インタビュー
そもそも表現というのは,全部タイムトラベルなんですよ――「タイムトラベラーズ」の原点は,「時をかける少女」にあり!? 大林宣彦監督の思想にイシイジロウ氏が迫る
阪神・淡路大震災の経験や思ってきたことを
「タイムトラベラーズ」で描こうとしていた(イシイ氏)
イシイ氏:
僕自身,西宮の生まれなんですが,僕が東京に来た年に阪神・淡路大震災が起きて,実家が被災しているんですね。
実はもともとタイムトラベラーズという作品は,阪神・淡路をイメージしていて,1995年から18年後の物語を作ろうとしたものなんです。1995年に生まれた少女が17歳になったという設定で。
そして現実のように,僕達当事者以外からすれば,1995年の記憶は薄れていて。その少女はある災害と引き替えに生まれた存在で,もしその子がいなければ,その災害も起こらなかったかもしれない……というような設定を考えていたんです。
大林監督:
なるほど,面白いですね。
それと,タイムトラベルを扱った作品には,過去に戻って人助けをするようなものが多いですよね。僕はSFやタイムトラベルが大好きだったんですけど,阪神・淡路で自分の実家や地元がボロボロになってしまったのを目の当たりにしたとき,そういうフィクションに出てきたようなヒロイックなタイムトラベルなんてあり得ないと感じたんです。当たり前なんですけど,こんな状況になってしまったら,タイムトラベルが出来てもすべてを救えるわけでもないし,未来から誰かが助けにも来ないですし。それは僕の中で,時空を超えて何かを成し遂げるようなことに対するロマンチシズムが消えた瞬間でした。
そういった自分の経験や思ったことをベースに,18年前に起きた大災害について,思いを持ち続けている人,完全に忘れてしまっている人の物語を作ろうと思ったんです。
4Gamer:
そうだったんですか……。
イシイ氏:
ところがシナリオが出来上がったタイミングで,3.11が発生してしまったんです。どうするべきか凄く迷ったんですけど,阪神・淡路から僕らが何を思って,何を忘れて,そして何を積み上げてきたかというイメージはきっちりあったので,そこは自信を持って変えずに出していくべきではないかと思いました。
ただ,商品化されたシナリオは災害に対する表現をだいぶソフトにしています。元々は東京が汚染されてしまうという設定だったり,仮設住宅問題も大きく取り上げたりしていたんですが,全面的にカットしました。
4Gamer:
逆に3.11があって書かれたシナリオかと思っていました。
イシイ氏:
実は阪神・淡路で実際にあった人的な災害をイメージして書いたものが,東日本ではそういうこともなく解決されていたので,そこのリライトは一番悩んだところです。
4Gamer:
それは,どのような部分ですか?
イシイ氏:
皆さんは覚えてらっしゃらないかもしれないですが,自衛隊の出動命令が遅れた件とか,コンビニでパニックが起こった件とかですね。
東日本では自衛隊の出動は迅速だったと思いますし,コンビニも災害用のマニュアルが完備されたのか,報道を見る限りでは大きな混乱もありませんでした。ですから,人的要因で起きた問題についてはリライトを検討しました。
その時に悩んだのは当事者意識です。阪神・淡路では僕に当事者意識があったんですが,今回の東日本では東京で被災したに過ぎない。でも実は,シナリオ班のメンバーの半数が被災地に実家がある当事者だったんです。彼らから強い当事者意識と,書きたいという気持ちを感じました。そこで凄く悩みましたが,勇気を持ってシナリオをリライトしました。
4Gamer:
そうだったんですね……。
イシイ氏:
この空の花を拝見して凄く衝撃を受けたのは,同じような時期に作られていた映画に,あの瞬間の切羽詰まった思いが投影されていたことなんですよ。作品としての深さは違うので比べるのはおこがましいことなんですが,同じ時期に同じことを考えてものを作っていた人がいたということに驚かされまして。
大林監督:
なるほど(微笑)。
イシイ氏:
そういう思いで作ってきて,そして今このタイミングで東京の街を見ると,凄くショックなこともあって……。
というのは,ゲームの中では電力も一つのテーマになっているんですけど,設定上,「あの災害から18年経った東京は,あの時よりも明るい」ということになっているんです。実はこれ,当時は大ウソのつもりで書いたモノなんです。大きな災害から数年が経ったとしても,あの時の「少し暗くたって生活できるじゃん」「そんなに不便じゃないじゃん」「ちょっと明るくしすぎてたね」というような気持ちは,きっとなくならないだろうと思っていました。
ところが1年も経ってしまうと,以前と同じような明るさ……ひょっとしたら場所によっては以前よりも明るくなっているんですよね。現実が僕の予想とは違ったというか……凄く複雑な思いがしました。
テレビなんかを見てもね,一時期は自粛自粛でバラエティ番組も減っていてね。これで一億総白痴化と言われたくだらないテレビ番組が淘汰されて,かつてのように賢くて美しいテレビが蘇るかな? という期待をしていたんですけど……元通りになっちゃいましたね。
でも,よく見るとね,お笑い芸人が過剰にふざけなくなってると思うんです。きっと一人一人は何かを感じたんだと思います。ただそれが組織論となると,ちょっと違う形になってしまうというだけで。でも,その中の一人一人の意識が変わったのであれば,それは復興のチャンスですよ。
4Gamer:
先ほどもおっしゃられていた,元に戻るという意味ではなく,より良い方向に進むという意味での復興ですね。
大林監督:
だからきっとね,お笑い芸人の人達の中にだって,ちゃんとした勇気の出る笑いで,皆を元気づけようと。そういう気持ちになった人もいるはずだから。
4Gamer:
おそらくお笑いに限らず,何かを表現しようという人は,多かれ少なかれそういう気持ちは持ったと思うんですよね。ただそれをいつまで持続できるかというと,これもまた人それぞれでしょうし,それこそ当事者意識の有無によっても変わるでしょうし。
イシイ氏:
その点,この空の花で凄いのは,冒頭のシーンで松雪泰子さんがタクシーの運転手の笹野高史さんに「この前の震災」と言ったとき,笹野さんが「中越地震?」と聞き返すところなんですよね。
映画を観た人は,誰もが3.11と思っているところに,一気に客観性を持たせる演出で,凄く衝撃を受けたんです。当たり前のことなんですけど,どんなに大きな出来事であっても,それが自分の中でどういうものなのかは人それぞれなんですよね。それぞれが,いろいろな思いを持って生きているということを,あのセリフ一つで表現していることに,本当に感銘を受けました。
大林監督:
普通の映画作法だと,3.11のことだけを語らせれば良いんですよね。だけど僕は,あの運転手さんを含めて登場人物は誰もが,それぞれにアイデンティティを持った別個の人間であって,それぞれの個別の理由があってあの場所にいるんだということを重視したかったんです。
長岡のタクシーの運転手さんは,きっと中越地震で苦労しただろうし,ひょっとしたら家族の誰かが亡くなっているかも知れない。それはいちいち描かないけれども,彼があの場所にいるのは,そういう背景があるからかもしれないんです。同時に,長岡にとっては,3.11は山の向こうの震災なんですよ。
4Gamer:
だから3.11も決して他人事ではないけれども,自分のこととしては中越地震のほうがはるかに大きいということですよね。
大林監督:
それが長岡のリアリティなんですよ。それをちゃんと描かないと,長岡映画にはならないんです。
温故知新こそが芸術の役割であるならば
もう意味のないタイムトラベルなんていらない(大林監督)
また少しお話を戻しますが,タイムトラベラーズとこの空の花には,まったくの偶然なんですけど,ほかにも共通点があるんです。
例えば,世界との関わりの中で消えてしまうという不思議な存在の少女が主人公だったり,18年前というキーワードだったり……。僕もやっぱり,ゲームにエンドマークを付けていないことだったり。
大林監督:
タイムトラベルものというのは,古典から今に至るまで,「元に戻って良かったね」なんですよ。元に戻ったんだけど,それまで分からなかったものの良さが,分かるようになるとか。「青い鳥」のような価値観ですよね。
でも3.11を過ぎたあとのタイムトラベルは,元に戻って何かを発見しただけでは手遅れなんです。原子力の問題なんかが一番顕著なんだけど,最初から発見していなかったがために取り返しのつかないことになっているぞ,というのが3.11の僕達の体験なんですよ。タイムトラベルは今こそ未来を見据え,未来を手繰り寄せなければ。
イシイ氏:
そのとおりだと思います……。
大林監督:
気が付かなかった自分の歴史を見つめなきゃいけない。ということは,元に戻るんじゃなくて,そこから一歩先に行かなきゃいけない。だけど,先というのは結論が出ないからね。青い鳥なら,元に戻るだけだからエンドマークを付けられるけれど,未来に進むということは,エンドマークの付けようがないんですよ。
だから従来であれば,タイムトラベルものでエンドマークがつかないというのは,まさに自己矛盾であって,許されないことでしょう。でも,それを打ち破るところにこれからのタイムトラベルものはあるんです。それがゲームであれ,映画であれ,ね。
過去から何を学んで,未来をどうするべきかという,温故知新こそが芸術の役割であるならば,もう意味のないタイムトラベルなんていらない。そう言ってもいいぐらいだと思っています。
4Gamer:
そろそろお時間が……。
イシイ氏:
そうですね。今日はいろいろなお話をお聞きできて,本当に嬉しかったです。
そして何より,大林監督が映画というフォーマットにこだわっておられないというか,常に新しいものを作ろうという意志に溢れていらっしゃることが分かって,とても刺激を受けました。
大林監督:
映画ね……。もし映画というものが世の中にあるとするならば,誤解の多い言葉だけど,「僕の作ったものが映画」なんですよ。僕にとっては。
イシイ氏:
分かります……。
大林監督:
他人が作ったものは他人がつくった映画に過ぎない。それを僕が作る必要はない。僕は,黒澤も小津も木下もジョン・フォードも大好きだけど,彼らがオンリーワンだから好きなんです。そこで,“第二の黒澤”になるなんていうのは,とても失礼なことですからね。だから僕は,第一の大林でいるんです。
イシイ氏:
そういう気持ちでゲームクリエイターも作らないといけませんね……。僕も“第一のイシイ”と胸を張れるように頑張ります。
今日はありがとうございました。
4Gamer:
ありがとうございました。
大林宣彦監督作品「この空の花 ―長岡花火物語」公式サイト
「タイムトラベラーズ」公式サイト
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(C)2012 LEVEL-5 Inc.
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