インタビュー
「『鉄拳』はB級だからいい!」――CG映画「鉄拳ブラッド・ベンジェンス」で脚本を担当した佐藤 大氏に,同作の魅力を聞いた
そこで今回は,脚本家の佐藤 大氏に,鉄拳BVの脚本を手がけた経緯や,映画の見どころ,ゲーム版との違い,そして原作を映画化するにあたって気を使った点などを,まとめて聞いてきた。
映画「鉄拳 ブラッド・ベンジェンス」公式サイト
「ゲーム版『鉄拳』が持つB級感こそ,
僕にとって応援したい要素」(佐藤氏)
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
まずは鉄拳BVの脚本を,佐藤さんが担当することになった経緯から教えてください。
元々デジタル・フロンティアさんと仕事をしていたこともあって,誘われました。ただそれ以外にもいろいろありまして……例えば僕は以前,アニメ「交響詩篇エウレカセブン」の脚本とシリーズ構成を担当していたんです。その製作委員会であるProject EUREKAに,バンダイの鵜之澤(伸)さんがいらっしゃったんですね。そういったいくつかの経緯から,声をかけていただきました。
実は僕自身,ゲームライターをやっていたので,格闘ゲームについてもけっこう記事を書いていたことが,鵜之澤さんにバレていたようですし(笑)。
4Gamer:
「鉄拳にも詳しいはずだ!」みたいな感じですね。
佐藤氏:
ええ。でも,正直なところ,最初は「僕でいいのかな?」と思いました。対戦格闘ゲームがストーリー主導の映画にはあまり向いていないとも考えていたので,避けたい気持ちもありました。
4Gamer:
確かに対戦格闘ゲームは,これまでもさまざまな作品が映像化されてきていますが,なかなかこう……万人が納得する形での映像化は難しいんだろうなと思わされるものが多かったように思います。
佐藤氏:
そうなんですよ。僕自身にもそうなってしまう不安があって悩んだんですが,失敗を恐れて断ってしまうよりも,映画でしかできないことをやってみようと思って引き受けました。
そのうえで,鉄拳ファンに「これも鉄拳だな」と認めてもらえる作品にするべく,映画としての面白さと,ゲームと繋がった世界であるという部分でのバランスの取り方には,かなり気を使いましたね。
4Gamer:
ゲームが原作である以上,ゲーム版のファンに認めてもらうというのは大事なことですよね。
ところで,佐藤さんはかなりの鉄拳ファンだそうですが,いつ頃からプレイしていたんですか?
佐藤氏:
「鉄拳2」から「鉄拳タッグトーナメント」の頃は,まだゲームライターだったこともあり,かなりやり込んでいましたね。
担当編集者から,「やるっしょ?」みたいな感じで勧められたのがきっかけです。あの頃は,「バーチャファイター」の仕事も多くやっていましたが,やはりバーチャと鉄拳のインパクトは大きかった。
4Gamer:
当時は多くのゲーマーが,文字通り熱狂してましたよね。佐藤さんはバーチャと鉄拳,どちら派だったんですか?
佐藤氏:
うーん……,ハマっていた度合いでいうと,実は「トバルNo.1」が一番でしたね(笑)。
4Gamer:
それはまた懐かしいですね(笑)。
佐藤氏:
ドリームファクトリーさんの作品が好きで,トバルNo.1をやりながら,「当たり判定の感覚がいい!」とか言ってました(笑)。
鉄拳に関しては,最初はキャラクターで気に入った部分が大きいんです。クマとか木人とか,B級感のするイロモノキャラが大好きで。さらに,シリーズが進むごとにどんどんネタっぽくなる部分もあって,「ヒドイ!」って笑いながらのめり込んでいきました。実はこういうB級感こそ,僕が鉄拳を応援したい要素なんです。
4Gamer:
鉄拳のストーリーの軸である“三島財閥”なんか,どんどんとんでもない方向に突っ走っていますし。
佐藤氏:
とくに平八は凄いですよね。ラース・アレクサンダーソンが平八の息子だということを知ったときも,「どんだけ種馬なんだ?」って感じで,驚きながらも喜びました(笑)。
4Gamer:
「聖闘士星矢」の城戸光政みたいですよね。
佐藤氏:
ちょっと車田正美さん作品っぽい勢いがありますよね(笑)。それはそれで,日本人が作る作品ならではの潔さだとも思います。
4Gamer:
にも関わらず,海外でも人気を集めているというのが,鉄拳の凄さですよね。
ところで鉄拳BVは,すでに海外のプレミアなどでお披露目されているそうですが,現地での反応はいかがでしたか?
佐藤氏:
「鉄拳シリーズには登場キャラクターが40人くらい居るのに,なんで女子高生が主役なんだ」と言う人もいれば,「良くやってくれた!」と言う人もいるような具合で,両極端でした。「なんでパンダがこんなに」という声と,「やっぱ,パンダとクマっしょ」みたいな両方の反応があったのも嬉しかったです。
「これは鉄拳じゃない」という反応がなかったのには,本当に安心しています。狙ったとおりに受け止めてもらえたということですからね。ゲーム版のメインスタッフが参加しているのに,「これは鉄拳じゃない」と言われるのだけは,何としても避けたかったんですよ。
4Gamer:
パンダにしろクマにしろ,ゲーム版にもあったからこそ,さほど反発を生むようなこともなかったんでしょうね。
佐藤氏:
そこが大きいんですよ。鉄拳は,何でもアリの世界ですから。
それに格闘ゲームって,お気に入りのキャラクターのエンディングしか見ていない人もいますよね。鉄拳の場合は40人以上ものキャラクターがいるので,遊んだ人それぞれに思い入れがあると思いますし,鉄拳の世界に対して抱いている印象も,人それぞれだと思うんです。
ひょっとしたら,仁が好きな人は鉄拳にギャグは無いと思っているかもしれないですけど,風間飛鳥が好きな人にとっては,おっぱいボイーンで終わるゲームですし(笑)。
4Gamer:
鉄拳にさまざまな側面があることを知っていれば,今回の映画で戸惑うこともないんですよね。
佐藤さんの脚本は,最初にゲーム版のスタッフが手がけたプロットとは,大きく異なる内容になったそうですが,その理由を教えてください。
佐藤氏:
プロットでは,舞台として世界のあちらこちらが登場していたんです。ただ,その舞台をそのまま映画にしようとすると,制作期間も予算もとんでもないことになってしまいます。そこで,今回は登場する舞台そのものを限定して,その限られた舞台で繰り広げられる物語を中心に描きました。
確かに鉄拳らしさという点でいうと,世界中にキャラクターがいて,世界中で戦う感じも重要だと思うんです。ただ,それを時間に限りのある映像作品で作ろうとすると,詰め込みすぎでよく分からなくなりがちなんですよね。
4Gamer:
……いくつか思い当たる作品がありますね。
現実的なことを言ってしまうと,ロケハンができないのに,画面はリアルなCGにしなければとなったとき,海外はやっぱり難しい。ですが,京都ぐらいなら何とかなるかな? という読みはありました。
それに実際の京都をただ再現するのではなく,何となく京都っぽい雰囲気にさえできれば,海外の人は「これが日本なんだな」って思ってくれるでしょうし,そういう海外の人の反応を見て,日本側が「違うだろ!」ってツッコミを入れる楽しさも生まれるだろう,みたいな。やっぱりB級映画にありがちな,間違った日本観みたいなものは入れたかったんです。
4Gamer:
間違った日本観は,狙いなんですね!
佐藤氏:
もちろんです。鉄拳の良さって,むしろそういったところにあると思うんですよ。だって,クマとの絡みなんて,どう考えても間違った日本観じゃないですか。ある一つの伝説を間違った形に解釈したらああなったという。
4Gamer:
ウィリー・ウィリアムス vs. 熊ですね。
佐藤氏:
ええ。ただ,そこを少しひねって,今回の映画ではパンダにしてます。
あと,動物と会話が出来る女の子がいるというのはフィクションの特権なので,“パンダと女子高生が意思疎通している”というのは,メインの要素として入れました。動物と意思疎通ができる女の子だからこそ,ロボットにも感情移入できるんだという形にしたかったんです。
シャオユウにもう一度光を!
アリサはCG映画だからこそ描ける!
4Gamer:
鉄拳シリーズには数多くのキャラクターが登場しますが,鉄拳BVにはその一部が起用されています。この選択の基準はどこにあったんでしょうか?
佐藤氏:
鉄拳を原作とする以上,三島家のことを絶対に描こうということだけは,最初に決めていました。あと,「鉄拳5」と「鉄拳6」の中間という時代背景にしたので,ちょうどニーナ・ウィリアムズとアンナ・ウィリアムズの姉妹がたもとを分かって,それぞれのセクションにいるタイミングなんです。なので,この二人もぜひ活躍してもらおうと思っていました。
4Gamer:
では,リン・シャオユウとアリサ・ボスコノビッチを主役にした決め手は?
佐藤氏:
シャオユウって,最近元気がないんですよね。リリと飛鳥の人気の陰に隠れているというか……。シャオユウ好きとしては,こういう状況にやきもきしていて,もう一回活躍させてあげたいと思ったんです。
4Gamer:
シャオユウは「鉄拳3」から毎回登場していますが,確かに最近は少し影が薄いかもしれません。
佐藤氏:
シャオユウって小さいから,大きいキャラクターと戦うときは,懐に飛び込んでかき回すスタイルですよね。だから使うのが難しいというのもあるんでしょうけど,その分,シャオユウの使い方が上手い人を見ると,凄く格好いいんですよ。
ゲームの場合は,戦っている間はカメラをアップにできないんですが,長編ムービーならできるんで,それを駆使して格好いいシャオユウを描きたかったんです。
4Gamer:
ゲームでは実現できないカメラワークで,シャオユウの格好良さを引きだそう,と。
佐藤氏:
ええ。アリサに関しては,“CGでしかリアリティを持てないキャラクターを,あえて主役にする”という思いで選びました。アンドロイドの女の子って,アニメでは当たり前過ぎるし,実写だとまだちょっと厳しいところがありますよね。でもCGであれば,ギリギリ感動できるレベルまでいけるかと思ったんです。
4Gamer:
もともとゲームもCGですし,親和性は高いですよね。
佐藤氏:
そうなんです。さらに言うと,これからもシリーズが続くゲームの映画化における難しい部分として,キャラクターが死んでしまうような物語や,映画の中で成長してしまうような物語を描けないというのがあるんです。それをやってしまうと,その後の本編にも影響が出てしまいますから。
ゲームの最新作が出たときに,この映画を見ていないと分からないような物語になっていたら,ゲームにしか興味がない人を蚊帳の外に置いてしまうことになりますからね。かといって,パラレルワールドとして処理するというのも,違和感がありますし。
4Gamer:
つまり,映画を見ないゲーム版鉄拳ファンに対しても,きっちり誠意を尽くそうということですよね。
佐藤氏:
はい。そこは僕がゲーム版の鉄拳シリーズが好きだからこそ,とくに心がけた部分です。
ただ,そういうことを考えたうえでも,アリサの場合は人間じゃないですから,その身に何があってもリセットできるんです。“Aタイプ”“Bタイプ”みたいな量産型という言い方もできますし,メモリをクリアすることだってできるでしょう。そう考えれば,とことん壊すこともできるので……今回はとことん壊してみました(笑)。
ゲームだとできないであろう,汚しや半壊という表現を加えることで,アリサの魅力を映えさせることを狙っています。
4Gamer:
普段ゲームでは見られない姿を見られるというのは,映画ならではの楽しみですよね。アリサファンにとって嬉しいことだと思います。
佐藤氏:
「鉄拳タッグトーナメント2」(2011年9月14日稼働予定)で遊ぶときには,映画のシーンを思い出しながら,ゲームでは画面に映っていない部分も,「本当はこういう風に壊れてるんじゃないかな?」って想像してもらえると思うんです。
例えばファミコンの「ドラゴンクエスト」シリーズって,当たり前ですけどグラフィックスはファミコンレベルですよね。でも,鳥山 明さんのイラストのおかげで「こういう風に動いてるんじゃないか?」って想像ができたんです。
あれに近い感覚で,シャオユウやアリサの表情がゲームでアップにならなくても,映画のおかげで想像しやすいものになればいいなと思っています。
4Gamer:
映画を観れば,想像力を強化できると。
佐藤氏:
そうですね。ただし,映画でやり過ぎてし,鉄拳本来の世界観を壊しすぎないことに対しては,細心の注意を払っています。
映画自体もゲームと同じく,原田(勝弘)さんや水島(能成)さんがプロデュースしている作品ですから,鉄拳ファンが「あんなの違う!」と思うようなことになってしまっては,本末転倒です。とはいえ,鉄拳ファンじゃなければ楽しめない作品にはなっていないと思います。
「鉄拳 ブラッド・ベンジェンス」は,
学園モノでもあり,女の子同士のバディものでもある
4Gamer:
今回は学園モノというフォーマットも採用していますよね。これは,日常生活のごく一部を切り取りやすい形にして,キャラクターが成長しなくても物語としてさほど不自然ではないものにしようという狙いがあったんでしょうか?
佐藤氏:
そのとおりです。その中で,シャオユウではなくアリサを成長役として描いた理由もそこにあります。ロボットの成長物語にすることで,映画としての作劇のまとまりを持っていきたかったんです。
シャオユウに関しては,「そろそろゲーム版でもリファインしてほしい」と思っているファンも居ると思いますから,黒ソックスにしたり,ネクタイにしたり,シャツをインじゃなくてアウトにしたりとか,デザインの部分をリファインすることをお願いしました。
さらに結果論なんですけど,シャオユウを坂本真綾さんが演じてくれたことで,おきゃんな感じを残しつつも芯のある女性として,新しい彼女を描くことができたと思います。
4Gamer:
見た目や表情は凄く可愛らしいのに,気の強そうな女の子になっていますよね。
佐藤氏:
はい。繰り返しになりますけど,世の中の人気がリリと飛鳥に集中しているので,真綾さんが演じることにプラスして,リファインの効果でもう一度,檜舞台に立ってほしいと思っています。
あとは,ちょっと前の角川映画みたいな気持ちで見てほしいですね。「ねらわれた学園」とか「セーラー服と機関銃」みたいな。
4Gamer:
ああ,分かります。美少女+破天荒な設定というか。
佐藤氏:
“セーラー服”と“機関銃”のミスマッチ感といったらないですからね。
鉄拳BVも,美少女の姿をしたマシンが壊れていく過程を丹念に描いているんですが,こういうのは日本人にしか作れないようなセンスだと思うんです。
4Gamer:
そういった,日本人ならではのセンスを発揮するうえでも,シャオユウとアリサを主役にしたということですね。
佐藤氏:
そういうことです。あ,そうそう,シャオユウと一緒にいるパンダも,実は女の子なんですよ。
4Gamer:
え,そうだったんですか?
ええ,実はこの映画は,パンダも含めた女の子友情モノでもあります。僕は「ハウンド」なんかも好きなので,映画ファンに向けては“女の子同士のバディもの”として見せたかったんです。
それに,人間の女の子とパンダの雌と女性型ロボットの組み合わせは,CG映画だからこそ実現した,本作ならではの特徴になっていると思います。
4Gamer:
ある意味,CGにしかできないことを目指したわけですね。
佐藤氏:
これまでのアニメ版にも実写版にも,それぞれいいところはあると思うんです。ただ,今回はそれとは違う形なんだから,違うところを伸ばしていこうという姿勢でした。
ただし,映画化にあたってやっちゃいけない部分というのは,確実にあると思っていました。例えば,一八が銃を撃ったりしたら興ざめじゃないですか?
4Gamer:
そうですね。世界観とか物語の枠を越えない中で強さを描いたり,求めたりするときに,越えてはいけない一線はあると思います。
佐藤氏:
はい。そういう最低限の“ルール”に関しては,原田さんと水島さんにチェックしていただきましたし,それ以上に,毛利(陽一)監督の存在が心強かったですね。
実は,劇中で鉄拳の技も出していて,ちゃんと稲妻が光る演出も再現しているんですが,あれは今までの鉄拳の映像作品ではやれなかった部分なんです。
4Gamer:
鉄拳ならではの映像作品にするために,細部まで尽力しているわけですね。
佐藤氏:
ええ。制作時はスタッフ同士で「鉄拳って何だろう?」という部分をすごく話し合いましたから,“鉄拳のルール”には忠実に従っていますよ。床が落ちる演出もそうですし(笑)。
あと今回は,シャオユウとアリサ,一八とアンナ,ニーナと仁という具合に,登場キャラクターが基本的に2人組で出ています。なので鉄拳タッグトーナメント2が稼働したら,ぜひこの組み合わせでプレイしてほしいですね。
4Gamer:
ゲーム版のファンが映画を観て,そのままのテンションで鉄拳タッグトーナメント2を遊んだら,きっと作中の組み合わせを選んじゃいますよね。これまで使ってこなかったキャラクターに目を向けるきっかけにもなりそうですし。
佐藤氏:
そういう人が増えてくれたら最高ですね。
4Gamer:
実は私自身,最近はさほど熱心に鉄拳シリーズで遊んでいなかったんですが,映画を見終わった瞬間,久々にプレイしたくなりました。
佐藤氏:
ありがとうございます!
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