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[CEDEC 2017]参加者を魅了する謎の砂場「流動床インタフェース」とは?
ものつくり大学の的場やすし非常勤講師と菅谷 諭教授によるインタラクティブセッション「流動床インターフェース:液体のように振る舞う砂を用いたインタラクションシステム」は,その典型とも言える発表で,来場者を魅了していた。その模様を詳しくレポートしよう。
「流動床インタフェース」という名前の“砂場”
「流動床インタフェース」は,ものすごくぶっちゃけて言ってしまえば,砂場だ。ただしこの砂場には,3つの大きな特徴がある。
1つめは,砂がまるで液体のように振る舞うということ。
菅谷教授が「だいたい海水くらいの比重の水」と例えるように,手を突っ込めばすんなりと容器の奥底まで手が届くし,砂をかき混ぜるというよりは水をかき混ぜるような「軽さ」を感じる。また,バスケットボールやプラスチックの玩具などを底に沈めても,すぐに浮き上がってくる。振る舞いとしては,完全に水そのものだ。
2つめは,装置をオフにすると,ほぼ即座に「ただの砂」に戻ること。
底まで手を突っ込んだ状態で装置がオフになると,突然にして手は「しっかりと砂に埋まっている」状態になる。同様に,バスケットボールを砂底に押し込んだ状態で装置をオフにすれば,バスケットボールは砂に埋まったままだ。
そして装置をオンにすると,ほぼ即座に(今回展示されている設備の場合は数秒以内)砂は流動性を取り戻し,また水のように振る舞う。
なお的場講師によれば「人間が首まで埋まるような,もっと大きなものも作った」そうだが,これくらいの規模になると,状態の遷移にはある程度の時間がかかるらしい(もしかしたらすごく危険な装置のでは……と思ってしまうが)。
3つめは,装置の構造がとても単純だということ。
流動床インタフェースを構成する要素は,「砂の入る容器(底に空気噴出口がある)」と「エアコンプレッサー」で,ほぼすべてだ。砂場の底から空気を噴出させ,砂の間に空気を含ませてやることで,砂が液体のように振る舞うようになる――これが流動床の基本的な仕掛けだ。
ともあれこのあたり,言葉で説明してもなかなか分かりにくいと思うので,写真を多めに用意した。また「ただの砂」→「流動化」の遷移を動画で撮影したので,そちらも見てほしい。
この流動床インタフェースは,会場を訪れたゲーム開発者たちを次々に童心に返して,歓声を上げながら砂遊びをする子供の群れへと変貌させている。
また,ひととおり砂遊びを楽しんだ後は,「プロジェクションマッピングを併用したら面白いはず」「VRで水を感じさせるのに理想的」といった意見も次々に飛び出していた。
つまり流動床インタフェースは,エンターテイメントのプロであるゲーム開発者たちに,「すごく楽しい」「これで何かをしてみたい」と思わせるだけのパワーを有しているのだ。
枯れすぎるほどに枯れた技術
このように「ちょっと変わった砂遊びができる装置」は,これまでもさまざまなものが提案されてきたし,実際に稼働しているものもある。
だが今回発表された流動床インタフェースは,極めつけに枯れた技術で構築されているのが特徴だ。
砂はごく普通の人工砂(粒子がある程度まで細かくなくてはならないため,人工砂のほうが向いているとのこと)で,前述したようにそれ以外の装置といえばエアコンプレッサーくらいだ。コンピュータが関与している領域はまったく存在しないし,何らかの新素材的なものが介在する要素もない。
事実,流動床インタフェースを開発した的場講師いわく,実はこの流動床なる技術は何十年も前から存在してるものなのだ。
流動床は本来,ごみ焼却炉で利用されているものだ。液体のように振る舞う砂とゴミを撹拌(かくはん)して燃やすと,効率が良いという技術である。この流動床式焼却炉は日本中に存在し,一般的な家庭ごみはこの焼却炉によって燃やされているそうだ。
流動床式焼却炉の動画を見た的場講師は,「砂が液体のように振る舞う装置」は何か別の領域でも利用できるはずだし,なにより絶対に面白いと確信。そして実際に作ってみて,そこに自ら手を突っ込んでみたら,案の定面白かったという期待通りの結果を得た。
的場講師は「流動床は何十年も前から存在する技術だが,流動床に人が入るという発想がなかった。だからこんなに面白いものなのに,エンターテイメントの世界では誰も流動床を使ってこなかった」と分析。「流動床と同様に,ある業界の人にとっては常識レベルの枯れきった技術でも,エンターテイメントに利用すると面白いという事例は,まだまだ存在するはずだ」と指摘する。
弱点がないわけではないが……
もちろん,流動床インタフェースには弱点もある。
1つは流動床の振る舞いが粉粒体科学に基づくということ。的場講師によれば「粉粒体科学は我々の一般的な常識や予想通りの結果が出てこないことが多い,とても複雑な科学」だという。このため,「これをこうしたら,こういうことができるのでは?」という予想が,あっさりと裏切られることも多いのだそうだ。
また,砂が水濡れに弱いのも問題点だ。雨の中で運用したり,ジュースがこぼれたりして,砂が湿り気を持つと,流動性は失われてしまう。
加えて,言うまでもなく安全性という課題が残る。「人間が溺死するには,たいした量の水は必要ではない」という話があるし,別の角度から考えると,衛生面なども気になるところだろう。
とはいえ,弱点がどこにあるかが明確であるなら,あとはそれを一つずつ克服していけばいいだけだ。例えば「水濡れに弱い」という問題については,菅谷教授は既に「砂ではなく樹脂を使う」というアイデアを温めているという。樹脂を使うと,砂よりもコストは上がるかもしれないが,より応用範囲の広い装置として利用できる可能性があるだろう。
ともあれ,CEDECというゲーム技術の最先端が語られる場において,流動床インタフェース――つまり新しい砂場――が多くの開発者を魅了しているというのはとても興味深いし,素晴らしいことであると感じる。
今後完成度が高まることに期待したいし,まったく別の「今まで誰もエンターテイメントとして使ってこなかった古い技術」が発掘されていくことも楽しみだ。
ちなみに,CEDECのインタラクティブセッションは,2700円(税込)のエキスポパスを購入すれば,誰でも体験できる。この「流動床インタフェース」をはじめとして,面白い展示が盛りだくさんなので,時間に余裕がある人はパシフィコ横浜まで足を運んでみてはいかがだろうか。
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