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Access Accepted第769回:「Ultima Online」で知られる名プロデューサー,リッチ・ヴォーゲル氏に聞く,新スタジオ設立とゲームにかける思い
リッチ・ヴォーゲル氏と言えば,「Meridian 59」や「Ultima Online」などで活躍してきた,業界きっての名プロデューサーだ。NetEase Gamesとのパートナーシップのもと,盟友のマーク・タッカー氏と共に,新スタジオとなるT-Minus Zeroを設立した彼だが,今後どのような展開を見せてくれるのだろうか。
オンラインゲームの隆盛を見てきた大ベテラン
リッチ・ヴォーゲル(Rich Vogel)氏と言えば,古参のMMORPGファンであれば,1度は聞いたことがある名前だろう。3DO Company時代にMMORPGの草分け的存在である「Meridian 59」のプロデューサーを務め,その実績が買われ,Origin Systemで「Ultima Oline」のバックエンドシステムやライブサービスの運営を担当していたその人だ。
2000年初夏にSony Online Entertainmentに移籍したが,2003年にローンチした「Star Wars Galaxies」では,エクゼクティブ・プロデューサーとして,2つの街にある開発チームを同時に管理するという,当時ではまだ珍しかった芸当をこなしてみせた。
2005年になるとテキサス州オースティンに戻り,BioWare Austinのスタジオディレクター及びエクゼクティブ・プロデューサーを担い,さらに2012年末からはBattlecry Studios(現Bethesda Game Studio Austin)のエクゼクティブ・プロデューサーとして,「The Elder Scroll Online」や「Quake Arena」,そして「Fallout 76」のマネタイジングチームを担当した。
なお,直近の5年ほどは,同じオースティンにあるCertain Affinityで,主にFree-to‐Play型ゲームの開発を指揮している。
そんなゲーム業界きっての名プロデューサーであるヴォーゲル氏が,NetEase Gamesとのパートナーシップを経て,自身の新たなスタジオ「T-Minus Zero Entertainment」を2023年5月に起業した。
過去の経験から何を学び,新たに何を成そうとしているのか。ヴォーゲル氏と,彼の盟友として同社に参加するマーク・タッカー(Mark Tucker)氏に話を伺ってきたので,その内容をお届けしていこう。
“リモート・ファースト”の小回り良さげな開発チームが目指すもの
4Gamer:
よろしくお願いします。はじめにタッカーさんの経歴を簡単に聞かせてください。
マーク・タッカー(以下,タッカー)氏:
直近では,Bethesda Game Studios Austinで5年ほど「Fallout 76」のデザインディレクターをしていました。そのさらに5年前は,Battlecry Studiosと呼ばれていた同じ職場で「DOOM」(2016年)のDLCなどを手掛けており,それ以前はリッチとすれ違う形になりますが,Certain Affinityでデザインリードを行っていました。
ほかには,NCSOFTで「Dungeon Runner」(2006年),Microsoft傘下のDigital Anvilでは「Brute Force」(2003年)のデザインにも関わっていました。ずっとオースティンを拠点にしていますから,リッチとは似た経歴を辿ってきたと言えるかもしれません。
4Gamer:
ヴォーゲルさんが起業するのは,これが初めてではないですよね。今回のスタジオでは,どのようなゲームを作りたいと考えているのでしょうか。
リッチ・ヴォーゲル(以下,ヴォーゲル)氏:
私個人が設立に携わった4つ目のスタジオとなりますが,このT-Minus Zero Entertainmentでは我々が培ってきたライブサービス型のゲームを制作したいと考えています。
多くの人は私にMMORPGの開発を期待しているかもしれませんが,現在のゲーム市場を考慮して,30分から40分ほどでサクッとプレイできるようなセッションベースのアクションゲームになる予定です。
4Gamer:
アクションと言いましたが,シューターの要素もある?
ヴォーゲル氏:
ええ。PC及びコンシューマ機向けのサードパーソン・シューターにしようと思っていて,モバイル版の開発も考慮に入れています。
T-Minus Zero Entertainmentを起業する前に在籍していたCertain Affinity時代に,WB GamesとNianticからローンチされた「Hogwarts Legacy」の開発サポートを行いました。その時に培った実績もありますし,異なるプラットフォームをサポートするゲーム開発に,十分な魅力とやり甲斐を感じています。その時の人材も何人か入っていて,最終的には30〜40人規模で開発を進める予定です。
4Gamer:
ゲームの内容について,現時点で話せることはほかにありますか。
タッカー氏:
正直に言うとあまりないのですが(笑)。銃を撃つ以外にもやることは多いですから,やはりアクションゲームと言えると思います。
ここ数年のトレンドを考えると,あまりグラインディング※に終始することなく,楽しさを追求したゲームにしたいですね。もちろん,そこにはプログレッションシステム※を用意していますが,プレイヤーがそれぞれのスタイルを追求できつつも,その瞬間を楽しめる,かつ敷居の低いゲームにしたいと考えています。
※グラインディング:継続的な反復作業のこと
※プログレッションシステム:プレイに応じて得られる報酬のこと
4Gamer:
開発は,まだ始まったばかりなのでしょうか。
ヴォーゲル氏:
ええ。かなりの野心作になると自負していますが,先ほど話したように開発チームはまだ小さいです。1つ言えることは,世界的によく知られたIP(知的財産)を利用していて,このIPはすでにパブリックドメイン化しています。
4Gamer:
例えば「くまのプーさん」のような?
ヴォーゲル氏:
どうでしょう(笑)。まだ詳しくは話せませんが,スクリーンショットや映像を見たら,誰でも一目でわかるものです。それに独自性を加えることで,馴染み深いものでありながら,独特の世界観に昇華させたいと考えています。
今は小さな開発チームで,ゲームの心臓部分をしっかりと見つけ出し,そこから必要な人材を雇用していくという段階になります。チームが急激に大きくなってしまったために失敗するというパターンは,私自身も過去に何度も見ていますから。
4Gamer:
勤務形態はリモートで行っているのでしょうか。
タッカー氏:
今はリモートでやっていて,しばらく変わることはなさそうです。メンバーは全員オースティン周辺に住んでいますから,集まることは難しくありません。ただ,我々のようなインディーズの開発チームは,グローバルな視点で人材を探したほうがメリットが大きいと捉えています。それこそ日本にいる優秀な人材と手を組むことだってあり得ます。
コミュニケーション面ではチャレンジになりますが,それも急速に人材を増やさず,連絡を密に取ることで補えるでしょう。経済面で考えても,数か月に1度集まって,そのときにしかできないタスクをこなすほうが安上がりに済みますし。
4Gamer:
ただ,最近の若いゲーム開発者は,リモート環境ではプロジェクトに思い入れを感じず,次のステップアップに……としか捉えていないという意見も聞きますが……。
ヴォーゲル氏:
そのとおりではあります。だから,参加してくれる開発者たちがプロジェクトに対して思い入れを持ってもらうため,我々がケアをする必要があります。例えば,我々が持つノウハウを共有して,学びを得てもらうのも重要だと考えています。
4Gamer:
スタジオを設立するにあたり,NetEase Gamesとパートナーシップを結んだ経緯を聞かせてください。
ヴォーゲル氏:
もっとも魅力的な関係を築けると思ったからです。まず起業するにあたって,特に資金調達という面ではいろいろなオプションを考えましたし,さまざまな人と話したり意見を仰いだりしました。
ベンチャーキャピタルによる株主資本を受け入れることも考えたのですが,現在の市場の動向を踏まえて,もっとも我々の個性と創造性を生かせるいい機会になると満足できたのが,NetEase Gamesとのパートナーシップだったのです。アジア市場への展開という,彼らの経験値も大きな魅力でした。
4Gamer:
スタジオ名の「T-Minus Zero」とはどういう意味なのでしょうか。
ヴォーゲル氏:
人類を月に送り出すというアポロ計画の時代に,NASAがロケットの噴射をカウントダウンする際の用語として「Tマイナス」という用語が使われていました。「T」は“タイム”(時間)ということですね。
発射前も発射後も,まるでオーケストラのようにすべてが同調して進行し,ロケットのメインエンジンが噴射し,発射台からフックが外され,十分なスラストを得たT‐0の瞬間に固定していたクランプが外されてロケットが完全に自立します。順調に飛び立つか,それとも飛び立たずに爆発してしまったりするのかはわかりませんが,このT‐0のときに,NASAの係員が「We have lifted-off」という有名なセリフを言うのです。
実はここからまだカウントは続いて,例えばT-15のときに両脇の燃料エンジンが外されます。つまり,T‐0は我々にとってスタートに過ぎず,管制塔のようにしっかりとローンチ後もサポートしていく,という考えが込められています。月に到達できるかはわかりませんが,1人ではなくチーム一丸となってゲームを作り,コミュニティをサポートしていきたいと思っています。
4Gamer:
先ほど「野心的なプロジェクトになる」と話されましたが,そもそもヴォーゲルさんが関わった過去のすべてのゲームが野心的だったようにも感じます。
ヴォーゲル氏:
ええ。MMORPGをやっていた手前,非常にスケールの大きな野心的なゲームばかりでしたね。このゲームは,そうしたスケールの意味ではコンパクトかもしれませんが,我々開発者が野心的なプロジェクトであることをしっかりゲーマーにアピールすることで,彼らの興味を引き,コミュニティの下地ができていくものだと思っています。ゲームの映像を見て満足するだけでなく,実際に「あのゲームをプレイしてみたい!」と思ってもらえることを目標にしています。
4Gamer:
ヴォーゲルさんはマネタイジングの達人という印象ですが,ビジネスモデルは今風のFree-to-Playになると考えていいのでしょうか。
ヴォーゲル氏:
我々のプロジェクトについて,特定の先入観を抱いてもらいたくないので,明言は避けさせてください。プレイヤーの皆さんの期待と実際のゲームプレイ体験が同じ方向に向いているかを見定めるのは時間がかかりますし,それをしっかりと皆さんに伝える用意がなければ発表できないのです。
1つはゲームが楽しいこと,2つ目はハマってもらえること,そして3つ目にマネタイジングがきます。今の段階では最初の2つにフォーカスしており,その仕上がりをしっかり見極めて,適切な形でライブサービスを楽しめるよう心掛けていきます。
4Gamer:
とにかく楽しいゲームを作っていかなければ何も始まらないと。
タッカー氏:
そう考えています。ゲームデザイナーとして私は「どうしたら楽しいゲームになるか」を考えているのであって,どうやって運営資金を調達していくのかは,今のところは二の次です。
おそらく,アーリーアクセスという形で数年後にサービスを開始し,ローンチ後にはシーズン制を導入するようなゲームになることを想定しています。ただ,正式ローンチしてからがスタートであるというT-Minus Zero Entertainmentのフィロソフィー(哲学)を考えると,プレイヤーのフィードバックをもとに判断していっても遅くはないと考えています。
4Gamer:
NetEaseが今年に入ってWeb3関連のスペシャリストを募集していました。欧米のメディアの中では「NetEaseがNFTに手を出したらゲーム業界が一変する」なんて話題も出ていましたが。
ヴォーゲル氏:
Web3関連ビジネスの動向については注視していますが,今後どうなっていくのかは不透明ですし,我々のゲームに組み込もうという意志や企画は今のところありません。Web3はゲームの骨格から一緒に考えていかないと,上手くデザインできないのだと思います。
そもそも,私の関わったゲームには何らかのゲーム内通貨が存在しており,例えば「Ultima Online」は外部通貨と絡んで,ゲーム内通貨の独自の為替相場を用意していましたし,アイテムのトレードシステムもありました。城に10万ドルを払うとか,あの当時からありましたよね。
4Gamer:
本日はありがとうございました。最後にT-Minus Zero Entertainmentのアポロ計画を聞かせてください。
ヴォーゲル氏:
我々のミッションは,没入感のあるエピックな世界を築き上げ,その中でプレイヤーの皆さんに楽しんでもらうこと。ゲームと皆さんにとって,先の長い相愛関係を生み出していくことだと思います。
大ベテランの領域に達した彼らの話から,長くゲーマーに楽しまれ,後世に残るようなオンラインゲームを作りたいという思いが伝わってきた。おそらく,彼らの新作の話題が出てくるのは数年後になると思われるが,ヴォーゲル氏の集大成となりそうなタイトルになるだけに,その続報に期待しておきたいところだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
※来週(9月18日)と再来週(9月25日)の週刊連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,著者取材のため休載します。次回の更新は10月2日を予定しています
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