連載
魔力を秘めた北欧の線刻文字を,豊富な実例から解き明かす「ルーン文字研究序説」(ゲーマーのためのブックガイド:第24回)
「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
線刻文字ルーネもしくはルーン(Rune)は,各文字に意味の含みを残しつつ,主にアルファベットのごとく表音文字として使用されてきた。〈万物の父〉と呼ばれた北欧の主神オージン(Óðinn)もしくはオーディンが,生と死のはざまで冥界より掴み取った不思議な文字列。その教えに従った人々は,さまざまな願いをこめつつ,刃物などで木・骨・石・金属にルーンを刻みつけた。ゆえにどの文字にも曲線は用いられず,縦の直線1本か2本に,斜めの直線がいくつか交わる字形である。
そんな測りがたき不思議な文字であるからこそ「理解したい,あわよくば使ってみたい」と思ったことはないだろうか? そんなあなたの願いを叶えられそうな本がある。それが今回紹介する「ルーン文字研究序説」だ。
「ルーン文字研究序説」
著者:谷口幸男
編者:小澤実
版元:八坂書房
発行:2022年11月25日
定価:4500円(+税)
ISBN:9784896943337
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八坂書房「ルーン文字研究序説」紹介ページ
ルーンはその出自の神秘性から,数多くのゲームの題材となってきた。
デジタルRPGの原点の一つである「ウルティマ」シリーズでは,冒険の舞台であるブリタニアの「公式な記述用の文字」がルーンであるとされ,「ウルティマ オンライン」になるとルーンとアルファベットの対応表も用意されていた。
マーベラスの「ルーンファクトリー」シリーズでは,ルーンは消費できる魔力の一種とされ,代わりに〈アース文字〉なるものが魔術書用の記述文字として登場する。ここでのアース(Ás)とは,オーディンを頂点とする北欧の神族を指しているようである。
ゲーム以外に目を向けてみると,近距離無線通信規格のBluetoothのロゴがルーン文字の組み合わせでできているのは有名な話だ。これは“雹”を意味するハガル「ᚼ」≒Hと,“白樺”を意味するビャルカン「ᛒ」≒Bを組み合わせたもので,デンマークとノルウェーを無血統合したハーラル青歯王(Harald Blåtand)のイニシャルHBに由来し,その功績にあやかり「障害のない接続」という願いが込められているという。
このように我々がルーンを目にする機会は意外に多く,とくにゲーマーであるなら,きっと何かしらで触れたことがあるはずだ。筆者の場合,初めてルーンに遭遇したのは40年前……1985年の新春のことだった。すなわち下記の文面である:
ᚷᚢᚾᚷᚾᛁᚱ
九日九夜、宇宙樹ユグドラシルに我と我が身を逆さ吊りにし、槍に貫かれながらオーディンがかれの裡から見いだした、魔力を秘めた文字ルーン。そのルーンの数文字が、槍の穂先に刻まれている。
穂先のルーンは“グングニール”と読めた。
高千穂遙氏の血沸き肉躍る幻想小説シリーズ「美獣 -神々の戦士-」の第4話「荒野の電光狼」の一節である。この「美獣」によって,結局僕は「ルーン文字研究序説」へ導かれるのだが,まずはいかにして筆者がルーンに魅せられていったのかを,順を追って話したい。やや回り道にはなるが,しばしお付き合いいただけたら幸いだ。
「美獣」の新書版(上下)には,この神槍グングニル(Gungnir/打ち鳴らすもの,グングニールと伸ばすのは英語的な読み)を表す上記7文字のルーンが,漆黒のカバー裏に鮮やかに描かれていたのだが,それが目に飛びこんできたときの衝撃を,僕はいまだに忘れられない。あれは道端でいきなり車に撥ねられたような感覚だった。実際,北欧では刃にルーンで銘が刻まれた武器が複数出土しており,この設定はリアルであった。
「美獣」には,グングニル以外にも腕輪の刻銘,地図の地名表記など,さまざまなルーンが散りばめられている。とくにオーディンを意味するアース「ᚨ」≒Aが頻出し,「生きている本物の魔法文字ルーンに出逢った」という実感を強く抱いたものだ。
「美獣 神々の戦士 上」(リンクはAmazonアソシエイト) |
「美獣 神々の戦士 下」(リンクはAmazonアソシエイト) |
第4話「荒野の電光狼」の初出は早川書房の〈SFマガジン〉誌で,上記の引用部分のある前編が1980年2月号に,後編は4月号に掲載された。のちに文庫化され,かの栗本 薫に「自分こそが最初に和製ヒロイック・ファンタジーを上梓するはずだったのに!」と地団太を踏ませた「美獣」だが,ヒロイック・ファンタジーの文脈においては「ルーンが刻まれた武器」には先行例があった。同誌1974年6月号に掲載された,マイクル・ムアコック氏の短篇「夢見る都」(鏡明氏訳)である。
エルフを思わせる非人類帝国メルニボネの放浪皇帝エルリックは,ルーンが躍動する黒き魔剣(Runesword)ストームブリンガー(Strombringer/嵐の運び手)を振るい,その双子の剣たるモーンブレード(Moanblade/うめく刃)を操る従兄の王位簒奪者イイルクーンに対峙する。しかしのちの物語において,実はこの双剣は,真っ二つに折れた大いなる〈黒き剣〉の各断片が別個に鍛え直されたものであることが判明するのだった。
そして,このムアコック氏に影響を与えたのが,同1974年に早川文庫から出版されたポール・アンダースンの「折れた魔剣」である。北欧の神話伝承を元に,エルフとトロールと人間の貴顕たちが,種族の存亡を懸けた戦いを繰り広げる。第19章では,神々の武器である折れた魔剣について「黒っぽい刃の表面にスカフロクには読むことのできないルーン文字が浮かんでいた」と描写されている(関口幸男氏訳)。
「夢見る都」を収録した「この世の彼方の海」(リンクはAmazonアソシエイト) |
「折れた魔剣」(リンクはAmazonアソシエイト) |
これにも元ネタがある。古代北欧歌謡集「エッダ」や「アイスランド・サガ」に収録された,竜殺しの英雄父子シグムンド(Sigmund/戦勝のとき)とシグルズ(Sigurðr/戦勝の宿命)の逸話である(いずれも谷口幸男訳,新潮社)。
「アイスランド・サガ」の一篇「ヴォルスンガ・サガ」によると,ジグムンドはオーディン本人から魔剣を与えられて無双の活躍をしたが,誤ってオーディンに斬りかかり,神槍に当たった剣は折れてしまった。この皮肉に憤然やるかたないジグムンドは,この折れた魔剣をグラム(Gramr/立腹者)と名付け,命を落とした。後に小人の名匠が,グラムの二つの断片を鍛え直して繋ぎ合わせ,ジグムンドの遺児シグルズに与えた。その切れ味は石も鉄も断ち切るほどで,川底に逆さに突き立てて置けば,川面に流れる髪の毛は,触れただけで抵抗もなく真っ二つになったという。
記述では「グラムにルーンが刻まれている」などという文面は見当たらない。だからといって「刻まれていなかった」と考えるのは早計である。「エッダ」収録の1篇「シグルドリーヴァの歌」第6節に「勝利を望むならば勝利のルーネを知らねばなりません。剣の柄の上に、あるいは血溝の上に、また剣の柄に彫り、二度チュールの名を唱えなさい」とある。チュールもしくはテュール(Týr)は軍神であり,この神と同名のルーンたるテュール「ᛏ」≒Tが(ときには二重三重に上下に重ねられて合字として)刻まれている銘文や出土品が,それなりに見つかっているのである。
「エッダ」(リンクはAmazonアソシエイト) |
「アイスランド・サガ」(リンクはAmazonアソシエイト) |
ドイツのバリエーションでは,父子の名はジークムント(Siegmund)とジークフリート(Siegfried),剣はバルムンク(Balmung)となるが,こちらについては各社より出版されている叙事詩「ニーベルンゲンの歌」や,民衆本「不死身のジークフリート」などに詳しい(後者のテキストは石川栄作氏編訳の「ジークフリート伝説集」同学社がお勧めだ)。
これら北欧とドイツの伝承を題材として,後にワーグナーが楽劇「ニーベルングの指環」4部作を書き下ろす。こちらでは,剣の名はさらにノートゥング(Nothung/必要の申し子)へと変更されている。
いずれにしても,このようなルーンが刻まれた武器のルーツは,結局は北欧ゲルマン神話へと戻ってしまうわけだ。実際「美獣」下巻のあとがきにも「本書の執筆にあたりましては、谷口幸男著『ルーネ文字研究序説』を参考にさせていただきました」とある。
僕は早速,この論文の掲載紙であった「広島大学文学部紀要1971特輯号I」を取り寄せ,上記の関係書籍と共に夢中で読みふけり,やがて古北欧語の原文まで参照するようになった。その成果の一つが,筆者も執筆者の一人として参加した「魔術師の饗宴」(山北 篤氏と怪兵隊,新紀元社)の「ルーン魔術」の章である。また,ここまで筆者が披露してきたルーンに関する知識も,基本的にはこの谷口幸男の論文から得た情報である。
「ジークフリート伝説集」(リンクはAmazonアソシエイト) |
「魔術師の饗宴」(リンクはAmazonアソシエイト) |
上記「ルーネ文字研究序説」は大学の刊行物なので,入手難度が高いのが難点だった。ところが,このほど小澤 実氏が監修・増補を担当し,「ルーン文字研究序説」とタイトルを変えて,ついに一般書として発売されたのである。しかも好評を博し,すでに重版がかかっている。いかに待ち望まれた文書であったかが分かろうというものだ。
しかも元の論文にあった唯一の不満も,新版では解消されている。
元の論文に対する六鹿英治氏の書評が,日本独文学会によってWeb上に公開されており,それ自体が日本におけるルーン(ルーネ)の需要史と,世界史に与えた影響を短くまとめた,一読の価値のある資料なのだが,その結びにはこうある。「もっと多くの写真版を望みたいのである。著者の語り尽くさぬことを、写真が読者に語ってくれるからである」と。
これに答えるべく,新版では日本アイスランド学会などへの呼びかけをとおし,可能な限り多くの実物のルーン碑の写真や模写が,300点超も掲載されている。おかげで学術書であるにもかかわらず,ページを読み進めるのが苦痛ではなく,興味が持てる仕上がりとなった。なんとなれば七面倒くさい解説部分は読み飛ばし,ルーンの対訳部分をパラパラめくるだけでも相当楽しめることだろう。
そんな本書の内容は,下記のような2部構成になっている:
- 第1章 ルーン文字──所在と研究の歩み
- 第2章 ルーン文字の起源
- 第3章 ルーン文字の構造
- 第4章 ルーン文字の用法──ルーンの明かす文化像
- 第5章 ルーン文字の歴史
- 第1章 ドイツのルーン碑文
- 第2章 ベルゲン出土のルーン碑文
- 第3章 アイスランドのルーン碑文
第I部が,かつての論文「ルーネ文字研究序説」を構成していた部分で,いくつかあった誤りを校訂し,アルファベット表記だった固有名にカタカナを加え,図版を大幅に増補した内容となっている。
その第1章から3章までが,ルーン碑文を読んで理解するための基礎。1世紀ごろに見いだされ,14世紀頃までヨーロッパ各地で使われたルーンに関する概説である(ただしアイスランドなど一部では17世紀以降まで生き残った)。かつては古フサルク(Futhark)と呼ばれる24文字だったのに,9世紀のヴァイキング時代には新フサルクである16文字にまで統廃合された。これは当時のゲルマン人の実用主義をあらわしているのだろうか? ちなみにフサルクとは,ローマ字のアルファベットに対応する呼称で,ルーンの文字リストの最初の6文字を発音したものである(thは,ルーンや北欧語では,巨人を意味するスリサズ「ᚦ」の1文字で表記された)。石碑などに,この連続した6文字「ᚠᚢᚦᚨᚱᚲ」が刻まれている場合,「祝福」を願う意味もあった。
続く第4章が内容的にも分量的にも圧巻で,実際の秘文の写真や模写,そこから転写したルーン文面,その和訳,意味の解説などが,これでもかこれでもかと畳みかけてくる。この4章は,前半が古フサルクの,後半が新フサルクの文献に宛てられている。
古フサルクのほうが実例は少ないが,神秘的な内容が多い。武器(杖,槍,剣,矢),盾,装身具,酒器,調度品,像,石碑,墓,船の舳先など,刻まれている場所は多様だが,ほとんどは単語や短文だ。ただし伝文としてルーンを彫った棒や,敵方のスパイがその棒に刻みを追加して内容を改竄する,なんていう逸話もある。個人的には,呪い,防御,祝福などをもたらす呪文の実例から,当時の人々の想いをうかがい知れるところが面白い。
物量では新フサルクのほうが圧倒的だが,たいがい「誰々が何々のためにこの碑を建てる」など即物的(ただし呪いだけはこの時代でも健在である)。また時期的にヴァイキング遠征や,キリスト教への転向の経緯を物語っているものも多い。十字架や洗礼盤など,教会関係の品々にもルーンが見られる。興味深いものとしては,韻を踏んだ長詩など文学的なものや,シーザー暗号まで出てくる。
第5章では,上記の新旧二大フサルク以外にも変わったルーンがあると解き,その歴史とバリエーション,および終焉について軽く語っている。
第II部は新版で初収録となった部分で,追加の金石文についての補足だ。ページをめくるたび,貴重かつ新たな発見にワクワクさせられる。ただ残念ながら,ドイツ部分は極めて断片的で,写真も少なかった。
一方,ベルゲン(ノルウェー南西端)の項は,朽ちやすいルーン棒が大量(500点以上!)に出土したというもので,大興奮の内容となっている。新フサルク時代(12世紀〜14世紀)のものなので証文など実務的な文書もあるが,生活感のある長文テキストや,キリスト教と異教が混交した呪術的文面も少なからず登場する。
アイスランド編は墓碑銘の短文ばかりだが,図版は比較的多く満足度が高い。わずかながら竜殺しの英雄譚や,呪術に関するものが残っている。
そんなわけで,この一冊に数々の実証からなる広範な内容が満載され,興味が尽きない。ぜひ自分で読み進めて,この感動を体感してもらいたい。
さて,この本でルーンに興味を持った読者諸氏は,ここからさまざまな類書に当たることができる。
河崎 靖氏の論文「ルーン文字の起源をめぐって」は,第1部,第2部,第3部ともに京都大学のWebサイトで読めるようになっている。のちに改稿のうえで再編集され,「ルーン文字の起源」という題で大学書林から書籍化も行われた名著だ。上記「ルーン文字研究序説」などを元に,ハッキリしなかった「ルーンが生まれてきた背景」について,周辺の民族やキリスト教との関係性を鑑みつつ,文字どおりもう一歩進んで深掘りしている。古代における海洋民族フェニキアの影響や,ルーンで刻まれた突厥秘文についても触れられ,シルクロードを通じたアジアとのつながりをも考慮すべき事態となっている。
ほかには,アルマット/国際語学社が刊行したラーシュ・マーグナル・エーノクセン氏の「ルーンの教科書」もお勧めだ。とくに,カレンダーをルーン文字で刻み付けた「ルーン暦とルーン杖」,複数のルーンの合字(や図との組み合わせ)を魔術的な紋様として敷衍した「ルーン・ガルドゥル」,負の遺産とも言える「ナチ党に歪曲されたルーン文字」の項は,生きた歴史の実例として読む価値ありである。
「ルーン文字の起源」(リンクはAmazonアソシエイト) |
「ルーンの教科書」(リンクはAmazonアソシエイト) |
ルーンに限らず中世北欧の図像に興味があれば,エーリック・ニレーン&ヤーン・ペーデル・ラムの図録「ゴトランドの絵画石碑」(彩流社)が,見ているだけで実に楽しい。独特の組みひも紋様と簡素化された人物像/動物像にロマンを馳せつつ,その時代の空気を体感できる。
最後に,「美獣」以前にリアルな文字としてのルーンを物語に採り入れた小説を一つ,紹介せざるを得ない。筆者より上の世代なら,間違いなくルーンに直撃した作品となろう。フランスSFの祖たるジュール・ヴェルヌの「地底旅行」である。ルーンで記述された暗号文が登場し,それを解読することによって主人公たちはアイスランドの活火山に導かれ,火口から地底へ,そしてある意味過去への壮大なる冒険に導かれるのである。
そんなわけで,読書を通じて架空世界の旅を満喫していただければ幸いである。Bon Voyage!
「ゴトランドの絵画石碑」(リンクはAmazonアソシエイト) |
「地底旅行」(リンクはAmazonアソシエイト) |
八坂書房「ルーン文字研究序説」紹介ページ
■■健部伸明(翻訳家,ライター)■■
青森県出身の編集者,翻訳家,ライター,作家。日本アイスランド学会,弘前ペンクラブ,特定非営利活動法人harappa会員。弘前文学学校講師。著書に「メイルドメイデン」「氷の下の記憶」,編著に「幻想世界の住人たち」「幻獣大全」,監修に「ファンタジー&異世界用語事典」「ビジュアル図鑑 ドラゴン」「図解 西洋魔術大全」「幻想悪魔大図鑑」「異種最強王図鑑 天界頂上決戦編」など。ボードゲームの翻訳監修に「アンドールの伝説」「テラフォーミング・マーズ」「グルームヘイヴン」などがある。
- 関連タイトル:
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