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[GDC 2013]PowerVR 6やシリコンスタジオのPS4対応ゲームエンジンなど,明日のゲームが見えてくるGDC展示会場レポート(3)
今回は,英Imagination Technologies(以下,Imagination)の「PowerVR Series6」(以下,PowerVR 6)や,同社からついに発売されたレイトレーシングユニットに関する情報,そして,シリコンスタジオのミドルウェアや次世代ゲームエンジンについてまとめてみよう。
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PowerVRのImagination
レイトレ用プロセッサ搭載のカードを会場で販売
RTUボード「R2100」を持つAlex Kelley氏(Director of Business Development, Caustic Professional, Imagination Technologies) |
4Gamerでは過去にも,SIGGRAPHレポートなどで何度か記事を掲載しているが(関連記事),Imaginationは,レイトレーシング機能を民生向けに展開し,さらにその先ではモバイル端末向けのPowerVRへ統合するという,壮大な長期計画を持っている。
そこでImaginationは,レイトレーシングの分野でその名がよく知られていたCaustic Graphicsを2010年に買収。Caustic Graphicsが進めてきたRTU開発計画を入手したのだ。今回発売になったCaustic 2を,Imaginationはプロフェッショナル映像製作向けのグラフィックスカードとして提供していく予定だとのことだが,本製品はまさに,同社の野望の第一歩となる製品なのである。
さて,今回発売されたRTUは,Caustic 2シリーズの上位モデル「R2500」と,下位モデル「R2100」の2製品。価格はR2500が1495ドルで,R2100が795ドルとなっている。
R2500は,PCI Express x16接続のカードになっており,RTUを2基搭載し,RTU 1基あたり容量8GBのグラフィックスメモリを組み合わせた構成になっている。カード全体の消費電力は65Wなので,PCI Express補助電源コネクタによる追加の電源供給は不要という。
RTUを2基搭載したR2500。2基のRTUはPLX Technology製のブリッジチップで接続されていた |
RTUを1基搭載した下位モデルR2100 |
ところで,ImaginationがR2500とR2100を「グラフィックスカード」と位置づけていることは上で述べたが,R2500とR2100の実態は,レイトレーシング処理に特化したベクトル演算カードである。そのため,画面を表示するには,GPUが別途必要になる。ただ,画面表示用GPUの性能はいっさい問われないため,組み合わせるGPUはプロフェッショナル向け製品ではなく,GeForceやRadeon,あるいはCPUの統合型グラフィックス機能でも問題ないという。
ImaginationでRTUビジネス担当ディレクターを務めるAlex Kelley(アレックス・ケリー)氏によれば,デジタルコンテンツ作成ソフト「Autodesk Maya」(以下,Maya)でRTUを利用するためのソフトが完成しているほか,3D CG作成ソフト「Autodesk 3ds Max」用も,6月に提供開始の予定だという。
Imaginationブースでは,ゲーム開発で多用される,グローバルイルミネーション(大局照明)に配慮したライトマップ作成や環境マップ生成を,Maya上でRTUを使って実現するデモを披露していた。下のムービーはその一例で,Android/iOS用TPS「SHADOWGUN」のシーンを基に,レイトレーシングによる環境マップを生成する方法についての実演デモを直撮りしたものである。
ルネサス エレクロトニクス製のPowerVR 6開発評価ボード |
ルネサス エレクロトニクス製の開発評価ボード上では,2種類のデモが動作していた。
ひとつは,PlayStation 3(以下,PS3)やXbox 360並の,高度なレンダリングメソッドを実装したデモだ。下に掲載したムービーがそれで,ピクセルシェーダを活用して画面座標系で光筋を生成するテクニックや,6面体構造のキューブマップに,深度情報をレンダリングする全方位シャドウマップテクニックなど,かなり高度かつGPU負荷の高い描画を行っている。
もうひとつのデモは,「Cloth & Flag OpenCL」と呼ばれる,OpenCLを活用したGPGPUデモだった。こちらはその名のとおり,OpenCLを使い,GPGPUで布の挙動をシミュレーションするもので,ボールと布がリアルに相互干渉する様子を見て取れる。
OpenCLで実装したグリッドベースの流体物理シミュレーションをPowerVR 6で動かすデモ |
OpenCLを使うと,GPUをDSP(デジタルシグナルプロセッサ)的に活用することも可能だ。そこでImaginationでは,フォトレタッチソフトで使うようなフィルタ処理を,OpenCLでリアルタイムにこなすというデモも披露していた。NVIDIAが「Tegra 4」の目玉機能として導入した「NVIDIA Computational Photography Architecture」のような処理系を,「PowerVR 6ならOpenCLによるソフトウェア実装で実現可能だ」……とImaginationは言いたいようである。
フィルタ処理のデモ。1CPUでは,フル稼動で処理させても17fps程度が限界(拡大写真左下) |
2コアCPUの両CPUをフル稼動させれば,30fps程度にまで向上。ただし,CPUはほかの処理をする暇がない |
それをGPUアクセラレーション付きで処理すると,60fpsで行えるようになる |
Caustic by Imagination 公式Webサイト
Imagination Technologies 公式Webサイト
PS4対応ミドルウェアを多数展示したシリコンスタジオ
シリコンスタジオブースでは,同社のゲームエンジン「OROCHI」で制作された「ガンスリンガー ストラトス」(写真中央)を設置して連日大人気 |
そんな背景もあって,同社は例年よりもやや大きなブースを展開。海外展開を計画しているミドルウェア製品を,ほぼフルラインナップで出展していた。
また,来場者の注目を集めるために,ブースの中央には,シリコンスタジオのゲームエンジン「OROCHI」を用いて開発されたスクウェア・エニックスのアーケードゲーム「ガンスリンガー ストラトス」を設置。無料でプレイできるようにしていた(ただし,OROCHI自体は日本向けのため,出展されていない)。
この作戦は大当たりだったようだ。ゲームセンターの絶対数が非常に少ない北米のゲーム開発者たちは,「日本の最新アーケードゲームが楽しめる」とあって大喜び。ブースには連日,長蛇の列ができていた。同社の担当者によれば,「重量は数百キロもあり,航空便での搬入にはコストがかかったものの,最高のプロモーション効果があった」とのことである。
そんなシリコンスタジオブースで1番の話題は,海外展開が始まり,PS4への対応も表明されたポストエフェクトミドルウェア「YEBIS 2」だ。
YEBIS 2を簡単に説明すると,「ポストエフェクト処理を専門に行うミドルウェア」になる。ここで言うポストエフェクトとは,高速で動くものをボケさせる「モーションブラー」,ピントを合わせたもの以外をボケさせる「被写界深度表現」,高輝度な光が眩しく溢れ出す「グレア/ブルーム表現」といった,プログラマブルシェーダを駆使したHDR(ハイダイナミックレンジ)レンダリングが当たり前の近年に,一般的となった表現のことだ。
YEBIS 2はレンダリング結果に対して,リアルタイムのフォトレタッチを加えるかのように,ポストエフェクトを加える処理を行う。あたかも,カメラやレンズを組み合わせて撮影するように,ゲーム内空間を描き出すことができるミドルウェアなのだ。しかも,YEBIS 2は既存のゲームグラフィックスエンジンに組み込むだけで,こうした機能を実現してしまうのだからすごい。
ゲーム開発者の間でYEBIS 2は,実際の光学現象をかなり正確にシミュレートしてくれる点を,高く評価されている。あのスクウェア・エニックスの新世代ゲームエンジン「Luminous Studio」による技術デモ「Agni's Philosophy」でも,ポストエフェクトエンジンにYEBIS 2が採用されたという実績からも,その実力の高さは窺い知れるだろう。
YEBIS 2のアーキテクトを務める川瀬正樹氏は,YEBIS 2のPS4への対応について,「PS3でのHDRレンダリングは性能面の問題から,RGB各8bit整数の,いわば疑似的なものでした。これがPS4になると,RGB各16bit浮動小数点のリニアなHDRレンダリングができるので,より説得力の向上した表現が可能になります」と述べていた。
YEBIS 2の2013年度版には,新たに以下のような機能が追加されるという。シリコンスタジオから提供された最新版YEBIS 2のプロモーションムービーを下に掲載したが,ムービー中にあるポストエフェクトのオン/オフ映像を見れば,その効果がうかがえるだろう。
- フィルムやカメラの撮像素子が発するノイズの付加機能
- グレア/ブルーム表現の強弱を,画面の任意の領域ごとに設定できる変調機能
- テレビに内蔵された高画質化エンジン並の,3次元テーブルを用いた高度な色変換機能
- FXAA適用時のピンぼけを抑制する機能
シリコンスタジオが手がけるグラフィックス系ミドルウェア/ツールの中でも,YEBIS 2と並んで業界からの評価が高いのが,エフェクト作成ツール兼描画ミドルウェアの「BISHAMON」だ。
BISHAMONは,爆煙や炎,あるいはまばゆい光を放つ魔法といった,幻想的な表現に使う“動くエフェクトグラフィックス”を作成するツールと,作成したエフェクトを描画するランタイムが,セットになったミドルウェアである。
YEBIS 2が比較的,理系寄りのプログラマーに人気のミドルウェアだとすれば,BISHAMONはアート志向の強いアーティストやデザイナー向けのミドルウェアといえよう。
下のプロモーションムービーは,ゲーム開発現場で活躍する複数のアーティストが,最新版のBISHAMONを使って作成したパーティクルエフェクトをまとめたものだ。近年のゲームでよく見かける,派手なビジュアルエフェクトが実現されているのが分かるだろう。
BISHAMONの開発を担当したマッチロック 代表取締役社長の藤本文彦氏は,BISHAMONの評価について,「BISHAMONはインディーズゲーム開発者のために,安価なパッケージの提供を開始したことが評価されています。最近では,海外のインディーズゲーム開発者への採用事例もありました。3Dタイプのゲームだけでなく2Dゲームへの採用例も増えてきましたね」と述べる。
BISHAMONスタッフイチオシのゲーム「TENGAMI」 |
BISHAMON最新版で新機能として追加された,背景を歪める「スペースワーピング」系の新エフェクト。空間の歪みを立体的なジオメトリ構造に基づいて与えられるのが特徴。光学迷彩表現やテレポート表現などに使えそう? |
そのほかシリコンスタジオブースでは,GDC 2012に引き続いての出典となるゲームエンジン「Paradox」も出典されていた。スマートフォンやタブレットなどのモバイル端末から,PCやPS4までの対応を謳ったゲームエンジンである。
ちなみに,シリコンスタジオのエンジンは,七福神を代表とする和名を付けることが慣例だったが,Paradoxは同社の海外エンジニアが中心となって開発していることから,この名前になったそうだ。
Paradoxでの開発に使われるプログラミング言語は「C#」。C#というと,Microsoftのプラットフォーム「XNA」や,お馴染みのゲームエンジン「Unity」などを連想する人も多いだろう。確かにParadoxのコンセプトは,これらと近い面がある。ただしParadoxでは,「グラフィックスエンジンに極限まで高い自由度を与えること」をコンセプトに開発が進められており,Paradoxのエンジン側が定めたフレームワークに規定されない,独自のグラフィックスパイプラインを構築できる点が特徴となっているという。
言語は独自仕様となるものの,シェーダプログラミングも可能。文法や機能はDirectX HLSL(High Level Shader Language)にほぼ完全準拠したものとなっているため,PCゲームのプログラマーなら学習しやすい設計となっているとのことだ。
ブースでは,PS4開発機上で動作するParadoxのデモが公開されていた。下に示したのがそのムービーで,これはシリコンスタジオから提供されたものとなる。ちなみに,デモに登場するドラゴンのモデルは,Android/iOS用ベンチマークソフト「MOBILE GPUMARK」で登場するドラゴンと同じものだ。ビジュアルが格段にリッチなので,MOBILE GPUMARK版で見たことがある人でも,気がつかないかもしれない。
PS4開発機上でリアルタイム動作しているParadoxのデモ |
デモ中では,圧倒的な数の“火の粉パーティクル”と,溶岩から吹き出る半透明の“煙パーティクル”が描かれているが,これはGPUパーティクルシステムによる実装とのこと。正しい半透明描画を行うために,火の粉パーティクルと煙パーティクルの遠近ソート処理は,GPGPU(ComputeShader)で実現しているという。
また,デモ中の被写界深度表現を始めとした各種ポストエフェクトは,YEBIS 2で実装されているそうだ。現在はParadox側で独自実装しているパーティクルシステムも,将来的にはBISHAMONへと統合したいとのことであった。
現在のParadoxは,α版の公開といった位置づけのようで,評価を希望するゲームスタジオに対して提供し,意見を集めている状態とのこと。早ければ,2013年内にβ版をリリースしたいそうだ。
今後の開発テーマは,ツール類を充実させていくことだという。まず手始めとして,開発対象のハードウェア(たとえばゲーム機やスマートフォン)に,開発成果を直接反映してテストできるライブエディットツールやシーンエディタツールの開発をスタートさせる。そうしたツールは,ひとつのシーンを複数の開発者で作成しても破綻しないように,複数人での開発にも積極対応していくとのことだ。
取材中,Paradox開発スタッフの口ぶりからは,Unityや Unreal Development Kit(UDK)を意識している様子を強く感じた。今後の動向にも注目したい。
Paradoxは写真下側に見えるとおり,タブレットやスマートフォンなどのモバイル端末にも対応する |
Paradox 公式サイト
シリコンスタジオ 公式サイト
シリコンスタジオは10年先を見越した
未来型ゲームエンジンの開発にも着手?
シリコンスタジオのブースでは,「海外デベロッパとのコラボレーションにより開発中のプロジェクト」に関する展示もあった。それは,10年先を見据えたゲームグラフィックスエンジンの開発だ。
開発を担当しているのは米OTOY。OTOYは,GDC 2013に合わせて開かれたAMDの発表会で,クラウドゲーミング技術に関連した展示を披露した,クラウドレンダリングソリューションの開発会社なのだが,ゲームグラフィックスエンジンの開発にも着手している。
[GDC 2013]AMD,クラウドゲームシステム向けグラフィックスカード「Radeon Sky」を発表。お久しぶりの「Ruby」もチラ見せ
「Brigade」と名付けられたこのエンジンは,「パストレーシング」(Path Tracing)ベースのレンダリングコアにより成り立っている。
現在のPCやゲーム機のGPUが扱うラスタライズレンダリング技法では,影生成や鏡像表現が非常に難しく,それっぽく見えるフェイク表現に留まることが多い。
それを解決する手法のひとつが,冒頭でも触れたレイトレーシングだ。レイトレーシングでは,視点から投げた視線がシーン内のオブジェクトに衝突すると,その衝突部分の素材や材質プロファイルに基づいてライティングやシェーディングを行ったり,あるいはさらに再帰的にレイ(光)を飛ばして,間接光情報などの回収を行ったりする。
パストレーシングは,そんなレイトレーシングをさらに拡張した概念である。レイトレーシングと基本概念は同じだが,レイとシーン内オブジェクトとの衝突点から,放射状に多量のレイを放ち,より精度の高い間接光などの情報を集めようとする。当然計算は多くなるが,レイトレーシングよりもさらに正確な鏡像表現や間接光照明表現,ソフトシャドウなどを,自動的に得られる利点があるというのがポイントだ。
シリコンスタジオブースでは,「GeForce GTX TITAN」搭載のグラフィックスカードを4枚装着したPCを使ってBrigadeエンジンを実行。巨大な街並みを車が暴走するという,Grand Theft Auto風のデモを披露していた。これも下にムービーで示してみるが,Brigadeエンジンによるレンダリングがどのようなものを目指しているのかは窺えよう。
GeForce GTX TITAN×4のPC上でBrigadeエンジンのデモを動かしている様子 |
Brigadeエンジンが動作していたPC。GeForce GTX TITANの4枚差し仕様 |
これをリアルタイムと呼んでいいかはともかく,OTOYにてプロダクトマネージャーを務めるSamuel Lapere氏(関連リンク,英語)によると,デモシーンの総ポリゴン数は13億8000万ポリゴンにも上るそうだ。それだけ膨大なジオメトリ量を使った広大なシーンを,負荷の高いパストレーシングでレンダリングしてこのフレームレートならば,むしろ立派と言うべきなのかもしれない。
YEBIS 2は,Brigadeエンジンのポストエフェクトエンジン部に採用されたとのことで,主にモーションブラーやトーンマッピング,色収差表現や歪曲収差が使われているとのこと。一方,デモムービーで確認できる被写界深度表現は,Brigadeエンジン側のパストレーシング法によって,自動的に生成されたものだそうで,YEBIS 2によるものではないそうだ。
10年後のゲーマーは,こうしたパストレーシングベースのゲームグラフィックスを当たり前のものとしたゲームをプレイしているのかもしれないと思うと,なんとも楽しみである。
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