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[GDC 2017]GDCでもボードゲームの開発技術講演がスタート。損失回避を利用したボードゲームデザインとは
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印刷2017/03/01 21:04

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[GDC 2017]GDCでもボードゲームの開発技術講演がスタート。損失回避を利用したボードゲームデザインとは

GDC 2017の2日目,Board Game Design Dayのプログラム。筆者としては,本当はこの部屋に1日張り付きたかったのだが,諸般の事情で無理でした。残念
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 GDC 2017から新たに始まった企画として,アナログゲームに関する講演を集めた「Board Game Design Day」がある。GDCでこれまでアナログゲーム関係の講演がないわけではなかったが,Board Game Design Dayは1日で8本の講演が連続して行われるという,なかなかに素敵な企画となっている。しかも登壇者も豪華だ。

 本稿では,Geoffrey Engelstein氏による「Board Game Design and the Psychology of Loss Aversion」(ボードゲームデザインと損失回避の心理学)の模様をお届けしよう。
 Geoffrey Engelstein氏といえば,ボードゲーム界隈では有名なPod CastであるThe Dice Towerにも寄稿するゲームデザイナーで,日本では「Space Cadet」の作者としても知られている人物である。Apple II時代にコンピューターゲームも作ったことがあるというEngelstein氏は,損失回避(Loss Aversion)という心理学上の概念を,どのようにボードゲームデザインに利用しているのだろうか?

Mind Bullet GamesのGeoffrey Engelstein氏
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損失回避とは何か


 そもそも,損失回避とはいかなる心の働きなのだろうか?
 Engelstein氏は,損失回避とは「何かを得ると幸福になる。そうやって獲得した何かを失うと酷く不幸になる」ことを踏まえた心の動きであると語った。
 ここで重要なのは,「何かを得る」ことによって感じる幸福感と比べると,「そうやって獲得した何かを失う」ことによる不幸感は2倍のインパクトを持つということだ。実際に得失するのは同じ10$であったとしても,10$を得たときの幸福感が1だとすれば,10$を失ったときの痛みは2に相当するというのである。
 そしてそれゆえに,人間はなるべく「失うこと」を避けようとする。これが損失回避である。

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 Engelstein氏はこの損失回避という心理を利用して,ゲームを遊ぶプレイヤーの感情や体験をコントロールできると語る。しかも,プレイヤーに「常にいい気持ちになってもらう」というわけではなく,ときには損失回避を利用してプレイヤーに恐怖や渇望を感じさせることによっても,プレイヤーの感情や体験を操作できるという。
 本当にそんなことが可能なのだろうか?

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「得る」ときと「失う」ときで変わる行動パターン


 Engelstein氏は「せっかくゲームのイベントですから,会場にいる皆さんとゲームをしながら話を進めましょう」というと,聴講者に対して次の質問を投げかけた。

「2つの選択肢があります。
 選択肢Aを選ぶと,あなたは確実に3000$を得ます。
 選択肢Bを選ぶと,80%の確率で4000$を,20%の確率で0$を得ます。
 さて,どちらの選択肢を選びますか?」

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 数学ないしゲームにある程度詳しい人であれば,選択肢Bのほうが理屈の上では得が大きいことがわかる(選択肢Bを選んだときの期待値は3200$)。当然だが,GDCに来るような(しかもわざわざボードゲームの講演を聞きに来るような)聴講者なのだから,選択肢Bのほうが「賢い」というのはほぼ直感的に理解できているメンツである。
 にも関わらず,どちらの選択肢を選ぶかを挙手によって聞いたところ,会場では選択肢Aを選ぶ聴講者のほうが圧倒的に多かった。
 これは不思議なことでもなんでもなく,一般的に80%の人間はこの問に対して選択肢Aを選ぶという。

 さて,ここで次のゲームが始まった。新しい質問はこうだ。

「2つの選択肢があります。
 選択肢Aを選ぶと,あなたは確実に3000$を失います。
 選択肢Bを選ぶと,80%の確率で4000$を,20%の確率で0$を失います。
 さて,どちらの選択肢を選びますか?」

 今度の場合も,選択肢Bを選ぶと期待値で3200$を失うことになる。「賢い」選択肢がどちらであるかは自明と言ってもいい。
 だが会場の聴講者は,それでもなお選択肢Bを選んだ。そしてこれもまた実に一般的な反応で,実に72%の人がこの質問に対して選択肢Bを選ぶという。

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 以上のことから,このような法則が導かれるとEngelstein氏は語る。

「何かを得るときは,人間は確実にそれが獲得できる選択肢を選びがち。何かを失うときは,人間はその損失を回避できる可能性を持った選択肢に賭けがち」

 なるほど,これだけでもゲーム中のプレイヤーの感情や体験をコントロールできそうな雰囲気である。だがこれはあくまで序章に過ぎなかった。


得たものを失うときの,感情的な痛み


 TRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(以下,D&D)には,レベルドレイン攻撃と呼ばれる,対象のレベルを下げる攻撃をしてくるモンスターが存在する。そして言うまでもなく,このレベルドレイン攻撃はプレイヤーにとって忌み嫌われる攻撃となってきた。

 だがレベルドレインを嫌う人が大量にいる一方で,「それもゲームの一部なんだから,あるがままに楽しめばいいじゃないか」という提言も出てくる。当然この意見には賛否が交錯することになるのだが,この議論のなかで,いくつか興味深い見解が示されているとEngelstein氏は指摘する。
 例えば「レベルドレインとは違うけれど,初歩の蘇生魔法を使うと経験点が半減するペナルティを受ける。プレイヤーの中には,『経験点が半減するくらいなら死んだままのほうがマシだ!』という人も多い。これって理論的というよりは感情的だけど,よく出てくる反応だよね」という指摘。
 また「経験点を失うというのは,そのキャラクターが経てきた人生の一部を失うような体験だよね(だから好きだよ)」という声もあった。
 いずれにしても,経験点を失うというのは,明らかな「重大事」なのだ。

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 D&Dをデザインする側でもレベルドレインが「重大すぎる」という意識はあったようで,アドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ(AD&D)では命中したが最後,レベルドレインが確定していたのが,第3版では抵抗判定がつくようになり,第4版およびパスファインダーではレベルドレインそのものがなくなっている。

 この一連のレベルドレイン論争は,損失回避の考え方によって理解できる。
 つまり,「プレイヤーに何か(=経験点)を与え,その後,同じプレイヤーからその与えた何か(=獲得した経験点)を奪うと,そこには大きな感情が生まれる。その喪失による痛みは,最初から何も得られていないときよりも,強い痛みとなる」のである。

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 ちなみにこのような「感情的な痛み」は,プレイヤーに「これは俺のものだ」「これは俺にとって特別なものだ」感を与え,しかるにそれを奪い取る,ないし奪い取ろうとすることによっても発生させられる(=逆に言えば,それによって「奪い取られないような選択」を選ぶようにプレイヤーを誘導できる)と,Engelstein氏は講演の後半で指摘している。
 この場合の代表例は「Portal」におけるコンパニオンキューブだ――もっともこの場合はプレイヤーに「感情的な痛み」を与える方向で使われているが。

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どう書くかによって変化する判断


 さて,最初の「ゲーム」ではお金の得失で反応を見たが,ここでEngelstein氏は新しい状況を設定する。「致死的な病気が急激に拡散している。このまま何を対策をしなければ600人が死ぬ」という前提状況である。

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 ここにおいても,質問の基本的な構造は同じだ。

  • 選択肢A:200人の生命が救われる
  • 選択肢B:1/3の確率で600人の生命が救われ,2/3の確率で誰の生命も救えない

 この場合,72%の人が選択肢Aを選ぶという。
 さて,ここに新たな選択肢を2つ追加してみよう。

  • 選択肢C:400人が死ぬ
  • 選択肢D:1/3の確率で誰も死なないが,2/3の確率で600人が死ぬ

 選択肢CはAと,選択肢DはBと同じことを言っている。
 にも関わらず,なんと78%の人が選択肢Aを選ぶのである。

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 Engelstein氏は,「これはフレーミングの問題である」と指摘する。つまり人間は「何をもって獲得したと考え,何をもって失ったと考えるか」という点について,そこで使用されている言葉に引っ張られてしまうのだ。

 ちなみにEngelstein氏の新作である「Pit Crew」では,この心理を利用したデザインを行っているという。
 「Pit Crew」は勝利点を争うゲームだが,何らかの理由で勝利点が失われる場合,「勝利点を失う」のではなく「ペナルティポイントを得る」というデザインになっている。前者に対し後者のもたらす「痛み」は非常に小さいため,プレイヤーはよりゲームに熱中できるというわけだ。

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カジノが仕掛けるトリック


 さて,しかしながら損失回避の考え方に則ると,うまく説明できない現象がある。それは,なぜ人はカジノに熱中できるのか,という点だ。

 これについてEngelstein氏は,ゲームデザイン的に言うとカジノで人がお金を浪費することには,2つのトリックが影響していると語る。
 1つ目は,賭けに「チップ」を使うという仕組み。現金をそのまま賭けさせるのではなく,抽象化されたトークンを使わせることによって,プレイヤーは「そのチップが本当はどれくらいの価値があるのか」を見失いやすくなるのである。

 もう1つは,「大当たり」の仕組みだ。大当たりだけに注目した場合,カジノの構造をこれまでの選択肢A・Bで表記すると,以下のように分解できる。

  • 選択肢A:確実に何も得られない
  • 選択肢B:99.9999%で1$を失うが,0.00001%で500,000$を得る

 この場合,選択肢Bを選ぶと期待値は-0.5$なので,選択肢Bを選べば選ぶほど損をすることになる。しかし,人間はどうしても「勝てる確率」を高めに見積もってしまうため,「当たれば負けを取り返せる」(ないし「当てて負けを取り返す」)という思いのままに選択肢Bを選び続けて,一晩を明かし多額のお金を溶かすことになるのだ。

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 ちなみにEngelstein氏は「人間は非常に大きな桁の数がうまく把握できないことが多い」のもカジノを儲けさせる理由の1つだと指摘する。
 実際,上で示した選択肢には致命的な間違いがある。選択肢Bには「99.9999%で1$を失うが,0.00001%で500,000$を得る」と書かれているが,この確率を合計すると99.99991%にしかならない。人間は0.0001%と0.00001%の違いを,即座に見破れないことがあるのだ。

 ……まあ,なんというか,こうした話は我ら日本人ゲーマーのほうが肌で痛感していると思われるので,このあたりで次のゲームに行こう。はい次。


自分で行った選択に対しては頑固になる


 というわけで,次のゲームはシンプルな(そして予見可能性のない)ギャンブルである。「右のカップと左のカップ,どちらにサイコロが入っているかを当てろ。正解だったら5$あげよう」という,実に単純なものだ。

 だがプレイヤーが片方を選んだところで,Engelstein氏は「本当にそれでいい? 逆にしなくていい?」と聞く。それでも選択を変更しないプレイヤーに対してEngelstein氏は「じゃあ正解したら5$じゃなくて6$にするけれど,それでも変更しない?」と聞いた。やはりプレイヤーは選択を変更しようとしなかった。

 Engelstein氏いわく,これが「後悔」の心理であるという。人間は「最初に選んだものから選択を変更し,その結果として失敗すると,選択を変更せずに失敗したときの3倍後悔する」のである。
 だが絶対に選択を変えないかと言えば,さにあらず。「選択を変更しませんか?」とただ聞かれた段階で,10%の人は選択を変更する。そして面白いことに,正解を選んだら得られる報酬が初期の3倍になると50%の人が選択を変更し,10倍になると90%の人が選択を変更するのだ。

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「知り得ない情報がそこにある」という恐怖


 上のゲームと似たようなものとして,今度は6面体サイコロ1個による丁半博打を想定してみよう。出目は1・2・3・4・5・6なので,奇数と偶数で確率は半々だ。

 さて,ここで「プレイヤーがいつ賭けるのか」に注目してみよう。すると,やり方としては大きく分けて2つがあることがわかる。

  • 選択肢A:ディーラーが先にサイコロを振って,プレイヤーが後から賭ける(当然だがプレイヤーは勝負の瞬間まで出目を見られない)
  • 選択肢B:プレイヤーが先に賭けて,ディーラーがサイコロを振る

 この2つは,数学的に言えばなんら違いはない。だが実際に「どちらが賭けやすいか」を聞いてみると,選択肢Bのほうが選ばれることが圧倒的に多いという。これもまた,人間が持つ普遍的な心理の働きによるものだ。
 人間は,「自分にとっては不明な情報(だがそこに情報があることはわかっている)が多ければ多いほど,そこでの選択を拒みがちになる」のである。簡単にいえば,実は人間は「先出しで判断する」ことを好むというわけだ。

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「これはボーナスポイントです」は,本当に嬉しい


 最後に,「Car Wash Study」と呼ばれる興味深い事例が紹介された。
 いまここに「洗車場を利用するごとにスタンプが1つもらえるカード」がある。しかるにここで2種類のカードを作ってみた。

  • カードA:スタンプを8個集めたら1回無料
  • カードB:スタンプを10個集めたら1回無料(ただしボーナススタンプ2個つき)

 この2つは,無料になるまでの利用数はまったく同じだ。だが,1回無料を獲得できるところまでスタンプを集めたユーザーは,カードAにおいては19%であるのに対し,カードBでは34%に登ったという。
 最初に2つのボーナスが与えられているカードを貰ったユーザーは,そのボーナスを本当に「お得なボーナスだ」と感じるとともに,そうやって得た利益を喪失してしまうこと(=スタンプをあと8個集め損なうこと)を恐れるのである。

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 実はこれと同じ構造を有するボードゲームが存在する。「カタンの開拓者たち」だ。
 「カタンの開拓者たち」は最初に10VPを獲得したプレイヤーが勝利するが,すべてのプレイヤーには最初に2VP(=村2つ)が与えられている。まさに「2個のボーナススタンプが押された状態」でゲームをスタートするのだ。

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Board Game Design Dayの発展を祈って


 Engelstein氏の講演は,もちろんボードゲームのデザインにも活用できるが,PCゲーム(あるいはそれ以外の「サービス」)を作るにあたっても大いに活用できる要素を多分に含んでいるように思える。正直なところ,ボードゲームに限定してしまう必要がない講演と言えるのではないだろうか。
 一方で,「Board Game Design Day」という形でボードゲーム産業から知見を集めることによって,このように興味深い講演が行われるのであれば,それだけでも実施した価値はあったとも言える。この分野においてはまだまだ議論すべき問題や共有すべき知見が多いので,今後の発展に大いに期待したいところだ。

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