KADOKAWAから発売中のトレーディングカードゲーム
「ドレッドノート」の連載記事,
「Dreadnought Episodes」が今週からスタートする。この連載は,カードのフレーバーテキストから幽かに読み取れる本作の背景世界について深く掘り下げ,その世界観を小説形式でお伝えしていこうというもの。執筆を担当するのは,もちろん本作の開発元・グループSNEで,本作の設定監修を手がける
河端ジュン一氏だ。
これから8週にわたって物語を掲載していくので,本作のプレイヤーはぜひお付き合いいただけると幸いだ。また,原作ゲームを知らずとも物語として楽しめる作りになっているので,ここを入口にドレッドノートの世界に飛び込んでみるのも悪くないかも?
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《神の子》調査ファイル――旭レイジの場合
神よ、我々の過ちを赦したもう。
今日、我々は、ふたつのミスを犯した。
ひとつは、彼を捕獲対象に選んでしまったこと――彼は最初、輸送中の車内で面倒くさそうに無抵抗をつらぬいていた。
しかし、我々が他にも神醒術士を狙っていることを喋ると、表情を一変させた。
「この街には手を出すな。今の生活は、わりと気に入ってるんだ」
スサノヲ
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そう言って彼が顕現させたのは、荒武者の姿をした神だった。私は思わず、目を剥く。
「まさか、このような幼い少年が、たったひとりで……日本神話の最高位を!?」
このときに大人しく彼を帰していればよかったのだろう。
だが我々は力をもって彼を抑えつけようとした――これが、ふたつ目のミスだ。
神が剣を振るう。その一薙ぎで、私の護衛兵が斬り捨てられる。瞬く間に惨状が広がる。破砕。粉砕。爆砕。
無表情に破壊を続ける神と、その使役者である少年に、我々の抵抗は意味をなさない。
残った護衛兵たちは、無理やりに互いを鼓舞する。
「耐えろ、反撃の好機はあるはずだ! いかに強大な神と言えど、いずれ力尽きて――」
しかし私は知っていた。彼が操る神の性質を。一度でもこちらが弱みを見せれば、かの存在を止める術はない。
我々は神の怒りに触れたのだ。これは、その報い。
もはや私には、両手を組み、祈ることしかできない。
ああ、神よ。我々の過ちを赦したもう。どうか。どうか。
《神の子》調査ファイル――アリス・フィフティベルの場合
大人しいお嬢さま、というのが、彼女を見ての第一印象だった。
けれど私が世話役として雇われてから1か月、その認識は改めざるを得ない。
彼女はお嬢さまではあるが、決して大人しくはない。感情豊かで、独善的だ。
純白のセダンの後部座席で、彼女――アリス・フィフティベルは言う。
「なかなか撒けませんわね。うしろの黒塗り」
「……ああ、お気づきでしたか」
隣に座った私は賛嘆の息を吐いた。
今、彼女はオフで、私とともに外食に向かっている。さきほどまでは何を食べようかと楽しげに私に喋りかけていた。その最中でも彼女は、警戒を怠っていなかったらしい。
少女と言えど、さすがは本国で天才といわれる、一流の神醒術士だ。
「鬱陶しい蠅ですわね。いいですわ、わたくしが払って差し上げましょう」
「申し訳ございません。お手を煩わせてしまって」
「いいですわよ、あなたはここで待っていなさい――運転手、停めてくださいませ」
路肩に停車する。彼女だけが車から降りた。恐ろしく早い手際で『あれ』を顕現する――彼女は、たったひとりでも特定の神格(ユニット)に限り呼び出せる特異体質だ。
アテナ
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後方を追ってきていた黒塗りの車も停車し、中からスーツの男が4人現れた。男たちは警告もなく、こちらに発砲する。
しかし、無駄だ。いかなる手段をもってしても『あれ』の盾には傷一つ、つけられない。
彼女は腕組みをしたまま、一歩も動かず、不遜に言い放つ。
「頭を垂れなさい。神の御前ですわよ」
直後、『あれ』の槍が敵の車を貫いた。爆発が起こる。4人の黒服はその炎と煙に呑まれる。決着は一瞬だった。
それから彼女はこちらを振り返ると、炎に照らされた美しい笑顔で言う。
「ああ、ひらめきましたわ。今日は焼き肉にしましょう――この国の牛は、とても美味しいと聞いていますの」
夜のライブハウス――レオナ・メリタの苦悩
レオナ・メリタは、わりと万人に好かれるタイプだと自負している。
表面上は、いかにも「落ち着いていて優しいお姉さん」に見えるからだ。
学生時代は教師、同級生、先輩、後輩から告白されたことがある。なかには同性もいた。老人や子供とだって、打ち解けるのは早い。
けれど……この男の扱いだけは、どうにも苦手だ。
ライブハウスの中は満員だ。200人以上の人間が集っており、吐き気を催すほどの熱気で満ちている。
ステージに立った大堂ヴォルフが、満足げな笑みでマイクを握り、オーディエンスに問いかける。
「民衆どもよ、オレの黒き叫びが聞こえるか! 闇の底から湧きたつ嘆きが!」
オーディエンスは答えない。ゆらゆらと、定まらない視線で宙を見つめている。開いたその口からは唾液が際限なく垂れている。
「願え、破滅を……祈れ、混沌を……さすればオレは貴様たちの望むがままに、現代に蘇りし魔王となろう!」
やはりオーディエンスは答えない。
――すべては、ヴォルフの背後を飛ぶ神格(ユニット)が振りまく、瘴気のせいだ。
ベルゼブブ
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彼の横に立つレオナは、頬を引き攣らせる。
「……貴方、なにが楽しいわけ? 精神を侵した人たちを相手に演説して――」
「侵す? ハッ、勘違いも甚だしいぜ。オレがおこなっているのは黒き浄化。大衆どもを無我の境地に誘い、その心に巣食う闇と対話しているんだよ。クックック……」
言っている意味がさっぱりわからない。この男、ひょっとして馬鹿なんじゃないか。
レオナは相棒の奇行に深く嘆息し、自らの神格(ユニット)である女悪魔を顕現する。
「ともかく、この中に求める情報はないみたいね。他をあたりましょう」
女悪魔の操る巨大な甲虫が羽ばたくと、瘴気がいっそう濃くなり、オーディエンスがいっせいに倒れ伏した。
埠頭の惨劇――パドマ・アステラスの日常
トランプタワーが昔から好きだった。
じっくり丁寧に、慎重に、積み重ねて、最後に崩す快感がたまらない。
破壊は最大の芸術だ、とパドマ・アステラスは考える。桜は散るときがもっとも美しい。
この小さな島国を一時的な拠点に選んだ理由も、その美学に共感を覚えたからだ。
パドマの目前には、趣味の悪い紅色のスーツを着た、老いた男が立っている。少し後方には、同じく趣味の悪い、カラフルなスーツの男たちを50人ほどひき連れている。
老人がパドマのこめかみに拳銃を突きつけ、絞り出すような声で言う。
「簡単には殺さんぞ……あいつの無念を、その身に充分刻みつけてから海に沈めてやる」
パドマは、老人の言葉を適当に聞き流しながら、脳裏に紅色のトランプを思い描いた。
この老人は、今までにどんな人生積み上げてきただろう。薄汚い血をぶちまけて壊れた、こいつの一人息子と比べ、ちょっとはマシな破壊を見せてくれるだろうか。
「――貴様、なにがおかしい……!」
銃口を押しつけてくる老人に、パドマは両手を上げたまま、嘲笑を返す。
「別に? 想像したら、もっと汚え絵面しか思い浮かばなくてな」
パドマが言った直後、老人の背後でゴトリ、と異質な音がした。
老人は振り返り――目を剥く。50人ほどいた男たちの首がすべて切断されていた。生々しい断面から冗談みたいに勢いよく血が噴き出し、地面に落ちた頭部に降りかかって赤で濡らす。
「……な」
「あーあー汚えなぁ、ちょっとスーツに付いちまったじゃねえか」
老人がパドマに向き直ると、拳銃も既に切断されている。パドマの背後には、ぼんやりと像が浮かびあがっている。
それは老人が見たこともないほどに恐ろしく、悍ましく、そして美しい、鋼の神だ。
シヴァ
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パドマが両手を大仰に掲げ、まるで玩具を前にした少年のように、無邪気に笑う。
「知ってるか? どっかの神は7日間で世界を創ったらしいぜ。じゃあ俺様は、てめえを壊すのに、いったい何秒かかると思う?」
???の視点
神醒術は現在に至るまで、素晴らしい速度で発展を遂げてきた。
はじまりは匂いや火・水・電気など、はっきりとした形を持たないものの具現化だ。そののちに、ふたりの神醒術士が組むことで具体的な形を持った神の顕現を可能とした。今では前者を「神律(コード)」後者を「神格(ユニット)」と呼ぶ。
現代では、神醒術によってさまざまなものを現せる。「新たなエネルギー産業」あるいは「革命的な軍事兵器」などとして高い評価を受けており、もっとも優れた神醒技術を有する組織が、世界を牛耳るともされている。
あながち間違いではないだろう。それほどまでに神醒術というのは人類にとって驚くべき進化――常識的には存在してはならないほどの、オーバーテクノロジーだ。
さらに最近では「神格はふたり一組でなければ呼び出せない」というこれまでのルールを無視し、たったひとりでも神格を顕現できる術士が、例外的にではあるが現れはじめている。
彼らの特徴はふたつだ。
ひとつに、彼らのほとんどが、社会に神醒術が浸透しはじめてから生まれた超情報化時代の子――つまり10代、20代などの若い人間であること。中には例外もいるが、その場合もやはり「情報」を多く浴びる環境に身を置いている点では変わらない。
もうひとつに、彼らがひとりで呼べる神格には制限があること。彼ら自身との高い共感性を持つ、たった1種類だけに限られるというのが一般論だ。
とはいえ、ひとりで神格を顕現できるというのは驚くべき特権だ。彼らは情報と深くつながっているという意味で『絆の世代』と呼ばれる。当然、組織からは「優秀な駒」として重宝される傾向にある。
――しかし私は『絆の世代』に、駒だけに収まらない可能性を見出した。
神醒術の限界を超える。
『絆』は間違いなく、我々が悲しき運命から逃れるための、希望の一手になると信じている。