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しげるのゲーミング子育て日誌:第5回は「オタク・スキルが役立つとき」。心のままにポイント振りしたスキルツリーが,子育てでこそ輝く!?
第5回は,オタクが趣味のためにポイント振りをしてきた「オタク・スキル」が子育てで役立つ瞬間についてのエッセイです。ゲームにおいて「あんまり実戦では役に立たないな……」と感じるスキルでも,意外な場所で重要な役割を果たしてくれるように,オタクにもそんな瞬間があるようで……。
これまで,この連載では「オタクに子供が生まれてしまった! どうしよう!」という,戸惑いや気付きについて書くことが多かった。しかし,オタクに子供が生まれると,これまでに培ったオタク・スキルが意外なところで役立ったりする。今回は「絶対日常生活では役立たないだろう」と思っていたオタク・スキルツリーと,子育ての話について書いてみたい。
「シチズン・スリーパー」のスキルツリー |
子供が生まれてからしばらくの間,我が家ではほぼ夫婦ふたりのみで子育てを行っていた。妻の実家はさほど遠くはないものの,毎日義両親に常駐してもらうこともできない。
生後1年未満の赤ちゃんを長時間外出させるのは難しいし,かといって近所に知り合いがいるわけでもなく,自分一人で遊びにいくわけにもいかない。そもそも結婚をきっかけに東京から神戸に引っ越しているから,周囲に友達もいない。その状態で半年ほど過ごした。これはなかなかキツかった記憶がある。
このくらいの時期の赤ちゃんというのは,ものすごい勢いで成長する。最初は寝転がって泣くことしかできず,体格も細い。一度に飲むミルクの量も40cc程度とごく少量であるうえ,ゲップすら自分でできない。
それにムクムクと肉がつき,自分の手足を「自分の意思で動かせるもの」であると認識し,表情にもバリエーションが多少増え,おっかなびっくり寝返りをうつようになり,手足で地面を這う動作の真似事のようなことを始め……と,徐々に胎内の環境から外の世界へ適応するようになっていく。
それを眺めるのはめちゃくちゃ面白いけど,寝て起きたら昨日と異なる動作を覚えているうえに,油断したらすぐ死ぬ生き物の相手を知り合いが誰もいない場所でやるのは,けっこう大変なのである。
当時,一日のうちおよそ半分は自分が子供の面倒を見ていた。午前中は自分が世話をして,午後からは妻にバトンタッチして仕事,というスケジュールである。しかし午前中ずっと家にいるのも間が持たない。というわけで,ベビーカーに乗せられるようになってからは,家の周りをウロウロしていた。
しかしそれでもネタは尽きるし,そもそも夏場になるとあんまり外にはいたくない。どうしよう……と思っていた頃にたまたま行き着いたのが,地元の児童館だった。
児童館は,放課後の小学生が利用することを主目的とした施設だ。両親が共働きで日中家に誰もいないなど,放課後にまっすぐ家に帰れない事情がある小学生たちが,先生の監督のもとで遊んだり本を読んだりするのである。
だが,正確には「18歳以下の全ての子供を対象とした施設」であるため,0歳の子供を遊びに連れて行っても受け入れてもらえる。我が家の最寄りの児童館では,特定の曜日に未就学児を対象にした「なかよしひろば」という自由参加のプログラムが開催されていた。これが本当に,うちの需要にぴったりとはまったのである。
「なかよしひろば」は,ゆるい催しである。特にメンバー登録のようなものは必要ない。週に3日開催されているので,行きたい時間に勝手に行けばOKである。初回参加時に出席カードを渡され,参加した日にもらえるアンパンマンのシールをそのカードに貼っていく。
開催時には児童館の館内に未就学児向けのオモチャが大小問わず並べられ,それで勝手に遊べるようになっている。途中で児童館の先生がお遊戯を教えてくれたり絵本を読んでくれるショートプログラムが挟まり,それが終わったらすぐ帰ってもいいし,12:00過ぎまで時間いっぱい遊んで行ってもいい。すぐ体調を崩すうえに,気まぐれで日によって外に出たがらないこともある幼児に合わせた,大変フレキシブルなイベントである。
子供が8か月ごろのころから,自分はこの「なかよしひろば」にかなりの頻度で通った。なんせ午前中にやることのネタが切れているから,目先の変わるイベントは大歓迎である。家にはないオモチャで遊べるから,子供からしてもいい気晴らしになっているはず。
そしてありがたかったのが,近所で同年代の子供を育てている人々の存在を知ることができた点だ。
前述のように,生後半年ちょっとくらいまで,うちの子育ては孤軍奮闘状態だった。頼る相手もそれほどおらず,子供とは意思の疎通もできず,夜中だろうが関係なく起きて泣くので慢性的に睡眠不足である。
この状況,子供は悪くないのだが,「なんでこんなことを……?」という疑問がつい脳裏を過ぎる瞬間がある。面白さや楽しさとキツさやしんどさの値が並大抵のイベントを大きく超えてくるのが子育ての特徴だが,しんどさが閾値を超えてくる時は本当に厳しい。
しかもそんな時にSNSを見れば,友達が面白そうなところに旅行に行ったり,おいしそうなものを囲んで食べたりしている。「いいな……赤ん坊に振り回されて夜中に朦朧としながらミルクやってんの,自分だけなんじゃないの……?」という気持ちが,ふつふつと湧いてくるのである。
だが,児童館に来れば,似たような場所で似たような境遇にある人がたくさんいた。ほぼ全員お母さんばかりだったので,おっさんである自分からグイグイ話しかけるのはかなり遠慮したのだが,それでも「似たような立場の人たちが近所にこんなに住んでいる」と分かっただけでも,精神的によかったように思う。
育児の最初の方は,どうしても家の中という密室で子供とひたすら向き合わねばならないタイミングがある。そんな時期に「自分は一人ではない」ということを,言葉だけではなく体感で認知するのは,馬鹿にできない影響があった。
さて,そんな児童館では,そこそこ頻繁におもちゃが壊れる。子供が物を扱う時の手つきは大体荒いし,それが何人も一緒の部屋で遊ぶので,おもちゃが壊れることは特に不思議ではない。
また,玩具メーカーもそのあたりはよく分かっていて,幼児向けのおもちゃは多少の衝撃ではクリティカルなダメージが入らないようになっている。児童館で発生する破損は,くっついていた部品が取れる程度である場合が多い。
しかし,取説もない状態で部品が取れれば,「これはどこにどうつけるんだろう?」と混乱するのが当たり前である。その場にいるのは全員普通の親御さんなので,プラモデルを作り慣れているわけでもおもちゃの修理に慣れているわけでもない。
例えば,アンパンマンの人形がくねくね曲がった滑り台のようなスロープを転がって落ちてくるおもちゃが壊れたことがあった。壊れたと言っても,部品が折れるような回復不可能な壊れ方ではなく,スロープの一部が本体から外れてしまっただけである。部品を差し込めばすぐ直りそうだ。
壊れてしまったのはこういうおもちゃだった。画像はセガトイズの「アンパンマン それいけ!コロロンパークシリーズ」 |
しかし,「あれ?」「どうなってるのこれ」「ここにくっつけるんじゃない?」「ちがうか」と,その場にいた親御さんが三人くらい寄ってあちこちいじっているが,遠巻きに見ていても全然問題が解決しているように見えない。
自分はプラモデル作りが趣味だし,おもちゃも普通の人よりはたくさん買って集めていて,日がな一日それらで遊んでいたりする。そういう立場からすると,児童館でのおもちゃの破損というのは,破損のうちに入らないようなトラブルであることがほとんどだ。
このアンパンマンのおもちゃの破損にしたって,「あ──あのピンとそのピンをあそこに挿せば────すぐ直る──オレなら5秒やな────」「しかしここで男親は珍しいし────なるべく悪目立ちしたくない─────できるだけ普通っぽく会話に入るか────」と,佐藤 明の真似をしながら考える余裕すらある。カスのファブルである。
「あ,壊れちゃったんですかァ? ちょ〜っと見てみていいですかァ?」とか言いながら話に割り込ませてもらい,破損箇所をチョチョッと直す。直すといっても,本当に外れた部品をくっつけなおしただけだ。
それでも「え,すごい」「直ったんですか!」と,まわりの人々から案外褒められる。気分はもう「あれ? オレ,またなんかやっちゃいました……?」である。こんなことでこんなに褒められるとは……。
こんな感じで,児童館ではこれまでに培ったオタク・スキルが意外な場面で役立つことが多かった。ルービックキューブを6面全部揃えれば小学生にバカウケしたし,恐竜の名前が分かれば感心された。どれも今まで普通にやってたことなのに……。
これはもう,ほぼ異世界転生ものみたいな感じである。まあ,これまでまったく子供や子育てに縁のなかった立場からすれば,児童館というのは間違いなくかなりの異世界ではあるのだけれど。
回り回って,児童館にオモチャを納品したこともある。以前,あまりにも子供が自宅のスイッチ類をガチャガチャいじるので,ネットで電子工作用のスイッチをたくさん買い,3Dプリンターで出力したボディに瞬間接着剤でくっつけただけの「スイッチの集合体」を作ったことがあった。
実物はこちら |
このおもちゃについて児童館での世間話で話したところ,「費用は出すので児童館にも作ってほしい」ということになり,もう一台作って納品したのである。
児童館の館長さんからは,「児童館にはいろいろな子供が来る。中には『スイッチを押すこと』にこだわりがあるタイプの発達特性を持った子もおり,館内のスイッチをバチバチと押したりする。なので,おもちゃ然としたものではなく,実物っぽいスイッチがたくさんくっついているおもちゃがあれば,それは大変ありがたい」という話を聞いた。
普段お世話になっている施設だし,そう聞いたらちょっとやってみるか……という気にもなる。というわけで,スイッチの集合体2号機の納品となった。これも持っていったら大層驚かれた。普通は自宅にFDM方式の3Dプリンターはないので,驚かれても「そりゃそうですよね」という感じではある。
本物っぽいスイッチを好む子供には大好評 |
と,自慢話を書き連ねてきたが,これはまるでゲームのスキルツリーの話のようである。スキルツリーの中には,「これ,実戦のどこでどう役立つんだ……?」というものがあったりする。「フォールアウト4」のPerkでいえば,「Rooted」とかである(これは自分に使い道がよく分からなかっただけかもしれない)。しかし,そのよく分からないまま変に伸びてしまったスキルも,持っていく場所や状況によっては妙に役に立ったりする。
「フォールアウト4」のスキルツリー |
漫画やアニメに詳しかったり,DTPや印刷所のことを知っていたり,3Dプリンターが使えたり……というようなスキルも,子育ての現場で他の親御さんと接する時に意外にウケたりするのである。そうか,自分が当然のようにやっていたことは,一般的にはレアな能力なんだな……と,改めて児童館で実感した。
さらに言えば,そういったスキルから新しくコミュニティが広がることもあると思う。自分の場合も児童館通いのおかげで近所に顔見知りの人が増えたし,「どうしても子供の世話が限界になったら,とりあえず児童館に行って相談すればいい」という安心感も得られた。
「近所に顔見知りがいる」という状況は,これから行動範囲が広がっていく子供にとってもいいことだと思う。オタク特有のスキルによってそこそこうまく地元の児童館に馴染めたことは,自分にとっては得難い経験になった。
というわけで,オタクの子育ては案外悪いことばかりでもない。なんせ,これまで特に意識せずにやってきたことが,いきなり役に立ち始めて褒められるんだから,気分が悪いわけがない。子育て中のご同輩にも,オタクであることをひた隠しにするだけではなく,役に立ちそうな局面では積極的にその技量を発揮するのをオススメしたい次第である。
子供にFire TVのリモコンをかじられて困っていたときに作った,リモコンそっくりの棒 |
「しげるのゲーミング子育て日誌」連載ページ
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