連載
意外なところにゲーム人 第12回:「人生ゲーム」でゲームの可能性に気づき,社会課題解決への応用も視野に。セガ エックスディー 森下将和氏
かつてナムコやコーエー(いずれも当時)でゲーム開発に携わり,現在はゲーミフィケーションデザイナーとして活躍している岸本好弘氏とともに,ゲーム作りのノウハウをゲーム以外の分野で活用している人を取材していく連載「意外なところにゲーム人」。
連載第12回に登場いただくのは,セガ エックスディー コンサルティング・ストラテジー部 部長 森下将和氏だ。セガ エックスディーは,ゲーミフィケーションを主軸としたエンタテインメントソリューション事業を手がけている,セガと電通グループの関連会社である。また森下氏自身は,タカラトミーでスマートフォンゲームなどのプロデュースを手がけてきた人物だ。
今回は,セガ エックスディーがどのようにゲーミフィケーションを活用した業務を展開しているのか,森下氏に事例を紹介してもらうとともに,今後の展望などを聞いた。
他人と一緒に遊ぶことを好んでいた学生時代
森下氏が初めて触れたゲームは,1981年に発売されたカセットビジョンの「きこりの与作」。当時小学校低学年なのに,あまり玩具に興味を示さなかったという森下氏に対して,「子どもらしくないのではないか」と心配した両親が買い与えてくれたそうだ。
森下氏:
自分から「これがほしい」「ゲームがやりたい」と言ったわけじゃないんですよ。「気づいたら自宅にあった」という感じで,「きこりの与作」を遊んでいたのが最初のゲームの思い出ですね。そこで面白いなと思って,ゲーム&ウォッチの「ドンキーコング」などを買ってもらって遊んでいました。
一人っ子だった森下氏は,自宅にいてもあまり面白くないという理由から,外出して友達と遊ぶことが好きだったという。そのため野球や麻雀など複数人ですることが前提となるスポーツや遊びを好んでいたのだが,ゲームもまた,例えシングルプレイのものであっても友達と一緒に遊んでいたとのこと。
そんな森下氏は大学で経営学を専攻しつつ,サークルに入って野球を続けていた。
森下氏:
私は現在,他社との新規共同事業のプロデュースなどを手がけているんですが,経営学はもちろん野球での経験が業務に活きていると感じています。
野球は1人ではできません。守備ではそれぞれのポジションに役割がありますし,打順にも攻撃のつながりがあります。1人1人が役割を果たすことで勝利を掴むという意味では,ゲーム作りも今の業務も同じです。チームを引っ張っていったり,コミュニケーションを円滑に進めたりすることは野球から学びましたね。
岸本氏:
子どもが友達と一緒に野球やゲームをすることは,将来大人になってほかの人と一緒にプロジェクトを成し遂げることの練習なんですよね。子どもがゲームで遊ぶことを否定的に捉える人もまだまだ少なくないですが,ゲームを通して学んだ他人との関わり方も,野球などのスポーツで学ぶことと同じく,将来の社会生活に活かせるんじゃないでしょうか。
「人生ゲーム」の異業種コラボから始まったゲーミフィケーションの試み
大学卒業後,森下氏は広告代理店に就職。その後,グラフィックスデザイン系の会社を経て,2004年にタカラ(当時,現タカラトミー)に入社した。そのころのタカラは,電気自動車メーカーのチョロQモーターズや,プロダクトデザイナーの深澤直人氏が手がける家電プロジェクト「±0(プラスマイナスゼロ)」といった斬新なチャレンジをしており,新規事業に取り組みたかった森下氏も,衛星通信を使った放送事業に関わっていたという。その後,森下氏はフィーチャーフォン向けのゲームに関わるようになる。
森下氏:
「人生ゲーム」やリカちゃん,チョロQなどタカラのIPをフィーチャーフォン向けに公式コンテンツ化していました。とくに人生ゲームは,「恋するOL編」とか「旅情編」とか,とにかくたくさんタイトルを出しましたね。人生ゲームとは長く付き合いましたから,それだけ思い入れも深いです。
そうしたゲームやコンテンツの開発は,基本的に社外のデベロッパに依頼することとなる。その中には,先方に開発を委託するケースと,共同事業として森下氏らも開発に加わるケースが存在していたという。氏自身は圧倒的に後者の方が相性が良かったと感じているそうだ。
森下氏:
開発を委託するケースだと,私たちが完全にお客さんになってしまうんですよね。すごく丁寧に対応してくれるんですけれども,私たちが言った以上のことはやってくれない。またIPに対する意見など,言いたいことをオブラートに包んで発言してくれるんですが,私自身はそういうことをストレートに言ってほしかったんですよ。
共同事業の場合は先方もリスクを負いますから,言いたいことを言ってくれるんですね。「IPとしてのマーケティングをきちんとやってくれないと」とか,かなり詰めてくるんです。ちょっとムッとくることもあるんですが,最終的に成果を上げるという目的を果たすためにチームとして動いている実感がありましたね。その経験は今の事業にも活きています。
岸本氏:
「面白い」というのは感覚なので,数値化できないですよね。そういうものを作るときは,森下さんがおっしゃったように「クライアントとデベロッパ」という関係よりも,「皆で知恵を出しながら作っていこう」というアプローチが大事なんです。
加えて森下氏には,「面白いものを作るにあたって,合議制は向いていない」という持論があるという。チーム内で意見を活発に出し合うのはもちろん良いことだが,最終的にはディレクターなりプロデューサーなり,責任者がそれら意見を取捨選択して方向性を決めないと,求められる面白さにはならないというわけである。
岸本氏:
ゲーム作りは選挙ではないので,「Aという意見が多いから,Aを採用」というのは違います。大学で講義していたとき,学生にチーム制作をさせると必ず「意見が分かれるので,投票で決める」「皆のアイデアを合わせた企画でやりたい」というチームが出てくるんですけれども,そのほとんどが面白いものにならないんですよね。
でも,先生たちは「失敗する」と分かっていても「止めたほうが良いよ」とは言わない。そうやって,わざと失敗させるんです。プロになったらなかなか失敗できませんから,学生のうちにそういう経験しておくのは決して悪いことではありませんよね。
森下氏:
クライアントに対してABCDと4つのアイデアを出したところ,「Aが良いけれど,Bのこの要素も良いので,AとBをマージした企画にしてほしい」という答えが返ってくるというようなことが,よくあります。それにはおそらく,判断している側としてのリスクヘッジという意味があると思うんです。
しかし,最初にコアな体験としてAなのかBなのかというところをハッキリさせないと,最終的に曖昧なものになってしまいます。そうしたケースでは,「のちのち機能としてBに入っている要素を追加することは検討できるので,まずはAかBかを決めてください」という話をします。
そうした中,森下氏は人生ゲームのスマートフォンゲーム化にもチャレンジした。人生ゲームはもともとルーレットでプレイヤーの運命が決まるという,言わば運任せのゲームで遊ぶ人を選ばないが,このときは,ガチャやチートアイテムなどの課金要素を導入して戦略性を持たせようとしたそうだ。しかし往年のファンからは,受け入れてもらえなかったという。
森下氏:
当時は,人生ゲームの本質を理解していなかったんです。いろいろな要素を付け加えると,それこそコアな体験が損なわれてしまう。
その反省と,現状より人生ゲームを広く展開したいという思いから,まったく異なる業界と人生ゲームを掛け合わせることを始めたんです。例えば,日本コカ・コーラと一緒にやった「綾鷹 人生ゲーム」(関連記事)は,京都・宇治の老舗茶舗「上林春松本店」の協力のもと,プレイヤーが上林春松家の茶師として,織田信長や豊臣秀吉,徳川家康といった名だたる武将などに重用されていくという内容です。そうやって,人生ゲーム自体を使ってマネタイズする方向に舵を切りました。
この時期に森下氏は,確定拠出年金について学べる「人生ゲーム 確定拠出年金編」も手掛けている。これは当時導入されたばかりの確定拠出年金制度について遊びながら学べるもので,まさに森下氏がゲーミフィケーションを活用した事業に興味を持つことになったきっかけとなった。
森下氏:
「人生ゲーム 確定拠出年金編」は,三井住友銀行系列の企業と一緒に作ったんです。担当者の皆さんは,最初にあったときはお堅い感じだったんですけれども,このタイトルを作っているうちに「このマスはこういうのが良いよね」「結婚するときにアバターを選べるようにしたい」といった感じで,どんどん打ち解けていって柔らかくなっていったんですよ。
年金制度を扱うような分野の異なる人たちもゲームの力を求めている,しかしどうやって自分たちの事業に落とし込めば良いのか分からない。そこで私たちのような人間がサポートすれば,面白いものが出来上がる。それを体験して,私自身も「こういう仕事は楽しいな」と思うようになりました。
岸本氏:
ゲームの良いところは,自分で体験できることです。体験すると,一方的に説明されるよりも深い理解を得られます。確定拠出年金制度も,人生ゲームを使って体験することで,多くの人が「こういうことだったのか!」と理解できたんじゃないでしょうか。
そういった難しい事柄を,説明するのに一番良いのが,ゲームを介して体験させることだと思います。自分の選択に応じた結果が出るので,「なるほど,不況のときはこの運用商品はダメなのか」といったことをより深く理解できる。それをきっかけに,さらに確定拠出年金制度を学ぼうという人も出てくるでしょうね。
一連の人生ゲーム事業と並行して森下氏は,「ファミリーアップス子供の知育アプリ」を手がけていた。このアプリは,未就学児のユーザーが,さまざまな実在する企業の仕事を簡単なゲームを通して体験できるというものだ。このアプリで多くの企業から協力を得られたのも,人生ゲームでの経験から「企業はゲームの力を欲している」ということを把握できていたからだと森下氏は語る。以上の出来事を通して,ゲーミフィケーションの活用に本格的に興味を持った森下氏は,セガ エックスディーへと転職することになる。
製薬会社の研修用カードゲーム「emotcha」が好評に。今後は社会課題の解決にも挑戦
セガ エックスディーにて森下氏は,ゲーミフィケーションを活用した新規事業・サービスのプロデューサーを務めている。これまでプロデュースを手がけてきた中には,製薬会社の2020年売上高で世界2位を誇るノバルティスの日本法人・ノバルティス ファーマとのプロジェクトも存在する。
ノバルティス ファーマは自由な発想が生まれるような人づくり・組織づくりのためには,社員の共感力を高める必要があると考え,ゲームを使って社内研修用の教材を作れないかとセガ エックスディーに相談を持ちかけてきたという。その結果,2020年11月にカードゲーム「emotcha(エモッチャ)」が出来上がった(関連記事)。
森下氏:
「emotcha」は,自分の感情を数値化して,それを参加者同士で当てるゲームです。このゲームでは「驚き」「悲しみ」「恐れ」「怒り」「喜び」という5つの感情を記したエモーションカードと,「小さいころの思い出」「5年以内にやりたいこと」といった10数種類のお題の書かれたシチュエーションカードを1人1枚ずつ引いて,それに沿って各自が即興でエピソードを披露していきます。そのエピソードについて,質問などを交えつつ,話し手と聞き手のそれぞれが感情レベルを7段階で評価し,どれだけ合致するか,あるいはズレているかを確認します。
話し手が設定した感情レベルの数値に近い評価をした聞き手ほど共感力がある,ひいては相手の価値観を推し量る能力が高いというわけですね。
逆に数値が開いている場合も「なぜ話者がその数値を付けたのか,聞き手は話者の話ををどう解釈したのかといったことを改めて話し合う機会ができて,お互いの理解が深まります。
岸本氏:
MRは何か月もある定められた研修を経て,認定試験に合格しないと実際の業務に就けないんですよね。その研修は真面目にやらなければならないものですが,「真面目にやること」と「つまらないこと」はセットではありません。真面目にやる中にも,参加者が楽しいから能動的に関わろうとする仕掛けを入れられると私は考えています。
ノバルティス ファーマの担当スタッフも,今までのやり方よりももっと皆がやる気を高める工夫があるかもしれない,一部にゲームを取り入れれば皆も興味を示すんじゃないかと思って,森下さんたちに声をかけたのかもしれません。
森下氏によると,「emotcha」の企画会議に参加したノバルティス ファーマの担当スタッフは企画に非常に協力してくれ,週1回のミーティングを楽しみにしていたという。実際完成した「emotcha」は,ノバルティス ファーマの社内アンケートで非常に好評だったそうだ。またセガ エックスディーでも,チーム結成時などにスタッフの親交を深めたり,お互いの価値観を確認し合ったりするために使われているとのこと。
岸本氏:
仮にチーム内で1人だけ大きく数値が違ったとすると,その人だけ価値観や認識がズレているということですよね。言葉だけでそれを指摘すると険悪なムードになりかねませんが,「emotcha」なら「ゲームの結果だから」ということで,それほど深刻にならずに済みます。
またズレている人自身にとっては,自分の価値観がほかの人と違うことに気づくきっかけになります。それは研修としてすごく意味のあることですし,その先チームワークを円滑に進めることに貢献するでしょう。
「emotcha」をカードゲームにした理由には,コロナ禍の影響もあると森下氏は語る。ボードゲームだと参加者が物理的に近い位置にいないと成立しないが,カードゲームならオンラインの会議システムを介して互いにカードを見せ合うことができる。
森下氏によると,カードの絵柄や配色,文字のレイアウトは,PCやスマ−トフォンの画面越しに見ても分かりやすいものにしているという。今後は「emotcha」は紙製のアナログカードだけでなく,デジタル化も検討しているという。
現在,セガ エックスディーには「やりたくないこと,続けにくいことをいかにしてゲーミフィケーションを使って継続させるか」という相談が寄せられており,とくに医療・ヘルスケアや教育の領域からのものが目立つという。しかし森下氏自身は,もっと広い領域でゲーミフィケーションを活用できないかと模索しているそうだ。
森下氏:
例えば,食の領域です。昨今は食品ロスが注目されていますけれども,やはり満腹になったらそれ以上食べられないですよね。そういう状況にならないようにするにはどうすれば良いのかというところに,ゲーミフィケーションを使って何か貢献できないかと。
あるいはお子さんが好んで食べない野菜を,どうすれば能動的に食べたくなるのかといったことも考えています。
あとは,SNSの投稿や芸能人の発言に求められる倫理観やコンプライアンスもそうです。何を言ったら,どういう言い方をしたら叩かれたり炎上したりするのかを,誰も教えてくれないのに,デバイスやツールが進化して誰でも簡単に発言できる場だけがどんどん増えています。そういった啓蒙や解決ができるコンテンツを作れないだろうか,とか色々考えていますね。
社会課題の解決にゲームが貢献できることを示すことができたら,社会的なゲームの地位も自ずと上がっていくんじゃないでしょうか。
岸本氏:
ゲーム業界はこれまで,社会に役立つ何かに取り組むことが少なかったですし,良いことをしても社会に宣伝してきませんでした。そして,悪い面ばかり取り沙汰され,叩かれてきた。今のコロナ禍こそ,ゲーム業界は社会に貢献するチャンスなのではないかと思います。
私自身は,ゲームには「良いゲーム」と「悪いゲーム」があると考えていますし,使い方によって良くも悪くもなるゲームもあります。森下さんのように「良いゲーム」を作って世間にアピールしていくアプローチは,大変すばらしいことです。
SNSで炎上した学生の例を示して「そうなったら嫌でしょ? だからやってはいけないんだよ」と教えるのは,レベルが低いと思うんですよね。そうではなく,「人間としてそういう人をどう思う?」「もし友人だったら尊敬できる?」と考えさせるほうが,ネット上のトラブルが減るんじゃないでしょうか。そういったことを気づくきっかけとなるゲームを,森下さんがこれから作ってくれることを期待しています。
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