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印刷2015/08/24 00:00

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連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」最終回

 KADOKAWAから発売中のトレーディングカードゲーム「ドレッドノート」の世界観を,小説形式でお伝えしていく連載企画「Dreadnought Episodes」。原作カード第1弾の物語を綴った本連載も,ひとまずの最終回を迎える。今回は,旭レイジ恵比寿ユイに,常盤シャンティレオナ・メリタ,そしてマルコ・ベイカーの,5人の物語をお届けする。

 ストーカーの正体“遠隔操作の神格”を退けたものの,真犯人を突き止めることができなかったユイとレイジの2人。一度解散となったその矢先,ユイの元に,レイジの姉旭チヅルからの電話が掛かってくる。一方,魔王の会で対峙する黄の神醒術士シャンティと,黒の神醒術士レオナとヴォルフだが,その場でシャンティは意外な提案を2人に持ち掛ける。そしてマルコは,謎の少女の襲撃を食い止めたのち,新たな事件の幕開けを迎える……。

 本連載で綴られた物語は,「ドレッドノート」の世界で起きる出来事の,ほんの始まりに過ぎない。この先,彼らにどのような運命が待ち構えているのかは2015年8月27日に発売予定のブースターパック第2弾に続いていくので,ぜひ手に取って,この壮大な物語を追い続けていただきたい。


画像集 No.001のサムネイル画像 / 連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」最終回

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旭レイジ 昼行燈のサボタージュ #5


 ストーカーの正体を突き止めたものの、遠隔操作の神格だとわかった。その神格も消えてしまった。これでは犯人を突き止めることはできない。
 気づけば、日が暮れてからずいぶんと経っている。
 ユイが、ふう、と息を吐いた。
「とりあえず、ヒカルちゃんにはおうちに帰ってもらおうかしら」
 ヒカルがまずユイの方へ、次にレイジへと視線を移した。
 レイジは首肯する。
「だな。一応の解決はしたわけだし。結局犯人を捕まえられずじまいなのは悪いが、ずっとヒカルに貼りついているわけにもいかない。またちょっとでも気になることがあったら連絡してくれ。ユイに」
「なんで私限定なのよ」
「もともと相談を受けたのはお前だろ」
「どっちにしろあなたにも協力してもらうわよ」
「……約束してねーよな?」
「かわいい後輩を見捨てるの? さいってー」
 レイジはヒカルをうかがう。彼女は微笑み、ふたりに頭を下げる。
「お手数おかけしました、でも……私ならもう大丈夫です。犯人も懲りたかもしれませんし」
 レイジも同意見だった。チャリ女の言っていた感じだと、他にも被害者はいるらしい。それはつまり犯人が、ヒカルだけにこだわっているわけではないということだ。ならば、一度しくじった相手のストーキングに、わざわざ再挑戦する確率は低いんじゃないかと思う。仮にまた現れたとしても、少なくともチャリ女の言っていた限りではストーカー事件によって直接的な被害をこうむった人間はいない。今回レイジたちは戦闘にまで至ったが、それはこちらから仕掛けたことによる例外だろう。攻撃しなければ反撃を受ける心配もないなら、今度こそ警察に連絡だけして、あとはそっちに任せればいい。正体が神格とわかって他に被害者もいるとのことなので、きっと対応してくれる。
 ユイが言った。
「うーん。それでもやっぱり犯人の目的が不明なのは気になるのよね。ひょっとすると探せば、あの自転車のお姉さんみたいに事情を知っている人がいるかもしれない。私は念のためにストーカーと黒いライオンに関する聞きこみをしてみるわ」
 めぼしい情報が出たら伝えるわね、とユイがヒカルに言って、ヒカルが、ありがとうございます、とまた頭を下げた。
 
 ヒカルが去ってから、レイジはユイの顔を見る。
「いいのかよ」
「なにが」
「今から聞き込みって。お前んち、門限がやべーんじゃねえの」
 ああ、とユイは頷く。
「どっちにしろ、もう遅れちゃってるからね。あと30分くらいならいいでしょ」
 やっぱり、こいつが模範生ってのはみんなの勘違いだろう、とレイジは思う。もちろん後輩のために頑張るのが悪と言うつもりはないが。
「お前が勝手に頑張るぶんにはいい。でも俺は巻き込むなよ」
「さっきも言ったでしょ。当然、協力してもらうつもりよ?」
「やめろよ! 俺は帰ってだらだらとテレビを見るんだよ!」
「テレビよりヒカルちゃんが大事でしょ」
 レイジは頬をひくつかせる。
「……このへんの家を一軒ずつ尋ねて目撃情報でも集めるつもりか?」
「必要とあらばね」
 恐怖だった。今日のレイジは普段よりもかなり働いた。もう充分だろうと思う。このままずるずると引っ張られるわけにはいかない。そろそろ、だらけた日常に戻りたい。
 そう願いつつもユイに腕を掴まれ、引っ張られる。レイジはわあわあと悲しく喚く。
 と、そこでタイミングよく、レイジのポケットにあるスマートフォンが震えた。
「あっ、ちょっと待てユイ! 電話電話。一回、手を離せ!」
「そんな見え透いた嘘に引っ掛からないわよ」
「マジだっての!」
 ユイの手を振りほどき、レイジは電話の発信者を確認する。
 表示名を見るだけで反射的に、背中に汗が伝った。レイジがこの世でもっとも苦手とする人物からだった。
「げ……姉貴だ」
「チヅルさん?」
画像集 No.004のサムネイル画像 / 連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」最終回
 ユイもレイジの姉とは面識がある。模範生のユイが電話の邪魔をするとは思えなかったが、一応言った。
「悪いけど出る。ちょっとマジで、静かにしててくれよ」
 わかってるわよ、とユイがため息をついて腕組みをする。レイジは電話を耳にあて、口元を隠すようにしながら、ユイに背を向けて離れた。
 
 姉からの用件は、簡単に言えば「マヨネーズが切れたから買って帰ってこい」という、ただのおつかいだった。姉はレイジを小間づかいかなにかと勘違いしている節がある。
 レイジは素直に了承し、電話を切って、深く息を吐く。
 ――よかった。大した用事じゃなかった。
 姉は四六時中、レイジを気にかけている。過保護というのとは、ちょっと違う――もし心配に思っているなら、誘拐に遭って間もない弟をひとりで出歩かせはしないはずだ。今も、レイジは姉に連絡を入れずに帰りが遅くなっていたが、このタイミングまで心配の電話はなかった。どちらかというと出来のわるい弟が悪事をはたらかないように監視する気持ちなのだろう、とレイジは想像している。
 姉との通話は疲れる。レイジは電話をポケットにしまい、知らず知らずに縮こまっていた背筋をぴんと張って伸びをした。
「なんだったの?」
 背後から尋ねるユイを、振り返る。
「大した用じゃなかったよ。でも、とりあえず早く帰った方がよさそうだ」
「そう」
 ユイは不満そうに唇を尖らせたが、いちおうは頷いた。レイジの家庭にまでは迷惑をかけないのが、こいつのせめてもの、常識的なところではある。
「いいわ。私はひとりでも、もう少し調べてみるから」
「そうか。悪いな、任せた」
 レイジは軽く手をあげる。
「じゃ、また明日。学校でな」
「うん。またね」
 背中にユイの視線を受けつつ、レイジは来た道を少し早足で戻る。マヨネーズはいつもの通学路にある安いスーパーで買えばいいだろう。商店街を抜けた先で裏路地に入ればショートカットできる。
 見慣れた通学路であるはずの裏路地は、曇り空のせいか、いつもよりずいぶんと暗かった。人通りも異常に少ない。
 レイジがその違和感に気づいたとき、背後ではすでに、獣の息遣いが聞こえていた。

恵比寿ユイ よすがのレスポンス #5


 レイジに、彼のお姉さんから電話があった。
 お姉さんは名前をチヅルさんといって、普段は料理教室の先生をしているらしい。たしかに以前、料理をふるまってもらったときにとても美味しかった覚えがある。家庭的で、優しくて、気が利いて、とても素晴らしい人だった。なによりレイジの扱い方をよく知っていた。
 レイジはチヅルさんからの指示には、よほどじゃないかぎり刃向わない。彼がチヅルさんに呼び戻されたのなら、ユイにもひきとめる理由はない。
 レイジが来た道を戻る。その背中が見えなくなってから、ユイは動いた。
 とりあえず、近くには民家がたくさんある。1件ずつ回ってストーカーと黒いライオンに関する聞きこみを始める。犯人はヒカルにこだわっているわけではなさそうなのに、これ以上調べる必要があるのか、と自分でも少し迷った。でも後輩の相談に乗ると決めたのは自分だ。できるかぎり安心させてあげたい。
 ユイは気づけば、当初の予定だった30分を大幅に越えて、1時間ほど聞き込みを続けていた。
 
 正体不明のストーカー事件の被害者、もしくは被害者を知っているという人は思ったよりも多く、10人に及んだ。
 ひとつだけ、収穫があった。
 被害者には、女性だけでなく男性もいる、ということだ。
 自転車のお姉さんの証言と合わせて考えると、つまり犯人の目的は「男女関係なく、神醒術士を尾行すること」にあるのだろう。
 ただ逆にいえば、それ以上の事情は不明だ。犯人が尾行によってなにを得ようとしているのかもわからない。
 最後のお宅訪問を終えてから、ユイは腰に手を当てて息を吐いた。
 ――今日はこんなところかしらね。
 スマートフォンを鞄から出して時計を確認すると、ずいぶん遅い時間だった。聞き込みを始める前に1本、自宅に連絡は入れておいたのだけれど、さすがにもう帰らないと怒られる。
 スマートフォンを鞄に戻そうとしたところで、それが震えた。
 着信。
 家からかと思ったけれど違う。
 相手はレイジのお姉さん、チヅルさんだった。
 ――なんで?
 たしかに以前会ったとき、番号は伝えていたけれど、チヅルさんから電話を受けたことはこれまでに一度もない。疑問に思いながらも、もしもし、お久しぶりです、と出た。
 チヅルさんの口調は軽い。最近元気? またおうちにいらっしゃい、などと儀礼的な言葉のあとで、なにげなく本題に入った。
 それを聞いてユイは、思わず声を大きくする。
「レイジが、まだ帰ってない?」
 チヅルさんは大して心配していない風だった。電話をかけても出ない、仕方ない弟だ、どこに行ったか知っているなら教えて、という軽い言葉を聞きながら、ユイは黙りこむ。レイジと別れてからは、もう1時間以上が経っている。
 彼が帰りにゆっくり寄り道をしたとしても、この場所からなら帰宅まで30分もかからないはずだった。

常盤シャンティ 眠れるピース #4


 魔王の会。
 その正体は、謎のふたり組が「なんらかの情報」を得るためにおこなっていた神醒術事件だった。クラブでシャンティ以外の人たちはみんな衰弱し、床に転がった。友達のテドちゃんも含めてだ。でもみんな、目覚めたときには悪い記憶を失っているのだろう。ただ異常な、恍惚とした感覚だけが残り、そして肯定的な噂だけが広まる。

 シャンティは、クラブを出て走る。
 ふたり組が暗い路地裏に姿をくらませようとした、まさにそこで追いついた。
「待ってください!」
 これまでに経験がないくらいの大声を上げた。その声が、人通りのない夜の空に響いて溶ける。
 前を歩いていた黒ずくめのふたりは足を止め、振り返る。表情に警戒心はなく、ただ疑問が浮かんでいるようだった。
 シャンティは上がった息を整えながら、途切れ途切れに続ける。
「どうして、こんな、ことを」
 それでふたりは、だいたいの事情を察したらしい。スーツのような格好をした女性が微笑む。
「あら、あの術で意識を保ってる子がいるなんてね」
 スーツの女性は、ちらりと、隣にいるギターを持った男性をうかがった。
「オレはちゃんとやったぜ?」
「でしょうね。貴方の、術の腕だけは疑っていないわ。他はまったく信頼してないけれど」
「クク、持つ者は疎まれるというわけか……どうやらオレは孤独とともに生きる運命らしい」
 男性の言っている意味はシャンティにはわからなかった。女性も同じなのか、彼を無視して、再びシャンティを見た。
「なかなか優秀な神醒術士さんみたいね。それで? どうしてこんなことを、だっけ。貴女が知ってどうするの」
 シャンティは息を大きく吸う。
 このふたりの行動は許せるものじゃない、絶対に。罪もない人たちを――大事な友達を、襲ったのだから。胸の奥では怒りがまだ煮えている。
 でも。
 一方的に非難もできない。理由もきかずに人を責めたてて正義を説くほど、シャンティは自分ができた人間だとも思わない。
 なら、できるかぎり平穏に、誰も傷つけずに済む方法は、シャンティが思いつく限りひとつだ。
「ひょっとしたら、お手伝いできるかもしれないと思って」
「…………え?」
 女性は、意外そうに目を丸くした。
「もう、こんな悪さはやめてほしいんです。でも、きっとあなたたちにも理由があるんだと思います。だからその理由を教えてください。もし私ひとりが手伝うことでどうにかできるなら、せいいっぱい力になります」
 本心だった。不用意に刺激して争うよりもよっぽど害がないと思った。あくまで目的は、できるだけ誰も困らず「平穏」に暮らせる世界だ。そのためには、個人的な怒りよりも優先すべきことがある。この場でシャンティが暴力に訴えれば、このふたりの怒りがクラブにいた人たちに飛び火するかもしれない。この方法ならテドちゃんにも危害は及ばない。
 シャンティはまだ子供だけれど、神醒術士としての腕でいえば標準よりも高い能力を持っている。なにかしら手伝えることはあるはずだ。女性は、訝しむように眉間を狭める。
「本気?」
「はい」
「私たちが悪者だってわかって言ってる?」
「本当の意味での悪人なんて、この世界にはいません」
 そこで女性が、ふっと笑った。なんだか恍惚とした表情で、頬を紅潮させて。
「いいわね。貴女、気に入ったわ。その極端な純朴さ、ぞくぞくしちゃう」
「おい」
 とギターの男性が女性を見る。
「勝手な行動は慎めよ」
 けれど女性は返す。
「貴方が言う? 別に教えたって問題はないわよ。それに貴方だって、こういう子ってロックだと思わない? 理不尽な大人たちに正面から立ち向かってくる少女」
「…………む」
 男性は、なぜだかその一言で納得したらしい。それ以上は食い下がらなかった。
 女性がこちらを見つめ、案外すんなりと打ち明けてくれた。
「私たちはね、『とある神醒術士』を追っているの」
「……神醒術士?」
「ええ、組織の上からの命令でね。その人物は、この学園都市の人間じゃないのだけれど、紛れ込んで『危険な計画』を実行している。だから捕まえないといけない。私たちはその目撃情報を洗うために、不特定多数の人の記憶に干渉していただけよ。別に、他の人たちに大きな危害を加えようというつもりはないわ」
 彼女が真実を語っている保証はない。けれど、理屈は通っていると思った。
 たしかに八幡学園都市には、世界中からいろんな人たちが集まる。なかには怖い犯罪を侵す神醒術士もいる。そしてその目撃情報を手に入れようと思うなら、このふたりがやっている行動は理にかなっている。毎回スポットを変えて、必要な情報を集めているだけ。
 わかりました、とシャンティはひとまず納得する。
「じゃあ、私も一緒に捜します。その人の特徴を私にも教えてください」
 女性の言葉が仮に嘘だとしても、こうすれば自然と、ふたりの行動を監視することにもなる。もし怪しい挙動が見られたら、今度こそ力づくでも止めるつもりだ。二度と、テドちゃんを襲わせたりしない。しかし、女性は言った。
「だーめ」
「えっ」
「貴女のことは気に入ったわよ? けれどチームに余計な因子を加えることは当然ながらできない。今の話は、貴女を安心させるためにしてあげただけ――どうせこれ以上は、無作為な人たちを襲って情報を集めるつもりもなかったしね。特別サービスだと思って」
「…………」
 親しげにウィンクを飛ばす女性に、シャンティはどう返せばいいかわからなかった。
「納得してもらえたなら、私たちのことは誰にも話さないで、おうちで大人しくしていてね? これはお願いよ」
 情報の提供は、そのための交換条件のような節もあったのかもしれない。それから彼女は、片耳についたデバイス――ゲートを起動した。
 途端、地面からせり上がるように、神格が現れた。大きな甲虫と、それに乗った民族風の服装をした女性。外見の特徴からして、きっとソロモンの悪魔だろう。スーツの女性は、甲虫の上、女性悪魔のうしろに、脚を開いて座った。
 あ、と声を上げたときには甲虫が羽を広げて浮いていた。
 隣にいたギターの男性も、同じく羽を持った神格を顕現し、それに掴まって空に舞い上がる。
「クハハ、哀れな少女よ! 残念だがそういうことだ。今夜はもう遅い。気をつけて帰れよ!」
 スーツの女性もシャンティを見下ろして、優しく目を細める。
「じゃあね、かわいいお嬢さん」
 黒い影がふたつ、街の照明でいくらか明るんだ夜空に昇っていく。シャンティも神格は呼び出せるが空は飛べない。追うことができずに、ふたり組が去るのを見つめているしかなかった。

 力不足を感じて気持ちが沈んだ。でもへこんでいる暇もない。シャンティは急いでクラブへと戻った。
 心配していたよりも、事態は深刻ではなかった。お客さんたちは、すでに意識を取り戻し始めていた。
 友達のテドちゃんを抱き起こすと、彼女はぼーっとした表情で「あれ、もうイベント終わっちゃった?」と呑気なことを言っていた。やはりあのふたり組にとって都合の悪い情報は、すべてなくなっているみたいだ――テドちゃんは、ふたりの顔も覚えていないと言った。そして、欠落した真実の代わりに「夢とも現実とも判別のつかない、心地いい出来事があった」という情報だけが刷り込まれているようだった。
 こうして今夜の「魔王の会」は閉幕した。噂に聞いていたとおり、得体のしれない、でも体験者にとっては魅力的なイベントとして。
 他のお客さんたちと並んでクラブを出た。テドちゃんはもう平気そうだったけれど、シャンティは一応、彼女をおうちの前まで送り届けた。
 そのあとの帰り道、ポケットからスマートフォンを取り出した。ひとつには、両親に帰ることを連絡しようと思ったから。もうひとつには、警察に連絡を入れたほうがいいんじゃないか、と迷ったから――スーツの女性からは「誰にも話さないで」と言われたけれど、やっぱりそういうわけにはいかないように思う。
 しかしそこで、スマートフォンに何度もの着信通知と、アプリでのメッセージが届いていることに気づいた。
 電話とメッセージはどれも同じ人からだ。同じ学園に通っていて、実家のカレー屋さんによく来てくれるお客さんでもある、仲のいい先輩。
 恵比寿ユイさんだった。

レオナ・メリタ デキる女のナリッジ #4


「かわいい子だったわねえ」
 レオナは夜空を飛行しながら、ひとり言のように呟いた。
 羽音がノイズになっていたはずだけれど、横並びで飛んでいたヴォルフには聞こえていたようだ。こちらを向いて笑った。
「あんな田舎臭いのが好みなのか」
「わかっていないわね。それがいいんじゃない。未成熟で純情な少女は、今の時代じゃ希少よ」
「今の時代、な……クク、確かにこの世の中は汚れきっている。だからこそオレたちのような穢れた神醒術士が現れる」
「誰が穢れてるって? 一緒にしないでよね」
 クックック、とヴォルフが笑う。なにがおかしいのよ、とレオナは睨む。
 ヴォルフは縁起がかった表情で、肩をすくめて言った。
「で、次は、どうするんだ? もう『魔王の会』はやめると言っていただろ」
「ええ――」レオナは頷く。
 魔王の会。不特定多数の人間から情報を引き出すこの手段の長所は「本人が無意識にしまっている情報」にもアクセスできる点にある。たとえば街中ですれ違った他人の容貌を普通の人間は覚えていないが、レオナたちはその記憶をも掬い上げられる。人種、性別、背格好、そのほか多彩な検索条件で、データベースから任意の情報を抽出できる。
 が、逆にいえば、どこまでいっても過去の目撃情報だ。もし目撃者が100人見つかったとしても、標的の詳細な「現在地」までは特定できない。
 ならば、なぜこの手段を選んだのか?
「目撃者がいない」という結果を得るためだ。
 レオナたちは標的に関するデータを可能な限り、組織から聞いている。容姿も含めて。しかしその情報と照合しても、魔王の会の参加者は誰ひとりとして標的を目撃していなかった。
 標的が八幡学園都市に渡ったという時間から経過を考えると、これほどまでに引っかからない結果には違和感がある。ターゲットは、ほぼ1か所に潜みつづけているのだろうと推測がたつ。
 そして、八幡学園都市の中で『他組織の神醒術士がほぼ完璧に潜める場所』といえば限られている。
 レオナはヴォルフに返す。
「もうだいたいの目星はついたわ。今夜、ターゲットを捕獲するわよ」
 上司から命令されていた期日通り、7日目だ。なにひとつ任務に狂いはない。
「ほう、この捜査任務もついに終わりか。思い返せば短かかったな。なにひとつ大きな問題は起きていない」
「そりゃあ貴方はほとんどなにもしていないものね」
「クックック」
「だからどうして誇らしげなのよ」
「それで? 奴は、どこにいるというのだ」
「Husk」
 レオナは答えた。
 それを聞いて、ヴォルフはすべてを理解したようだった。
 片手で顔を覆い、クックックッとまた笑う。
「フン、なるほどな。確かに、隠れ場所としては最適かもしれん。どのHuskかもわかっているのか?」
「おおよそね。私の思ったとおりなら防壁が厄介な場所だから、捕えるとなると、ちょっとくらい荒事になるかもしれないけれど、1対2ならいけるでしょう。なにより、あそこなら私たち黒の神醒術士にとっては勝手の知らない場所じゃないし」
「貴様もなかなか考えているじゃないか。さすがはオレの右腕だ」
「……突き落とされたいの?」
「そう喜ぶな」
「決めた。殺すわ」
 レオナと、レオナの後ろに乗っている悪魔の神格が同時に、ヴォルフを睨みつける。
 しかしレオナがヴォルフに手をあげることはできなかった。ポケットの中のスマートフォンが震えたからだ。
 発信者はsalomoの上司だった。レオナたちにターゲットの捜索を命じていた人物だ。
 電話に出ると、上司は前置きもなく、冷たい声で告げた。
 ――八幡学園都市の警察署に捕えられた構成員をひとり、救出しろ。最優先事項だ。
 ……急な、しかも無謀な予定変更だった。
 今回の任務は、どうしてこうも厄介な因子ばかり出てくるのかしら、とレオナは眉間を指で押さえた。

マルコ・ベイカー 理論武装のリサーチ #4


 少女の神醒術士は虚影(ダミー)を自在に操る。これほど特殊な神醒術をI2COの構成員は使わない。少なくともマルコは見たことがなかった。
 屋上で戦うマルコの背後のドアが開き、八幡学園署の応援がやってきた。いちいち顔を覚えてはいないが、それなりに優秀な神醒術士も混じっているはずだ。しかし彼らにとっても虚影戦術は初見らしい。少女の突破を許しはしないものの、同時に攻めきることもできないでいた。互いに譲らぬまま、屋上は、複数の神格と黒い影たちとが泥仕合をくり広げる戦場と化した。
 その均衡に終止符を打つためか、少女が両手を天にかざした。
「ふふ、おもしろい。お兄ちゃんたち、とってもおもしろいよ……でも、これならどうかな?」
 少女が手を体の前に下ろす。と同時に、それまで上空を飛んでいた無数のバッタがマルコたちへといっせいに降り注いだ。まるで1体の生き物であるかのような統一性をもって。――群体が1つの神格を形成しているのか? やはり見たこともない術だ。
 バッタどもがマルコのすぐ横にいた白髪まじりの男性警官の腹部に突撃し、その肉体を吹き飛ばす。その職員は神醒術を扱える人間ではなかったらしい。生身に攻撃を受けた勢いのまま背後のドアにぶちあたってからずり落ち、床に倒れ伏す。意識を完全に失ったようだ。
 それを見たマルコは顔をしかめ、少女に向き直る。少女は微笑を浮かべている。マルコは、顔の周りを飛ぶバッタを片手で払うと、声を荒げる。
「……いい気になるなよ小娘。この程度の羽虫をいくら束ねようと、オレの神格の敵ではない!」
 青い光がマルコの身体から放出される。
画像集 No.003のサムネイル画像 / 連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」最終回
 顕現――反攻型超ド級マルス《アレス》。
 漆黒の体と巨大な一本槍を持つ、ギリシャ神話の戦神だ。彼こそがこの世でもっとも強く、もっとも美しい神格だとマルコは信じている。
 アレスは氷のように冷たい表情で巨大な槍を構えると、バッタの群体に突っ込む。
 槍の切っ先が一匹に触れた瞬間、青い閃光が花火のように爆散した。
 
 結果、マルコたちは少女の襲撃を食い止め、その捕獲に成功した。多少の時間は食ったものの終わってみれば、少女を屋上より先に一歩も進めなかったのだから、苦戦というほどでもない。当然だが、たったひとりに落とせるほど八幡学園都市とI2COの共同戦線は甘くない。
 事態が落ち着いてから、警察の人間が彼女を取り調べた。その間に、八幡とI2COの他人員も彼女について情報を集めた。
 しかし、ずいぶんと謎が多い。
 一応わかっているのは、使用した神醒術の傾向から、おそらくsalomo所属の神醒術士であろうということだ。より詳細な名前や経歴などの個人データについては八幡学園都市がsalomoに問い合わせてはいるが、まともな返答があるかはわからない。salomoは自組織の利益を優先するためならば体裁を繕おうともしない、少々頭のおかしい組織だからだ。
 また少女は、おそらく今回のテロ事件の真犯人ではない。
 鑑定の結果、政治的・宗教的な強い思想を持っていなかった。かといって愉快犯でもなさそうだった。なにより彼女は、今回のテロ事件についてろくな情報を有していなかった。犯行声明文の内容すら知らない。脳内情報にアクセスする特殊な検査で調べたので、おおよそ間違いない。
 となると、彼女の後ろに黒幕がいることになるわけだが、その人物についての情報も彼女から引き出せはしなかった。とかく面倒な事件だ。
 現段階では、貴重な才能を持つ神醒術士が捕獲できただけでもよしとしよう。I2COの構成員として八幡学園都市にかけあえば、マルコが彼女について調べることも許されるだろう。であれば研究が進む。
 そう考えていたときだった。
 マルコのもとに、今回のテロ事件対策チームを仕切る八幡学園都市の人間から、個室への呼び出しがあった――思い返せば、マルコが警察署に来ているのは、この話を聞くためだ。
 行ってみると、そこには八幡の偉い人間だけでなく、I2COの上司もいた。この街にはI2COの人員も何人か暮らしているが、こうして表舞台に顔を出すのは珍しい。
 上司は告げる。
 ――I2CO幹部である『七賢者』の息女が、誘拐された。
 厳密には消息を絶ったところまでしか確認されていないが、現場の状況からして誘拐事件なのは明確だという。
 なるほど、とマルコは唸る。幹部の家族というのは、常に狙われる立場にある。I2COの重要な情報を引き出されたり、単純にゆすりの道具として使われたり、さまざまな面で都合が悪い。迅速な対処が必要だ。
 電話でなくわざわざマルコを署に呼び出して伝えたのは、部外者の盗聴を警戒してのことだろう。こんな話題が公に漏れてはならない。本来なら八幡の人間にも聞かれたくないはずだが、と不思議に思っていると上司が続けた。
 誘拐が発覚したのは昨晩。I2COは既に、この日本へ、新たなメンバーを派遣した。そろそろ到着する頃あいだ。テロ対策チームにはその人物が加わる、ということで八幡の上層部とI2COは合意している。マルコには、今回のテロ事件対策チームから外れて誘拐事件の方を捜査してもらう――という命令が下された。
 マルコは顔を険しく歪める。この場に八幡の人間が同席しているのは、人員交代の理由を説明する上で、事情を話すしかない状況だったからだろう。
 ならばその後釜のほうに、誘拐事件のほうを捜査させてくれ、とマルコは文句を言った。だが聞き入れられない。使う術を考えた結果の適材適所だ、と返された。
 やっと面白い研究ができると思っていたのに出鼻をくじかれた気分だった。
 マルコは自身の不運を嘆くため息をつきつつ、頷いた。

 荷物をまとめて署から出ようとしたとき、ひとりの女性が自動ドアの向こうから入れ違いにやってきた。
 年齢はマルコと同じ20代前半だろうか。胸元あたりまで伸びた赤い髪。青い、保安官のような制服。その服に施された紋章からI2COのメンバーだろうとすぐ推測がついた。
 すれ違いざまに目が合う。マルコはその一瞬でなんとなく、彼女が「自分の代わり」だと理解する。なにか恨み言のひとつでも吐いてやろうかと逡巡したが、その言葉は彼女のうしろをついて歩く神格を見て引っ込んだ。
 頭が天井に届くのではないかと思えるほどに巨大な、三つ首の黒い獣。
 マルコは現在I2COの拠点に出入りしている神醒術士についてはそれなりの知識を持っている。だが、こんな神格を操る術士に見覚えはない。最近加わった新入りか?
 まぁI2COにとってはテロ捜査の手伝いよりも、誘拐事件のほうがより優先度が高い。テロのほうには適当な新人を当てたのだろう。背中を見つめている間に、女性は、獣の神格をつれて署のエレベータに乗った。
 マルコは大して気に留めることもなく前に向き直ると、署をあとにした。

文/河端ジュン一

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