションは,意識的に入れるようにしています。
4Gamer:
ゲームシステム的にはICOに近いわけですが,よりアクションゲームっぽくなったなあという印象があります。
上田氏:
特に今回E3で公開したところは,そういう要素が強い部分ですしね。
4Gamer:
ゲームとして“魅せる部分”ですね。
ムービー中で少年がジャンプするとスローモーションになってましたが,あれはそういう仕様なんですか? 初見では相当緊張しました,あれ。
上田氏:
あのシーンではスロー処理が入っていますが,他の場面でも同じ処理が入るわけではありません。
トリコに向かって少年がジャンプするシーンが2回あったと思いますが,2回目のジャンプが一番の見せ場です。その伏線として1回目のジャンプシーンがあるのですが,観たときの感覚を一致させるために,どちらにもスロー処理を入れました。
4Gamer:
ちゃんとその演出にハマって,2回目は最初「え?」と思わされました。ちゃんと2回くわえようとするところが可愛いですね,トリコ。
上田氏:
まぁ実際の製品版の仕様では若干変えるとは思いますけどね。ちょっとネタバレになってしまったので……(笑)。
トリコはより賢い方向に?
4Gamer:
しかしムービー中のトリコは,ちゃんとアイコンタクトするのが可愛いです。うちの犬達よりお利口さんかもしれない。
上田氏:
言葉が通じなくて巨大だからこそ,ああいった表現も可能になりますね。
4Gamer:
喋ってしまったら,ちょっとサマにならないですしね……。
上田氏:
喋っちゃってもそうですし,人間と同じサイズにしても,動きなどあれだけの情報量を入れ込んだとしても,それは実質的に“見られないもの” になってしまいますからね。
4Gamer:
しかし少年が2回目のジャンプをしたあとで,チラッチラッと2回ぐらい自分の尻尾のあたりを見ますよね。「ちゃんといるかな?」って。ああいう仕草が,もうなんというかツボです。超たまらない感じします。
上田氏:
少年がしっぽに捕まった時ですね(笑)。
……でもおっしゃるとおり,そういう意味では徐々にトリコを賢くしていっているかもしれないですね。
4Gamer:
といいますと?
言い換えると,僕のトリコに対しての認識だったり,トリコに対しての方向性というものは,少し変化していってるのかもしれません。いま話していて気付きました。
以前お話しした時は,あまり賢くないようにしたい,賢くするのは動物としていかがなものか,と思っていたのですが,今はあの時に比べたら,若干賢くしてもいいかな,と思っています。細かい話ですが。
4Gamer:
いやいや細かい話じゃないですよ!
ムービーに出てきたシーンでは,全編通してトリコは少年を暖かく見守る感じなんですよね。ですので,いまおっしゃった「賢くした」という話には納得です。その賢くしている方向性は,あえて例えるならイヌ的ですか,ネコ的ですか? それとも,そうではない何か別の……?
上田氏:
うーん……イヌ/ネコよりもうちょっと賢くていいかな,とは考えています。
4Gamer:
お,ちょっと意外な答えが。
上田氏:
例えばムービーのシーンみたいに,対岸にジャンプしろと言われてそれを理解できるのって,相当な知能があるはずですよね。
4Gamer:
確かにそうですね。トレーナーがトレーニングした犬レベルです。
上田氏:
これまでは,そこまで賢くしてしまうと「ただの便利な仲間」になってしまうんではないかという心配があったので,あえてそこは抑えていたんですね。でも徐々にテストプレイを重ねていく中で,きちんと動物としての存在感も残しつつ,もう少し賢くてもいいかなと思い始めてきていまして。
4Gamer:
でもそのバランスってとても難しそうですよね。おっしゃるとおり,こちらの言うことがなんでも通じるようになると,ただの“便利な喋らない仲間”になってしまう可能性はあります。めっちゃ強いNPCの傭兵みたいな。でもそうならないギリギリのところを追及するということですね。
はい。でもそこだけではなく,ともかく「ギリギリのところを突く」というのはトリコというゲーム全体を通してだと思うんです。デザインやビジュアルに関してもそうで,可愛いのか恐いのか,綺麗なのか汚いのか,リアルなのかアンリアルなのか……。背景に関してもそうですし,動きに関してもそうですし,そういったところを詰めていく。
4Gamer:
たしかにトリコなんかは,造形としてかなり微妙なところを突いてますよね。私はイヌを飼っているので,イヌ的な可愛さを見出していますし,ネコを飼っている人であれば,ネコ的な可愛さを見出しているのかもしれません。はたまた鳥を飼っていれば,この造形からしても鳥的な魅力を連想するかもしれません。
上田氏:
そういうものであってほしいですね。
4Gamer:
あと見ようによっては,今回のトレイラーからはゾウのような印象も受けました。知性もあって,内面から漂う,包み込むような優しさも感じるというか……言い過ぎですかね。トリコの大きさからそれを連想するということもありますが,ゾウは,人に飼われているというよりも,パートナー意識の強い動物だと思うので。
上田氏:
いろいろ考えてますね(笑)。でも,いまおっしゃったようなことは割と本質を捉えていて,トリコがそういうポジションになってくれればいいな,とは考えています。
4Gamer:
お,そうなんですね?
上田氏:
特に今回見せたステージなんかが特徴的ですが,ロケーションとしてはとても高い場所にいるわけで,プレイヤー的にはそこから来るストレス値が強いと思うんです。
4Gamer:
確かに少年が一本橋を歩いて行くシーンはちょっと背中がゾワッときました。カメラアングルも変わって,トンデモない高さであることが強調されてましたし。
上田氏:
そんな危険なシーンであっても,トリコにしがみついていれば大丈夫なんだという部分……と言えばいいでしょうか。それを強調するために,ステージとトリコが存在していると言っても過言ではありません。
4Gamer:
動物好きとしてはそこがたまらないわけです。
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