インタビュー
「Assassin's Creed」も「Prince of Persia」も使っていた人体アニメミドルウェアとは? Autodeskに聞くゲーム開発ツールへの野望
同社が扱うのは設計,デザイン,アート,映画制作,そしてゲームと幅広いジャンルで使われるプロ用のツールなので,一般消費者にはあまり縁のないものなのだが,その成果物はゲーマーにも無関係ではない。ゲーム制作の現場で使われるツールの性能は,ゲームのデキや方向性まで左右しかねないものとなってきている。
今回,AutodeskでGameing Technology Groupを担当しているMary Beth Haggerty氏の来日にあわせ,同社が力を入れているというゲーム開発ツールの動向について話を聞いてみた。
4Gamer:
よろしくお願いいたします。今回の来日の目的はどのようなものでしょうか。
Haggerty氏:
今回お話したいことは2点あります。新しいゲーム開発用製品と昨年買収したSoftimage XSIについてです。もちろん,それ以外にもゲーム業界向けに多くの製品を出しています。Softimage,Max,Maya,Motion Builder,MBXなどと私達のGaming Technology Groupで扱っている製品群です。
Gaming Technology Groupは,昨年5月にできた新しい部署で,ゲーム開発関連で二つの主要な製品を出しています。Human IKとKynapseです。
4Gamer:
これまでもゲーム業界とは深い関係にあったと思うのですが,わざわざ専門の部門ができたわけですね?
はい。AutodeskがGaming Technologyグループという新しい部門を作って多くの投資をしているのにはいくつか理由があります。
理由の一つ目は,ゲーム業界そのものがエンターテインメント業界のなかでもとくに急成長している分野だからです。二つ目には,Gaming Technologyといっても,ゲームだけで使う技術ではなく,ビジュアライゼーションなど多くの分野で使用できる技術だからという理由があります。三つ目は,ゲームの開発者と話をしていると,必ず出てくる話題として「ゲームの開発コストがいかに膨大になっているか」といったものがあったからです。
私達Autodeskは,いろいろな製品を開発していますが,どんな製品を作る場合でも頭に描いていることがあります。それは,Creative Visionary(創造的な空想家?)と呼ばれる人達についてです。こういった人達が頭の中に抱えているアイデアを,ビジュアル化する前に体験できるような環境を作りたいというのがAutodeskの願いです。
4Gamer:
それをゲーム開発分野でさらに広げていくわけですか。
Haggerty氏:
まず,先ほど述べたHuman IKでは「フルボディ インバース キネマティクス」という技術が使われています。
例えば,このテーブルの上にある箱に手を伸ばしたいといったときに,それまでの製品では立ち上がったり,その箱の場所まで移動してしまったり,うまくリーチすることができませんでした。Human IKを使うと,全身の関節を適切に調整し,手と身体を伸ばして体全体を使って,より自然な感じで箱をつかむことができるのです。
しかし,例えば,CGで人を歩かせるときに,膝の関節を一定時間までは曲げる方向で少しずつ動かし,一定時間後は伸ばす方向で少しずつ動かし,足首も……と手作業でスケジューリングしていくのは結構大変な作業になる。多関節体では人間の想像力の限界が試されることになるだろう。
インバースキネマティクスは,運動後の位置を与えることで,途中でどのように関節が動いたかを計算する手法だ。要所要所での位置と姿勢を与えて,途中を滑らかにつなぐように関節の動きを調整していく。人間がアニメーションを作るにはこちらのほうが簡単なので,CGアニメーション制作ではもっぱらIKが使用されている。Human IKは,人体でのIKアニメーションをサポートするミドルウェアである。
4Gamer:
Human IKが実際に使用されているゲームというのを具体的に教えていただけますか。
Haggerty氏:
「Assassin's Creed」,「Prince of Persia」,それから「Shaun White Snowboarding」などに使われています。
4Gamer:
Assassin's CreedはHuman IKでしたか! 昨年のGDCの講演で,なかなか凄いモーションの作り方を見せてもらいました。あれは,Human IKでは,かなり特殊な使い方をしている例なのでしょうか。
Haggerty氏:
いえ,そう特殊なことはしていないはずです。
Assassin's CreedもPrince of Persiaも,ゲーム内でキャラクターがこれでもかと動き回るゲームである。その自然で複雑な動きは,それ以前のゲームを見慣れた目には衝撃的なものとなっている。自ずと,それを支えるHuman IKの底力も分かろうというものだ。
ちなみに,Assasin's CreedはHuman IKの一般的な使い方の範囲ということであったが,件のGDCの講演では,多くの群衆がぶつかりそうになったら肩を避けるとか,基本モデル一つで老若男女を使い分けるとか,単に人体を使う以上の部分で多くの工夫が見られたタイトルであり,あれだけのことを行うのは簡単ではないと思う。
それはともかく,AutodeskがHuman IK以上に期待しているふしがあるのが,キャラクターAIミドルウェアKynapse(キナプスと読む)である。
KynapseというのはゲームAIのミドルウェアで,パスファインディング(経路探索)を行うためのものです。例えば,今日あなたがここにくるまでに,いくつもの経路があったろうと思うのですが,そのうちのある一つの道を選んでいますよね。Kynapseは,それと同じようなことをゲーム内のNPCに行わせるためのものです。つまり,ゲーム内のNPCに知覚を与え,自分の置かれた状況を視野に入れて,状況を判断して経路を決めることを可能にします。
NPCは,変化する環境に対して適切にレスポンスすることができます。環境というものを視野に入れたNPCは,必要とあれば,障害物に身を潜めたりといったこともできます。
4Gamer:
Kynapseを利用して作られたゲームにはどんなものがありますか?
Haggerty氏:
「WHEELMAN」というゲームや「EVE Online」を作っているCCP Gamesの次期製品で使われることが決まっています(編注:EVE Onlineの新しい拡張なのか,PS3用に作られているという新作FPSなのかは不明)。
4Gamer:
Kynapseを使ううえで,キャラクターは外部の状況を自動的に判断するということですが,それは周囲のジオメトリ情報だけを与えておけば自動で判断するということでしょうか? それともなんらかのガイド情報を埋め込まなければならないのでしょうか。
Haggerty氏:
ガイド情報ではありませんが,避けるべき物体に障害物であるというフラグは入れておく必要があります。しかし単にジオメトリだけを見ている場合と違い。例えば,ビルが崩れたり,荷物が転がってきたりで通路がふさがれた場合でも即座に反応して最適な経路を選択することができます。
4Gamer:
パスファインディングを行うソフトはほかにもいくつかあると思うのですが,Kynapseの最大の特徴はなんでしょうか?
Haggerty氏:
いま説明したとおり,非常に柔軟性が高く,認知システムを搭載していますので,動的な障害物にも対応して最適な経路を選択できることです。そして,なんといっても凄く軽いということですね。
Kynapseは,Autodeskが昨年買収したKynogonという会社が開発したAIミドルウェアだ。
以前は,ゲーム内でNPCを動かすには,あらかじめ通る経路を決めておいて処理するのが一般的だった。プレイヤーを追いかけるなどで,たまに経路を外れることはあっても,自由に動けるわけではない。
それに対してAIを使ったアプローチでは,NPCは自律的に行動することができるので,より柔軟な処理が期待できる。半面,処理が重くなるのではないかとか,制作者側がNPCの行動を完全に把握することができないので下手をすると非常に不自然になるのではないかなどの懸念も残る。
とはいえ,大勢のキャラクター,例えば画面内に1000人のNPCが登場するようなゲームを作るときに,1体ずつモーションを作って,ほかのNPCと干渉しないようにうまく配置するなどといったことは現実的な作業ではない。信頼できるキャラクターAIが確立されれば,ゲーム内での群衆表現での労力は格段に軽減されるだろう。群衆表現をいちいちデザインしなくてよくなれば,フィルム制作などの分野でも応用が期待できる。
こちらの記事ではGPUを使ったパスファインディングやPLAYSTATION 3のCELLをフルに使って,1万匹の魚を動かしている群衆シミュレーションの例が挙げられていたのだが,上記の1万体を処理するKynapseのデモを見ると,まさに驚異的な性能であることが分かる。Kynapseの買収によって,Autodeskがゲーム開発部門に力を入れるのも無理はない。
4Gamer:
これらの新しいテクノロジーで,具体的にどういったゲームが可能になってくるのでしょうか。
Haggerty氏:
Autodeskでは,「Believable Character」というものの実現に多大な投資をしています。KynapseとHuman IKを使えば,フルボディで滑らかに動き,周りの状況を判断して自律的に動くキャラクターを作成できます。
4Gamer:
これら以外でも,今後ゲーム用のミドルウェアを展開されていくのでしょうか。
Gaming Technology Groupでは,今後も新たなミドルウェアを提供していこうと考えています。Softimageを入手にしたことで,これはますます加速していくでしょう。なぜなら,多くの優秀なエンジニアが揃っているからです。
ゲーム制作を考えると,一番上にコンテンツ制作があります。この分野では,Autodeskはすでに十分な評価をいただいています。そしてGaming Technologyへの進出により,今後はゲームのミドルウェアを提供できるようになりました。
私達の望みは,Creative Visionaryの皆さんが想像を現実のものとするためのお手伝いをすることです。Autodeskが提供するミドルウェアによるソリューションは,どのゲームでも同じようなものが必要になってくるものです。Autodeskがその部分を提供することで,デベロッパーのチームは,より面白いゲームを作ることに専念できるでしょう。そして,開発工程は,より効率的になります。
コンテンツ制作から,実行環境へ:Autodeskの戦略
4Gamer:
一般的に,人体のアニメーションでは,IKとラグドールなどの物理運動,そしてモーションキャプチャなどのパターンアニメーションの3種類が混合されて用いられることが多いと思いますが,それぞれについてのAutodeskのソリューションを教えていただけますか。
まず,私達のグループが重点を置いている三つの分野について説明しましょう。それは,Animation,AI,Physicsです。一般的なアニメーションには,Motion Builderが使用されます。アニメーターはMotion Builderを使ってモーションを作っていき,そのデータをゲーム内で再生する際のミドルウェアとしてHuman IKが使われます。AIにはKynapse,そして物理演算に関しては,弊社は中立の立場を取っています。
4Gamer:
中立,つまり物理エンジンでは自社製品を用意しないということですか?
Haggerty氏:
はい。物理エンジンにはすでに多くの製品があります。いくつかのデベロッパーに話を聞いてみたところ,Autodeskは中立を保つべきという意見が大半でした。すでにIntelのHavokやNVIDIAのPhysXがありますので,Autodeskでは自社の物理エンジンを用意していません。
ですので,Autodeskは中立の立場で,どんな製品にも対応できるようにしたわけです。HavokやPhysX,あるいはオープンソースのBulletといったどんな物理エンジンを持っきても,または独自のエンジンを持ってきたとしてもAutodeskのツール群と一緒に使うことができます。
4Gamer:
物理以外の,AnimationやAIについては,自社のミドルウェアを展開していくわけですね。
Haggerty氏:
先ほどの三角形とは別に,Autodeskのゲーム部門で掲げている標語に「Create, Animate, Integrate」というのがあります。キャラクターモデルなどをMaxやMayaで作成し,Motion Builderで動かし,それをHuman IKなどのミドルウェアでゲームに統合するというのが趣旨ですが,すでにCreateなどの部分には,AutodeskのさまざまなDCC(デジタルコンテントクリエイション)ツールがあります。それらで作ったものを,ミドルウェアを使うことでゲームの分野にまで使えるようにするというのが,Gaming Technology Groupの仕事になります。
Animationの部分に先ほどの三角形が加わり,全体ではこんな感じになります(図参照)。先ほど述べたように,AIやAnimationにはとくに力を入れています。
Softimage買収について
昨年のSoftimageの買収について聞かせていただけますか。
Haggerty氏:
2008年の11月にSoftimageを買収いたしました。これによって,ゲーム会社に提供できる製品ポートフォリオが大きく拡大されたと考えています。
また,XSI以外に,Face Robotというフェイシャルアニメーションツールも手に入れました。これも素晴らしい製品です。また,XSI MOD Toolというものも公開されており,こちらは多くのゲームマニアに使われています。
4Gamer:
これまでAutodeskの製品には,コンシューマ向けあるいはパーソナル向けの製品がなかったわけですが,今後はXSI MOD Toolがその位置になると考えてよろしいのでしょうか。
Haggerty氏:
そうですね。それに一番近いものでしょう。XSI Mod Toolは非常に多くの人に使われています。これを使う人は熱狂的なゲーマーの人が多く,必ずしもゲーム会社で仕事をしている人ではありません。学生なども多く使っているようですね。自分がいま遊んでいるゲームをいじってみたいという人には,このツールが適しています。
これのプロ版もあります。Microsoftのクリエーターズクラブの一部で配布されているのですが,Xbox Arcadeなどでゲームを開発している小規模のデベロッパーには,XSI Mod Tool Proというものも提供しています。
XSI Mod Toolは,ゲームのMOD制作者のためにXSIの機能縮小版が無償で提供されていたもののことである。Sourceエンジン用のものだと思っていたのだが,CryENGINE 2などにも対応しているようだ。
いろいろなゲームでせっかくMOD制作ツールが開放されていても,3Dデータの扱いで躓く人も多いのだが,このツールを使えば,プロのゲームクリエータが使っているのとほぼ同じ環境でゲーム内のデータを置き換えたり,新たなゲームを作ったりということが可能になる。
これまでAutodeskというとプロ用のツールを提供していた会社で,CGツールにしても高性能だが,40万〜50万円からという個人向けとは言い難い値段のものばかりだった。とりあえず,無償提供版のMOD Toolがなくなるということもないようで一安心。
4Gamer:
Softimageの買収に対するゲーム業界の反応はどうでしたか。
Haggerty氏:
ゲーム業界の人に話してみるとみんな歓迎してくれていますね。FBXでSoftimageやFace Robotがサポートされるのを楽しみにしているという声も聞いています。
4Gamer:
今後は,XSIでMaxやMaya用のツールやライブラリが使えるようになったり,その逆の展開も進んでいくのでしょうか。
私達は,常にすべての製品がうまく連動して機能するように努力しています。FBXは,Autodeskのデータフレームワークで多くの製品間でデータのやり取りを可能にしています。これは単なるファイルコンバータ以上のものです。ファイルやライブラリが製品間で相互運用できるようになります。今後も引き続きFBXの開発に注力していくつもりです。
4Gamer:
日本のゲーム開発現場では,かなりXSIを使っているところが多いと聞いています。もちろん,ほかのツールも使っているのでしょうが,データの互換性が上がったり,MaxやMayaのライブラリとXSIの親和性が上がるとなると,歓迎している人が多いんじゃないかと思います。
Haggerty氏:
そうですね。Autodeskはお客様を常にパートナーと考えています。お客様が,どのようなことをしているのかを尊重しています。多くのお客様に優れたソフトを提供することで,私達も満足感を得ているのです。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
これまでもさまざまなツールを提供しており,ゲーム業界とは深いつながりを持っていたAutodeskだが,昨年新しくできたGaming Technology Groupでは,ミドルウェアも提供するという方向に展開してきている。3Dツールとダイレクトに結びついたミドルウェアによって,デザイナーの意図がそのままゲームに反映される環境が期待できたり,ゲーマーにとってのメリットも大きいものである。
ゲーム用のミドルウェアは,ライブラリの形で使うものも多いが,Unreal Editorのように,独自のエディタを提供したり,MaxやMayaのプラグインとして使えるようにして,より使いやすい形で提供されることが増えている。
Max,Maya,そしてXSIまでがAutodeskに統合されたことにより,3Dデザイン&オーサリング環境は,Autodeskがほぼ独占の位置にあるといってよい。3Dツールとミドルウェアの,より直接的な統合が行われれば作業環境も改善されてくるだろう。これはゲーム用のミドルウェアメーカーにとっては,かなり脅威となってくるのではないだろうか。
半面,ゲーム制作者にとっては,普段使っているツールでシームレスに多くの機能が試せるとなれば,作業効率も上がっていくだろう。
Autodeskというツール界の巨人が,ゲームコンテンツ制作と実行環境の提供といったゲーム開発分野に本格的に乗り出してきた,という事実だけでも今後の展開に胸踊る人もいるかもしれない。よいよいツールで作られる高品質なゲームの登場にも期待したいところだ。
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