イベント
ユーザー激増中のPC環境へゲームを対応させるにはどうすればいいのか?[CEDEC 2024]
この講演では,グローバルで“ユーザー激増中”のPC環境へゲームを移植するときに,どういった問題が起きるのか? そしてどう解決したらいいのか? といった“PC対応”へのさまざまな知見が共有された。
昨今では,ゲームの対応プラットフォームにPCが含まれることも多くなったが,その結果,どんなトラブルが発生するようになったのか興味がある関係者も少なくないはず。本稿では,それらの知識がまとめて紹介されたので,まとめてお伝えする。
講演者はセガの技術本部 テクニカルディレクターの矢儀篤樹氏と,技術本部 開発技術部 グローバルテック課リレーションシップエンジニアの星野瑠美子氏だ。
世界30億人のゲーマーに刺さるコンテンツ作りを目指すセガ
まず矢儀氏は,現在セガが目指しているビジョンを語った。
それは,現在30億人にも達する世界中のゲーマーに“刺さる”コンテンツとサービス作りだ。それには全プラットフォームで全世界同時発売を目指す必要があり,そのためには多種多様なコンテンツを用意し,より多くの言語に対応しなければいけない。そのなかで,最も多様かつユーザーが激増中のPC対応を行うことは,重要な課題になってくるというわけだ。
また,PCにはさまざまなゲーム配信プラットフォームがあるが,Steamだけでも同時接続数が3700万人を突破しており,とてつもない規模に達している。これだけ大きな市場は当然,無視できないと考えるのは自然だろう。
なお,現在もセガは世界各国に複数の拠点を持っているが,伝統的に日本やアメリカはコンシューマ機向けの開発が強く,欧州はPCゲーム向けの開発に強みがあるとのこと。そのため,欧州スタジオの知見をまとめた「PC BEST PRACTICE」という統一規格を作成したのだという。
これは,セガがPCゲームをパブリッシングするにあたって守るべき「SEGAブランドの必要実装要件」で,ブランドの信頼性を構築し,PCのプラットフォームでロングテイル(長期間)に利益を生み出せる商品価値や技術要件を提供するものとのこと。
具体的な内容は公表できないそうだが毎年更新されており,チェックリストやドキュメントで構成されているそうだ。
メジャーなベストプラクティスアイテム(主要な注意点)は以下のとおりだが,PCゲーマーならなじみ深いものばかりだろう。
・アスペクト比
・画面解像度
・フレームレート
・パフォーマンス
・デバイス(ゲームパッド・キーボード・マウス)
・テキストローカライゼーション
PCプラットフォームを理解し,コンソールとの違いを把握する
続いて星野氏がマイクを握り,PCプラットフォームでまず理解しておきたいところを解説した。
最初に提示されたのは,「こんなPC対応をしていませんか?」という問いだ。
例として挙げられたのは「品質設定を用意しない」「解像度やアスペクト比の固定」「キーボードとマウスを使った操作に未対応」というのもの。それぞれユーザーのPC性能を過信したり,一番メジャーな解像度のみに対応すればいいと考えたり,ゲーマーならゲームパッドぐらい手元にあるだろうと思い込んだり……といったことから起きるかもしれない事態だ。
実際のSteamデータを見ると,フルHD(1920x1080)の解像度を利用しているユーザーは多数派ではあるが6割程度でしかないし,ゲームパッドの使用率に至っては1日平均で15%しかない。ユーザーはゲームが自分の環境に対応していることを期待するので,その期待に応えられない時点で,フラストレーションを受けたりマイナス評価になったりしてしまうそうだ。
確かにゲーム側に解像度の設定が見当たらず,さらに起動時に勝手にフルスクリーン化でもされた日には,テンションが下がるのは間違いない……が,思い起こすとこれが意外とよくある。
次に,PC環境をより理解するために,それぞれの要素に細かく分類する作業が行われた。
例えば本体なら,デスクトップなのかノートなのか,小型携帯タイプなのか。ディスプレイは外付けなのか,内蔵なのか,あるいはシングルなのかマルチなのか。もちろんアスペクト比もそれぞれ異なる可能性がある。また,コントローラはどこのものを使用して,サウンドはPC本体から出すのか,ディスプレイ側なのか……と,PCではそれぞれのユーザーによって,環境は本当に千差万別なのだ。
最後に,PCとコンソール機との簡単な比較がスライドに表示されたが,ほぼ環境が固定されたコンソールに比べ,PCではハード面だけでなくOSやエラー処理などのソフト面も異なるので,さらに違いが際立ってくる。つまりPC環境に移植する場合,そういった多様な環境に対応させることが必要不可欠になってくるのだ。
PC対応への各要素を分類し,深掘りする
次に星野氏はPC環境の各要素について,個別に説明していった。
まず本体スペックだが,当然ユーザーは“自分のPC”で快適かつ綺麗に動作することを期待する。だがPCはパーツごとに性能が異なり,さらにその組み合わせもそれぞれ異なるので,性能差も含めて組み合わせは実質的に無限に近くなってしまう。
ただ,全体の傾向や今後のトレンドを知りたいときは,Steamのハードウェア&ソフトウェア統計が一定の参考になるとのこと。
重要なのは幅広い環境で動作させるために,互換性の確保をしっかりしておくことだという。そのために最小環境や推奨環境を設定し,レイトレーシングなどの最新技術にもどれだけ対応させるか決めておく必要がある。
また,実際のテストも重要で,例えば特定のCPUやGPUで起こる不具合などはリリース前に見つけておきたいし,推奨環境や最小環境などは単にスペックとして表示するだけでなく,しっかりと最適化してちゃんと動くかどうかまで確認しておきたいと語っていた。
また,ゲームの品質設定は,快適さと美麗さのトレードオフとなる。解像度やテクスチャの品質でGPUやCPUの処理を調節する機能を搭載するだけでなく,ユーザーがより簡便に設定を変更できることが重要で,そのために低,中,高などの品質の基本プリセットを用意したり,初回の起動時に簡易的なベンチマークを走らせて自動判別を行ったりするのが有効とのことだ。
ここではユーザーが考えることを減らし,“そのままでも動いた”と感じさせるのが良いのだという。
次のテーマはディスプレイで,高解像度やワイド画面で遊びたい人もいれば,フレームレートを重視する人もいるし,ウィンドウなのかフルスクリーンなのかという違いもある。こちらもユーザーごとに,好みがまったく分かれるワケだ。
PCのディスプレイに関しては,ウルトラワイドなどメジャーな16:9以外のアスペクト比のニーズが増えているとし,こちらへの対応を考えたいとのこと。
ただ,“ウルトラワイド画面のサポート”といっても,16:9の画面をそのまま引き延ばしたり上下をカットするのはアウトだし,比率を守るために単に左右に黒帯を挿入するのもユーザーが求めるものとは異なる。ユーザーは高い没入感を求めているので,そのまま見える範囲が広がるのが最良というわけだ。
ただし,対応には注意点もあり,HUDの位置調整はもちろん,酔いに影響する画角の調整をユーザーが設定できるべきとし,イベントシーンで余計なもの(仮置きのオブジェクトなど)が映り込まないかの確認や,固定比率のプリレンダ素材を使うときは余白をレターボックスなどにする処理を入れる必要があると語っていた。
ディスプレイに関しては「ウィンドウ」か「フルスクリーン」かという違いもあり,これは基本的にどちらも需要があるので,きっちり両方サポートしておきたいと星野氏は語る。
フルスクリーンには「仮想フルスクリーン(ボーダーレスウィンドウ)」と「排他フルスクリーン」があり,下のスライドのとおりそれぞれメリットとデメリットがあるのだが,懸念だった仮想フルスクリーンのパフォーマンス問題がWindows 10から解決されつつあるため,将来的にはウィンドウの切り替えなども楽な仮想側が主流になるのではと考えているそうだ。ただ現状では,ユーザーに仮想か排他かの選択肢を用意したいとした。
そのほかのディスプレイの問題としては,PCではフレームレートの変更がごく当たり前にできるので,ゲーム側の速度がそれに影響を受けないようにすることや,マルチディスプレイ環境ならどのディスプレイに表示させるかを選択できるようにしたり,高解像度時にテキストが読みづらくならないように,フォントや文字のサイズを変更可能にするべきだという。
続いて入力関係の問題に話は移った。入力に関してはキーボード&マウス派,ゲームパッド派,併用派がおり,操作設定をカスタマイズしたいというニーズも当然あるとのこと。
ここで星野氏はZach Burke氏が提唱する「インプット5原則」(The 5 Golden Rules of Input)というルールを紹介した。具体的には以下のようなもので,PCゲーマーなら,頷くことばかりではないだろうか。
・スクリーン上のアイコンと使用している入力デバイスを一致させる
・入力デバイスによってマウスカーソルを切り替える
・どのデバイスでも100% UI操作もゲーム内操作もできる
・メニューのナビゲーションに十字キー,アナログスティック,マウスすべてが使用できる
・ゲームパッドとの接続が切断されたらゲームが一時停止する
これを実装するには設定から入力デバイスを切り替えるようなことはすべきでなく,例えば入力をタイムスタンプで管理して,ユーザーがどのデバイスを使いたいか推定し,動的に切り替えるなどの動作が望ましいと触れた。
また,こうすれば,画面上にデバイスに合わせたアイコンを表示することが可能で,仮に自動判別できなくても,ユーザーが手動で切り替えられるようにすべきだとも語った。
また,マウスとキーボードとゲームパッドでは入力システム自体が違うので,すべての動作をできるようにするには,例えば以下のスライドのように設定する方法があるとのことだ。たまに一部の決定やキャンセルが,特定のデバイスでしか操作できないUIがあるが,それではユーザーが使いにくく感じてしまう。
キーコンフィグについては,入力種類ごとに割り当てが変更できたり,変更済みのキーをゲーム内のアイコンに反映させたりするだけでなく,特殊なOSのシステムキーなどは事前に割り当て不可にしておくと安全だと語る。なお,言語圏によってキーボードの配置は異なるので,この点でもワールドワイド対応を目指すなら,キーコンフィグは対応必須になるだろう。
後半は駆け足で,OSとそのほかの対応に話を進める。
具体的にはPCにおいて,ゲームはその中での一つのアプリケーションでしかない。そのため,勝手に別のアプリケーションが割り込んだり,意図的に切り替えたりすることも多発する。
強敵と戦っている最中に,メッセンジャーの通知が来てゲームが裏に回り操作できず負けていた……といった事態が発生すれば,当然ユーザーは悲しむ。
そのため,フォーカスが外れたときはポーズをかけたり,音楽を止めたりできると良いとのこと。さらにアプリケーションとして,キーボードショートカット(終了のAlt+F4など)に対応する振る舞いも忘れないようにしたいそうだ。
さらに,コンソールではシステムが処理してくれるようなイベント,具体的にはゲームパッドが外れたり,ディスクの容量不足が発生したりといったときのエラー処理も,自前で処理しなければいけない。こちらもアプリケーションの割り込みなどと同様,ポーズをかけたり,メッセージを出したりなど,ゲーム側で配慮すべきポイントが増えてしまうわけだ。
その後はファイルにアクセスしやすいPCゆえのファイルの改ざん対策や,実績などのストア機能の対応に触れたあと,講演序盤の「こんなPC対応をしていませんか?」のアンサーとして,「こんなPC対応をしてみませんか?」というスライドが表示された。詳細はスライドをみて欲しいが,ゲーマーなら納得できるだろう。
最後に星野氏はまとめとして,PC対応で考慮すべき内容は多いが,ユーザーやコミュニティの声に耳を傾けることと,WindowsやDirectXなどへの理解を深めること。そして実装難度を下げるには,ゲームエンジンやライブラリをリサーチして使えそうなものはきちんと利用し,UIやメニュー操作などは早めにPC対応を考慮したものにしたうえで,工数の割り当てやテストも早めに行っておくべきとし,講演をまとめた。
筆者としても本講演は,「当たり前であってほしいけど,実際は意外とそうなっていない」というPCゲーム対応の現状に,PCゲーマーとして頷ける部分が多いものだった。筆者の環境だと,マルチディスプレイ時に画面を表示するディスプレイを選べないなんてことがよくあり,モヤっとした気分になることも多かったので,この話題が出てきたときは“おっ”と思ったものだ。
今後はより一層,PC環境でこういったモヤモヤを改善する方向に進んでもらうことを願いたい。
4Gamer「CEDEC 2024」記事一覧
- この記事のURL: