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日本のインディーズゲームはなぜ海外での露出が少ないのか? GDCの講演で語られた日本のシーンの現状と問題とは
一方で,この国内での盛り上がりに反し,世界市場という視点から見ると日本のインディーズゲームに対する注目度は高いとは言えない。無論,いくつか世界的なヒット作に至ったゲームは存在し,世界的にリスペクトされているインディーズゲーム・クリエイターがいて,GDCに日本のインディーズゲーム・クリエイターが登壇したこともある。
だが同人ゲームなども含めた「小規模開発ゲーム」という視点で見ると,その制作本数に比して,海外メディアでの露出はあまりにも少ないと評価せざるを得ない。
このギャップはなぜ発生しているのだろうか? GDC 2022のIndependent Games Summitでは「Big in Japan, Not in the West: The Difficulties of Cross-Cultural Appeal」と題された講演が行われたので,その模様をレポートしたい。
Asobuの“中の人”による講演
まず最初に,登壇者について簡単に説明しておきたい。登壇したのは,AsobuのCommunity ManagerであるAnne Ferrero氏で,「日本のゲーム文化に詳しい」というレベルの人物ではなく,現状において日本の小規模開発ゲーム文化におけるキーパーソンの一人と言える(Asobuは渋谷に拠点を持つ,独立系ゲームクリエイターのためのコミュニティーハブとワーキングスペースである)。
Ferrero氏は,日本のインディーズゲームシーンを紹介するドキュメンタリー番組「Branching Paths: A journey through Japanese indie game scene」も制作しており,日本の小規模開発ゲームには精通している。遺憾ながらこの手のバイアスで情報の価値そのものが疑われることは珍しくないので,最初に補足しておきたい。
実際,Ferrero氏は講演の冒頭で「日本におけるインディーズゲームの歴史(簡略版)」を紹介したが,歴史の起源としてパソコン雑誌全盛期から解説をスタートさせているし(その時期の代表的な小規模開発ゲームとして「ドアドア」を挙げている),同人ゲームやフリーゲームの潮流についても解説している。
また日本においては,フリーゲーム,同人ゲーム,小規模開発のモバイルゲーム,インディーズゲームでそれぞれ異なる文化圏が存在していることも明示しており,これは日本の現状をとても的確に表現していると言えるだろう。
高くそびえる言語の壁とインディーズゲームの地位の低さ
さて,「日本のインディーズゲーム制作シーン特有の状況」として,Ferrero氏はさまざまな指摘を行っている。簡単にまとめると以下のようになるだろうか。
・大学や専門学校を卒業して,そのままインディーズゲーム開発者になる,という例が少ない(「インディーズゲーム制作者」がキャリアパスとして非常に弱い)。
・パブリッシャと連携するケースがとても少ない。
・政府や行政からの財政的支援がまったくない。
・投資家は,AAAゲームを作っていたデザイナーやモバイルゲームで大成功したデザイナーに対してのみ投資を行う傾向がある。
・近年において漫画出版社がインディーズゲームに対する支援を開始している。
・クラウドファンディングは滅多に行われず,開発者がすでに有名なデザイナーでないとまず機能しない。
また,ターゲットは基本的に海外のゲーマーであり,開発チームに英語でのコミュニケーションが堪能なスタッフが必要になる。
・言語の壁が高い。
開発者の80%は日本語以外の言語によるコミュニケーションができないか,なんらかのツールによるアシストを必要とする。このため日本のインディーズ開発者は英語で書かれたさまざまなドキュメントへのアクセスが難しく,海外で開催されるイベントへの参加にも困難を抱えている。これによりいろいろな誤解の流布も見られる。
ゲームのローカライズに追加の費用がかかることも多く,テキストの多いJRPGやノベルゲームはとくに不利。
海外メディアやSNS,および海外のファンとの接続が弱い。ゲームでは和製英語が使われていることも多く,それが誤解の原因になることもある。
・ゲームを発表するプラットフォームとしてはSteamが圧倒的に人気。
とくにインディーズゲーム開発者が,日本独自のプラットフォームを利用するケースは少なめ(20%弱)。また上記「言語の壁」に伴い,GOGやHumbleといった日本語がサポートされていないストアの利用例も少ない。
・広告宣伝は原則的に開発者自身のみが行う(国内対象のときは開発者の75%が自分自身で宣伝,海外対象でも40%が自分自身で宣伝)。「海外向けにはリリースしない」という選択も35%ほどあり,リリースする場合も「海外向けには宣伝しない」という選択が57%を占める。
国内メディアに対しても,海外メディアに対しても,コンタクトする開発者はさほど多くない(国内メディアで約半数,海外メディアで35%程度)。
広告宣伝のほとんどはTwitterと公式サイトで,YouTubeを利用する開発者は全体の半数。それ以外のメディアを利用する開発者は20%を切る。とくに海外では一般的な広報プラットフォームであるTwitchの利用率は1%で,近年注目を集めるTikTokも3%程度。
・日本のゲームメディアは,インディーズゲーム開発者が送付したプレスリリースを記事にすることが多い。ただし,日本のゲームメディアのうちMetacriticに反映されるのは,IGN Japanのみ。
Automatonは英語版があるが,それ以外のメディアは日本語のみ。
「この日本製のゲームは海外でこんなに評価された」というニュースは,日本市場においては極めて高い価値を持つ(これはゲームに限らない)。
・日本独特の物語や雰囲気に強く依存したゲームは,作品として素晴らしくても,世界的な注目には至らないことが多い。
日本語に強く依存したゲームでも同じことが起こる。
・学校/企業/各種公的機関において,インディーズゲームはあまり評価されているとは言えない。
学校(大学や専門学校)でゲーム制作を学んだ学生の99%はゲーム開発会社に入社することを選んでいる。学生の国際交流プログラムも少ない。
ゲーム開発会社がインディーズゲーム開発を支援することは滅多にない(ゲームハードを作っている会社によるサポートはある)。CEDECにインディーズゲーム開発者が登壇することは滅多にない。
政府や地方自治体による支援はほぼない。海外イベントへの共同出展をサポートするようなプログラムもほぼない(東京ゲームショウで見られるような「国がバックアップするブース/パビリオン」の日本版は,海外のゲームショウでは観測できない)。
世界的に見て(悪い意味で)レアケースである日本
これらの指摘のうち,明らかに大きな壁になっているのは「英語の壁」と言えるだろう。これに,ほとんどの問題はどこかで結びついている。
その上で最も気になるのは,政府や地方自治体による支援が事実上皆無に近い,という点だ。
これは個人的な追加取材になるのだが,世界のゲーム市場に非常に詳しい佐藤 翔氏によると,ゲーム産業らしきものが何らかの形で存在する国にあって,政府による小規模開発者への支援がまったくない国は,ほぼ日本だけだという。
産官学連携が進んでいる東欧や北欧は当然として,近年躍進著しい東南アジアや,少しずつゲーム産業が形を成しつつあるアフリカ諸国においても,政府による小規模開発者への支援プログラムは何らかの形で存在する。世界的に見てもトップクラスのゲーム大国である日本で,政府による支援プログラムが皆無というのは,控えめに評価して「異常」としか言いようがない(JETROによる支援などはあったが,小規模開発者向けかと言われると微妙)。
また企業による小規模開発者支援が手薄なのも,やや珍しい状況と言える。日本の場合は世界的な大手開発会社/パブリッシャが集中しているため,逆に「あまり儲からない」インディーズゲームに対する支援が乏しくなりがちなのは,ある程度まで仕方ない側面もあるだろう。実際,世界的に見ても,大手ゲーム開発会社によるインディーズゲーム開発支援は,必ずしも万事うまくいっているとは言い難い。
だが漫画出版社のほうが支援に熱心(支援の露出が多い)という現状には,いささかの違和感を覚えずにはいられない(現状で最も見えやすい「企業による支援」は,マーベラス社によるindie Game incubatorや,各社による大学との提携や寄付講座というあたりだろうか)。
Ferrero氏は講演の最後に,日本のインディーズゲームがより国際市場に展開していくことのメリットのひとつとして,「多様なゲームが,より大きな市場を獲得できる」ことを指摘している。
事実,かつては日本独自の文化であるとされてきたJRPGやノベルゲームは,いまや全世界で作られ,愛好者がいるジャンルとなっている。これが日本のインディーズゲーム開発者にもたらすメリットは非常に大きいし,大規模開発されるゲームにとってもそれは変わらない。
とはいえ,個々のインディーズゲーム開発者に「あなた方がリスクを負い,あなた方の時間を使って,世界市場に打って出るべきだ」と言い出すのは,さすがに無理筋だ。また勇気ある挑戦者が各個撃破されていくのも,あまりに虚しい。
世界中のゲーム産業が政府や地方自治体,そして教育機関を巻き込んだ団体戦をしているなか,日本だけが延々と個人戦を続ける現状を,少しずつでも変えていく必要があるのではないか……そんなことを強く感じさせられる講演だった。
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