インタビュー
“もっと簡単”で“もっと楽しく”,“もっと誰でも遊べる”ものを目指して――「謎惑館 〜音の間に間に〜」について,ディレクターの中井 実氏にいろいろ聞いてみた
立体音響技術「オトフォニクス」によって音楽/効果音は上下左右前後を駆け巡るように聞こえ,プレイヤーが実際に言葉を発して館の住人と対話し,そして3DSのタッチスクリーンやジャイロセンサーを駆使するというように,少し不思議で新しいゲーム体験を提供してくれる。
さまざまなチャレンジが詰め込まれたこの意欲作が,どのように企画・開発されたのか,ディレクターを務めたカプコンの中井 実氏に話を聞いてみた。
3DSの新機能を駆使して,簡単かつ誰でも気軽に遊べる体感アトラクションを目指した
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
これまで,「バイオハザード4 Wii edition」や「デッドライジング ゾンビのいけにえ」といったアクションゲームを手がけてきた中井さんが,今回,ちょっと毛色の違う「謎惑館」のようなアドベンチャーを手がけることになった経緯を教えてください。
確かに,これまで携わってきたタイトルと「謎惑館」は傾向が違うかもしれません。ただ私の中では,その時その時に面白いと思うものを作っているだけなので,何か特別な変化があったという訳ではありませんね。
私は,これまでカプコンならではの“アクションゲーム”を作ってきましたが,その一方で,そういった大作ばかりを出すのは良くないんじゃないかという考えも持っていたんです。数十億円かかるような大きなプロジェクトばかりでは,ゲーム業界は衰退していってしまうのではないか,と。
そこで昔のゲームのように,アイデア勝負で何かできないかと考えていたんです。
4Gamer:
そうした考え方が,「謎惑館」の基本にあるわけですね。
中井氏:
ええ,ずっとそんなことを考えていたところに3DSが登場してきたので,その機能を使って面白いものを作ろう,と。
「謎惑館」はアドベンチャーゲームですが,自分が面白いと思うものを詰め込み,“体感アトラクション”のような感じで,いろんな人に“気軽”に遊んでもらえるものを目指しました。
……最近のゲームは,始めるのにパワーが要りませんか? 私自身,仕事が終わって家に帰っても,疲れていて据え置きゲーム機の電源を入れる気にまったくならないんです。
4Gamer:
確かに。仕事が終わって家に帰ってから,携帯ゲーム機を布団の中でやるならともかく,テレビをつけて,据置ゲーム機の電源を入れてコントローラーを持つというのは,少ししんどいと思うときもありますね。
中井氏:
そういった現状を踏まえると,昔は“気軽に始めて気軽に止められる”ゲームが多かったんじゃないかと思うんです。
そこで「謎惑館」では,原点回帰じゃないですけれども,“もっと簡単”で“もっと楽しく”,“もっと誰でも遊べる”ものを目指したんです。
しかし,その裏側では3DSの新機能を駆使して,いろいろ複雑なことをやっている。これはWiiのゲームを作っているときもそうだったんですが,今回もそういった両面性のあるものに挑戦しています。
きっかけはニンテンドーDSの音声認識機能。立体音響とジャイロセンサーの遊びを加えて完成形に
4Gamer:
というと「謎惑館」の企画は,やはり3DSの仕様が公開されてから固まっていったんですか?
ベースとなる音を使ったゲームのアイデアは,2005年頃からありました。
当時,DS用の音声認識ツールを触っていたら面白かったので,音声認識を使ったゲームを作りたいなと思ったんです。またDSは,本体にマイクが内蔵されているので,本体だけで完結できるからちょうど良いなと。これが別のゲーム機だと,別途マイクを用意しなければなりませんから。
とはいえ,そのときは別のゲームに携わっていましたから,そのアイデアはちょっと温めておくことにしました。そして任天堂さんから3DSの情報をいただいたときに,「あの音のゲームを作れるんじゃないか?」と考えたわけです。
4Gamer:
2005年当時のアイデアでは,音声認識のゲームだったんですか。
中井氏:
そうです。もう絵も表示されない,音だけのゲームにしたいと考えていました。そこには,絵がなければ低予算で済むという目論見もありましたが(笑),それ以上に完全に“尖ったゲーム”にしたかったんです。
しかし結局,「謎惑館」を試作した時点で,特に立体音響を効果的に遊びに組み込むためには,やはり絵が要ることに気づきました。試作のかなり早い段階で,絵は入れるように方向転換しましたね。
4Gamer:
その立体音響をゲームに取り入れようと考えたのは,いつ頃なんでしょう?
中井氏:
3DSの仕様を聞いてから「謎惑館」の企画書を作成して,社内プレゼンを何度か行ったんです。その時に,立体音響を取り入れたら面白くなるんじゃないかという意見が出たので,さっそく採り入れることに決めました。
4Gamer:
今回,立体音響に「オトフォニクス」技術を採用していますが,音源はどのように収録しているんですか? 特殊なスタジオが必要なんですか?
中井氏:
スタジオではなく,録音技術が特別なんです。例えば,蜂が飛び回る音は,養蜂場に専用機材を持ち込んで収録しています。つまり,その機材さえセッティングできれば,屋外でも屋内でも収録可能なんです。そうやって収録した音源に,特殊な加工を施して立体音響データに仕上げていくんです。
それ以上の技術の仕組みや,どのような機材を使うかなどについては機密事項にあたるので,残念ながら一切お伝えできないんですよ。
4Gamer:
立体音響のデータを3DSで再生できるように落とし込む作業は,簡単にできるんですか?
中井氏:
そこはまだ簡単なほうですが,そこに至るまでの過程が大変なんです。一番厄介なのは,収録現場で音を聞けないことですね。
ですので,ちゃんと音が録れているかどうか,後日,完成したデータが送られてくるまで分からないんですよ。データを聞いて,「よかった,ちゃんと録れてる」ということの繰り返しでした。
もちろん,収録前にはミスがないようテストや実験を入念に行っていますから,「全然録れてへんやん!」「音が移動してないやん!」といったことはほとんどなかったですけど。
4Gamer:
銀塩カメラみたいな感じですかね。うまく撮れたか現像してみるまで分からないとか。
中井氏:
ええ。毎回,賭けをしている気分でした。「多分いけてるだろう」って(笑)。
特に,今回お願いした声優さん達はお忙しい方ばかりですし,スケジュールが埋まっているケースが多いですから,「すみません,録れてなかったんでもう一度お願いします」というわけにいきません。
それでもゲーム内の出番が多くて何度か収録に来ていただいた方には,少しだけ録り直しをお願いしたことがありました。1回しかチャンスがない方の収録は,ものすごい集中力で臨みましたよ。
4Gamer:
立体音響用の収録に対する,声優陣の反響はどうでしたか?
中井氏:
声優さんにマイクの周囲を回ってもらったり,マイクに向かって囁いてもらったりしたのですが,皆さん,「いつもと違って,新鮮だ」と面白がってくれたようでしたので良かったです。
4Gamer:
ボイス収録で大変だったことはありますか?
中井氏:
一つのワードごとに演技指導をしてから収録という手順だったので,通常の収録の3〜5倍の時間がかかったことですね。
またノイズを出さないようにするのも大変でした。台本をめくるペーパーノイズはもちろんですが,骨の音や服の擦れる音もダメなんです。空調も止めていますから,ムチャクチャ暑いですし。そんな中,声優さんには頑張っていただけて,非常に助かりました。
4Gamer:
実は最初,オトフォニクスは,従来のバイノーラル方式などを応用して臨場感を出す技術なのかと思ったのですが。
それはまったく違いますね。いろいろ聴き比べたのですが,まずクオリティが異なります。そもそもオトフォニクスとバイノーラルでは技術の根本的な考え方が異なるんですよ。
あと,オトフォニクスで一番すごいのは,ヘッドフォンの片側だけでも──つまり片耳だけで聴いても立体的に聴こえるんです。また個人差なく,ほとんどの人が立体的に聴こえるというのも,オトフォニクスの特徴です。
4Gamer:
バイノーラルだと,条件によって立体に聴こえないケースもあるらしいですね。
中井氏:
ええ。あとオトフォニクスでは,ヘッドフォンやイヤフォンの性能を問わないという点も特徴です。
オトフォニクスは,オトフォニクスファクトリーの武井さんが20年くらいコツコツと研究を積み重ねて編み出した技術なんですよ。今回の収録では,武井さんに多大な協力をいただいたんですが,非常に喜んでいらっしゃいました。
4Gamer:
「謎惑館」には,オトフォニクスの20年の研究の成果が表れている,と。
中井氏:
そういうことです。また,当然ながら弊社がオトフォニクスの使用料をお支払いしますので,「これで,さらに研究ができる」と喜ばれていました(笑)。
オトフォニクスはまだまだ発展途上の技術なので,今後どんどんすごくなっていくと思いますが,「謎惑館」は,オトフォニクスでできることのすべてを詰め込んだといえます。
4Gamer:
「謎惑館」は,ヘッドフォン/イヤフォンの使用を推奨していますよね。スピーカーでのプレイを試してみたんですが,音がグルッと自分の周囲を回るシーンなんかは全然感覚が違っていて,ヘッドフォン/イヤフォンでプレイしたほうが良いなと感じました。
それもあるんですが,ヘッドフォン/イヤフォンを接続しないと,スピーカーから音が出て,それをマイクが拾ってしまうので,意図しない形でゲームが進行する恐れがあるんですよ。そのあたりはオプションで調整することもできるのですが,開発チームとしては,ヘッドフォンの使用を前提にしています。
ヘッドフォンで立体音響を聞いて,マイクに向かって発話して,ジャイロセンサーを動かしてという三位一体のプレイができて初めて,真の「謎惑館」が体験できるんです。
館モノで「学園編」「旅情編」とは? 1000以上のネタから厳選された館内の50の部屋
4Gamer:
次に,ゲームの開発について教えてください。2005年当時のアイデアと,でき上がった「謎惑館」ではどのくらい差があるんでしょう?
コアの部分は変わっていませんが,ずいぶん膨らみました。“目覚めたらよく分からない館にいたので,出口を探してうろつく”,というところは同じです。当初は館の中でルートが分岐していたのですが,今ではなくなっています。それは分岐がないほうが,ゲームや立体音響に集中できるだろうと考えたからです。
あとは,全体を「ホラー編」「モテモテ編」「学園編」といったように,章仕立てにしました。例えばホラーばかりが続くとあまり面白くないだろう,と。試作段階でもいろんなバリエーションの部屋を用意したら,非常に評判が良かったというのもあります。
そこで,立体音響というコンセプトのもと,聴いたら面白いであろう“音”を軸に,いろんな部屋とシナリオを作っていくという感じに変化していきました。
4Gamer:
今回,シナリオを北島行徳さんが担当した理由などを教えてください。
中井氏:
先ほど話したように,「謎惑館」では,館の中に何本も異なる内容の章を用意しなければなりません。さらに各章には,ショートショートの小説のように,最後に「なるほど!」と思わせるオチを付けたかったんです。
そうやって多くのバリエーションを作る必要があるうえに,それぞれにオチも付けなければならない。シナリオの難度が非常に高いので,プロのシナリオライターにお願いしたほうが良いと,最初から考えていましたね。
4Gamer:
なるほど。
中井氏:
ゲームのシナリオは,普通の小説や映画などとは書き方が全然違いますから,同じプロでもゲームのシナリオライターでないといけません。そこで「大神伝 〜小さき太陽〜」でシナリオを書かれた北島さんを紹介してもらったんです。
4Gamer:
北島さんは,すんなりと「謎惑館」の話を理解してくれました?
中井氏:
最初は,すごく首を傾げていましたね(笑)。
例えば「館なのに“学園”ってなんですか……? 意味が分からない」と言われてしまいました。そこで「確かによく分からないですよね(苦笑)」と言いながら,いろいろ説明していったんです。「旅情編」のところでも,「“旅情”って……館の中ですよね?」「いやあ,旅情たっぷりなんですよ,この館(笑)」みたいなやり取りがあって。
ところが実際に書き上がったものを読むと,すごくいい出来だったんです。やはり北島さんにお願いして正解でした。
4Gamer:
キャラクター達の会話も北島さんが書いたんですか?
中井氏:
いえ,部屋の住人のセリフは私が書きました。
4Gamer:
え? 全部のセリフを中井さんが書いたんですか? キャラクター達のセリフは,かなり多いですよね?
それは地獄のような作業でした……。部屋数は全部で50以上,登場人物も50名以上で,それぞれがムチャクチャしゃべりますからね。
とはいえ,セリフの雛形は各部屋担当の企画マンが考えるんです。それでは物足りなかったり,面白くなかったり,あるいは種類が少なかったりするので,結果的にそれらを全部私が修正したり足したりしました。「中井さん,来週までにこれだけ仕上げてくださいね」と急かされたりして,泣きながらセリフを考えましたよ(笑)。
ともあれ,セリフにはそれだけこだわってやってきたので,面白くなっているだろうと思います。
4Gamer:
クスッと来るノリは同じでも,部屋ごとのセリフのテイストがそれぞれ違うじゃないですか。それを中井さんが一人で書き分けたのは,非常に困難だったと思うのですが。
中井氏:
そこは脳みそをいろいろ切り替えながら進めました。基本的には“私が面白いと思うもの”を基準にしていて……だからルールはあるようでないようで,実はあるんです。開発チームもその基準をかなりのレベルで把握しているんですが……,最終的には「中井ディレクターに聞かないと分からない」と言っています(笑)。
「謎惑館」には,「自分的にOKなら間違いないだろう」というネタを放り込んでいますね。
4Gamer:
開発ブログのエントリーでも,スタッフの方が「たくさん考えた中で,数個しかネタが残らなかった」と書いていましたよね。
中井氏:
ネタは皆でムチャクチャ数を出しました。目標は1000個だったかな? 最終的に絞り込んだのが,今回収録した50個強です。
かかった期間は1年足らず。若手スタッフのパワーと「MT Framework Mobile」の利便性でスムーズに進んだ開発
4Gamer:
開発チームは何人で構成されているんですか?
中井氏:
20人くらいです。今回は,低予算,短期間,少人数という目標にもチャレンジしています。完全新規タイトルで開発期間は1年足らずで,しかも今回は入社して2〜3年目の若手中心のプロジェクトだったんですよ。そのため非常に活気があって,ある意味,文化祭的なノリで作れた感がありますね。
4Gamer:
中井さん自身はキャリアを積まれているわけですが,そういった若手中心のプロジェクトをまとめ上げるのはいかがでした?
楽しかったですね。皆,仕事の技術を問題なく備えているうえに,素直なんですよ。「こんなんやろうよ」「こんなんできる?」みたいな話をすると,素直に聞いてやってくれるんです。
これがもう少し年数が経つと「もうちょっと作業量を減らせませんかねえ」とか言い始めて,さらに10年も経つと「オレはこの部屋,面白いと思わないからやりたくない」とかね(笑)。
そういう意味では,今回は皆ピュアでしたね。例えばBGMだと,今回は70曲くらい入っています。これは,この規模のゲームとしては異例の数ですし,しかも全曲を女性スタッフ2人だけで書いているんですよ。普通なら「この期間でこの量……」と,断られてもおかしくないのに(笑)。
4Gamer:
当然,それぞれの曲は章ごとにテイストが違うんですよね?
中井氏:
ええ。章はもちろん,部屋ごとに違います。無理を承知で「こんだけ曲が要るんやけど,どうかなあ?」って言ったら「頑張ります!」と答えてくれて,「若いって素晴らしい……」と思いましたね(笑)。
「無理やったら,途中で考えるから」とも言ったんですが,結局,全曲書ききってくれましたね。若いからこそできる経験として,彼女達の今後の大きなバックボーンになっていくと思います。
そもそも今回のプロジェクトには,若手育成という意味も込められていましたので,そういう意味では会社に貢献できたと思います。
4Gamer:
今回,開発にはカプコンの「MT Framework Mobile」を使っているとのお話ですが。
中井氏:
それも,今回のプロジェクトがうまくいった一因ですね。「MT Framework Mobile」があると,プランナーが自分達でいろいろ作ることができるんです。今まではプログラマーのところまで行って二人三脚でやっていたようなことでも,自分で作って,自分でチェックしてなど,自分で作業ができるようになりました。
もちろん,少しはプログラムの勉強もしなければならないのですが,C++やアセンブラみたいな難しいことはなく,直感的に扱えるんです。あれを作ったカプコンの技術研究室のメンバーはすごいと思いますし,非常に感謝しています。
4Gamer:
プログラマーだけじゃなくて,プランナーでも扱えるというのはすごいですね。
中井氏:
しかも,バグを生みにくい作りになっているんです。開発チームとしては非常にありがたいですね。
4Gamer:
「MT Framework」シリーズを使うことで,カプコン社内のほかの開発チームのスタッフから力を借りやすいというメリットがあると聞いたのですが。
中井氏:
ええ,そういうこともあります。またハードをまたいでの移植もやりやすいでしょうね。
4Gamer:
というと,「謎惑館」も3DS以外のプラットフォームでリリースされる可能性がありますか?
それは無理ですね。
「謎惑館」で使っているジャイロセンサー,マイク,カメラ,そして音声認識ライブラリーなどを全部本体に積んでいるのは,今のところ3DSだけなんですよ。ですので現状では,ほかのプラットフォームでは開発できません。
それに私自身は,新しいハードが出たときに,“そのハードでしか遊べないゲームを作りたい”と考えるんです。そのほうが面白いだろうと思いますし,そういう意味では,私は新しもの好きなんでしょうね。
見たことないもの,やったことないもの,そのうえで楽しいものを作って行きたいです。
「謎惑館 〜音の間に間に〜」公式サイト
「謎惑館 〜音の間に間に〜」プレイレポート
- 関連タイトル:
謎惑館 〜音の間に間に〜
- この記事のURL:
(C)CAPCOM CO., LTD. 2011 ALL RIGHTS RESERVED.