連載
意外なところにゲーム人 第6回:沖縄で子ども達にプログラミングを教える,元任天堂の毛呂 功氏
かつてナムコやコーエー(いずれも当時)でゲーム開発に携わり,現在はゲーミフィケーションデザイナーとして活躍している岸本好弘氏とともに,ゲーム作りのノウハウをゲーム以外の分野で活用している人を取材していく連載「意外なところにゲーム人」。
連載第6回に登場いただくのは,かつて任天堂でゲーム開発に携わった毛呂 功(もろ いさお)氏。現在毛呂氏は沖縄に在住し,ものづくり教室・アトリエゆうでプログラミング教室の講師を務めている。そんな毛呂氏に,現在の子どもと親のプログラミングに対する認識や,今後の展望などを語ってもらった。
チームが効率よく動けるよう仕組み作りをしていた任天堂時代
毛呂氏が初めて遊んだゲームは液晶ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」だったという。中学生の頃にはPC-9801シリーズでゲームを遊んでいたそうだ。とくにお気に入りだったのは「A列車で行こう」シリーズや「SimCity」シリーズ。雑誌に掲載されたプログラムを実際に打ち込んで動かすこともやっており,ぼんやりとゲームプログラマーを目指していたそうだ。
勉強も嫌いではなく,高校時代の成績も良かった毛呂氏は,1年次から工学部情報学科を専攻できるという理由で,京都大学に入学する。
毛呂氏:
京都大学では大学院に残って,3次元の画像処理の研究をしていました。具体的には,レンジファインダーカメラで人体の形状を計測し,得られた点群データに表面をポリゴンで再構成する,という内容です。当時は立体を点群でしか計測できなかったので,表面を付ける技術を研究していたというわけです。これが2000年前後のことですね。
岸本氏:
毛呂さんの人生の選択を聞くと,大学も会社も「自分のやりたいことが出来る場所。それも楽しいこと」が優先のようですね。
修士課程を終えた毛呂氏は,「大学側の推薦で就職するより,もっと面白いことをやりたい」と思っていたことや,「かねてからの夢だったゲーム開発に携わること」を踏まえ,6年間学生時代を過ごした京都にある任天堂を第1志望として就職活動を始める。
見事,技術職として採用された毛呂氏は,研修にてプログラマーとプランナーのどちらかを選択することとなり,後者を選んだ。そのため,任天堂時代は製品化されたゲームのプログラムは一切組んでいないそうだ。
毛呂氏:
プランナーとして最初に配属されたのは,ニンテンドーゲームキューブの「ゼルダの伝説 風のタクト」のチームでした。そこでの仕事は,デザイナーの作った地形にオブジェクトを配置していくことでしたね。それをやりつつ,デザイナーやプログラマーとのやり取りなど,ゲームの作り方を学んでいきました。そのうちネタ出しにも参加させてもらえるようになり,「ブーメランをこう使うと面白い」というようなことも考えていました。
岸本氏:
多くの方は,プランナーの仕事は「ゲームの企画を考えること」とお思いでしょう。しかし大半の仕事は,具体的な仕様をプログラマーに指示する書類を作ったり,自分でできる部分はツールを使って仕様を実装したりと地道な作業が多いです。
「ゼルダの伝説 風のタクト」の海外ローカライズを終えた毛呂氏は,開発終盤に差し掛かっていたニンテンドーゲームキューブ用ソフト「どうぶつの森e+」のデバッグを担当したことをきっかけに,「どうぶつの森」チームに参加する。
岸本氏:
「どうぶつの森」は,それまでのゲームの定義を変えたタイトルでした。それまでのゲームはゴールがあって,それをいかに早く達成するかというものでしたが,「どうぶつの森」はゲームの世界でキャラクターと交流し,いろんなことができて,しかも決まったゴールがない。すごいゲームだと思いました。
ニンテンドーDS用ソフト「おいでよ どうぶつの森」では,毛呂氏が経験を積んだこと,またチーム全体の人数が少なかったことから,ディレクターの直下でプログラマーの調整やデザイナーへの依頼などを担当した。
さらに毛呂氏は,Wiiのメニューや設定など本体機能の設計や,Wii用ソフト「街へいこうよ どうぶつの森」のサブディレクターを経て,ニンテンドー3DS用ソフトの「とびだせ どうぶつの森」と「どうぶつの森 ハッピーホームデザイナー」でディレクターを務めることとなった。
とびだせ どうぶつの森 |
どうぶつの森 ハッピーホームデザイナー |
毛呂氏:
「どうぶつの森」シリーズは,家具やキャラクターなどデータ数がものすごく多いんですが,僕がチームに加わる前は,スプレッドシートにそれらのデータをまとめていました。
しかしそれだと必要なデータが探しにくいだけでなく,絵とデータがバラバラになっていたりもしたので,僕がWeb上で検索したり画像一覧を表示できたりする仕組みをCGIを使って作ったんです。プログラム自体,自分ではあまり得意だとは思っていないんですが,中学時代の趣味や大学で学んだことを活かせたと感じています。
そうやって,チームメンバーがいかにストレスなく作業を進められるか考えることが好きで,それはディレクターになってからも変わりませんでした。この部分は「自分のゲームを作りたい!」と考えるディレクターとは,少し違うかもしれませんね。
岸本氏:
ゲーム開発者,とくにディレクターを務めるような人は「自分のゲームを作りたい」,あるいは「多くの人を楽しませるゲームを作りたい」と考えています。しかし毛呂さんはチームがより効率的に作業ができる環境を整えることで,間接的により良いゲーム,多くの人が喜ぶゲームの開発に取り組んできたと言えるでしょう。
なお「とびだせ どうぶつの森」は,それまでのシリーズとは違う新しい「どうぶつの森」を目指して,ニンテンドー3DSならではの面白さをどう作るかということに取り組んだという。開発は2009年にスタートしたが,最初の1年はほぼ構想に費やしたそうだ。そして2012年の発売以降も「どうぶつの森 ハッピーホームデザイナー」に関わり,「スプラトゥーン2」の開発サポートにも携わることとなった。
そして2018年7月,毛呂氏は任天堂を退社し,沖縄に移住して子ども達にプログラミングを教える講師に転職した。現在の生徒数は30名程度で,下は小学1年生,上は中学3年生,一番多いのは小学3〜4年生だそうだ。また教材は小学2年生までが組み立てたブロックをプログラミングで動かす「レゴ ブースト」,小学3年生以上はプログラミング言語「Scratch」を使っているという。
毛呂氏:
なぜこの職業を選んだのかについては,一言では言い表せないですね。家族で話をしている中で,かなり前から「いつか南の島に住みたい」とは言っていましたけれども。
ただ将来的に子どもを塾に通わせたり,進学させたりすることを考えたときに,そのお金があったら十分沖縄で暮らせると思ってしまったんですよね。しかし,子どもが小学校に入学したら,転校だのなんだのでそれも難しくなります。
そんな思いを巡らせていたところ,子どもの小学校入学を考えるタイミングで,妻が思い切って家族で沖縄に移住しようと提案してきたんです。僕達と沖縄は直接縁はないんですが,妻が芭蕉布など織物の調査でちょくちょく沖縄を訪れていたんですね。ときには僕も同行したことがあったり,夫婦共通の趣味がダイビングだったりすることから,沖縄への移住を決めました。
しかし,そうは言っても毛呂氏には当時関わっていた任天堂でのプロジェクトが終わっていないし,いきなり仕事を辞め,家族全員で沖縄に移住して立ち行かない状況になっても困る。そこで毛呂氏の奥さんと娘さん,そして奥さんのお母さんが先行して沖縄に移住し,絵画工作教室としてアトリエゆうを開設した。
毛呂氏:
教室も順調なようだし,土地が合わないといった問題もないようなので,僕も任天堂を辞めて沖縄に行くことに決めました。その一方で,僕が沖縄で何ができるかも考えなければなりません。そのとき,2020年度からプログラミング教育が小学校で必修化されることに思い至り,これまでの経験を活かしてプログラミングを教えればいいんじゃないかと考えたんです。
岸本氏:
余談ですが,教室に使える部屋は1つだけなので、奥さまと場所の取り合いになるそうです。
ゲーム開発者ならではの学びの仕掛けや,親のプログラミング教育への理解が今後の課題
2018年7月に沖縄に移住した毛呂氏は,約1年半にわたって子ども達にプログラミングを教えてきた。ただし今のところ,元ゲーム開発者ならではの,ゲームのように楽しく学べる仕組みや,モチベーションを維持する仕組みなどはまだ打ち出せていないという。
その一方では,可能な限りマンツーマンで子どもと接し,1人1人の理解している部分とそうでない部分を把握しつつ,授業を進めているそうだ。とくにプログラミングの理解度は個人差が大きく,従来の学校教育のような1人の先生が多数の生徒を一度に教える形では難しいと考えているという。
岸本氏:
プログラミング教育が必修となるため,今子ども向けのプログラミング教室は大人気です。しかしプログラミングは基本的にマンツーマンで教えなければならないので,ビジネスとしては効率が悪いそうです。学びたい人が増えると,それだけ教える人も必要になるので,教える人を育てなければならない。子ども達と楽しく接して,かつプログラミングを教えられる人材の育成が急務だという話も聞きます。
ゲーム開発の経験がプログラミング教室の何に活きているかというと,子ども達がScratchで組んだプログラムのどこが問題なのかがパッと見て判別できることだと毛呂氏は語る。プログラミングやゲーム開発の経験がない人では,「教科書とブロックの組み方が違うから」ということは理解できても,なぜそういう結果になるのかという1歩踏み込んだ部分までは分からないのではないかというのが,毛呂氏の見解だ。
毛呂氏:
企画段階から最終チェックまで,ゲーム開発のすべての過程を何度も経験したことで,「ゲームソフトがどのように作られるのか」「仕様を作るときに気をつけること」「バグになりやすい仕様」「調整しやすいプログラム」などを肌感覚で身につけることができました。それがプログラムをパッと見て問題になっている部分が分かるということにもつながっていると感じています。
残念ながら,そうしたゲーム開発経験を活かせる機会は今のところ少ないんですが,将来的には「こんなゲームを作ってみたい」という生徒さんとディスカッションしながらプログラミングを進めることができるんじゃないかと考えています。
岸本氏:
毛呂さんの様な経験豊かなゲーム開発者が教える、プログラミングスクールはきっと楽しくて、ゲームプログラマーを目指す子供たちも生まれてくると思います。10数年後には,ここをスタートにしたプロのゲーム開発者誕生も夢ではありませんね!
なお,生徒の中には「ゲームを作りたい」「将来ゲーム開発者になりたい」という子どももいるが少数派で,プログラミング教育の必修化に向けて,親御さんが習いごとの1つとして学ばせるケースが大半とのこと。中には「ゲームばかり遊んでいるくらいなら関連して何か役立つことを学ばせたい」と考えてはいても,プログラミングが何であるのか理解できていない親御さんもいるそうだ。そうした人達に,プログラミング教室で子ども達が何を身に付け,何ができるようになったのかを伝えるのはまだまだ困難が多いという。
毛呂氏:
親御さんには,プログラミングを学ぶことで「こういう動きを実現するには,何と何を組み合わせる必要がある」といったような,論理的な思考力が身に付くという話をしています。
自分のやったことに対する結果がすぐ見えて,もしうまく行かなかった場合に何が悪いのか考えてそれを直し,またやってみる。プログラミングは,そのサイクルをすごく速いスピードで繰り返せるんです。
これが料理だと作ってみておいしくなかったからと,すぐに作り直すのはまず無理だし,明日も同じ料理を作れるかと言えば「また同じメニュー?」と家族から文句が出るので,これも難しい。ところがプログラミングなら,どこが問題なのか,どうすれば直るのかを考え,すぐに試して結果を見ることができます。こうやってうまくいくまでずっと考えることを繰り返すわけですから,論理的な考え方が身につくと説明しています。
岸本氏:
よく,そろばんを習うと暗算が速くなるという話がありますが,その理屈をきちんと説明できる人はそう多くありません。ほとんどの親御さんは「そろばんを習うと役に立つらしい」というだけで,お子さんをそろばん教室に通わせていたと思います。おそらくプログラミング教室も,2020年に向けてそういう存在になっているんでしょうね。
また毛呂さんの話を聞いて,プログラミングで失敗体験を繰り返して何が悪いのか原因を究明し,成功体験につなげていくというサイクル自体が,ゲームプレイに近いとも感じました。
そのほかアトリエゆうでは,プログラミング教材「micro:bit」を使ってモグラ叩きを作るという,絵画工作教室とプログラミング教室のコラボレーション的な取り組みも実施した。毛呂氏は今後,こうした取り組みを広げていきたいと展望を語っていた。
毛呂氏は,アトリエゆうでプログラミングを学んだ子ども達が,コンピュータに興味を持ち自分で勉強するモチベーションを見出すような人材に育つことを期待しているという。将来的には沖縄の中だけでなく,国内外で活躍するような人材になってくれたら嬉しいとも語っていた。
毛呂氏:
沖縄からは東京より台湾の距離が近いという,海外が身近な存在です。それが良い方向に作用して,幼い頃から世界的に活躍することを夢見る人材が増えるといいですね。「沖縄出身の人は優秀だよね」ということになれば,沖縄に人が集まり,発展にも貢献できるようになるでしょう。
岸本氏:
小学校のプログラミング教育必修化が話題になったとき,取材対象で思い浮かんだのが,「ゲームクリエイターから(故郷に戻って)子ども向けプログラミング教室の先生への転職の例」でした。毛呂さんは移住でしたが。
子ども向けのプログラミング教室でみられるゲーム要素を組み込んだプログラミング演習や,子どもの学習意欲を楽しく高めていく仕掛けには,元ゲーム開発者がぴったりなんじゃないかと思っています。言い換えると,ゲーム開発者は「楽しくすることにより,学習者のやる気を高める」優秀なゲーミフィケーションデザイナーになれるのではないでしょうか。プログラミング教育やICT教育は,これからますます盛んになっていきます。ここに元ゲーム開発者の経験が活用されると素晴らしいと思います。
アトリエゆう公式サイト
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