レビュー
2基のGTX 580によるSLI構成を1枚で実現したウルトラハイエンドカードを試す
ASUS MARS II/2DIS/3GD5
NVIDIAの正規ラインナップにも,ウルトラハイエンドのデュアルGPUソリューションは「GeForce GTX 590」(以下,GTX 590)として用意されている。ただ,あちらはフルスペックの「GF110」コアを2基搭載しつつも動作クロックが「GeForce GTX 570」にすら遠く及ばない水準に抑えられているため,動作クロックが重要な局面では,性能が今一つ振るわなかった。その点MARS IIは,GTX 580のSLI構成をそのままシングルカードで実現しているというのが最大の特徴である。
3スロット占有でカード長は330mm
重量は驚愕の2.38kgという規格外仕様
ちなみに,横幅は実測158mm。PCI規格だと,フルサイズで長さは312mm,横幅は107mmと規定されているので,MARS IIは完全に規格外だ。前出のGTX 590デュアルGPUカードだと,カード長は実測278mm(※突起部除く)。また,300mm超のカード長で知られる「Radeon HD 6990」カードでも同305mmと,横幅ともども規格内に収まっているわけで,MARS IIがどれだけトンデモないかは,このあたりからも推測できよう。
この大きさを生んでいる主要因は何かだが,もうそれは見てのとおり,3スロット仕様の大型クーラーである。“あの”GTX 580を,1枚のカードに2基も搭載するというだけあって,ファンは120mm角相当のものが2基。GPUごとにファンが用意されるイメージである。そして,ファンの回転によってクーラーが振動したりしないよう,大がかりなカバーが取り付けられているため,その重量は実測値で,驚きの2.38kgとなっている。片手で持っていると腕がぷるぷると震え出すほどの重さで,もしPCケースへ組み込むときに手を滑らせでもしたら,カードは無事でもほかのパーツを壊してしまうのではないかと心配になるほどである。
「PCケースに組み込んだときにはブラケットで固定できるのでは?」と思うかもしれないが,正直,ブラケットをネジ留めしただけでこの重量を支えきれるとは思わないほうがいい。
GPUクーラーの取り外しはメーカー保証外の行為であり,取り外した時点でメーカー保証は受けられなくなるが,今回はレビューということで取り外してみたい。
この状態でカードの背面にあるネジを外すと,パッシブクーラーを取り外せる。パッシブクーラーは,ミドルクラス以上のASUS製グラフィックスカードでお馴染み,「DirectCU」仕様だ。ヒートパイプがGPUのパッケージに直接触れる構造である。
面白いのは,ブラケットに近いほうのパッシブクーラーでヒートパイプが1本だけ長く伸び,NVIDIA製のPCI Express 2.0ブリッジチップ「nForce 200」にも掛かるようになっていること。同じクーラーユニットを使い回したりしていないわけで,「コストがかかっているな」といった印象を受ける。
ASUSは,このGPUクーラーが,GTX 590のリファレンスクーラーよりも22%高い冷却能力を持っていると謳っているが,単に大きなファンで強引に冷やしているわけではないということなのだろう。
ただ,2基のGTX 580を1枚の基板に搭載して安定動作させるとなると,冷却能力が高いGPUクーラーを搭載するだけでは十分条件にならない。それは,MARS IIの基板を見れば一目瞭然だ。
ASUSによれば電源回路は合計21フェーズだそうで,配置を見る限り,GPUが各8,メモリコントローラが各2で,nForce 200用が1といったところか。発熱量が低いとされるロゴマーク入りチョーク「Super Alloy Choke」や,長寿命が謳われるコンデンサ「Super Alloy Capacitor」,そして対応電圧を広げた「Super Alloy MOSFET」からなる,ASUS独自のグラフィックスカード用電源回路「Super Alloy Power」が採用されており,基板上の余裕はほとんどないほどだ。
限られたスペースに詰め込めるだけ詰め込んだ電源回路によって,“大メシ喰らい×2”を安定的に動作させようという意図が,この基板設計からは窺い知れる。
GTX 580のSLI構成と性能を比較
ベンチマーク結果は同等レベル
つまり,GTX 580のリファレンスクロックだと,コア772MHz(シェーダ1544MHz)となっているのに対し,MARS IIではコア782MHz(シェーダ1564MHz)になっているのである。
ちなみに784MHzというコアクロックは,GTX 590比で174MHzも高く,そのまま比較すると,GTX 590のレビューにおけるテスト結果を踏襲することになりそうだ。そのため今回は,“ASUSルール”が適用されたGTX 580カード「ENGTX580/2DI/1536MD5」を2枚用意し,SLI動作させた状態(以下,ENGTX580 SLI)と同一クロックで比較したり,MARS IIのオーバークロック動作を試したりすることにした。
テスト環境は表のとおりだ。
テスト項目は,4Gamerのベンチマークレギュレーション11.0に含まれるものから,「3DMark 11」の「Performance」および「Extreme」プリセットと,「S.T.A.L.K.E.R.:Call of Pripyat」(以下,STALKER CoP),「Battlefield: Bad Company 2」(以下,BFBC2)の「高負荷設定」を選択し,さらにBFBC2では8xアンチエイリアシング&16x異方性フィルタリングを適用した状態(以下,8x AA&16x AF)でもテストする。なお,STALKER CoPとBFBC2の解像度設定は,1920×1080ドットと2560×1440ドットを選択した。
付け加えると,MARS IIの補助電源コネクタは8ピン×3(!)で,PCI Express x16スロットも加えると 75+150×3=525W もの電力供給が可能である点も,理由としては挙げられる。
さて,今回オーバークロックに用いたのは,MARS IIに付属するユーティリティソフト「ASUS GPU Tweak」である。
ASUS GPU Tweakは,各種ステータスをグラフ表示するウインドウと,コアクロックとコア電圧,メモリクロック,そしてファンの回転数が設定できるウインドウとで構成されている。
ASUS GPU Tweakで設定できる項目とその範囲は以下に示したとおりだ。
- コアクロック:582〜1182MHz
- コア電圧:0.964〜1.1V
- メモリクロック:3808〜4808MHz
- ファン回転率:20〜100%
設定した値は,「Profile」の項目にある[1]〜[4]の数字をクリックするとプロファイルとして保存されるようになっている。一度保存すれば,あとは数字の部分をクリックするだけで設定を復元可能だ。
なお,「Profile」の欄には[S]と[G]というアイコンも用意されているが,この2つはASUSによるプリセットを読み出すものだ。マニュアルがまだ整備されていないため,正確なところは分からないものの,試してみると,[S]では控えめ,[G]ではやや高めの自動クロック設定が適用されたので,順に「Silence」「Game」の意味ではなかろうか。
……といったところがASUS GPU Tweakの概要だが,正直,現時点では作り込み不足が否めない。
とくに問題なのが,肝心のオーバークロック設定周りだ。動作クロックや電圧のスライダーは,マウスのドラッグで直接動かしたり,スライドバーの両端に用意された矢印マークをクリックしたりすることで行えるのだが,カーソルキーを使った操作がサポートされていないのである。スライドバーを動かしてみる限り,動作クロックは1MHz,電圧は0.001V刻みでそれぞれ指定できそうなのに,実際問題としてマウスでそこまでの細かな操作は不可能。かといって矢印マークの押下では刻みが大きすぎるのである。
また,ログが記録できないとか,スキンの変更機能がサポートされているのに,換えのスキンが用意されていないといったあたりも,現時点の不満として挙げられる。このうちログ取得機能は2011年9月中のアップデートで実装される予定だそうだが,オーバークロック設定時のカーソルキー対応も早急に行われるべきだろう。
なお,テストにあたって「ログが取得できない」というのはかなり重大で,そのままではGPU温度やファン回転数のテストができないため,ここだけはMSI製のオーバークロックツール「Afterburner」(Version 2.1.0)を用いている。「ならば始めからAfterburnerを使えばいいんじゃないの?」という突っ込みは当然あると思うが,AfterburnerではMARS IIのGPUコア電圧を変更できないため,このあたりはご了承を。
コアクロック設定1GHzでWindowsは立ち上がったので,ASUSの言い分に嘘はないのだが,3Dアプリケーションを起動すると即ハングアップしたので,標準搭載のGPUを用いた,空冷での常用限界は800MHz台後半と言うほかない。
※注意
GPUのオーバークロックは,GPUやグラフィックスカードメーカーの保証外となる行為です。最悪の場合,グラフィックスカードの“寿命”を著しく縮めたり,壊してしまったりする危険がありますので,本稿の記載内容を試してみる場合には,あくまで読者自身の責任で行ってください。本稿を参考にしてオーバークロックを試みた結果,何か問題が発生したとしても,メーカー各社や販売代理店,販売店はもちろん,筆者および4Gamer編集部も一切の責任を負いません。
MARS IIはカードの定格動作と,定格電圧のままコアクロック(および同期するシェーダクロック)のみ860MHzへ引き上げた状態,さらに,コア電圧を1.100Vへ引き上げ,コアクロックを878MHz,メモリクロックを4192MHzにそれぞれ設定した状態の3パターンでスコアを示すことにし,以下順に「MARS II(定格)」「MARS II@860MHz」「MARS II@878MHz(OV)」と表記する。比較対象は先ほど述べたとおりENGTX580 SLIだ。
その結果はグラフ1〜5のとおりで,MARS II(定格)のスコアは,ENGTX580 SLIとほぼ同じ。GTX 580のSLI構成と同じ性能を1枚で実現できていることからして,MARS IIが現時点における世界最速のグラフィックスカードであることに疑いの余地はない。
ただ同時に,オーバークロック設定のメリットがほとんどないのも見て取れよう。3DMark 11のExtremeプリセットや,8x AA&16x AF設定時のBFBC2で,わずかにスコアが伸びた程度だった。
オーバークロック設定において,かかるリスクに対して得られるメリットが少ないのは,消費電力を見るとよりはっきり分かる。
ログが取得できるワットチェッカー「Watts up? PRO」を用いて,システム全体の消費電力を測定。30分間無操作で放置した状態を「アイドル時」とし,各ベンチマークテスト実行時の最大値を抜き出した結果がグラフ6だ。
3Dアプリケーション実行時におけるシステム全体の消費電力は,MARS IIを差した時点で700W近くなる。なので,それからプラス何Wという話をしたところで誤差といえばそれまでなのだが,それでもMARS II@878MHz(OV)で,少なくともフレームレート以上に“景気よく”消費電力をブーストさせているのは目を引くところである。
なお,MARS II(定格)とENGTX580 SLIを比較したとき,アイドル時の消費電力で前者が低くなるのは「構成部品がより少ないから」と説明が付くのだが,アプリケーション実行時でMARS II(定格)のほうが高くなるのは少々不思議だ。電源回路か,意外とクロックが伸びなかったGPUコアか,はたまたその両方が原因かもしれない。
冷却性能は極めて優秀で
デュアルGPUカードにしては静か
普段筆者は,Afterburnerのログ機能を用いてGPU温度を測定しているのだが,前述したとおりAfterburnerがMARS IIのオーバークロックに利用できないため,今回の温度測定は「GPU-Z」(Version 0.5.4,以下 GPU-Z)のログ取得機能を用いることにした。
GPU-Zでは,2つのGPUそれぞれの温度表示を「GPU1」「GPU2」といった具合に確認できるものの,2つのログを同時に記録できないため,今回は,GPU1と表示されているほうの値を採用する。
計測は室温25℃で,バラック状態のシステムを使って3DMark 11のデモを30分間ループさせ,温度の値とファンの回転数の値とをログで取得することにした。
そのときの温度推移を示したのがグラフ7だ。
MARS II(定格)のGPU温度は,アイドル時だと40℃前後で安定しており,高負荷時で最大83℃を記録。高負荷時に注目すると,MARS II@860MHzでも最大85℃,MARS II@878MHz(OV)においてはファンの回転数設定を変更していることもあって84℃である。いずれのパターンもアイドル時のGPU温度に大きな差がないのも特徴といえる。
ENGTX580 SLIは,アイドル時が50℃前後で,最大91℃だった。MARS II搭載クーラーの高い冷却力が分かる結果といえるだろう。
なお,前述のとおり,2基のGPUで同時にログを取得できないため,もちろん断言はできないのだが,GPU-Zの温度表示を目視していた限り,MARS IIにおいてはGPU1とGPU2とで温度の差がほとんどなかった。一方,ENGTX580 SLIでは,CPUソケットに近いPCI Expressスロットに差したカード(=GPU1)のほうが,セカンダリのカードによって吸気孔がふさがれる関係で,温度が高くなる傾向にあるようだ。今回,ENGTX580 SLIの温度が高く出ているのは,そういった事情もあると思われる。
さて,上記した温度推移の測定と合わせて,ファンの回転率推移もログを取得している。その推移をまとめたものがグラフ8だ。
それぞれの最大ファン回転率は,MARS II(定格)が78%,MARS II@860MHzが84%,MARS II@878MHz(OV)が87%,ENGTX580 SLIでは84%となった。
ただ残念ながら,ASUS GPU TweakやGPU-Zではパルスセンサーによるファン回転数の取得が行えなかった。なぜかAfterburnerでは取得できており,MARS IIの場合,25%で860rpm,100%で2340rpmと出ていたが,今回に限っていえば,Afterburnerをどこまで信頼できるか分からないため,参考程度にしてもらえればと思う。
上の結果からも分かるように,3DMark 11を実行した高負荷状況下でもデュアルGPUを80℃台に抑え込めており,MARS IIの搭載する大型GPUクーラーの冷却能力は大したものだ。ただ,そうなると動作音が気になる人もいるだろう。
結論から述べると,MARS IIの動作音は,少なくともENGTX580 SLIよりは耳に優しい印象だ。下に6つずらずらと並べたのは,グラフィックスカードを差した状態で,CPUソケットから遠い方向へ200mm離れたところへマイクを置き(※ENGTX580 SLIではセカンダリカードから200mm離れることとなる),アイドル時と,3DMark 11実行時とで,ファンの動作音を録音した結果である。ぜひ,実際に聞き比べてみてほしい。
MARS IIにおける,アイドル時の静かさは特筆すべきレベルだ。また,3DMark 11実行時も,静かとはいえないが,うるささの主体は風切り音であり,我慢できる水準にあるといえるだろう。
現時点で世界最速の単体カードなのは間違いない
あくまでも「すべてを理解している人」向け
MARS IIは,1枚のカードでGTX 580 SLIとほぼ同程度,もしくはそれ以上の性能を備えているといっていいカードだ。採用されているクーラーの冷却性能も申し分ないし,騒音も許容できるレベルである。
現時点で世界最速の単体カードであることは間違いなく,肩を並べるような製品も存在しない。
ただ,実際に使おうと思った場合,まず15万5000円前後という予想実売価格が,極めて高いハードルとして立ちはだかる。ENGTX580 SLIならカード1枚あたり4万8000〜5万4000円程度(※2011年9月12日現在)なので,MARS IIを買う予算があれば,3枚買えてしまうのである。また,購入したら購入したで,今度は規格外極まりないサイズと重量のハンドリングが必要だ。
その意味でMARS IIというのは,性能のためならすべてを犠牲にできるような,「すべてを理解している人」向けの製品ということになるだろう。ただ,自動車競技に「曲がることすらできなくても,とにかく速ければいい」というカテゴリが存在するように,速さだけをひたすらに求めたMARS IIが存在すること,それ自体は意義あることだと思う。孤高のハイエンドカードとして憶えておきたい1枚だ。
MARS IIの製品紹介ページ(英語)
- 関連タイトル:
Republic of Gamers
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