企画記事
[インタビュー]西美濃八十八人衆に,“ボルゾイ企画”時代から秋のピアノコンサートに至るまでの道をたっぷり聞いた
※主催は,4Gamer.netの運営会社Aetasのイベント事業部
コンサートの主役は,男性2人組のゲーム実況ユニット「西美濃八十八人衆」で,演奏楽曲はオムニバス形式となる。
現地では同ユニットの稲葉百万鉄さん,がみさんが“過去に実況してきたゲームの楽曲”が演奏される予定だ(2人が演奏するわけではない)。
あらかじめ白状すると,私は彼らがかつて「ボルゾイ企画」の名で活動していたころからの大ファンだ。コンサート企画の発表時,いてもたってもいられず「Aetas絡みなら公演取材できるか!?」と編集に尋ねてみたところ,なぜかインタビューすることになった。ビックリである。
というわけで今回は,(申し訳ないくらいの)いちファンの目線で当人らに,古くはボルゾイ企画の思い出からはじまり,ゲーム実況の心構え,現在の西美濃八十八人衆になった経緯に,秋のピアノコンサートに至るまで,これまでの活動について振り返ってもらった。
ついでにコンサート企画の担当者にも「なぜ西美濃だったのか」「演奏楽曲は」などを尋ねたので,イベント参加予定の人は要チェックだ。
「西美濃八十八人衆 ピアノコンサート」特設サイト
原動力は稲葉さんの“欲”
「ボルゾイ企画」が始動したわけ
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。まずは簡単に自己紹介をお願いします。その,声はなじみ深いのですが,お顔は存じあげないため……(笑)。
稲葉百万鉄さん(以下,稲葉さん):
僕らはふだんは顔出ししていませんしね(笑)。
あらためまして,ゲーム実況動画を作っている稲葉です。
がみさん:
同じく,がみです。
稲葉さん:
僕ら西美濃八十八人衆(以下,西美濃)は,中学時代からの友人同士で活動しているゲーム実況者です。今はYouTubeにのみ動画を投稿していますが,以前はニコニコ動画で活動していました。
がみさん:
僕は個人配信もしていますが,メインは西美濃のつもりです。
4Gamer:
力強い宣言,ありがとうございます。では西美濃について……の前に。その前身である「ボルゾイ企画」のころから話を聞きたいなと。
そもそも,お2人はなぜゲーム実況を始めたのでしょうか。
稲葉さん:
僕はゲーム実況がまだ黎明期と言えたころから,この文化を楽しんでいましたが,最初は見る専でしたね。「こんなゲームの楽しみ方があるんだ!」と衝撃を受けて,数々の動画を楽しんでいたところ,そのうち自分でもやってみたいなとなりまして。1人で実況プレイに挑戦し,ニコニコ動画に投稿し始めました。
当初は動画視聴数もまったくといって伸びませんでしたが,それでも続けていると,どうしても欲が出てきてしまって。
例えばゲームには,思い出やジャンルによっては“ほかの人と遊んでこそ楽しい作品”ってよくあるじゃないですか?
4Gamer:
パーティゲームなんかはとくに。
稲葉さん:
はい。だからそうしたゲームをみんなで楽しんでいる空気感を作るために,誰かと一緒に動画を録りたいなと思ったんです。そして声をかけて「OK」と言ってくれたのが,この人(がみさんのほうを向く)。
4Gamer:
当時で言う,“うp主と友人でやってみた”とかですね。
稲葉さん:
もはや死語なシチュエーションですけどね(笑)。
がみを誘ったころはグループ名もなく,ただ2人でゲーム実況をしていましたが,さらに欲が出てきました。NINTENDO 64のゲームって4人で遊べるじゃないですか? だから4人でやりたいなと思って,がみと共通の友人である「ぞの」と「くわさん」を誘ったんです。
そこまでくると,うp主と友人スタイルも無理があるかなあと思い。
4Gamer:
グループ名を付けた?
稲葉さん:
ええ,そこで初めて「ボルゾイ企画」を名乗りました。
僕が「ふひきー」を名乗り,各自がハンドルネームで呼ばれるようになったのもそのころ,確か2009年の正月ごろだったと思います。
4Gamer:
がみさんのほうは,もとからゲーム実況に興味があったんですか。
がみさん:
まったくなかったです。
稲葉さん:
あはは(笑)。でも,やってくれるっていうね。
がみさん:
まあ,昔からの仲でしたし,彼と遊んでいてつまらなかったことはなかったので。「じゃあやってみっか」みたいな感じでした。スタンスとしても,いつもの遊びの延長でゲームをしていただけというか。
4Gamer:
当時投稿された「ゆめにっき」の実況プレイでも,「泊めてもらう代わりに実況を録らされた」みたいなことを言っていましたね。
がみさん:
ですね。就活で東京に行くとき「泊まるついでに(実況動画を)録ってみない?」って誘われたので,まあいいけどって感じで。
4Gamer:
当時はどんな心境で挑戦したのでしょうか。初めての緊張とかは?
がみさん:
うーん,とくになかったというか,あのころの自分は20歳前後の若い身でしたから。なんとなく「自分はすごいんだ!」っていう,若者特有の意味不明な万能感のままに録ってましたね。
稲葉さん:
万能感!? あったの!?
がみさん:
あったあった。万能感あったよ!
稲葉さん:
初めて聞いた(笑)。
がみさん:
まあそういうのもありつつ,たぶん自然体でしたね。
4Gamer:
あのゆめにっきは万能感に包まれていたんですね。
一方,稲葉さんは初の2人実況はどうでしたか。
稲葉さん:
僕としてはまず,複数人でやるなら絶対にゆめにっきを録りかったんです。あの作品は初見だと分かりづらい要素が多いのですが,“プレイヤーを補助する誰か”がいれば実況が盛り上がると思っていたので。
4Gamer:
結果的に最高の人材をつかみましたね。
稲葉さん:
そう。最高の人材(笑)。
ただ,複数人出演の動画は初めてだったので,技術的につたない部分はいろいろありました。機材をちゃんとつなげていなかったり,マイクを2つ用意しておきながら,音をぜんぜん拾えていなかったりで。
4Gamer:
確か,稲葉さんだけ字幕実況だったんでしたっけ。
稲葉さん:
そうです。僕の声がマイクにのっていなかったんですよね。がみの着けてたヘッドセットにかろうじて混ざっていた程度で。
がみさん:
あー,あったねヘッドセット。電気屋の見切り品の。
稲葉さん:
見切り品じゃないよ! ちゃんと定価780円くらいのやつ!
4Gamer:
当時のSkype用みたいな(笑)。
稲葉さん:
あのころ,企画はよかったと思うんですけど,全体的に技術が追いついていませんでした。それでも字幕を付けたり,心の声を入れたりして,なんとか見られるような形に仕上げていって……。
なんというか,あのときだからこそ作れた動画でした。
4Gamer:
ただ,2人の“助手席スタイル”は今も継承されていますよね。
稲葉さん:
がみにゲームをやらせて,僕が横から口を出すスタイルですね。僕はもとから「他人のプレイを自分ごとのように喜べるタイプ」なので,この形式が一番やりやすかったんですよ。
まあ,がみの運転席(プレイヤー)適正が高いのも一因ですが。
がみさん:
苦手なんですよねえ,助手席。自分でやりたくなっちゃう。
稲葉さん:
たまに交代しても,すぐ「俺にやらせて」って言ってくる(笑)。
がみさん:
まー,彼よりアクションゲームがうまいって自負はありますし(笑)。つい「もう俺にやらせろ!」ってなっちゃんですよね。
稲葉さん:
うまけりゃいいってもんじゃないんだよ!
まあでも,2人でやるときはやっぱりこのスタイルが向いてます。
ランキングに入りさえすれば……
初めて“バズったとき”の心境は?
4Gamer:
以降は「ドラえもん のび太のバイオハザード」(以下,のびハザ)や「青鬼」など,ホラー系フリーゲームの実況動画でスマッシュヒットをあげていくわけですが,当時の心境って覚えていますか?
稲葉さん:
あのころは誰しも「ニコ動のランキングに入りさえすれば伸びる!」って時代だったので,まずはそこが目標でした。
ただ,ゆめにっきはランキングに絡めなくて。友人たちにも「この時間にマイリストを入れてくれ!」みたいなお願いをしたのに(笑)。
4Gamer:
当時のニコニコ動画における全ジャンル毎時ランキングは,今でいう「YouTubeの急上昇」くらい強烈な存在感でしたもんね。
稲葉さん:
でしたね。そんななかで最初にランキング入りできたのが,のびハザの連載パートでした。確かPart6くらいだったかな。そのときは1動画だけじゃなく,シリーズ全体の視聴数も増えたので,「あ,やっぱこの動画おもしろいよな!」と自信を持てた記憶があります。
といっても,あれはのびハザ自体がキャッチーな作品だったから伸びただけでした。当時,並行して「バハムートラグーン」とかもやっていたのですが,そっちにまで視聴者が流れてくることはなくて。
あくまで“のびハザの印象的な動画”止まりで,2人のやりとりまで見てもらっていた感じはしなかったですね。
4Gamer:
それでもすごいことだと思います。
知名度が大きく上がったのは,やはり青鬼ですか?
稲葉さん:
青鬼からだと思います。あれから「この2人がやってるほかの動画はどんな感じなんだろう」と興味を持ってもらえたのか,投稿済みのほかの動画シリーズにも伸びが波及していきました。
実際,自分で言うのもなんですが,青鬼の動画はちゃんと“2人のやり取りがおもしろい内容”になっていたと思います。
4Gamer:
青鬼は2人で活動を始めてから,いつごろ作ったのでしょう。
稲葉さん:
動画投稿者としては半年目くらいだったと思います。
ゆめにっきが年の暮れで,青鬼が5月くらいだったので。
がみさん:
そうだね。確かゴールデンウィークに録ったはず。
稲葉さん:
そこまでに動画作りの経験値もちょっとずつ上がってたしね。
4Gamer:
再生数が爆上がりした当初は,どんな心境でしたか。
稲葉さん:
そうですねえ……当然「やったぜ!」という気持ちはありましたけど,それ以降は戸惑いも大きかったです。
動画投稿って今でもそうなのですが,見てくれる人の母数が変わると,もらえるコメントの性質とかもだいぶ変わっちゃうんですよ。とくに当時のニコ動はその影響が顕著で,「ああ,今までの感じではもうできないんだな……」という寂しさを覚えた気がします。
がみさん:
僕はずっと「ランキングに入りさえすれば絶対に伸びる」と思ってたから,とくに思うところもなかったですね。
稲葉さん:
万能感ゆえにね(笑)。
がみさん:
そう。実際,のびハザはランキング入りしてから伸びがすごかったけど,やっぱりなって感じで。誰かの目につけばいけるんだなって。
4Gamer:
ようやく俺らを見つけたな,みたいな?
がみさん:
そうです(笑)。
4Gamer:
お2人の意識にも細かな違いがあるようで(笑)。
ちなみに当時,ほかの実況者へのライバル意識はありましたか?
稲葉さん:
うーん,いやないですね。自分で動画を作るようになってからは,ほかの人の動画をあまり見なくなってしまったので。
ただ,動画作りをやる前はすごく熱心に見ていたのもあって,どうしてもほかの実況者の影響は受けていました。具体的な名前で言うと,「ルーツ」さんの影響はめちゃめちゃ大きかったです。
※ルーツ氏:漫画家。マンガ「てーきゅう」の原作者。当時は独特なしゃべり口調をウリとするゲーム実況者として,通称“黒歴史RPG”などの自作ゲームの動画を投稿していた。一時期は動画投稿を引退していたが,現在は親交のある人と動画配信をするなど,精力的に活動中
4Gamer:
……ああ! なるほど。なんだか納得しました。
稲葉さん:
当時は“ルーツ菌”なんて呼ばれていたくらい,ルーツさんの動画を見た人はみんな口調がうつっちゃったんですよね(笑)。僕とぞのも大ファンだったので,「RPGだったら,こんな感じの喋り方だろう」という型が無意識にインプットされていたというか。
僕に関しては確実に,あの人の影響が根強かったです。
4Gamer:
影響されることはあれど,競い合う感じではなかったと。
一方,がみさんはどうでしょう。
がみさん:
僕は自信をもって(誰かへのライバル意識は)ゼロと言えます。
4Gamer:
ゼロ,ですか。
がみさん:
僕はずっとですけど,自分で作るようになった今でもゲーム実況動画を見る習慣がないので。とくにあのころは,なんだかアングラなイメージも強かったですし。唯一見てたのは「幕末志士」だけかな。
4Gamer:
“奴が来る”ですね。
※奴が来る:ゲーム実況ユニット「幕末志士」の「スーパーマリオ64」ゲーム実況動画。出現すると最短距離で向かってくる1UPキノコに触れないようゴールを目指す,といったスタイルの実況プレイで大人気に
がみさん:
まさに“奴が来る”のPart1を,ゆめにっき収録前に(稲葉に)見せられました。まだ再生数2000くらいのときで,有名になる前だったかと思います。あれだけは更新をずっと楽しみにしていましたね。
思い出深いタイトルなどについて
「青鬼」の案件なら受けたい?
4Gamer:
これまで実況されたなかで,思い出深いタイトルはなんでしょう。
稲葉さん:
1人で実況した「TRUE REMEMBRANCE」や「送電塔のミメイ」などのビジュアルノベルとか。今でも当時遊んだゲームの曲を聴いたりするんですが,あのころはせまいワンルームで実況してたなあ……みたいな想い出が蘇ってきて,ノスタルジックな気分に浸ってます(笑)。
4Gamer:
ああしたゲームの音楽は最高でしたしね……!
がみさんはどうでしょう。
がみさん:
僕は「悪代官」です。あの作品から,実況動画における“ゲームの力”っていうものが分かった気がしたので。
4Gamer:
ゲームの力ですか。
がみさん:
ゲーム自体のおもしろさとは別にある,“実況しやすいかどうか”みたいな部分と,その影響力のことです。自分に適正があるのは,作品そのものに突っ込みどころがあるものなんだろうなと自覚したんですよ。
その点,悪代官はプレイしていて,「実況のしやすさってゲームによってこんなに変わるんだ」と実感させられました。
4Gamer:
意識の転換点になったんですね。
がみさん:
そうです。それまでは自分がやりたいゲームをひたすらやっていましたが,なかには録画したけど自分でボツにしたものとか,稲葉の判断でボツになったものとかもけっこうあったんです。でも,その原因がなんなのか分かっていなかったんですよね。
だから,動画がおもしろくなるかどうかをなんとなくではなく,「ゲームを立てるようにしたほうがおもしろくなる」と意識するようになったのは,悪代官以降だったように思います。
そういった意味で思い出深いタイトルです。
4Gamer:
私も「このゲーム好きだけど,記事としてはどう書くかな……」みたいなタイトルと出会ったりするので,よく分かります。
ちなみに,お2人は実況者になって「ゲームの見方」は変わったでしょうか。我々にもよくある話は,個人的な嗜好より,「これ伸びるかな?」と成果のためにゲームを見るようになるパターンなんですが。
稲葉さん:
そうならないように気を付けている,って感じです。
たいしてやりたくないゲームを義務的に遊んでも,そういうのって動画上にも透けて出ちゃいますから。僕の場合,プライベートで黙々とゲームを遊んでいるより,実況プレイ動画として遊んでいるときのほうがゲームを楽しめている実感がありますし,「自分が遊びたいゲームをやる」を最も大事な柱として考えるようにはしていますね。
もちろん「視聴者が見たときに〜〜」という観点も絶対必要ですから,そのあたりも踏まえはしますが。
4Gamer:
いわゆる「案件」をあまり受けないのも,それが理由で?
稲葉さん:
ですね。案件自体はお声がけいただくことがありますが,正直悩むことが多いです。そういうときに重視するのは,そのゲームとの「つながり」というか,「脈絡」というか。
過去に案件としてやった「YUMENIKKI -DREAM DIARY-」に関しても,ゆめにっきの新作をこの2人で遊ぶというのは,自分たちから見ても,視聴者たちから見ても,しっくりくるじゃないですか? そういった安心感を持てるタイトルだと,やっぱりやりやすいですよね。
4Gamer:
青鬼の案件はなかったのでしょうか? あのタイトルはそういった形のプロモーションもかなりやっているイメージですけど。
稲葉さん:
いや,なかったですね。
4Gamer:
なかったですか。まあ,当時はまだライセンス側の窓口も整っていなかったでしょうから,時代のせいですかね。
稲葉さん:
別に避けているつもりはないんですが,毎バージョンやっている身でもありませんしね。なにかきっかけでもないと,あらためて青鬼に触れることはないかもしれません。
4Gamer:
(話をしていたら届いたSwitch版配信のプレスリリースを見つつ)
じゃあ,これから話がきたら?
稲葉さん:
それはやってみてもいいですよね。
……横にいる人はなんか苦虫を噛み潰したような顔ですが(笑)。
がみさん:
…………まあ,言われればやりますけどー。
稲葉さん:
言わされてるなあ(笑)。
がみさん:
基本,稲葉が持ちかけてきたゲームや企画にはNOって言わないから。
稲葉さん:
え,そうだったの? 普通に「ホラーはNO」とか言ってない?
がみさん:
ポーズ。一応のポーズとしてね。
あとプレイングに口はさんできてもNOって言うけど。
稲葉さん:
言うんじゃん。
がみさん:
でもプレイは断らないでしょ?
4Gamer:
昔やった実況をあらためてやり直したい,とかはありますか。
稲葉さん:
あ〜,ありますね。実際,僕は「TRUE REMEMBRANCE」の実況を再収録したことがあるんですが,初見時の完全上位互換にできたかというと,そうとも言えない部分もあって。
やっぱり“初見プレイでこそ出せる味”ってのは確実にあって,僕らはそこを逃さないようにしないといけないなと痛感させられました。
がみさん:
それでいうと,僕は「MOTHER」かな。
4Gamer:
MOTHERですか。動画は投稿されてないですよね?
がみさん:
ボツだったので。「ゆめにっきはMOTHERの影響を受けた作品」って言われていたので,2人でちょっとだけ実況してみたんですけど,稲葉が僕のプレイにけっこうケチをつけてきたんですよ。「なんでそこの人に話しかけないの!」みたいな。それでボツになっちゃった。
まあ,結論としても「RPGって複数人でやるものじゃないね」って感じに落ち着いたしね。
稲葉さん:
あ〜確かに。昔はそういう発言けっこうしてたかも。今思うと,あれは絶対に茶々入れないほうがよかった。そのほうがゲームの魅力をちゃんと引き立てられたはずだから。こういう“今の意識であらためて”ストーリー性のあるゲームをやってみるのはいいかもしれないね。
がみさん:
ほかのボツもかなりありますよ。「聖剣伝説」とか。
4Gamer:
聖剣もですか。見てみたかった。
稲葉さん:
そういうボツはだいたい,「動画として完結できそうにない」ってのがネックでしたね。昔はメンバー同士の生活圏にわりと距離があったので,プレイが長期化するゲームはそれだけで難しかったんです。
それに僕は動画を完結させられないのが一番ダメだと思っているので。視聴者の方々は,実況者にある程度の信頼があって動画を見てくれているはずですから。そこを裏切りたくはないんです。
4Gamer:
「ガイアセイバー ヒーロー最大の作戦」をやりきった人が言うと,重みが違います。
稲葉さん:
完結させましたねえ(笑)。
あと,ボルゾイ企画のメンバーの動画を代理投稿していた時期は,Part1だけ見て,問題発言がないかをチェックして,フィードバックを返しつつ,ボツにするかどうかを僕が決めていました。
4Gamer:
俗にいう“ふひきーフィルター”ですね。
ちょうど話が進んだのでお聞きしますが,お2人的に「ボルゾイ企画だと,このメンバーの組み合わせがおもしろい」などはありますか。
稲葉さん:
うーん……僕らはあくまで素人集団ですし,どうしても企画次第なところもあるので,鉄板のメンツとかはないですね。
個人で挙げるなら,ぞのかな。彼の愉快さはすごいですから。
がみさん:
僕も同じ。
稲葉さん:
昔,「ポケットモンスター 赤」の実況で,彼がライバルとして対戦しにくる回があったんですが,めちゃくちゃおもしろかった。彼のおもしろさをより引き出すための企画は,ずっと考えていました。
4Gamer:
なんか特異なおもしろさですよね,ぞのさん。
稲葉さん:
ひと言じゃ言い表せないんですよね。独特な魅力がある。「ボルゾイ企画で一番おもしろい」って結構言われてたし,僕自身そう思ってます。
がみさん:
ぞのがいると,全部“ぞのの空気”になるしね。
4Gamer:
「Q2 HUMANITY」でも,ぞのさん登場後は印象が変わりましたし。
稲葉さん:
ありましたね。ただ,僕が求めていたのはQ2 Humanityにおけるぞのというより,「ポケットモンスター スカーレット」でいろんなことを教えてくれるぞののほうなんですよ。
おもしろさはもちろんとして,僕は彼の人柄や自由さといった魅力もしっかりと伝えたいと思っていました。
4Gamer:
くわさんはどうでしょう。最近はあまり露出されていませんが。
稲葉さん:
くわさんはそれほど場数を踏んでいないのもあって,どのあたりに適正があるか,みんないまだに分かってないんですよね(笑)。
がみさん:
ボルゾイ企画だと,くわさんがこの界隈から一番遠いしね。あくまで,幼なじみの3人がやってるから付き合ってくれてる,みたいな。
稲葉さん:
ゲームも動画も「すごい好き!」ってタイプの人じゃないからねえ。
がみさん:
そうだね。そういう環境も持ってないし。
稲葉さん:
ほんと,今どきは「ゲームも動画も好きな人たち」で組むのが最善なのでしょうが,ボルゾイ企画は,ゲーム実況の文化が未成熟な時代だったからこそ生まれてこられた4人組だったんだと,しみじみ思います。
4Gamer:
そんなボルゾイ企画も解散して久しいですが,契機はなんだったのでしょう。聞かせてもらえる範囲で構わないのですが。
稲葉さん:
個々人の理由もあると思うので,これはあくまで僕とがみの視点でしかない,ってことを念頭に置いてもらいたいのですが。
みんな社会人になって動画を録る機会が少なくなっていたころ,くわさんから「結婚するから今までみたいに動画を撮れない」って連絡がきたんです。それにはみんな納得しましたし,3人だけで続ける選択肢もありましたが,個人的に,それは違うかなと思いまして。
とはいえ,メンバーの誰かが強く望むのならボルゾイ企画を残すつもりはあったんです。だから全員で「これからどうするか」と話し合いもしたのですが,みんな「ボルゾイ企画はここで終わりでいいんじゃないか」という同じ結論になりました……こんな感じだったよね?
がみさん:
え,そんなこと考えてたの?
稲葉さん:
え? どゆこと?
がみさん:
僕,わりとなんとも思ってなかったわ。そもそも「ボルゾイ企画ってなんだよそれ」とかずっと思ってたし。
だって,あれがあろうとなかろうと僕らの関係ってなんも変わらないわけじゃん? 「ボルゾイ企画がなくなったら,くわさんと遊ばない」とかあるわけないし。僕も僕で仕事が超忙しかったし,名前がなくなるだけならべつにいいって。なんとも思ってなかったです。
稲葉さん:
そりゃそうだけどさ(笑)。でも実況グループとしては「ああ,これで終わりか……」くらい思ったよ。約2年の余暇をほぼすべて突っ込んだ趣味だったしさあ。
……まあでも,良くも悪くも最後までゲーム実況に軸を置きすぎない温度でいられたよね。付き合いで始めたものを,付き合いで終わらせる,それもいいかなって。僕もボルゾイ企画がなくなるからって,やりたいことができなくなったわけじゃなかったし。
4Gamer:
当時はまだ,ゲーム実況者がそれだけで食べていく構造も整っていませんでしたしね。仮にそのころ,現代のような「ストリーマー」として生きていける土壌が整備されていたら,選択も違ったんですかね。
稲葉さん:
かもしれませんね。
4Gamer:
ではグループ解散後,稲葉さんはしばらく「名義を変えつつ個人実況」で活動していましたが,あの時期はどうだったのでしょう。
稲葉さん:
あのころよく考えていたのは,「ゲーム実況者とゲーム」のバランス感についてでした。ゲーム実況動画って,このバランスをどう取るかは人によりますが,個人的には“(実況者よりも)ゲーム寄りの動画”が好きなんですよね。見るにせよ,作るにせよです。
ただ,動画投稿を長く続けていると,それだけで自然と実況者寄りの動画作りに偏ってしまいがちでして……僕もそうでした。なんて言うんでしょう。ゲームよりも実況者像でアピールするというか。
4Gamer:
とくに当時のニコニコ動画は,ゲームでも歌でも踊りでも,個人としてのタレント性を押し出すトレンドが強くなっていって,視聴者側も現代のように「どの人がやるのか」に注目していった時代ですしね。
稲葉さん:
なので,あれは「名前を毎回変えることで,どうにかしてそこのバランスを修正できないか」という試みでした。
結果的にはいいこともあったんでしょうが,当然やりにくいことも多々あって(笑)。でもナイスチャレンジではあったなと思っています。
そして新たなグループへ
結成“西美濃八十八人衆”!
4Gamer:
そのあと,お2人は「西美濃八十八人衆」を立ち上げます。
西美濃はどのような経緯で結成されたのでしょう。
稲葉さん:
がみが近くに引っ越してきたからだよね。
がみさん:
そうだね。それと仕事が安定して,休みも多くなったから。
稲葉さん:
「近くに引っ越すから時間できるよ」ってことで,「また動画録ってもいいし」とも言ってくれたので,じゃあまた2人でやるかと。
4Gamer:
気軽に会える環境が整ったからなんですね。
というか,がみさんから誘ったんですね。
がみさん:
いや,僕はそんな認識ではないですが。
仕事で転勤があって,引っ越し先が近いから「今度から家近いよ」って連絡したら,「じゃあ録ろっか」って言われただけで。
4Gamer:
あれ?
稲葉さん:
ええ? だってこっちは「もうみんな実況とかやらないだろうな……」って思ってたし,自分から誘う線はなかったと思うんだけど。
もしやるつもりならボルゾイ企画も残してたし。
がみさん:
いーや,西美濃も発起人は稲葉のはず。
稲葉さん:
ほんとにー? 言わないと思うけどなあ……。
4Gamer:
お互いがお互いを「誘われた」と思っていると。そんなことあるかと思いつつも,答えが出ないほうがそれっぽいと思います(笑)。
話を進めて,西美濃で思い入れのある動画はなんでしょう。
がみさん:
僕は明確に「いっしょにチョキッと スニッパーズ」と「はたらくUFO」です。稲葉にはずーーーっと言ってましたけど,僕は2人で一緒に遊べるゲームがしたかったんですよ。でもだいたいの動画は僕が操作して,稲葉が助手席で,みたいなフォーマットが多くて。
そんななか珍しく2人協力プレイできたのが,この2つでした。
4Gamer:
あー,2人の動画は助手席スタイルか対戦形式が多いですしね。
がみさん:
僕はずっと協力系のアクションゲームがしたかったんですよ!
なかなか(稲葉に)意見が通らないんですけど。
稲葉さん:
確かに。ずっと言ってたわ。
でも,こっちとしてはわりとやってるつもりだったんだけど(笑)。
4Gamer:
おっと,また意見が分かれた。
稲葉さん:
毎回同じようなゲームをやっていると,見ているほうも,作っているほうも飽きてしまいますしね。「またホラーかよ」「まーたクイズじゃん」みたいに言われないよう,自分なりにいろいろなジャンルを採用してきたつもりだったんですけど。
4Gamer:
稲葉さんとしては協力プレイも組み込んでいたが,がみさんの希望する本数とはギャップがあった,みたいな。
西美濃の初期は,野球ばっかりやってた時期もありましたよね。
稲葉さん:
“野球ゲームをやろう!”シリーズですね。あれはただ普通にプレイして動画を録っていただけなのに,毎回ちゃんと違うテイストでおもしろくなっていたのが印象に残っています。
やっぱり,ああいうおもしろさって僕1人では出せないんですよ。しばらくはソロ活動だったので,あのときは「がみとゲームするだけでおもしろい動画になる」という感覚が久々に蘇って楽しかったです。
4Gamer:
得難い感覚ですね。最近は野球動画を上げられていないようですが。
稲葉さん:
当時の時点であまりにもハプニングが起こりすぎて,すでにパターンが出尽くした感じがあるんですよね……(笑)。
がみさん:
よく覚えているのは「パワプロ2018」(実況パワフルプロ野球 2018)のパワフェスかなあ。協力プレイでやったやつ。
稲葉さん:
あったねえ。クソプレイの応酬だった。盗塁失敗からのトリプルプレイとか,お互いにチャンスを潰しまくってた。
4Gamer:
腹抱えて見ていたのを思い出しました。
稲葉さん:
あとは「バーガーバーガー」も思い出深いです。
あれは珍しく,がみが企画を考えてくれたものなので。
がみさん:
ゲーム自体も僕が持ち込んだしね。
最初はお店が倒産するとかのハプニングがありましたが,ゲームに慣れると経営も軌道に乗って,どうしてもワンパターンになっちゃいそうだったので,「なら2人で勝負だ!」という意図で企画しました。
稲葉さん:
バーガーバーガーでバトルって構図がよかったよね。
僕らはしゃべりが素人な以上,動画がよくなるかどうかって企画次第なところがありますから。その点,あの動画はがみがしっかり企画してくれたのがうれしかったです。「なんで,できんじゃん!」って(笑)。
4Gamer:
確かに,がみさんの企画って珍しそうですね。
企画は基本,稲葉さんが考えているイメージですし。
稲葉さん:
がみは,やりたいゲームの話はよくしてくれますが,どうやるかって話まではあんまりしてくれませんしねえ……。
がみさん:
僕は基本,2人でやりたいゲームを持っていくだけですから。そもそも「自分は自然体でやるほうがいいだろうな」って思ってますし。
稲葉さん:
万能感が強いから(笑)。
がみさん:
もうさすがになくなったって(笑)。とにかく,僕は今も企画でガッチリってより,自分が楽しめそうなゲームをやるって感じです。
4Gamer:
「あさからマンゾク!」無双からの「よるまでワンパク!」で返す流れはめちゃめちゃ笑った覚えがあります。
こういったタイトル単位のお話のほか,実況のワンシーンを切り取るとどうでしょう。なにか思い出深い場面はあったか。
稲葉さん:
それでいうと,僕らの動画は「がみが爆笑するシーン」がすごくおもしろくなるんですよね。僕は笑い上戸なので頻繁に笑いますが,がみが笑うシーンって全動画を通してもあんまりないので。
ホラーでの絶叫もそうですが,がみの感情をうまく発露させられたときはいい動画になります。だからがみを驚かせたり,戸惑わせたり,爆笑させたりできそうな企画ばかり考えてきました。
がみさん:
僕としても,自分が笑えてるシーンは好きですね。僕はやっぱり芸人でもなんでもないので,ウケを狙いにいったところで「ほかの人ならもっとおもしろくできるはず」って冷めた目で見ちゃうんですよ。
でもハプニングなら遠慮せず,自然とリアクションできます。
4Gamer:
パワプロ2018のトリプルプレーが,まさにそうですよね。
がみさん:
あんなの狙っても起きないですからね(笑)。ああいうまさかの瞬間が一番好きです。そういうときは稲葉も絶対に爆笑してます。
稲葉さん:
友人と遊んでいるときに一緒に腹の底から笑い合ってるときって,どんな笑いよりも“強度のある笑い”だと思うんです。
僕はそういう瞬間を動画に閉じ込めていきたいんですよね。
4Gamer:
お2人とも,いろいろと別な方向を見ているようで,結果的にすごく近い場所に着地している感じですね。
と,いい話で終われそうなところで恐縮ですが,がみさんはウケを取りにいかないと言いつつ,あの「ヘヴィマシンガン!」はいったい……?
※「ヘヴィマシンガン!」:がみさんが「モンスターファーム」のゲーム実況中に発した「メタルスラッグ」のアイテム取得音の声マネ
がみさん:
あれは……悪ノリです(笑)。視聴者のこととかいっさい考えず,友人間でハマったワードをひたすら繰り返していただけです。
稲葉さん:
たまにそういうサービスをしてくれるんですよ(笑)。
ビックリするくらいノってくれないときもあるんですけど,「おっ今日は機嫌いいね」みたいなときがまれにあります。
これからの実況動画について
ファン待望のあのタイトルも?
4Gamer:
今後の動画作りで,なにか考えていることはありますか。
稲葉さん:
ゲームについては2人でずっと「あれやりたい」「これやりたい」と話し合っていますし,そこが尽きることはなさそうです。
そのうえで,僕はがみのよさをもっと引き出したいですね。ホラー以外でも,図書委員会で引き出した“読書家”って一面を推したりとか。
がみさん:
個人的には,最近やった「ダブルキャスト」みたいな,ストーリー性のあるゲームの実況を新たな方向性として広げてみたいです。
稲葉さん:
……ドラえもんのゲームとかねー。
がみさん:
そう言いながら1回もやらせてくれないじゃない!
稲葉さん:
いや,1回やってるよ? ボツになったけど。
のびハザを録り終わったくらいのときに「ドラえもん のび太と妖精の国」をやりながら,2人で劇場版の話してたじゃん。
がみさん:
記憶にないですねえ。
稲葉さん:
こっちはいっつも「やったことあるはずなんだけどー……?」って感じなのに(笑)。まあでも,いつかドラえもんもやりたいね。
がみさん:
そうね。
4Gamer:
ついに……? という感じです。
あと「イラストチェイナー」の“画廊伝説スペシャルナイト”ような,ボルゾイ企画の全員登場回は今後も予定しているのでしょうか。
稲葉さん:
あれは,ぞのくんが「4人でやらない?」ってセッティングしてくれたやつなので,僕ら主導だと現時点ではなにも考えていないです。4人でやりたいことが明確にできたらそのときは,くらいです。
4Gamer:
まあ,社会人同士が4人で集まるのは大変ですしね。
がみさん:
年齢的に,昔ほど気軽じゃなくなりましたしねえ。
稲葉さん:
僕としても“2人単位で動ける企画”が好きですしね。
そのほうが友人のよさも引き出しやすいと思っていますし。
4Gamer:
これまでのお話で思いましたが,稲葉さんはやはり「友人を立たせる」ことをメインに考えているんですね。ずっと一貫して。
稲葉さん:
そうですね。そうあるべきだと思っています。
僕はどうしてもホスト的な立ち位置になることが多いのですが,できれば「来てくれた友人をちゃんと目立たせたい」んです。ついでに「俺の自慢の友人を見てくれ!」みたいなエゴもあります。
収録中はたまに,友人たちのあまり見せたくない一面が出てくることもありますが,動画では意図的にカットしています。なので,がみを生配信で見たときに「あれ,なんか違う?」と思う人もいるかもですね。
4Gamer:
そうした友人自慢のスタンスはいつごろ形成されたのでしょう。
実況体験以前も,地元でそういう中高生だったのかなって。
稲葉さん:
そこはさすがに実況者になってからですかね(笑)。
とくにゆめにっきのころは,右も左も分からずパワーだけで突っ走りましたので,いざ投稿した動画にコメントで「友人のここがよくない」といった感想をもらうことがありました。
ですから,そうした一面のカットはクオリティを上げるためなのと同時に,僕の協力者と動画の視聴者の気分を下げないようにするための手段で,これまでも編集でコントロールしてきました。
4Gamer:
エゴと配慮のバランス取りだと。
稲葉さん:
はい。僕は好きでゲーム実況をやってるからいいんですけど,付き合ってくれている友人は違いますから。「一緒に動画を録ってよかった」と思ってもらえるよう,昔から努力してきました。
なぜ「ピアコン」なのか?
実現の経緯はイベント担当者を交えて
4Gamer:
さて,時間を激押してしまっておりますが,これまでのゲーム実況での活動を経て,新たな挑戦となる「西美濃八十八人衆 ピアノコンサート」が開催されることになったとのことですが。
まずは,今回なにがどうなってピアコンが実現したのでしょう?
稲葉さん:
そこはぜひモトキさんのほうから(笑)。
モトキナオヤ(以下,モトキ):
分かりました。コンサート企画担当のモトキナオヤです。
まずは「なぜ西美濃八十八人衆だったのか」という話ですが,そこは単に私がボルゾイ企画のファンだったからです。中学生のころ,ゆめにっきの助手席スタイルに憧れて,実際に友達を呼んでプレイさせたり,実況動画を録ったりもしていました。まあ,実況動画のほうはぜんぜんおもしろくならなくて,最終的に跳ねたのは料理動画でしたが(笑)。
そうした自身の経験もあって,ボルゾイ企画のすごさは学生時代から痛感していたんですよね。
4Gamer:
あの4人に憧れる中高生だったと。
モトキ:
ええ。自分の目標というか,大きな影響を受けた人たちです。
そしてここからが本題ですが,私は現在,ゲーム音楽のコンサート事業などを手がけていて,なかでも「さまざまな作品の楽曲が演奏されるオムニバスコンサート」が好きなんです。例としては「PRESS START」や「4starオーケストラ」といった公演です。
けれど,最近は人気IPシリーズ,どころか人気タイトル単体でも公演が成立するようになってきていて,お客様もそちらに流れていっています。そのため,オムニバス形式の公演が年々減ってきている,というのが近年のゲーム音楽コンサート界隈の現状なんです。
4Gamer:
それこそ「ファイナルファンタジー」や「モンスターハンター」などは単独でやっている,つまり“やれる”作品なわけですね。
モトキ:
でも,世の中には“オムニバスのような形式じゃないと参加しづらい作品・演奏されづらい楽曲”が確実に存在します。
例えば,少なくない数のゲーム作品の権利元は,なにかやるとしてもグッズ制作やコラボ施策を飛び越えて,いきなり「コンサートをやろう」とはなりづらいはずです。また作品には「いいBGMだけど,オーケストラって感じではない曲」はいくらでもあるものですし,そこは大企業のAAAタイトルであっても同じ悩ましさはあると思います。
だからこそ,そうしたタイトルの楽曲を拾い上げるにはオムニバス形式が最適。さらに,それらをつなげるイベントの核にどのようなテーマがあるかと考えたとき,西美濃のことを思い起こしたんです。
4Gamer:
「たくさんのゲーム楽曲をつなげる共通点」として,ゲーム実況者をテーマに据えたと。それならジャンルを問わずいろいろなタイトルの楽曲が演奏されても,ファンにとってはまるで違和感がないですね。
モトキ:
発想のきっかけは「アパシー 稲葉百万鉄in鳴神学園霊怪記」が発売されたとき,稲葉さんが更新されたブロマガの一節でした。
■稲葉さんのブロマガの該当文
「この企画に関していえば、1歩目は『ゲーム実況動画の投稿』で、2歩目は『ゲームの販売』というかたちになったわけですが……どちらもあまり、他で聞かないような話ですし、色んな意味で、すごく大きな1歩なのかも知れません。そしていずれ、さまざまなかたちでの3歩目や4歩目が、当たり前に踏み出せる時代がくるのかも。もしそうなったら、おもしろいですよね。」
この文章を読んだとき「西美濃なら,もしかしたらコンサート企画に乗ってきてくれるかもしれない」と思ったんです。
そこで思いのままに企画書と,ゲーム音楽コンサートの現状に関する資料を作りました。稲葉さんなら「なぜこれを,この形で,今やるのか」を大事にされると思ったので,そこを説明するためにです。
4Gamer:
今回の編成はオーケストラではなく「ピアノ」に絞られていますが,そこの理由はなにかあるのでしょうか。
モトキ:
大きくは会社的な事情です。
まず,こうした“当人らが演者になるわけではない,ゲーム実況者を軸としたコンサート”は,業界初の試みだと思います。ただ,やはり前例がないことで試算が難しくて……。
単純に,オーケストラコンサートにはかなりの資金がかかります。ですから,前例のないテーマでいきなり「オーケストラやりましょう!」と社内に押し通すのは,西美濃ならいけると信じている,いえ分かりきっていても,会社員としてはなかなか困難でして……。
4Gamer:
ゆえに,まずはピアノで?
モトキ:
そうなります。私としてはオーケストラでも興行が成立するくらいの人は集まると思っていましたが,西美濃のお2人とも手探り状態で進めてきたのは確かですので,今回はこれがベストだったとも思っています。
とはいえ,今回のピアコンがいろいろな人の目にとまり,「これはもっと大きな場所でやらなきゃね」という話になれば,次からはもっと別の形のコンサートも不可能ではないと考えています。
4Gamer:
そうやって2歩目につなげると。
西美濃としては,話を受けたときどうだったのでしょう。
稲葉さん:
僕は最初,アパシー企画の打ち上げ会のとき,ドワンゴの担当者さんに「こんなお話がきているんですが」と言われたんですよね。
モトキ:
当時は稲葉さんに直接つなげる連絡先がなくて。ブロマガの感想用窓口に送ったんですよ。あそこなら見てくれるかもと思って。
4Gamer:
ん? でもあの窓口って3日くらいしか猶予がなかったような?
モトキ:
はい。なのでめちゃめちゃ大急ぎで資料をまとめました!
稲葉さん:
ドワンゴの担当者さんも,僕が案件を受けるイメージがなかったからか「まあ興味ないッスよね」みたいな肌感だったらしく(笑)。
4Gamer:
もしそこでスルーされていたら……めぐり合わせですね。
稲葉さん:
一応,僕としては“案件だから断る”ということはなく,これまでもちゃんと内容を吟味させてもらってきました。自分たちができそうなこと,楽しんでやれそうなことなら受けてみたいですから。
今回に関しては,僕自身がゲーム音楽好きで,「今まで実況してきたゲームの音楽をこうした形で聴けるならうれしい」と思えたので,あらためてモトキさんにつないでいただいたんです。
4Gamer:
そのころ,がみさんのほうは。
がみさん:
素通しです。大変光栄なことだなと思いつつ。
4Gamer:
“らしい”感じです(笑)。
モトキ:
もともとの企画案は「西美濃・秋の芸術祭」といったもので,最初は画展もやれないかと相談していました。
4Gamer:
画展! 稲葉さんが昔よくやってた,実況完結後のイラストですね。
モトキ:
はい。芸術祭と銘打つのも,西美濃らしいかなと。
こちらは残念ながら実現しませんでしたが。
稲葉さん:
画展をやるとなると新しいイラストを描き下ろしたりもあるでしょうし,実況動画を作る時間を相当削らないとだな……と。絵を描くのって大変ですからね。僕のチャンネルで毎年配布している年賀状とかも,2デザインを描き上げるのに1日ぐらいはかけてますから。
4Gamer:
キャパシティ的に厳しかったと。
稲葉さん:
僕のクローンがいればよかったんですけどね(笑)。
まあ,僕はあくまでゲーム実況者で,絵師として活動しているわけではありません。イラストを描くのは好きですが,天秤にかけると,それよりも実況動画を録るほうが好きなだけです。
セットリストはどう決めた?
楽曲タイトルの選定
4Gamer:
コンサートの演奏楽曲はどのように決めたのでしょう。
モトキ:
まず,僕が候補となる実況プレイ済みのタイトルの楽曲をリストアップして,それをお2人に見ていただきました。ボルゾイ企画時代も含め,ピアノコンサートに合いそうな曲を中心に選んだものです。
稲葉さん:
各自で優先度をつけていったら,第14希望くらいありましたよね。
4Gamer:
第14希望!?
稲葉さん:
自分でも「こんなにゲームやってきたのか!?」って思いました(笑)。そのうえで,今回はあくまで“西美濃のピアコン”なので,ボルゾイ企画時代は省きつつ,僕単身で遊んだゲームと,西美濃の2人で遊んだゲームのバランスを考えて採用していきました。ただ,許諾の関係もあり,最終的なバランス感はもしかしたら変わるかもしれません。
4Gamer:
西美濃のお2人では,どのように相談したのでしょう。
稲葉さん:
僕単身で遊んだものは僕が,西美濃の2人で遊んだものはがみメインで選んでもらいました。そのせいかホラー系の採用率は低めで(笑)。
4Gamer:
なるほど(笑)。
稲葉さん:
でも,たたき台の時点で納得のいくラインナップにはなりました。
モトキ:
さらに,ユーザーへの楽曲アンケートの結果も「リクエスト楽曲メドレー」という形で取り入れる予定です。
ファンの方々に「おっ!」と思ってもらえるような楽曲は必ずご用意しますので,ぜひ楽しみにしてください。
4Gamer:
ちなみに,ここだけの楽曲情報を教えてくれたりは?
モトキ:
(懐から箸を取り出して)
4Gamer:
え,なんですかそれ。
「そろそろ寿司を食べないと死ぬぜ!」の箸……?
モトキ:
はい。えー,というわけで「そろそろ寿司を食べないと死ぬぜ!」の楽曲を演奏することが決定しましたー!
4Gamer:
わざわざ仕込んでいただいて(笑)。
モトキ:
このためにポップアップストアで買ってきました。当日は同作の楽曲「SUSHI SOUL」と,「そろそろ寿司を食べないと死ぬぜ!ユニバース」の「Fly through」。さらに劇中で流れるmozellさんの楽曲「バンバード 〜Piano Version〜」と「スカイスレイ」も演奏します。
4Gamer:
おお,バンバード。でもあれってフリー音源では?
モトキ:
今回は作曲者のmozellさん,「そろそろ寿司を食べないと死ぬぜ!」の作者ただすめんさんの了承を得て,演奏できる運びとなりました。
稲葉さん:
「バンバード」も「バンバード 〜Piano Version〜」もめちゃめちゃいい曲ですよね。ゲーム音楽のランキングとかにも絶対入ってますし。当時の実況中はノイズになっちゃいけないと思って黙っていましたが,作中で流れたときは興奮していました。
モトキ:
フリー音源にもたくさんの名曲がありますが,これまたコンサートで演奏となると,なかなか難しいカテゴリでしたしね。
4Gamer:
そこもこの枠組みなら解決しやすいと。
一方,今回は事情的に採用できなかった楽曲はあるんでしょうか。
稲葉さん:
事情というか,あくまで決めの話ではありますが……ボルゾイ企画時代の実況タイトルを一律対象外としてしまったので,「あれは聴けないのか〜」みたいなのは多かったですね。
「TRUE REMEMBRANCE」や「送電塔のミメイ」はどちらのBGMもピアノアレンジが映えそうですし。あと「街」とか。ピアノ編成だと難しそうではありますが,あの作品も曲がすごくいいんですよね。
4Gamer:
街は確かに聞きたい。
がみさん:
僕は「バーガーバーガー」ですね。
あれが権利関係でどうしてもできなくて。
モトキ:
いろいろと駆けずり回って,原作者にも話を聞いたのですが……発売元(ギャップス)が倒産している関係上,権利関係が行方不明になってしまっているんです。
私自身,ファンの方々の「やってほしい」は理解していて,すべて実現させたいと思っていますが,こうした権利関係の壁だけはどうしても分厚く……ひとまず,今年はやめておこうという判断をくだしました
4Gamer:
“今年は”ですね。
モトキ:
そ,そうですね(笑)。自分としてはすごくやりたい気持ちがありますので,またリベンジする機会があったならぜひ。
視聴者的な意見がクリティカル
“井原西鶴感温マグ”など多彩なグッズ
4Gamer:
物販ではグッズ販売をするんですよね。
モトキ:
します。普段使いできるアパレルから,アクリルキーホルダーに食品までいろいろと用意しました。
4Gamer:
種類が豊富そうですね。グッズの発案は西美濃のお2人が?
稲葉さん:
僕は「どうぶつの森e+」のマイデザインで作った“ザリT”以外ではパッと思いつかなかったので,モトキさんにお任せしました。
実際に出てきた案のほとんどが「あ,そんなのも作れるんですか!」と驚くようなものばかりで,とても参考になりました。
モトキ:
Tシャツに関しては,イラストチェイナーのイラスト(※)を流用したものなど,普段使いしやすそうなデザインを中心に選びました。あとはザリ系ブランドといったイメージで,「ザリパーカー」も出します。
※イラストチェイナーのイラストTシャツ×3点は8月中の先行予約販売に間に合わず,後日販売予定
4Gamer:
パーカーですか。ザリジャージではなく?
モトキ:
本当はザリジャージを想定していたのですが,ジャージの場合はファスナー部分のギリギリまでデザインを入れることが難しくて,仮に実現できてもお値段が跳ね上がってしまうんですよね。
ザリ系の売れ行き次第では実現の余地もありますが,今回は突出してお高くなってしまいそうだったため断念しました。
稲葉さん:
安くして妥協するわけにもいきませんしね。
4Gamer:
ザリ系は稲葉さんとして,がみさん監修のアパレルもあるんですか。
モトキ:
はい。裏地に群馬県が大きく印刷された“鶴舞う形の群馬県”をモチーフにしたパーカーがあります。こちらはデザインからカラーまで,群馬愛の強いがみさんに監修してもらっています。
がみさん:
監修しました。
4Gamer:
暗めのオリーブカラーに白が映えていいですね。
稲葉さん:
どれも普通に使えそうですよね。
モトキ:
まあ,このハンコとかは使いどころが限られますが。
稲葉さん:
でもいいですよね,印鑑。チャンネルロゴのデザインとかあって。実物は今日初めて見ましたが,すごくいいです。
4Gamer:
このハンガーとかも存在感がすごい。
モトキ:
“おじさん”2人ですね。
どうぶつの森e+ではドアに貼り付けて使われていたので,自分の部屋にかけられるようなグッズを作りたいと考案したものです。
稲葉さん:
実は,動画で描いたデザインそのままじゃないんですよ。商品化するにあたって,デザイナーさんに再設計してもらえました。
4Gamer:
アパレル系をこの“おじさん”にかけたいですね。
モトキ:
あと,こちらのマグカップなんですが。
4Gamer:
「江戸時代に活躍した井原西鶴の職業は何?」って書いてますね。
モトキ:
これ,感温マグカップなので,温度の高い飲み物を入れると模様が浮かび上がるんです。なので,ちょっとお湯を注いでみますと――。
4Gamer:
あっ,答えが浮かび上がってきた。
稲葉さん:
こういうの,僕らからでは絶対に出ない発想でしたね。「井原西鶴感温マグ」の名を見たとき,モトキさんすごいって思いました(笑)。
モトキ:
いえいえ。これらはデザイナーさんのセンスがとてもよくて,イメージにピッタリなデザインをどんどんとあげてくれたからです。手ぬぐいとか和綴じノートとかは,すべて担当デザイナーさんのおかげです。
4Gamer:
ふりかけも道の駅感があっていいですね。
稲葉さん:
道の駅感,大事にしたいです(笑)。
4Gamer:
さらにお米までありますが,これのモチーフは?
モトキ:
「俺の屍を越えていけ」の相場屋ですね。
4Gamer:
ああ米見大臣! なるほどそういう。
モトキ:
あと,八十八という文字から「米」の漢字が生まれたという説があるので,お米グッズは絶対に出したいと思っていました。
がみさん:
え,そうだったんですね!
4Gamer:
ん? 当人は理由を知らずで?
がみさん:
こっちはずっと「コメ……?」とハテナ状態でした。
稲葉さん:
僕も「なんで米なんだろ……?」って思ってました!
でも,お米は大事だからいっかなって(笑)。
4Gamer:
疑問が解消できたようでなによりです(笑)。
モトキ:
八十八つながりだと,グランドピアノの鍵盤数も88個なんですよね。
まあこれは後付けなので,偶然のつながりですが(笑)。
今後はもっと別の編成でも――
コンサートの“叶えばいいな”は?
4Gamer:
西美濃は八十八,お米も八十八,ピアノも八十八ということですが,コンサートではもっといろんな八十八を目指すのでしょうか。
モトキ:
とくにそういう縛りは考えていませんが……(笑)。
今後については,まずはピアコンの開催に全力を注ぎます。ちゃんと成功できたなら,先ほどお伝えした別の形のコンサートも模索していきたいところです。編成についてもオーケストラだけじゃなく,バンドやジャズといったいろいろな選択肢がありますしね。
4Gamer:
ジャズで「ごきんじょ冒険隊」とかピッタリでしょうね。
モトキ:
そういう,いろいろなゲーム音楽を引き立たせられるコンサートを,西美濃の2人と一緒に実現できたらと思っています。
もちろん,先はまだまだ未定ですが。
4Gamer:
「やれたらいいな」が叶うことを期待しております。
それでは時間を超過しすぎましたが最後に。新たな野望の1歩目と言えるピアノコンサートを楽しみにしているファンに向けて,西美濃八十八人衆のお2人からメッセージをいただけますか。
がみさん:
僕は企画の段階から「あ,このゲーム懐かしいな」とか「このBGMよかったなあ」とか,ゲームをプレイしていた当時のことを思い出して懐かしい気持ちに浸っていました。コンサートに来てくれる皆さんも,同じようにいろんなことを思い出しながら楽しんでくれるとうれしいです。
オンライン配信もあるので,ぜひコンサートを楽しんでください!
稲葉さん:
この企画はゲーム実況者としてだけではなく,いちゲームプレイヤーとしても夢のような話だと思っています。
この企画が実現したのは僕らだけの力によるものではなく,ゲーム実況という文化が持つ力,普段からそれを楽しんでいる視聴者の方々の声,そうしたいろいろなものが積み重なった結果だと思っているので,今は本当にありがとうの気持ちでいっぱいです。
僕は今からすでにもう「あの曲が舞台で聴けるんだ……!」とワクワクしているので,皆さんもコンサート開催日までワクワク感を一緒に味わってもらえたら,うれしいなと思います。
4Gamer:
今後はコンサートの開催,また西美濃八十八人衆としてのゲーム実況活動を引き続き楽しみにしています。
本日は長時間,どうもありがとうございました。
稲葉さん&がみさん:
ありがとうございましたー。
「西美濃八十八人衆 ピアノコンサート」特設サイト
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