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Web3時代に向けたグループ全体の挑戦:SBI北尾吉孝氏が語る未来戦略[WebX]
ただの大企業の事業紹介セッションかと思いきや,内容が大変多岐にわたっていて将来への示唆に富んだものであったので,改めてここでその全貌を紹介しておこう。
SBIグループの成長と基本戦略
この急成長の理由として,インターネットの普及とともに金融サービスのオンライン化が進んだこと,そしてSBIグループが早期からこの潮流を捉え,積極的に投資してきたことを挙げている。
そして氏は,インターネットの登場を「第一次経済民主化」と位置づけた。その理由として,情報取得の手間とコストが大幅に低下し,膨大な情報へのアクセスが可能になったこと,比較検索市場が誕生したこと,そして消費者と投資家のスマート化が進んだことを挙げた。
さらに「このインターネットによって,情報を取るための手間にもコストがかからなくなり,情報消費が崩壊するというような状況が生まれ,そしてまた情報が溢れ出るほどたくさんあるということで,その中で比較検索の市場が誕生するようなことになり,最終的には消費者もますますスマートになり,投資家もスマートになり,背景には豊富な情報があるわけですから,正しい情報を得て判断をすればそういう形になる」と述べた。
しかし氏は,現状のインターネット環境に課題も感じている。情報がGoogleなどの一部企業に集中し,ビッグデータ分析による行動予測と広告収入の独占,データ独占による不当な利益の獲得などの問題が生じているという。
これらの問題を解決する可能性を秘めているのが,Web3技術だと指摘する。「そういう時にできたのが,ブロックチェーンのテクノロジーだとか,DLTだとか,いわゆる分散という考え方だ。中央集計ではなくて分散にしていかないと,民主化は進んでいかない」と主張する。
氏によれば,世界のメタバース市場は2022年の8兆6000億円から2030年には124兆円以上へと急拡大すると予想されており,前述のような技術が,メタバースを通じて生産方法の在り方を根本から変える可能性を指摘した。従来,デジタル空間は主に補助や保管の場として使われてきたが,今後は設計,検証,改善のプロセスがこの空間で行われるようになるという。そして,そこで得られた知見が現実世界に適用され,さらなる検証とデータ収集が行われる。このサイクルにより,生産効率は飛躍的に向上するのだ。
具体例として,半導体産業とサプライチェーンマネジメントを挙げた。半導体産業では,ブロックチェーンとAIを活用した生産システムの構築や,シーメンスのデジタルツイン技術を用いた仮想トレーニング環境の構築が進んでいる。サプライチェーンマネジメントでは,製造装置の向上から自動販売,検査,トレーサビリティまで,各プロセスをブロックチェーンで統合することで効率化が図られるという。
しかし北尾氏は,これらの新技術を普及させるには適切な制度改革が不可欠だと強調する。1999年の証券取引手数料自由化を例に挙げ,制度改革がSBIグループの成功の礎になったことを説明。同様に,Web3やメタバース技術の普及にも,適切な制度設計が必要だと主張した。
世界各国によるとWeb3とデジタル資産産業の推進から鑑み,日本制度改革の動き
世界各国がWeb3技術とデジタル資産産業の成長を促進する中,日本も積極的な取り組みを見せている。北尾氏は,グローバルな動向を踏まえつつ,日本の現状と今後の展望についても語った。
欧州委員会は,現実世界とデジタル世界がシームレスに融合する新たなウェブの在り方を「Web4.0」と称し,その実現に向けたイニシアチブを既に公表している。中国では,北京市が2020年から2024年にかけてメタバースの革新的発展のための行動計画を策定し,上海市はメタバース開発に特化した2000億円規模のファンドを設立した。また米国では,トランプ前大統領が仮想通貨やデジタル資産産業の成長を支援する政策を示唆している。
このような世界的な潮流を受け,日本でも制度改革の動きが加速している。北尾氏は,自身も積極的にこの動きに関与していることを明かした。セキュリティトークン(ST)の普及を目指す日本STO協会の設立に尽力し,現在では証券会社等15社の正会員を含む30以上の会員が参加するまでに成長したという。
さらにSBI金融経済研究所を設立し,次世代デジタル金融を中心とした金融経済制度やテクノロジーの調査研究を行っている。この研究所の成果は,様々な政策提言につながることが期待されている。
氏が理事長を務める日本デジタル資産経済連盟も,Web3時代を見据えた重要な取り組みの一つだ。2022年4月に設立されたこの団体は,政策提言や情報発信,関係団体との対話を行っている。大手企業を中心に合計120団体が参画する大規模な組織となり,Web3.0への関心の高さを示している。この団体の参加企業の時価総額が東証プライム市場の約10%にも達していることを氏は指摘し,産業界全体のWeb3への注目度の高さを強調した。
日本デジタル資産経済連盟では,ビジネスイネーブリングコミュニティとポリシーコミュニティの2つのコミュニティを設置。デジタル空間での働き方,仮想空間でのオフィス作り,アバターを使った金融商品の販売など,具体的な課題について議論を重ねている。また,一般市民向けのメタバースリテラシー向上にも取り組んでいる。
そしてこれらの取り組みを通じて,産業界の経験や知恵を共有し,Web3産業全体の発展を目指すとしている。SBIグループとしても,新技術を活用した次世代サービスの創造と,それを推進するエコシステムの構築に注力する方針を示した。
SBIグループのWeb3関連事業,成長戦略とグローバル展開の方針
北尾氏は,SBIグループが展開する様々なWeb3関連事業について詳細な説明を行い,グループの成長戦略とグローバル展開の方針をも明らかにした。
・マーケットメーカー事業(B2C2)
マーケットメーカー事業については,「たかだか90億円くらいで買収したB2C2が,今や1000億円を超える価値になっている」と,その成功を強調した。B2C2は仮想通貨の取引所にほぼ独占的に供給するマーケットメーカーとして急成長しており,最近では93億円もの利益を上げたという。このような大規模な事業を展開することで,業界全体の効率性が向上すると指摘した。
・リップル社との提携とXRP活用
2016年にリップル社への投資を決定し,その後Ripple Asiaを設立。国際送金分野での活用を進めている。氏は,SECとの法廷闘争がほぼ終結し,今後さらなる成長が期待できると述べた。SBIグループはRippleが提供するRippleNetを活用して国際送金サービスを展開しており,2021年にはブリッジ通貨として日本で初めて承認されたXRPを活用した国際送金サービスを開始している。
・ステーブルコイン事業(米サークル社との提携)
2023年11月27日に米サークル社と基本合意を締結。SBIグループが保有する銀行(SBI銀行,新生銀行,新韓銀行)や電子決済手段取引業者のライセンスを活用し,日本でのUSDC取り扱いを目指す。氏は,SBIグループがステーブルコイン取り扱いに必要な重要なライセンスをすべて保有する唯一の企業であることを強調しており,将来的には円建てのステーブルコインも検討しているという。
・セキュリティトークン取引所(大阪デジタルエクスチェンジ)
すでに40件以上が公募商品として発行され,発行累計額は1400億円に達している。この取引所をグローバル展開する意向も氏によって示され,CY(オランダ),VITIC(マーケットメーカー),Octiva(カーボンクレジット取引)など,海外の有力企業との提携を進めていることを明らかにした。
・デジタルアセット運用事業
2024年7月26日に,米国の有力資産運用会社であるFranklin Resourcesとジョイントベンチャーを設立することを発表。この提携を通じて,デジタル資産の運用に積極的な米国投資業界の動向を日本にも取り入れたいとも述べた。
・ブロックチェーン技術の活用(R3社との提携)
Rippleへの投資と同時期に,米国のR3社にも出資。R3社が開発したブロックチェーン技術「Corda」を活用し,貿易金融や地域通貨事業など,様々な分野での新しい展開を進めている。例えば,地域通貨「まちのコイン」は全国197の地域で導入され,発行総額は287億円に達しているという。
北尾氏は,これらの事業展開を通じて,SBIグループがWeb3技術を活用した新たな金融サービスの創造と,グローバルなエコシステムの構築を目指していることを強調した。また,海外の有力企業との提携を積極的に進めることで,日本のデジタル資産市場の国際競争力強化にも貢献する日は必ず来るとも述べた。
さらに氏は,SBIグループが展開する従来のWeb3関連事業に加え,新たなプロジェクトや取り組みについても詳細に説明した。
・EXPO 2025大阪・関西万博でのデジタルウォレット事業
SBIグループはEXPO 2025のデジタルウォレット事業に協賛し,「EXPO 2025 デジタルウォレットNFT(愛称:ミャクーン!)」を提供する。このプロジェクトでは,SBI NFTが高度な分散性を持つXRPレジャーを利用し,SBI VCトレードが開発・提供する専用サイトを通じて,ユーザーが資金を蓄積できるシステムを構築する。北尾氏は,この取り組みが万博の成功に貢献するとともに,デジタル通貨の実用化を促進すると期待を示していた。
外部サイト:2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)における「EXPO 2025 デジタルウォレットNFT(愛称:ミャクーン!)」サービス開始のお知らせ(SBIホールディングス)
・スポーツファントークンプラットフォーム
TDFと提携し,世界最上級のスポーツファントークンプラットフォームを共同で開発している。このプラットフォームでは,ACミランやインテル・ミランなどの一流スポーツチームのファントークンを取り扱う予定とのこと。氏は,シンガポールのSBIデジタルアセットホールディングスがこのプロジェクトを主導し,将来的には日本でもファントークンを展開したいと述べた。
・SBIトレーサビリティ
R3社のブロックチェーン技術「Corda」を使用した独自のトレーサビリティプラットフォームを開発。例えば,日本酒の原産地や製造者の確認,在庫管理などが可能になる。この技術を様々な産物に適用し,信頼性の高いサプライチェーン管理を実現したいと語っていた。
・SBIデジタルアセット
Web3コンサルティング事業を拡大し,様々な分野でのブロックチェーン活用を推進。具体的には,eスポーツチームの運営やVTuber事業など,エンターテインメント分野にも進出している。氏は,これらの事業を通じてWeb3技術の普及と新たなビジネスモデルの創出を目指すと説明した。
・ブロックチェーンゲームプラットフォーム(Oasys)
SBIグループはOasysと提携し,日本発のブロックチェーンゲームプラットフォームの開発を発表。日本のゲームコンテンツの豊富さを活かし,このプラットフォームを世界的な規模に成長させたいという意向を氏は示した。具体的には,資金提供,技術支援,マーケティング支援,法規制対応,グローバル展開などのサポートを行う予定だ。
北尾氏は,これらの新規プロジェクトを通じて,SBIグループがWeb3技術の実用化と普及を加速させ,日本のデジタル資産エコシステムの発展に貢献したいと強調した。さらに,これらの取り組みが,従来の金融サービスの枠を超えた新たな価値創造につながると期待を示した。
そして講演の締めくくりには,WebXの成功と今後の展望,特にWebX Osakaの参加計画について語った。
約1万4000人が参加し,スポンサー企業も80社にのぼるなど,WebXというイベントの急成長ぶりを評価し,海外からの来場者が約4割を占めるという,海外からの集客力にも着目した。この成功を踏まえ,2025年8月26日に大阪でWebX Osakaを開催する際には,20か国以上,300社の日本の企業がWebXに来場することを想定していくと述べ,ピッタリ40分の講演を締めくくった。
最後に大阪府知事吉村洋文によるビデオメッセージが届き,来年大阪に開催予定のWebXへの成功させる意気込みと期待を述べ,セッションは盛況のうちに幕を閉じた。
北尾氏の講演は,Web3技術が単なるバズワードではなく,金融システムと社会構造を根本から変える可能性を持つことを改めて認識させるものだった。ほかのセッションではあまり見られなかった,その深い理解と高い視座は,Web3時代における新たなビジネスモデルの創出と,より公平で効率的な経済システムの構築への道筋を示している。
SBIグループの取り組みは,日本のWeb3産業の発展に留まらず,グローバルな金融システムの変革を視野に入れたものであり,今後の展開が大いに注目される。北尾氏の講演は,Web3時代の到来を見据え,企業や社会がどのように変革していくべきかについて,多くの示唆に富む内容であった。
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