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[CEDEC 2023]ポケモン世界をリアルにするため,音響の力も追及する。「ポケモンの せかいを かけめぐる おと! おんきょうデザインで ひろがる ぼうけんの すがた!」レポート
・一之瀬 剛氏(ゲームフリーク 開発部 サウンド)
・北村一樹氏(コネクテコ 代表取締役)
・岩本 翔氏(フリーランス サウンドプログラマー)
※写真のキャプション(並び順)に誤りがありました。お詫びして訂正します
■ポケモン世界をリアルにするため,音響の力も追及する
ゲームや映像作品では,虫や鳥の鳴き声,草むらや川が立てる自然の音など,周囲に流れる音を総称して「環境音」と呼ぶことがある。環境音が流れることでリアリティが増し,プレイヤーは作品世界により深く没入することができるのだ。
普通の作品では現実に存在する生物の声を流せばいいが,「ポケットモンスター(ポケモン)」の世界ではそれは許されない。その理由について一之瀬氏は「ポケモン世界には一般的な動物がいないため」であると語る。こうした「ポケモン世界のルール」が存在するため,シリーズの環境音はポケモンの鳴き声で作らなければならないのだ。
環境音として流す鳴き声を「環境鳴き声」という。シリーズに環境鳴き声が取り入れられたのは2002年の「ポケットモンスター ルビー・サファイア」のこと。この時点ではプレイヤーが現在いるフィールドのエンカウントテーブルを参照し,ポケモン図鑑用に用意された鳴き声を環境鳴き声として流していた。ポケモン図鑑用であるため,虫や鳥の鳴き声のような情緒がなく,ポケモン1種類につき1つの鳴き声しかなかったと一之瀬氏は当時を振り返る。
その後,2016年の「ポケットモンスター サン・ムーン」では,フィールドで環境音として流すための環境鳴き声が作られ,2019年の「ポケットモンスター ソード・シールド(以下,ソード・シールド)」以降は環境音についてさらなる取り組みが行われることとなった。本講演で語られたのは,この「ソード・シールド」と2022年の「Pokémon LEGENDS アルセウス(以下,アルセウス)」「ポケットモンスター スカーレット・バイオレット(以下,スカーレット・バイオレット)」における事例である。
「ソード・シールド」から「スカーレット・バイオレット」の音響空間が目指すところに関し,北村氏は「生物がポケモンしかいない自然環境音をリアルに表現する」ことであると語る。
そのためには,まずは現実世界の生物がどのように鳴いているかを体験しなければ……ということで北村氏は山奥へ。森の中に5cmほどの小型スピーカーをランダムに配置,ポケモンの鳴き声を流してこれを録音するという実験を行った。いわばポケモンの鳴き声をリアンプするようなもので,実際の自然環境でポケモンの鳴き声がどのように響くかを確かめられるのである。
もちろん,周囲にいる動植物の音も入ってしまうのだが,ここで北村氏は虫の鳴き声から一つの気付きを得た。「虫の鳴き声はシンセサイザーの電子音に近い。ポケモンの鳴き声を作るにもシンセサイザーが使われている。ならば,空間における音の響き方や草木による回折(ここでは音波が障害物を回り込んで伝わること)をシミュレートすれば,ポケモンの鳴き声も自然に馴染んだものとなるのではないか」と考えたのだ。
この気付きを元に,スタジオのあちこちに配したスピーカーからポケモンの鳴き声を流し,これを天井に向けたマイクで録音するという新たな実験をスタート。結果として,リアンプした鳴き声と環境音を合わせれば,目標を達成できるという手応えを感じたという。
こうして「ポケモン」シリーズにおける環境音の新たな取り組みがスタートした。「ソード・シールド」では昼と夜の汎用環境鳴き声,鳴き声を上げるひつじポケモン「ウールー」がいるエリアの昼用環境鳴き声を用意し,スタジオで録音したものを流しているが,ステージごとの差分を用意できなかったという。
そして「アルセウス」では,すべてのポケモンの鳴き声バリエーションに近距離・中距離・遠距離のものを用意し,フィールドの状況に応じて流している。同作のポケモンは5種の鳴き声を持っているため,1体だけでも5×3距離で15種の鳴き声があることに。これが242匹もいるのだから,総数は3630種となる。そのため,この手法は沢山のポケモンが登場する作品では使うことができず,「スカーレット・バイオレット」では新たなやり方を考える必要があった。
また,ポケモンの鳴き声自体も“しんか”させなければならなかったという。図鑑用鳴き声,喜び,怒り,悲しみ,気付きとバリエーションが少ないうえ,作品によって音源や作り方が異なる関係上,波形の性質も全く異なっているため,一律に処理を掛ければいいというものではない。また,鳴き声自体の認知度も非常に高いため,下手なものを追加するとイメージが崩れてしまう。加えてポケモン自体の数も多く,「スカーレット・バイオレット」ではポケモン図鑑のナンバーが1000を越えるほどになっている……と数々の難題が立ちふさがることとなった。
北村氏は,シリーズの楽曲を手がけてきた増田順一氏と一之瀬氏にヒアリングを敢行。以下に挙げる5つのアドバイスを得た。
・「クリエイティブされた生き物である」
・「ライオンからインスパイアされたポケモンに,ライオンの声を使うのは違う」
・「クリエイティブが挟まっていることが大事」
・「その音になってユーザーが喜ぶかが大事!」
北村氏はこれらのアドバイスを「神々の言葉」と呼ぶ。「クリエイティブが挟まっていて」「その音になってユーザーが喜ぶか」という2点を,今後の音作りにおけるピラー(柱)としたと語った。
「スカーレット・バイオレット」の鳴き声作りにおいては「声のバリエーションを増やして表現力を上げること」「オリジナルのニュアンスを残したままバリエーションを作ること」「大量のアセットを効率的に生成すること」「『ポケットモンスター 赤・緑』から最新世代までを同じワークフローで作ること」が課題となった。
ここで用いられたのが,プロシージャルサウンド生成ツール「GameSynth」をベースとした専用ツール「PokeSynth(ポケシンセ)」。ポケモンの鳴き声に演技を付け,その演技を元に沢山の鳴き声を生成するというのがその働きだ。特にユニークなのが演技の付け方で,「マウスで図形を描く」「演技をした人間の声を読み込ませる」と,そのニュアンスに合わせた鳴き声を作り出してくれるのである。
例えば,ピカチュウの鳴き声を読み込ませ,右肩上がりの長い線を描くと,“尻上がりになったピカチュウの鳴き声”,下へと下がっていく短い線なら“沈んでいくトーンのピカチュウの鳴き声”が作られる。また,格闘ゲームに良くある,気合いを入れるボイスっぽく叫んだ声を読み込ませると,元のニュアンスを反映した上で“気合いを入れるボイスっぽいピカチュウの鳴き声”になる。そして,こうした加工を多数の鳴き声に施すバッチ処理も可能だ。
PokeSynthによって,無限のバリエーションを持つ鳴き声を作れるようになり,それぞれのカットシーンにおいて,そのシーンが持つニュアンスに応じたポケモンの感情を表現できるようになったという。「スカーレット・バイオレット」では,PokeSynthを用い,ミライドンやコライドンのカットシーンや,イベント中の鳴き声が専用で作られている。彼らがサンドイッチを食べるシーンの鳴き声は,北村氏が演技したニュアンスから作られているそうなので,気になる人は再確認してみよう。
「スカーレット・バイオレット」では,生き物の生態をリアルに表現するため,活動するであろう場所や時間帯,天候や習性を定義してコントロールすることが目標となった。ここで重要になるのは動物が持つ習性で,北村氏は山や動物園へ取材に出かけた。そこで分かったのが,動物が鳴く際は時間と身体の大きさが関係すること。虫のみが鳴く夜→鳥と虫が混じる朝→鳥がよく鳴く昼……と時間の移り変わりで鳴く生物が変わっていき,身体が小さいほど鳴く頻度も高い。哺乳類の場合は大きいと鳴く頻度が増え,鼻を鳴らしたりといった音も立てるということだ。
こうした結果から,バトルで用いられるタイプとは別に,ポケモンを「鳥ポケモン系」「虫ポケモン系」「大型ポケモン系」など分類。鳥ポケモン系は,自然の鳥がやるような鳴き交わし(コールアンドレスポンス)をするなど,系列に応じた鳴き方を定めていった。
また,ポケモンの鳴き声以外の環境音については2009年の「ハートゴールド・ソウルシルバー」で初めて導入されたが,どこのポイントでどんな環境音を鳴らすかという情報を人力で配置していたため,コストが高騰。2016年の「サン・ムーン」では「ハートゴールド・ソウルシルバー」クラスの環境音を入れようということになったが,不規則な地形に手作業で情報を配置したため,マップ変更の影響も大きく,コストがアップしている。
こうした問題を解決すべく,「スカーレット・バイオレット」では,地形に応じた「発音点」を自動で配置するという取り組みが行われている。そのうえで,木は木がある位置から音が鳴るようにし,水は3DCGツールの「Houdini」で割り出した水と陸の境目に発音点を置き,草はプレイヤーの周囲の地形を見てそこが草なら発音点を置くといった手法が採られている。
実在しないポケモンたちが人と暮らす世界。皆を魅了するこの設定を支える要素の一つが,効果音に関する妥協なき姿勢であろう。こうしてリアリティが追求されているからこそ,プレイヤーはゲームに没入し,ポケモンたちへの感情移入を深めていくことができる。そのうえでは労を惜しまぬ取材や,自動化への取り組みも行われている。PokeSynthや環境音の自動配置については,単に人海戦術をするのではなく,知恵の力でバリエーションを増やしつつ,リアリティも出せているわけで,問題を解決するためのアイデアがいかに重要であるかも分かるだろう。開発秘話としての面白さと,ビジネス的・開発的な視点があり,実に興味深い講演であると感じられた。
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