業界動向
Access Accepted第778回:ゲーム業界で急速に進むアクセシビリティへの動き
ソニー・インタラクティブエンタテインメントが先日リリースした「Access コントローラー」は,誰もが不自由なく楽しめるように5年の歳月をかけて開発されたデバイスだ。アクセシビリティに対するゲーム業界の動きは以前から存在していたが,ここ最近はここ最近はプラットフォーマーや大手パブリッシャの間では,欠かせないものになってきている。
5年の歳月をかけて開発された「Access コントローラー」
ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下,SIE)が先日リリースした「Access コントローラー」は,PlayStation 5用アクセシビリティコントローラキットである。通常のゲームパッドの細かい操作を困難とする,さまざまな障害を持った人もゲームを楽しめるよう,付属するボタンやスティックキャップを使って,自由にボタンをレイアウトしたり,スティックの位置や形状を変えたりできる。
PS5向けアクセシビリティコントローラキット「Access コントローラー」,PS周辺機器「PULSE Explore ワイヤレスイヤホン」本日発売
SIEは本日,PS5向けアクセシビリティコントローラキット「Access コントローラー」を発売した。本製品は,高齢者や障害のある人といった,通常のゲームパッドでは操作が困難な人に向けたゲームコントローラキットだ。また,PS周辺機器「PULSE Explore ワイヤレスイヤホン」も本日発売となっている。
同社の日本語版公式ブログ「PlayStation.Blog」(※リンク)から言葉を借りると,Access コントローラーはSIEのビジョンである「遊びの限界を超える」というフレーズからインスピレーションを得て,あらゆるプレイヤーが垣根なくゲームを楽しめ,アクセスしやすい機能と製品を目指して開発されたとのことだ。
また,SIEのプラットフォームエクスペリエンスのシニア・ヴァイス・プレジデントである西野秀明氏が投稿した,英語版の公式ブログ(※リンク)のエントリーでは,同社のエンジニアやPlayStation Studiosのゲーム開発者,そしてAbleGamers,Stack-Up,そしてSpecialEffectといったゲーム業界におけるアクセシビリティのエキスパートが5年にわたり連携してきたことが紹介されている。
こうしたSIEのアクセシビリティに対する取り組みは,ファーストパーティタイトルからも見て取れる。例えば,「The Last of Us Part I」(PC/PS5)ではゲームを起動すると,言語設定や明度調整をはじめ,字幕のサイズや色,視覚や聴覚,運動能力(指の動きなど)といったアクセシビリティに関する設定を行う。
こうした動きはSIEに限らず,大手メーカーでは数年前から顕著になっているが,Q&Aやテスターに障害を持つゲーマーが参加しており,当事者の立場で配慮が配られている。
興味深いことに,SIEの公式ブログのエントリーではLogitechの参加が末尾で紹介されており,2024年早々に「Logitech G Adaptive Gaming Kit for Access Controller」が発売予定であることが記載されている。その名のとおり,Access コントローラーのカスタマイズ機能をさらに豊富にするキットだ。まさに業界を挙げて,アクセシビリティへの流れを強めている印象を受ける。
あらゆる人に自分たちのゲームをプレイしてもらう
2023年に世界人口が80億人に到達したことが話題になったが,そのうち13億人,つまり6人に1人は何らかの障害を抱えていると言われる。誕生から50年ほどしか経過していない新しいエンターテインメントであるビデオゲームは,プレイヤーの能動的なインプットが必要であるにもかかわらず,こうした「プレイしたくてもできないゲーマー」にアプローチできないでいた。
もっとも,アクセシビリティに関する取り組みは早くから進められており,家庭用ゲーム機においては,Nintendo of Americaが「NES Hands Free」という製品を1989年に発売している。これはベストのように胸に装着するデバイスであり,顎の先端を利用するスティックと口に咥えたチューブで空気を送ることでゲームを操作できた。現在もテクノロジー専門家として活動するトッド・スタベルフォルト(Todd Stabelfeldt)氏の協力により,開発されたようだ。
ソフトウェアでは2015年,「World of Warcraft」に「Colorblind Mode」という設定を追加したのが大きな転機とされるが,2012年にはジョシュ・ストラウブ(Josh Straub)氏がアクセシビリティに重点に置いたゲームのレビューサイト「DAGERS」(Disabled Accessibility for Gaming Entertainment Rating System)を立ち上げている。また,前述のAbleGamersが障害者のゲームコミュニティを支援する非営利団体として立ち上がったのは,2004年まで遡る。
アクセシビリティに関するゲーム業界の動きについては,2018年の当連載「第585回:ハンデキャップを軽やかに乗り越えるゲーマーの物語 3」でも紹介しているが,この年にMicrosoftが開発をアナウンスしていたのが「Xbox Adaptive Controller」だ。身体能力に合わせてジョイスティックやスイッチなどをカスタマイズできるというコンセプトは,Access コントローラーに近いと言える。
Xbox Adaptive Controllerは2020年に発売されているが,2022年にはXbox Series X|S本体と共に「グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)」を受賞している。
Xbox Series X|SとXbox Adaptive Controllerが,2022年度の「グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)」を受賞
日本マイクロソフトは,Xbox Series X|SとXbox Adaptive Controllerが,2022年度グッドデザイン賞の「グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)」を受賞したと発表した。利用者を中心にしたデザインや,誰でもゲームが楽しめる環境の提供などが受賞理由とのことだ。
今月,Electronic Artsは所有する知的財産のオープンソース化を発表したが,これらは同社が開発したアクセシビリティに関するツールだ。EAは2021年8月,同社が掲げる「Positive Play」イニシアチブに従って,複数の知的財産を放棄したことを表明しており,今回の発表もその一貫となる(※リンク)。
同社公式ニュースサイト(※リンク)に記されているとおり,プレイヤーがオンラインプレイを中断した際,過去のプレイスタイルのデータをシミュレートしてゲームを続ける「Automated Player Control Takeover」,プレイヤーのスキルに合わせてチュートリアルを調整する「Adaptive Gaming Tutorial System」,ゲーム内コーチングによりプレイヤーのスキルや体験を改善する「Animated and personalized coach for video games」,そしてマップのナビゲーション認識力をカバーする「Route Navigation System」を開放した。
これに加えて,EA SPORTSのタイトルに利用されている,激しい照明のちらつきによって発生し得るてんかん症状を軽減させる「IRIS Photosensitivity Test」もGitHub(※リンク)で無料公開している。
もちろん,インクルーシブなゲーム設定を拒否し,「ゲームの表現や進行は我々がデザインするとおりである」という考えを持った開発者も存在するが,より多くの人に自分たちのエンターテインメントを提供したいという考え方はゲーム業界にかなり浸透してきている。
中には「人口の6分の1にあたる新規層を開拓する」という計算もあるだろうが,アクセシビリティへの動きはゲーム文化が我々の生活や社会に定着していくうえでも,非常に重要であることは忘れてはならない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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