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インディーゲームの大手FinjiのCEOが語る,開発チームと広報チームの協力体制を作るために必要なこと
制作者側と販売元のトラブルは,例えば出版業界のように,ゲームに限らず各業界で幾度となく繰り返されてきたものだ。しかし,トラブルが起こらないならそれに越したことはないし,起こったとしてもその原因がどこにあるかが見えれば,ファンを巻き込んだ大炎上にまで至らない可能性も高まる。
そんな,パブリッシャとデベロッパの衝突事案の防止や解消にも応用できる知見を得られるオンライン講演が,2023年6月に配信されたデジタルイベント「GDC Showcase 2023」で行われた。
それは,「It's Better To Be Friends: Marketing "Asks" and the Reality of Game Production」と題された,FinjiのCEOであるRebekah Saltsman氏の講演だ。テーマは社内の制作部門とマーケティング部門の関係性についてだが,その両者をインディー系デベロッパとパブリッシャと読み替えることもできる内容となっていたのである。
今や世界的なインディーゲームスタジオとなったFinjiのCEOによる,非常に具体的かつ詳細な講演の概要をお伝えしたい。
「Finji」公式サイト
性質の違う2つの仕事を並立させる
まず最初にRebekah(氏の配偶者であるAdam Saltsman氏もFinjiでゲーム開発を行っているため,本稿では名前で表記したい)氏は,講演で話す知見は「マーケティングとゲーム開発スケジュールの,現実的な話」であるとし,これを「チームにとって地雷原にも近いものだ」と語った。
Finjiでマーケティングとゲーム開発の両方に携わっているRebekah氏は,この地雷原を正面突破するには最適な人物でもあろう。またFinjiはローンチタイトル(つまりスポンサーがいる案件)を担当したり,E3などの大型イベントに出展したりといった経験も豊富なため,業界的に見てもRebekah氏は最適な登壇者と言える。
さて,独立系のゲーム制作会社でも,例えばFinjiのような大手(Rebekah氏は「Finjiは小さな会社」と語ったが,インディーゲーム界においては大手と呼んで間違いないだろう)であれば,同じ社内にマーケティングチームとゲーム開発チームが存在する。つまりこの2つのチームは同僚だ。よって,そもそも衝突が起こること自体,何かおかしいのでは? と感じることもあるかもしれない。
だがこの点について,Rebekah氏は「マーケティングチームと開発チームで,タイムラインが大きく異なる」ことを指摘した。
多くのゲームにおいて,開発のスケジュールは規則的なものだ。定例ミーティングがあり,進捗が報告され,改善点や次のマイルストーンが提示され……と,「この時期までに,これをしなくてはならない」という仕事の目標は,一定のパターン化された締め切りに則って進んでいく。そのうえで,これらの締め切りはすべて絶対に厳守されねばならないかということになると,「100%の完成度ではないが,現状の進捗として発表」ということもあり得る。
だがマーケティング・スケジュールは,そうではない。ゲームイベントは定期的に開催されるわけではないし,イベント出展が突然キャンセルされたり,悪くするとイベントそのものがキャンセルされたりすることすらある。一方,当然ながら締め切りは厳格そのもので,「イベント当日になりましたが,準備が100%ではないです」は許されない。
これ以外にもマーケティング部門はやるべき仕事の種類が多いという特徴もあるなど,開発チームとマーケティングチームの仕事の性質は大きく異なっている。結果,開発チームのスケジュールと,マーケティングチームが必要とするものの間で,不調和が発生することは珍しいことではない。逆にいえば,この性質の違う2つの仕事をうまく並立させるというのが,この問題の最大のポイントというわけだ。
マーケティングチームの具体的な仕事内容
さて,ではマーケティングチームには実際にどのような仕事があるのだろうか。Rebekah氏はこれを時期に応じて5つに分けた。
(1)アナウンス:ゲームタイトルの発表
(2)顧客構築:期間はまちまち
(3)レビュー:プレスにビルドを送ったりする
(4)ローンチ:ゲームにとって極めて重要だが,マーケティングチームにとっては一瞬で終わる。なぜなら……
(5)ポストローンチ&無限の仕事:超ヤバい。終わりがない。10年続くことだってあり得る
以下,順番にその特徴を見ていこう。
(1)アナウンス
「こんなゲームが出ます!」というアナウンスが世界に向けて行われるその瞬間は,マーケティングチームが「チームの一員」になった気持ちになれる瞬間でもあるとRebekah氏は語る。
だが,このアナウンスのための準備は何年も前から始まっていることもしばしば。アナウンスの際に必要となる宣伝素材は驚くほど多く,マーケティングチームは何か月もかけてその準備を行うことになる。
また,大手スポンサーが絡むプロジェクトとなると,話は一層大変になり得る。アナウンスがなんらかのイベントで行われることも多いため,イベント出展の準備もここにプラスされるからだ。
この点についてRebekah氏は「開発スケジュールをすごく圧迫する」「状況をコントロールしにくく,事前情報が少ない」ものの「ストレスが多いが,得られるものも大きい」と指摘する。
一方,見るからに課題が山盛りになるこの状況に対しリスクを縮減するのであれば,「開発チームに負担がかかりすぎないようにする」「将来のためにできることは今のうちにやっておく」ことを挙げた。
(2)顧客構築
これまた膨大な仕事の山である。だがその仕事を通じてゲームに対する注目を集め続けなくては,このご時世,簡単に作品のことは忘れられてしまう。
このステージにおける最大の問題は,まず新規デモやトレイラーなどなど,イベントごとにけっこうな規模の新しいアセットが必要になる(つまり開発チームに負担をかけやすい)ことと,「この仕事がどれくらい長く続くか誰にもわからない」ことだという。
リリース予定日は決まっているものの,予定日の変更は十分に起こりえる以上,「いつまでも終わらない」感覚がつきまとうのも仕方ないことだと言える。
(3)レビュー
メディアやインフルエンサーに情報を提供したり,開発者がインタビューを受けたり,体験版を配布したりといったステージである。
このステージにおける重要なポイントは,「スケジュールのフレキシブルさ」であるとRebekah氏は指摘する。いかにも開発チームに負担をかけそうな話だが,とはいえ「莫大な制作費と広告予算が投じられている,超話題のAAAゲームとタイミングがぶつかってはならない」のは,まったくもってその通りとしか言いようもない。
実際,「TUNIC」のときはリリースの5〜6週前にSteamキーを提供しようと考えていたようだが,このタイミングは「ELDEN RING」次第だったと氏は語った。
(4)ローンチ
関係者全員にとってのお祝いの日だが,マーケティングチームにとってみると「大量のメールが届く日」でもある。またDiscordのケアも大事だ。このため「長い一日になる」とRebekah氏は語った。
(5)ポストローンチ
ローンチの後も,そのゲームのサポートはずっとずっと続く。大変な仕事ではあるが,ゲームが非常に上手くいった場合,「ゲーム業界以外との仕事が発生するなど,けっこう楽しい仕事も多い」とのこと。
ひとつのチームとして,互いに話をすることの大事さ
このようにマーケティングチームがなすべき仕事は実に大量・多彩なのが現実だが,まずは開発チームとして「マーケティングチームのお手伝い」ができるとしたら,何があるのだろうか?
この疑問に対しRebekah氏は,マーケティング用の素材として使えるものは非常に多いという前提に立ち,「ちょっと面白いバグの動画やスクリーンショットなどは,マーケティングチームにとって大きな価値を持ったりする」と指摘。ただこれは「なのでバグっている画面を保存しまくろう」という話ではなく,まずはマーケティングチームに「何か助けになりそうなものってある?」と聞いてみることのほうが大事だと氏は強調した。
マーケティングチームはたいてい非常に忙しそうにドタバタしているため,そのような一見すると間の抜けた質問をしたら怒られると思うかもしれないが,「そんな素敵な提案をされたら,マーケティングチームの人間は嬉しさのあまり泣いてしまう」というのがRebekah氏の見解である。
さて,とはいえマーケティングチームがやるべき仕事は本当に大量にある。マーケティングに専門チームが必要なのは,それに特化したスキルを持った人材が必要という面もあるが,より端的に「ゲームを開発しながらマーケティングの仕事をするなど不可能に近い」という身も蓋もない現実もあるからだ。したがって,開発チームとマーケティングチームが協力することもまた不可欠となる。
この協力体制の確立のためのポイントとして,Rebekah氏は以下の3点を指摘する。
(1)可能な限り早期に計画を立てる
(2)できる準備は前もってしておく
(3)制作進行をフレキシブルに
この協力体制の第一歩として,Rebekah氏は「マーケティングチームの人間も,開発チームの定例ミーティングに参加する」ことを挙げた。そしてこのこと自体は実施しているチームも多いが,参加しているマーケティングチームの代表がミーティングの「置物」になってしまっているだけのことも多いと指摘する。
だが,マーケターもまたクリエイターだ。そして好きなゲームのために仕事をするほうが,良い仕事ができるに決まっている。自分がどんなゲームの宣伝に携わっていて,そのゲームはどんなゲーマーのために,どんな体験を伝えるために作られているのかを知らずに,良い宣伝ができるはずもない。
同様に,そのゲームがどんな特徴的なゲームシステムを持っていて,それがどう新しい体験なのかを理解していなくても,やはり良い宣伝活動は不可能だ。そしてその理解の精度が高くなくては,開発チームに対してどんな素材が必要になるかを正確に伝えることもできない。
Rebekah氏はこの相互理解を「まずは開発チームとマーケティングチームをひとつのチームにすることが大事」と語る。定例ミーティングへの出席も,信頼の醸成にあたってそれが重要だからだ。
2つのチームが互いを信頼するようになれば,マーケティングチームが開発チームに対して「こんな状況を,こういうカメラの角度で写した,これくらいの長さの動画が,この点数ほしい」という要望を出したとき,開発チームもその要望がゲームの未来のために必要であることを信じて努力できるというわけだ。
また,マーケティングチームが「前もって準備しておく」という点について,Rebekah氏は「開発側のちょっとした進捗が,良い宣伝素材になり得る」ことを改めて指摘した。
開発チームがまだ余裕を持って開発している段階で,そういった「ちょっと面白いもの」を確保しておいてもらい,マーケティングチームと共有してもらう。すると,それらは将来いつどこで使えるかは分からないものの,マーケティングチームにとってみると「前もって行われた準備」になる。
加えて,完成一歩手前のアセット(90%アセット)を作っておくことの重要さも強調された。ローンチトレイラーなど,必ずいつか作らねばならないものは,その骨格だけでも,あるいは不完全であっても,先に作れるところを作っておこうという考え方だ。
例えばローンチトレイラーであれば「ここにリリース版のボスが出てくる動画が入る」とだけ書かれた数秒の時間が残っている状態のものであっても,あるとないでは将来の作業量に差が出る。
多くの具体的な知見が共有された講演だったが,最後にRebekah氏が「あなたが今すぐすべきこと」の筆頭に掲げたのが「マーケティングチームと話をすること」であったのは,とても印象的だった。
ゲーム開発に限らず,組織的に進むプロジェクトにおいては,どうしても「ここまでが自分の仕事」「ここから先は別のプロの仕事」という割り切りのもとに進行することが珍しくない。だが「広告宣伝もゲーム体験の一部」という考え方が一般化してきたゲーム産業において,「マーケティングは自分の仕事ではない」「ゲーム制作は自分の仕事ではない」というスタンスでは,プロジェクトがうまく行かなくなるのは自明だ。
「ひとつのチームとして,互いをプロとしてリスペクトし,話をしよう」という指針は,何度も繰り返し聞く言葉ではあるが,繰り返されるだけの理由がある言葉だというのが,講演を聞いての率直な感想だった。
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