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5年分の店舗経験をゲームで――サイゼリヤに聞く,ボードゲームを活用した社員教育。「オリジナル店舗運営ゲーム」の顛末を制作陣に聞いた
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印刷2019/11/16 12:00

インタビュー

5年分の店舗経験をゲームで――サイゼリヤに聞く,ボードゲームを活用した社員教育。「オリジナル店舗運営ゲーム」の顛末を制作陣に聞いた

 レストランチェーン「サイゼリヤ」のことは,皆さんもご存じだろう。そのサイゼリヤが,ボードゲームを使った社員教育を始めたという。
 企業におけるゲーミフィケーションの1つとして,研修用のボードゲームというものはときおり耳にするものの,実際に見たり遊んだりできるチャンスは限られている。企業向け研修用ゲームはたくさん作られているというが,企業側にメリットがないため,「こういうものを社員向けに作りました」とアピールされることがないからだ。

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 先日掲載した「サイゼリヤがボードゲームで店舗マネジャー(店長)の研修をしている」というニュースは,そのためか話題を呼び,多くの人の興味を惹いたようだ。そこでこの度,サイゼリヤに取材を申し入れたところ,快諾いただいたのでその模様をお届けしよう。答えてくれたのは,同作の共同開発元であるマネジメント・カレッジの菅沼慶裕氏と,実制作にあたったゲーミフィ・クリエイティブマネジメンツの石神康秀氏。そしてサイゼリヤ 変革推進部長の内村さやか氏だ。

「サイゼリヤオリジナル店舗運営ゲーム」ってどんなゲーム?


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 本作は,その名のとおり「サイゼリヤの店舗運営」をモチーフとした,4人対戦型のボードゲームだ。プレイヤーはサイゼリヤの“マネジャー”(=店長)となり,店内で発生するさまざまなトラブルを解決しながら,評価ポイント(=勝利点)を稼いでいくことになる。ジャンルとしてはいわゆるワーカープレイスメントにあたり,ボードの所定位置に「従業員コマ」を配置することでアクションを行う。そして行ったアクションに応じてさまざまな――例えば「施策」によって店舗のステータスを変化させたり,「雇用」によって従業員コマを増やしたりといった変化を店に与えていく。

「サイゼリヤオリジナル店舗運営ゲーム」(非売品)。プレイ人数は4人で,プレイ時間は30〜40分程度だ
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 勝利点を獲得する方法として重要になるのが店舗のステータスだ。これは「味」「提供速度」「明るさ」「清潔度」という4つの指標で構成されており,さらにこの指標は,「人数」「モチベーション」「メンテナンス」「効率」の4つのうち2つの要素(=キューブの数)で表現される。例えば「明るさ」は「モチベーション」と「人数」の合計であり,「清潔感」は「モチベーション」と「メンテナンス」の合計,といった具合だ。ターン終了時,この4つの指標および従業員コマの数(=「人数」)がそれぞれ評価され,勝利点となる。
 そうしてゲーム内の1年半=9ターンが経過した時点での合計勝利点によって,順位が決まるというのが,本作の大まかな概要である。

ターンごとの評価は,もちろん各指標の数値が高いほど良いのだが,その基準はターンによって異なる。ゲーム開始時,ランダムに配置されたボード中央の「コミュニティトレンドカード」によって,その基準が決定される
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 ただし,お店では常にさまざまなトラブルが発生するので,店舗のステータスを上昇させるのは一筋縄ではいかない。突然機械が壊れて「メンテナンス」が下がったり,スタッフが辞めて従業員コマが減ったりする。こうしたトラブルを解決するのにもアクションが必要で,とくにゲーム開始から数か月はこの対応に奔走することになる。
 なお4つの指標のいずれかが0になる,もしくは4つの数値のいずれかがマイナスになると,ゲームから脱落。あるいは未解決なトラブルが限界数を超えた場合も脱落となる。

トラブルを起こす「店別ハプニングカード」の一例。ランダムに配られ,お店のステータスに被害を及ぼす。トラブルを解消するには決められた数の従業員コマを使うか,決められた数までキューブを増やす必要がある。なお脱落プレイヤーが2人以上になると即ゲームオーバーだ
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従業員コマで行えるアクションとしては,「スタッフルーム」によるトラブル解消,「施策」によるキューブ獲得のほか,時間をかけて2アクション行える従業員コマを作る「トレーニング」や,ランダム効果の「相談・雑談」先のターンに発生するハプニングを確認する「調査」などがある
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サイゼリヤ公式サイト

マネジメント・カレッジ公式サイト



サイゼリヤがボードゲームを作ったワケ


4Gamer:
 本日は,お時間をいただきありがとうございます。まずはこのゲームが生まれた経緯からお聞きしたいのですが……きっかけはどういうところから?

サイゼリヤ 変革推進部長の内村さやか氏。店長として店舗運営を7年ほど経験したのち,変革推進部を設立。同部門は「社内で困っているところを横断的に見つけては,掘り起こして解決する突撃部隊」とのこと
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内村さやか氏(以下,内村氏):
 サイゼリヤ社内では“ラットレース”と呼んでいるのですが,目の前のことを追いかけるだけの状態におちいっている店舗が,よく問題になるんです。“マネジャー”(いわゆる店長)はもっと全体を見られるようになってほしいと思うんですが,言葉だけでなかなか伝わるものではない。会社としてこの解決法を探っているときに出会ったのが,マネジメント・カレッジさんでした。

菅沼慶裕氏(以下,菅沼氏):
 サイゼリヤさんで,以前より弊社の「マネジメントゲームMG」を導入いただいていまして,ここが始まりなんじゃないかと思います。当初は企業の課題解決を目的とした既存のプログラムをご紹介したのですが,より店舗オペレーションにフォーカスしたものをご希望とのことで,であればオリジナルのゲームが良いだろうと。この制作にあたってはゲーミフィ・クリエイティブマネジメンツの石神さんにご協力いただきました。

4Gamer:
 そもそもなんですが,「マネジメントゲーム」とはどういうものなんでしょうか。

菅沼氏:
 参加者一人ひとりがゲームの中で社長となり,仕入れから生産,販売までの意志決定を自分自身で行うビジネスゲームです。ライバル会社の社長と競い合って,売り上げや収益の拡大を図りながら,ナンバーワンの利益を上げることを目指します。

4Gamer:
 それは我々がイメージする――つまり駆け引きがあって勝敗を決めるようなゲームとは異なるものですか?

菅沼氏:
 基本的には同じだと思います。ゲーム盤のほか,人や物を表すたくさんのチップがあり,材料を仕入れ生産して販売することで儲けを出していくゲームです。1回のプレイ時間は2時間程度ですが,その中で会計処理や決算などもキッチリと行なっていただきます。これを3〜4回繰り返すので,実際には2日ほどかかる研修プログラムになっています。

内村氏:
 元々のマネジメントゲームは,40年くらい前にソニーがエンジニア向けに開発したものだと聞いています。自分の担当部分に最適化してしまいがちな思考を壊し,コストやリソースなどのバランスを考えるといった,俯瞰した経営者の視点を学ぶためのツールということでした。

※マネジメント・カレッジの前身であるCDIは,「マネジメントゲームMG」を生み出したソニー人材開発室の分社化によって生まれた会社とのこと。

4Gamer:
 実際,効果のほどはどうなんでしょう。ゲームで学ぶというのは身につきやすいものなんでしょうか。

マネジメント・カレッジ 企画営業課課長の菅沼慶裕氏。企業の課題解決を助ける教育プログラムとしてマネジメントゲーム事業を展開。本作のようなオリジナルゲームの開発もその一つとのこと
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菅沼氏:
 自分の行動次第で結果は変わります。そこから何を学び取るかはその人次第……というのが正直なところです。ただ何度も失敗して気付きを得られる点,また再度チャレンジできるところというのは,「マネジメントゲームMG」の大きなメリットだと思っています。

内村氏:
 ですが,そういった市場を相手にした経営に携わる社員というのは,当社の場合はあまり数が多くありません。むしろ困っているのは各店舗のマネジャー達でした。必要なのは会社の経営ではなくて,店舗運営を学ぶゲームだったわけです。

4Gamer:
 それでサイゼリヤさんからのオーダーを受けて,石神さんがゲームを制作された……という形なんですね。

石神康秀氏(以下,石神氏):
 ええ。ただ我々はサポートする立場ですので,あくまで開発協力です。サイゼリヤさんのアイデアを形にするのが仕事ですので。

4Gamer:
 というと……制作はどんな風に進められたのでしょうか。

石神氏:
 いくつかの質問にお答えいただき,それを通して解決すべき問題を明らかにするんです。そうして問題の中心部分を抽出したうえで,それをゲームという形で出力する。そういう弊社のプログラムがあるんです。こちらから「こういうゲームにしましょう」と持ちかけるのではなく,「それならこういうゲームはどうですか」というやり取りからゲームを作っていくわけです。

内村氏:
 すごいノウハウですよね(笑)。

4Gamer:
 具体的には,どんな質問をされるんですか?

石神氏:
 「どうしてゲームを作りたいのか」「これで何を解決したいのか」「そもそもなぜ今それができていないのか」,さらには「この会社はどういう会社なのか」などなど。こういう話を深掘りし,突き詰めていきます。
 
4Gamer:
 なるほど……なんというか,会社の困りごとを入力すると,ゲームが出力されるブラックボックスみたいな?

石神氏:
 簡単に言うと,そんな感じです(笑)。実際,今回も最初はゲームの話なんてまったくせずに,ひたすら聞き取りだけを何か月も行いました。でも,実際にゲームに落とし込む段階に入ってからは早かったです。

4Gamer:
 実施,ヒアリングにはどのくらいかかるものなんでしょうか。

菅沼氏:
 ……3か月くらいはやってましたよね。

石神氏:
 それぐらいですね。とはいえ,今回はかなり時間をかけたケースでして,普段はもっと短期間で作ります。今回は,クレジットにこそ入っていませんが,組織論の権威という大学教授に意見を聞きに行ったりもしていますし。

4Gamer:
 実際の制作にかかる期間はどのくらいですか?

石神氏:
 試作に入ってからは1か月くらいでしょうか。ブラッシュアップの時間もあるので,実際はもう少しかかりますけど。


研修では7割の店が潰れる?


4Gamer:
 では実際に,どんな風にこのゲームを活用されているのか,というところを聞いてみたいです。なんでも,研修という形で社員を集めてプレイされているとか。

内村氏:
 ええ。今やっているのは,ルール説明とチュートリアルに1時間強。その後1時間20分ほどプレイして,その後に50分くらい振り返りの時間をとる,といった形式です。

4Gamer:
 どんな雰囲気なんでしょうか。真剣に取り組む感じなのか,それとも和気あいあいとした空気なのか。

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内村氏:
 和気あいあいとまではいきませんが,基本は和やかですね。社内での等級や年齢もごちゃまぜなので,飲み込みの早い若い人が年長者に教えたり,といった光景も見られます。それで探り探り始めるんですけど,3ターン目くらいに無茶をやってドボン(脱落)する人が出はじめる。そうすると……急に真剣になるんです。

4Gamer:
 3ターンもたないですか。

内村氏:
 まずたいていの人がドボンします。今のところ社員の約半分――800人ほどがプレイしていますが,ドボンした人がその7割くらい。

4Gamer:
 そんなにですか。

石神氏:
 ゲームに慣れている人ほどギリギリを攻めようするんですよね。でも,現実はそんなに甘くないですから(笑)。

内村氏:
 当社のカラーなのかもしれません。「それ危なくない?」って言われても,「いや,たぶん大丈夫」って賭けに出ると,案の定ドボンする。そして反省するわけです。

4Gamer:
 確かに,初見だと毎ターンごとに発生するイベントの内容を把握してないので,脱落しやすい……とは思いました。

石神氏:
 それでも,ただ運が悪いだけでドボンしてしまうことはありません。難度としては……ボードゲームでいうと「パンデミック」くらいでしょうか。

内村氏:
 リスクを軽視しがちなんですよね。トラブルを放置してもその場はやり過ごせるけど,先送りしたらあとで返ってくるということに気づけない。「アクションをとらない」というのも1つの選択ではありますが,それを選択したという自覚がないと意味がないですから。

4Gamer:
 確かにおっしゃるとおりですね。

菅沼氏:
 このゲームでは「トラブルを解決しない」という選択も,あえて可能なようにしてあるんですよ。ですので,研修時にはどのターンにどのアクションをしたか,チェックシートに逐一書いてもらうようにしています。

4Gamer:
 ああ,記録しておくことで,何が悪かったのかを反省してもらうワケですね。しかしゲーム的には,トラブルをあえて放置することで得られるメリットもあるのでは?


ゲーミフィ・クリエイティブマネジメンツの石神康秀氏。マネジメント・カレッジのパートナーとしてゲームの実制作を担当。ボードゲームと365日向き合い,セミナー講師向けの研修用ゲームなどを多く手がける
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石神氏:
 実は,それはそういう気にさせてるだけなんです。「ここは賭けに出たほうがいいんじゃないか?」と,常に思わせるように。

4Gamer:
 では,トラブルは常に解決するのが正しい?

内村氏:
 基本的にはそうです。でも,それだけやってても前には進めません。

石神氏:
 ドボンしないよう,ただ評価値のバランスさえ取っていればいいかというと,そういうわけでもない。どれか一つの評価値が凹んでも,ほかの部分を伸ばしたほうが結果的に安定するというタイミングが来るようになっているんです。

4Gamer:
 なるほど。評価値がある閾値を超えると,そもそもトラブルが発生しなくなりますね。だから,そこを超えると一気に安定するようになる。そのポイントを見極めるのがキモだと。

石神氏:
 リスクを判定する力が必要なんです。きちんとした根拠があってなら,トラブルを放置するのも確かに一つの手かもしれない。でも,「なんとなく大丈夫だろう」では,まずコケますね。

内村氏:
 あと,自分のやりたいことだけやろうとする人も多いですよ。「私はスタッフ教育が好きだから」って,トレーニングのアクションばかりやって崩壊する人とか。

4Gamer:
 トレーニングは払うコストが高すぎるように感じました。全9ターンのゲームなのに,最低でも3ターンかかるというのはちょっと……。

石神氏:
 あれは一種の罠なんですよ。最速で実行して開始3ターン目に完了させないかぎりペイはしないと思います。ヒアリングの中で「マネジャーになるとスタッフをなんとなくトレーニングにあてる」という話がありまして。その要素を入れてみたわけです。

4Gamer:
 ああ,やっぱり罠でしたか。というか勝利に結びつきづらい,何のためにあるのか分からないアクションが多い,とは思いました。

内村氏:
 そういう仕掛けが,こまごま入っているからですね。

4Gamer:
 しかし,参加者は皆,現役のマネジャーさんなわけですよね?

石神氏:
 そうですね。ただサイゼリヤでは,新人として入社した人が,かなり早く店舗のコントローラーに据えられることもあるそうで。もちろんマネジャー教育はありますが,先輩が隣で付きっきりで教えてくれる時間はそう長くはありません。でも店自体はパートの人達が勝手に回してくれるから……店の状況が悪くなっても,よく分からないままズルズルと放置してしまって,ということがよくあるんです。

内村氏:
 1つの店の中で視野が閉じてしまって,俯瞰的なものの見方がしにくいんだと思います。このゲームを作るにあたって,メッセージとして強く込めたかったのが,この「俯瞰の視点」なんです。

4Gamer:
 俯瞰ですか。

内村氏:
 ええ。普段は店舗運営に追われて,地を這う視点でしかものを見れないのかもしれない。でもボード全体を見わたすことの重要性に気付き,この「俯瞰の視点」を身に着けられれば,マネジャーとして大きく成長できます。

石神氏:
 でもそういったことを,新人1人1人に細かく指導することは難しい。なので,現場ではなかなか学びにくいこの「俯瞰の視点」を,このプログラムで養ってもらおう――そういう意図が,このゲームにはあるんです。

内村氏:
 違う店に行ってやり直すなんて,リアルだと3,4年はかかりますから。でもゲームだったら,すぐに違う店を始められる。そう考えると,このゲームは5年分くらいの経験値を稼ぐことができるといっても過言ではありません。我々はそんな風に考えているんです。

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すべてのルールには理由がある――学びを促すゲームデザイン


4Gamer:
 本作の狙いはだいぶ分かってきました。ここからは,事前にプレイさせていただいて,気になった点をいくつか聞いてみたいのですが……このゲームは4人のプレイヤーが稼いだ勝利点を競う,対戦型のゲームになっていますよね。しかしながら,互いに干渉する要素がほとんどなく,ほかのプレイヤーの足を引っ張ることも,逆に助け船を出すこともできない。これは,なぜなのでしょうか。

石神氏:
 確かに直接的に干渉する要素はほとんどありません。ですが,ほかのプレイヤーの盤面を見ることで,間接的に情報を得ることはできます。とくに,ほかの人のハプニングカードをよく見ておくことは大切です。

4Gamer:
 それは,いわゆるカウンティング(公開されたカードから,まだ出ていないカードを推測すること)ということですか?

石神氏:
 いえ,そこまでは行かずとも,ほかの人が引いたカードの内容から,「こういうことが起こり得る」って,身構えておくことはできますよね。そういう風に,自分の店だけじゃなくてボード全体を見るようにするんです。

内村氏:
 もう一つ大事なのは,「4人中2人が脱落したら全員がゲームオーバー」というルールがあることです。つまり,特定の店舗だけ好成績でも意味がない。実際,隣の店のことなんて知るかっていう,一匹狼みたいなマネジャーがかつては多くて……。

4Gamer:
 しかし,ほかのプレイヤーに助け船を出すことはできないですよね。あ,スペシャルアクションの「他店強化」って,そのためにあるんですか? ただ,かなり終盤にならないと使えない気がしますが……。

別の店舗を任せられたり,他の店を応援できる2種類のスペシャルアクション。多くの勝利点が得られるが,余剰のキューブや従業員コマが求められる
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石神氏:
 いや,そうではありません。あれはよっぽどうまく稼いだ人へのボーナスなので。ゲーム内で,ほかの店を直接助ける方法はない。でも潰れたら困る。そうしたら……どうします?

4Gamer:
 うーん,あとはアドバイスでもするくらいしか……。

内村氏:
 そこに気付いてほしいんですよ。現実にはほかの店の状況なんて,自分の店の中にいたら,なかなか見えるものじゃない。でもボードゲームなら分かるわけです。そこでどうしたら店を潰さずにすむのか考えてみてほしい。「1人勝ちしても意味がない」ことに,このゲームを通じて気づいてほしい,ということなんです。

4Gamer:
 なるほど。いやしかし,そういうアドバイスって,ゲーマーにはなかなか聞き入れられない気が(苦笑)。

菅沼氏:
 そうなんですよね。「それじゃドボンしちゃうよ?」って言っても,「でもこれをやらないと勝てないからこれでいい,賭けに出る」って返ってきて(笑)。

内村氏:
 1回目はそれでいいと思います。ドボンするって経験を一度はしてみないと。それで2人脱落してゲームオーバーになった組には,「ええーっ,もうお店潰しちゃったの?」って,私達はあえて言うんです。それで「ああ,俺は店をつぶしたんだ」って実感してもらう。これがいい薬になるんです。

石神氏:
 それにドボンしてしまったら,見てるだけになって暇ですしね。

内村氏:
 そのときが,実は一番の学習のチャンスなんですけどね。そうすると次からは,ただ自分のカードだけを見るんじゃなく,「あなたのとこはどう?」って情報交換するようになる。それが「みんなで勝つ」という学びなんだと思います。

4Gamer:
 対戦ゲームに見えて,実は協力ゲームなんですね。なまじ勝利点という要素があるからか,そこには思い至りませんでした。ちなみにあの勝利点は,お店の利益のことだと考えていいんですか?

石神氏:
 違います。本作には“お金”が絡んだ要素は一切入っていません。これは明確に意図した部分です。

4Gamer:
 えっ。でも従業員コマを増やすと得点が減りますし,てっきり人件費で赤字になったのかと思っていました。違うんですか?

石神氏:
 そう誤認する作りではありますが,得点は実は“評価”でしかありません。もちろん,お金も評価に影響する要素の一つではありますし,人件費がかさめば上からの評価は下がることになりますが。

内村氏:
 これがなぜかというと,サイゼリヤではマネジャーに売り上げ責任を課していないからなんです。売上げは立地や商品力で決まってしまうので,マネジャーの一存でどうこうできる部分ではないんですね。だからマネジャーにとって至上の命題は「お客さんに提供するサービスのレベルをどう保つか」ということになります。実際,それが難しいんですけど。

石神氏:
 なので,ゲームとしても「状況をキープすること」を評価する仕組みになっています。とはいえゲームなので勝利条件を設定しないわけにもいかず,「得点を稼ぎましょう」という体にはなってますけど。

内村氏:
 打ち合わせ時に,石神さんがおっしゃった「勝たなくていいんですね」という言葉が印象的でしたね。「維持し続けることが至上命題」という運営の方向性が,普通とは違うのかもしれないって。気付かされた気分でした。

4Gamer:
 なるほど。確かに「店を軌道に乗せる」までが難しい印象でした。それに気付くかどうか,ということなんですね。

内村氏:
 そうです。マネジャーの本当の目的は,お客様を満足させ続ける――つまりは店をつぶさないことですから。

石神氏:
 ただ,このインタビューが記事になるとバレちゃいますけどね(苦笑)。

4Gamer:
 ゲームの終了条件が9ターン経過というのには,どういう意図があるんでしょうか。1ターンが2か月とのことなので,店舗を出してから1年半ということになりますよね。

内村氏:
 我々の経験則として,マネジャーがいろいろな施策を行ったとして,それが結果として返ってくるのは1年後なんです。だから,「1年半やってはじめて自分の店になる」ってよく言っていたのですが,それを反映したものです。まず1年運営して時節ごとのイベントを把握し,次の半年で自分のやったことの成果を受け取る。そういうイメージですね。

4Gamer:
 毎年同じ月に機材が壊れたり,従業員が海外留学でいなくなったり?

内村氏:
 ええ。“あるある”なんですよ,そういうの(笑)。

石神氏:
 1年半という経験則が先にあったので,ゲーム的にはそこから逆算して終了条件を決めた形です。

4Gamer:
 なるほど。自分がプレイしたときには,やっと店が軌道に乗ったと思ったらもう終わりか,って感じだったので,ある意味絶妙なのかもしれません。あとプレイした感想として,「従業員との相談・雑談」のアクションがかなり強いと感じましたが,これは実際そうなんですか?

「従業員との相談・雑談カード」の一例。何も起きないこともある一方,本来1アクションで1つしか増えないキューブを一気に3つ増やせることも。当たり外れはあるが、全体的にお得感が高い
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内村氏:
 あれは,「相談するといいことがあるよ」というメッセージですね。実際にはあんなにいいことばかり起きないと思うんですけど(笑)。

4Gamer:
 そうですよね。

内村氏:
 相談ばっかりでも本当は良くないんですけど,彼らはこれまで「相談しなさい」って,ずっと言われてきているんです。言わば義務として「相談しなくちゃならない」と思っている。だけどゲームだと,相談するといいことばかり起こるわけじゃないですか。

4Gamer:
 効果を実感できるわけですね。

内村氏:
 はい。これは結構,彼らにとってのパラダイムシフトだったみたいで。ゲーム中は「相談しなくちゃ」から,「相談しない手はないよね」みたいに言うようになる。あと「先輩頼み」のアクションもそうですね。

4Gamer:
 「先輩頼み」のアクションは,先着1名しか使えないっていう,本作の数少ない“ほかのプレイヤーに干渉する”要素ですね。

内村氏:
 ゲーム中だと,「先輩は俺が使う」「いや,使わない」って皆で相談していたりする。実際には,なかなか頼みづらい,そんな風に言えないものなんですけど,慣れることで,リソースとして使っていいんだと思えるようになる。

4Gamer:
 上司をうまく使うというのは,社会人のテクニックとして普遍性のあるものかもしれないですね(笑)。
 もう一つ,本作では店舗のステータスとして「明るさ」「味」といった指標が採用されていますが,実際の店舗もそういった指標は有効なのでしょうか。現実には,これらを数値で評価するのは難しい気がするのですが。

内村氏:
 これはゲーム内の概念ですね。実際には,こうしたものはお客さんのニーズとの相対評価で決まるものなので,絶対的な評価をするとおかしくなっちゃうんです。ゲームでも,「コミュニティトレンド」でそのとき必要な要素が変化するようになってますよね?

4Gamer:
 確かに。ファミリー客が多いと明るさが大事になったり,ビジネスマンが増えるとよりスピードが求められたり,みたいなことですよね。

内村氏:
 ええ。ただ実際こういう不毛な議論って,あるんですよ。料理の見栄えを重視する派閥と,提供速度を重視する派閥が店内で対立していたりとか。結局はバランスの問題なので,相対的に考えられるようになってもらいたいです。

4Gamer:
 ううーん,なるほど。

内村氏:
 お店によって条件は違うんですよね。最初に配られる「店別ハプニングカード」6枚が,そのお店の制約条件となるわけです。さっきも言ったように,人がよく辞める店なのか,機械がよく壊れる店なのかといったような。条件が変わると,判断のしどころも変わってくる。たとえ根本は共通していても,ある店でうまくいった方法が別の店でもうまくいくとは限らない。

4Gamer:
 ゲームでも,状況の乗り越え方はケースバイケースですね。

内村氏:
 そこが運営の面白いところで,ゲーム感覚な部分もあるんですよ。条件が違う中でいかに勝ちパターンに持っていくか,という勝負です。そういうところに,マネジャーの仕事の面白さを見つけてほしいと思います。

4Gamer:
 研修が終わった後に,こういうゲームのタネ明かし的なことってするんでしょうか。

内村氏:
 ゲームとしてではなく,店舗の運営原理という形では話しますね。これが5つあって,まずはサービス品質を最低限維持すること。それからトラブルを放置したら後手後手に回ってしまうこと。かといって,維持するだけだとラットレースから抜けられないということ。なので,未来を予測してチャンスを見つけ,先手を打つ感覚を持つこと。最後に情報共有の大切さです。

4Gamer:
 すごい。全部ゲームに入ってますね。

内村氏:
 「必然的にそうなるよね?」と,ゲームを振り返るときに話して,その気づきをもとにディスカッションしてもらいます。

4Gamer:
 2019年の9月からスタートしたというこの施策ですが,現時点での効果は何か感じていますか。

内村氏:
 組織間のコミュニケーションはだいぶ取りやすくなったと感じています。ゲームが共通言語として機能するようになったので。今までは,どこか1か所だけを見ている人が多くて,話がすれ違いがちだったんですけど。すごい収穫だと思います。

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遊んでみたい人は「ゲームマーケット2019秋」へ


4Gamer:
 4Gamerとしては普段あまり詳しく聞く機会のない業界のお話なので,とても新鮮です。内村さんの所属する改革推進部というのは,こうした新しい取り組みを多く手がけられているのですか?

内村氏:
 横断的にいろいろやる部隊ではありますが,会社としては,ほかにもいろいろ動いている部署があります。例えば……さっき味や明るさをどう測定するか,という話がありましたよね。サービス業って数値にならないものを扱うのでどうしても感覚論になりがちなんですが,そこをなんとか数値化できないかと,けっこうまじめに取り組んだりしています。脳波を使ってみたりだとか……。

4Gamer:
 えっ,脳波ですか?

内村氏:
 ヘッドギアみたいなのをつけて脳波を測る技術があるんです。苦みや酸味って本来人間にとって不快なものなんですけど,料理に入るとどこかの段階でおいしく感じるようになるんです。その境目を研究したりとか。

4Gamer:
 ……かなり予想外の答えでびっくりしました。バックヤードでは,そういう将来的に活かすための研究もされているんですね。ではこの記事を読んで,本作をぜひ遊んでみたいと思う人もいると思いますが,その点はいかがですか?

内村氏:
 そもそも遊んでも面白くないと思いますよ(苦笑)。

石神氏:
 ありがたいことに,そういったオーダーを数多くいただいていまして。ただ,本作はあくまで研修用のゲームですので,そういった背景なしに遊んでも……。

菅沼氏:
 「お店の運営ってこんなに大変なのか」って感じるだけかもしれないですね(笑)。

石神氏:
 いちおう,来たる11月23日・24日に開催される「ゲームマーケット2019秋」では展示を行う予定ですので,興味がある人はぜひお越しください。「研修ゲームラボ」というコーナーでの出展になります。

4Gamer:
 ああ,それは楽しみですね。例えばなんですが,サイゼリヤさんの店舗で遊べたりしたら面白いかなとも思うんですが。貸し切りのパーティールームでボードゲーム会とか。

内村氏:
 ……サイゼリヤはあくまで“レストラン”なので,そういう“場所貸し”的なビジネスは違うんじゃないかと思っています。もちろんお客さんがどう思ってくださっても,それは自由だと思うんですが,我々がこれを忘れてはいけないと。

4Gamer:
 なるほど,そこは譲れないポリシーだと。いや,おっしゃるとおりだと思います。

内村氏:
 でも,新しい試みは常に模索していきたいと思っていますので,将来的な何かにつながればいい,とは思いますね。

4Gamer:
 はい,楽しみにしたいと思います。本日はありがとうございました。

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 というわけで,4Gamerとしては異色のインタビューとなったが,いかがだったろうか。
 なおマネジメント・カレッジでは,マネジメントゲームを始めとしたさまざまなサービスを提供している。記事を読んで「ウチも課題解決のためにゲームを活用したい」という会社があれば,公式サイトから問い合わせてほしいとのこと。既存プログラムを提供するのか,それともオリジナルのゲームを制作するのかは内容次第だが,相談には乗ってくれるとのことである。

 最後に本作自体の個人的な感想を率直に述べるなら,それは「見通しのいいゲーム」という言葉が最も適切なように感じられた。ほかのプレイヤーに干渉する要素が少なく,駆け引きの要素が薄いだけに,あまり複雑な局面というのは発生しそうにない。インタビュー中でのお三方の発言にもあるように,遊びでプレイして面白いかというと……普通にお店で買える名作ボードゲームを遊んだほうが充実した時間が過ごせるのではないかと思う。
 とはいえ,この「見通しがいい」というのは制作者が表現したかった世界観――メッセージ性が強く感じられるということでもある。そういう意味では,正しくゲーミフィケーションを体現しているゲームだと言えるかもしれない。インタビューで語られたバックグラウンドを踏まえたうえで遊ぶなら,普通のボードゲームとはまた違った味わいが得られるのではないか。そう感じさせられた取材であった。
 ともあれビジネスにおけるゲーミフィケーション活用の一例として大いに参考になるタイトルではあるので,興味があればゲームマーケットの同社ブースを覗いてみるといいだろう。きっと貴重な経験ができるはずだ。

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