インタビュー
稲船敬二氏は,何を思い,何を考え,何を目指してカプコンを辞めていくのか。渦中の氏に直撃インタビュー
カプコンを,救いたいのに救えない――カプコンに稲船は必要ない?
4Gamer:
そうまでしてカプコンを救いたい理由はなんですか?
稲船氏:
カプコンが好きだからです。25年しか経ってないこの業界の中で,僕は23年の間,ひたすらカプコンでやってきたんです。転職もせず,ほかの会社も知らず,ただカプコンが大きくなっていくことを願って。
4Gamer:
決して非難するわけではありませんし,うまく言えないんですけど,そこまで言い切るのであれば「我慢する」という道もあるのでは。
今回はなんていうか,表現が適切じゃないかもしれませんけど,長い夫婦生活みたいなもので,今回「別れる」のも,嫌いになったからじゃないんです。カプコンという素晴らしい会社は,今も大好きです。辞めても変わりません。ずっとカプコンファンです。
僕は阪神ファンなんですけど,もし僕がプロ野球の選手だったら,阪神に入りたいです。巨人のほうが給料が高くても,僕は阪神に入りたい。入って優勝に貢献したい。
4Gamer:
なるほど。
稲船氏:
それと同じことです。カプコンを救いたいんです。でも,カプコンに甘えて自分がダメになっていくのとそれは別問題ですし,今回改めて「目指している道が違うことが明確にされた」ので,カプコンを出て行くことになりました。
4Gamer:
でもそこまでして救いたいのであれば,辞めたあとでもカプコンのために仕事することはできますよね。実際,そういう人は大勢いますし。
稲船氏:
まったくそのとおりです。だから,カプコンを離れて,カプコンから独立して会社を作りますけど,カプコンと契約をして,今仕掛かっているタイトル全て受ける準備があります,と伝えたんです。それを受けちゃうと,ほかのパブリッシャからの仕事はまったくできませんけど,仕掛かったものは最後まで仕上げておきたかったんです。しかしかなわぬことでした。「不要である」と。
4Gamer:
そうですか……。断った詳細な事情までは分かりませんが,しかしそれだと,もしかしていま動いているタイトルのうちいくつかは「陽の目を見ないまま闇へ」となる可能性があるわけですね。
稲船氏:
そうでしょうね。
4Gamer:
ロックマンDASH3とか大丈夫ですかね……。
稲船氏:
タイミングを見て,メンバーを集め,作戦を練り,ロックマンDASH3をようやく立ち上げました。本当はこんな時期に辞めたくはないんですけどね……。でももうやれないんです。気力が続かないんです。だからこそカプコンを離れて気力を維持して,その状態でカプコンを支えたかったんですが,かなわぬようです。
生き残らせたいと思って働きかけていくと思いますけど,こればっかりは分かりません。
4Gamer:
でもさっきの話で言うならば「ロックマンは稲船が作ったから売れた」と思われていたら生き残りませんよね。「ロックマンはロックマンであるから売れるのだ」と思われているのであれば,生き残るプロジェクトのはずです。
稲船氏:
確かにそうですね。
たぶん稲船というブランドは,稲船じゃない誰かほかの名無しの権兵衛さんであっても,カプコンにとっては同じなんです。辞めるという決断を最後に後押しした理由はそこですね。しかも悲しいことに,辞めることによって,自分でそれを証明してしまったことになるんですよね。そこは本当に悲しかったです。
4Gamer:
稲船さんのブランドはそういう扱いだったんでしょうか。
稲船氏:
カプコンの中における稲船ブランドというのは,カプコンの中でもっとも低い扱いなんじゃないかと思うんです。例えば,あなたにめっちゃ美人の妹がいたとして,きっとほかの人からは「オマエの妹むっちゃ美人やなー。一緒に住んでてええなー」って言われると思うんですよね。でも妹見て「美人だなー」なんて普通思わないでしょ? そんな感じというか(笑)。
4Gamer:
例えがなんだかよく分からない方向ですが(笑)。
しかし大体そういう問題は,自分が自分で思ってるほど重要じゃないことも多いですが,自分で思ってるほど低い扱いじゃないこともよくあります。そこまで言い切るというのは,何か思い当たる節が?
稲船氏:
僕が「辞めます」って辞任意志を表明して辞表を出しても,誰も接触してこないんですよ(笑)。普通「ちょっと稲船時間とってよ」とか「どういうことだ。本音を聞きたい」とかあるじゃないですか。まったくなし。ゼロ。
4Gamer:
……冗談ですよね。
稲船氏:
いやもちろん,現場のスタッフからは「やめんといてください」ってありがたい言葉をかけられましたけど,なんていうかマネージャクラスというか「それなりの力がある人」というか,そういう人は,普通は辞めるといい出した人を引き留めたり話をしようとしたり真意を聞きだそうとしたりすると思うんですけどね。
4Gamer:
うーん……。
稲船氏:
まぁ正直なところ,それ自体は別にいいんです。予想はしてました。しかし,ゲームを作って売ることがほとんどビジネスのすべてだといってもよいこの会社において,「開発」が会社の最重要のポイントであることは考えないといけないと思うんです。開発を無視して,この会社は成り立たないのに,それをあまりにも無視しちゃってるのが,今の実情なんです。
なんでもかんでも作りたいものを作らせろなんてもちろん言いませんが,もうちょっと,ゲーム作りというものに対する信頼を,開発側に置いてほしかったですね。
4Gamer:
置かれていない?
いませんよ。だって取締役会のメンバーは,誰一人ゲームのことが分からないんですよ。僕を取締役にしろとまでは言いません。でも,誰かゲームのことが分かる人をそういう最終決議の場所に置いておかないと,「ゲームを分からない経営」と「ゲームを作りたい開発」の溝はどんどん深まるばかりだと思うんです。それが,今後のカプコンにとって大きな問題になってくる気がしますね。
4Gamer:
しかしそうはいっても,最後に何かを決める決定権を持っているのは,カプコンでいえばきっと社長や会長ですよね。
稲船氏:
そうです。しかしその決定プロセスの途中に間違った情報が入ってしまうことは,カプコンのためにならないと思うんです。
4Gamer:
あぁ,もちろんそれはそうですね。
稲船氏:
たとえそれが,社長や会長が聞きたくないことであっても耳に入れるべきだし,そうしてきたつもりです。それによってうまくいったこともあったし,怒りを買っただけのこともあります。いまだから言いますが,そういう部分も認めてほしかったですね。お金や地位という意味ではなくて。「あのとき俺怒ったけど,あれは正しかったな」って言ってくれれば,こんなことにはならなかった気がします。
海外戦略にしてもマルチプラットフォーム戦略にしても,僕が強引に押し切ったというのは確かですが,結果的には正しかったと僕はいまでも思っています。それをひと言「正しかったな」って言ってくれれば,僕のモチベーションはもっと維持できたかもしれません。
10人投下すれば,カプコンの「意志」を引き継いだ作品は作れる――内部制作の神話は崩壊している
4Gamer:
ちょっと湿っぽい話になっちゃったので,いまの話つながりで海外開発についてもっと聞かせてください。先ほどもちょっとだけ話に出ましたが,ここは稲船さんがブログなどでも書いていた中では割と分かりやすいジャンルの話ですし。
稲船氏:
どこから話しましょうか……。カプコンは,今開発としては700人いるんですけど,700人で回せてるラインって,3,4ラインなんですよ。
4Gamer:
……え?
稲船氏:
言葉どおりの意味ですよ。
4Gamer:
あとの人は何をやってるんですか?
稲船氏:
「あとの人」なんていません。700人全員で3〜4ラインを回してるんです。
4Gamer:
ええと,ちょっと待ってください。4ラインだとして1ライン180人。誤差を考えても大体150人くらいで1ライン? いやそれ,開発時の人件費だけで20億どころじゃないと思うんですけど。
稲船氏:
そう,済まないですよ。だから内部制作という神話そのものがもう崩壊してるんです。
内部の人が,4ラインを700人で作って「忙しい忙しい」って言ってるわけです。1タイトル150人で作るわけですから,人件費は1か月で,大体1億5千万ぐらいから2億円くらいですね。
4Gamer:
3か月ですでに6億。10か月で20億。3年かかったら……安く見ても60億。
稲船氏:
そうです。まぁさすがにいきなり150人を投下することはないんですが,それでも普通に30億,40億が飛んでいくわけです。
4Gamer:
いつも思うんですけど,それ一発コケたら相当ヤバくないですか。
稲船氏:
ええ。10億単位で赤になっちゃうわけですよね。でも,それを改善しようという努力はまったくないんです。内部至上主義。
4Gamer:
一番最近,内部制作で出したヒット作はなんですか?
バイオ5ですかね。2年前です。ヒットしましたけど,あれも150人突っ込んでますから。今年なんか,ほとんど外部です。ストリートファイターIV。外部です。50万本出たアイルー村。これも外部です。デッドライジング。これも外部です。
内部で作った作品はロストプラネット2ですが,これは4Gamer読者のみなさんであれば結果を知っていることでしょう。で,年末にはモンスターハンターポータブル3rdが出ますが,これは内部です。これは間違いなくヒットするでしょう。今期最後のほうに出るであろうマーベルvs.カプコン3も外部です。
つまり,内部制作でヒットできるタイトルって,今期はモンスターハンター以外にないんです。モンスターハンターとバイオハザード以外は,内部制作ではヒットしないんですよ。でも,この2本で何千人ものカプコン社員が生きていけますかというと,答えはノーに決まってます。だから,とにかく作らなきゃいけないんです。
4Gamer:
とはいえさっきも話に出しましたが――別にカプコンに限った話ではなく――20億30億の案件を複数走らせること自体が果てしないリスクなわけですよね。
稲船氏:
そう。無理があるんです。大きく無理があるんです。
だから僕は――すごく大ざっぱな話ですが――カプコンが,パブリッシャとしてこの規模で生きていくためには,この数の開発人員を抱えているのはダメだと言ったんです。先ほどの計算じゃないですが,大幅に減らして半分でも成り立つって言ったわけです。そこで重要になるのが,外部のデベロッパです。
僕が「デッドライジング」を作ったとき,カプコンからアサインしたスタッフは,わずか5人です。プロデューサーとアシスタントをあとで入れたから,結果的には7人だったかな? それでも10人は投下していません。10人未満の内部スタッフをアサインするだけで,世界に出せるタイトルが作れるんです。
4Gamer:
10人投下すれば,カプコンの「意志」を引き継いでいる作品が作れる,ということですか。
稲船氏:
そのとおりです。たとえば今,僕が中心で作ってるそういう作品って6ラインあるんですが,この6ラインで,カプコンからの人間はわずか15人です。複数のプロジェクトに参加してる人間もいるので,大体1タイトル5人くらいの計算です。これでできちゃうんです。
4Gamer:
その理屈が正しければ,50人で10本できますね。
稲船氏:
できますよ。あくまでも理論値ですけどね。でも大幅に逸脱することはないでしょう。こういうことをもっと活用しないと,さっきの話に戻りますが,カプコンという会社そのものが生き残っていけないんです。
内部制作は大事です。要らないとは言いません。クオリティコントロールやスタッフのモチベーション的にも,内部制作はあるべきです。じゃあたとえば,最近のカプコンでいうと,モンスターハンターとバイオハザード。この2シリーズは,とても大事なブランドです。この2本だけは絶対に内部でやりましょう,と。
それを認めたとしても,150人ずつぐらいなので,2本同時に走らせても300人です。あとは……そうですね,外部開発なので,やはりキチンとコントロールはしなくてはいけません。なので,そのコントロール要員が100人くらい必要ですね。100人いれば20本回せます。これで400人。
4Gamer:
そして,いまいる開発者の数は700人である,と。
稲船氏:
そうです。むろん僕だって上層部だって,心の底からリストラがしたい人なんていません。会社が生き残っていくために必要なことなんです。300人分の人件費ですよ。
何度も言いますが,たとえばKONAMIさんなんかと違って,カプコンという会社には「ゲームを作る」以外の事業がないんです。とにかくゲームを作っていくしかないんです。なので,どうしたって,それをうまくやっていかないといけないんです。これは自明の理です。
4Gamer:
ええとつまり,その「うまくやる手法」を,稲船さんは提案してきたわけで,その中の一つが「海外デベロッパとの協業」なわけですね。
稲船氏:
そうです。うまくやるために自分がやってきたことは,「外部でもカプコンのゲームが作れる」ということを証明することです。いままでずっと言われてきた「外部で作ったものは絶対にカプコンのゲームにならない」ということを覆してきたわけです。最初がデッドライジングで,その後にストリートファイターIV。そのやり方を,もっとほかのタイトルに展開して,いくことが重要なんです。それが結果的に,会社にもプレイヤーのみなさんにも良い結果になるはずです。
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