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[CEDEC 2016]素人のように考え,玄人として実行する。基調講演「画像を調理する:面白く、役に立ち、ストーリーのある研究開発のすすめ」聴講レポート
金出氏はコンピュータビジョン,マルチメディア,そしてロボット工学において先駆的研究に取り組んでいる人物だ。主な研究成果には,1981年に発表されたMPEGなど動画像処理におけるもっとも基本的なアルゴリズムであるLucas-Kanade法や,1995年に最初にアメリカ大陸を横断した自動運転車「Navlab 5」,2001年のNFLスーパーボウルで採用された30台以上のロボットカメラで270度の視野の映像を撮影する「Eye Vision」システムなどがある。
今回の基調講演は,その金出氏が長年の観察と経験から得た,研究開発に向かう姿勢や心構えなどが披露されるものとなった。
研究開発に従事する人達に,金出氏が「あなたの仕事と希望は何か」と尋ねると,ほとんどの人は「良い研究や開発をすること」と答えるという。それでは「良い研究」とはどんなものだろうか。なかなか難しい問いかけだが,金出氏はその答えとして,カーネギーメロン大学の故Allen Newell(アラン・ニューウェル)教授の3つの言葉を紹介した。
一つめは「良い科学は現実の現象,現実の問題に応答する」。これは,その研究が現実に起きている事柄に対応できていることを指す。
二つめは「良い科学はちょっとしたところにある」。つまり研究の対象は,常識からかけ離れたところにあるものではなく,「何だ,そんなことか」と思うようなところにあるというわけである。
そして三つめは「良い科学は差を生む」。これは研究の成果が,世の中に何かしらの変化をもたらすことを指す。
金出氏は,これらの言葉に登場する「科学」を,「技術」や「開発」に置き換えても成立するだろうと説明した。
さらに金出氏は,良い研究を行うための秘訣として,自身のこれまでの経験と観察から得た「素人発想,玄人実行」という考え方を披露する。
そもそも成功するアイデアとは,人が抱く想像や希望から生まれるため,単純かつ素直なものであることが多い。しかしそうしたアイデアは,なかなか実現しないのも事実だ。では素直なアイデアを阻害しているのは何か。金出氏は,それを「なまじっか“知っている”と思う心」,すなわち「専門的知識」であるとし,「そんな素人じみた考えは昔からあったが,ほとんど失敗に終わった」「専門家はこうするものだ」という先入観が新しいアイデアを否定してしまうと説明した。
しかし,素直なアイデアがあるからといって,素人が成功できるわけではない。なぜならアイデアを実現するには,専門的な知識と技術が必要になるからだ。そこで金出氏は,良い研究を行うためには,「素人のように考え,玄人として実行する」ことが重要であるとした。
ここで例として挙げられたのが,昨今話題の「自動運転車」である。金出氏は,自動運転自体は多くの人が夢みる技術であるが,専門知識となる制御理論を知らなければクルマをまっすぐ走らせるためのプログラムを組めないだろうと説明した。
「素人発想,玄人実行」を実現するために大事なこととして,金出氏は「発想する」「シナリオを作る」の二つを挙げる。
まず発想は,「身の回りからヒントを得る」ことがポイントだ。そして,それが飛躍しているように見えたり,いいかげんに見えたりしても否定せずにひとまず許容する。金出氏は「本当にそうなのか」「それは実現できるのか」ではなく,「もしそうだったら」「実現できたら」というアプローチが必要と説明した。
後者のシナリオを作るにあたっては,「何がどうしてどうなった」「どこでどんな風に役に立つ」ということを「広く,大きく,自由に,楽しく考える」ことが重要だ。と言うのは,そうすることによってどんどん話が広がり,より多くの人が参加できる余地が生まれるからだ。
そうした考え方やアプローチに基づき,金出氏はさまざまな研究を行ってきた。
その一つが,ここ数年注目を集めているVRである。VRは1990年代に一度ブームとなっているが,金出氏もまた当時研究に取り組んでいた。金出氏は,VRを現実(Real Reality)で試したいが実現できない実験をシミュレーションする場と捉えており,また逆に現実世界をバーチャルワールドに取り込めなければ意味がないだろうと考えたのである。
そこで金出氏が1993年に開発したのが,周囲をスキャンして3Dデータに変換する「Scanning Laser Range Imager」だ。この装置は太陽光のもとでも機能するため,巨大な建造物のスキャンも可能だった。また1996年頃には,この装置を自動運転のヘリコプター(今で言うドローン)に搭載し,森林のスキャンを行っていたとのこと。
並行して金出氏は,リアルタイムで動いているものの3Dデータ化の研究も行っている。1992年に開発した「CMU Video-Rate Stereo Machine for Realtime Mapping」には,カメラに写らない部分の映像に問題が生じたため,次にはカメラの数を増やした装置の開発に取り組むこととなった。
そして1995年に完成したのが,51台のカメラを搭載した「3D Dome」である。この装置は複数のカメラをドーム状に配置したもので,たとえば手術の模様を撮影すれば,医師の動きや患部の様子などををあらゆる角度から鑑賞できる。
金出氏は,この技術を「Virtualized Reality」(仮想“化”現実)と名付けたそうだ。
こうしたマルチカメラを使った撮影は,金出氏の開発したEye Visionを含め,今ではさまざまなところで活用されている。しかし金出氏がマルチカメラについて記した最初の論文は,「こんな数のカメラを使う高価な機材は使われない」という理由で却下されたとのこと。つまり金出氏が述べたように,新しい発想を専門知識が邪魔したというわけである。
続いて紹介されたのは「統計的“幻覚”プログラム」だ。このプログラムは「画像には極めて冗長度がある」ということを利用し,低解像度の元画像を高解像度の画像に変換するものである。
このプログラムは,約5000種類の高解像度画像と,それを低解像度化した画像を収録したデータベースにアクセスできるようになっている。そして高解像度に変換したい元画像を細かくパーツ分けし,データベースの低解像度画像の中に似ている部分がないかサーチする。似ている部分が見つかったら,それに対応する高解像度画像を切り出し,組み合わせていく。この作業を元画像の全体にわたって繰り返せば,最終的に高解像度の画像が得られるという仕組みだ。
上記のとおり,金出氏は自動運転に関する研究にも携わってきたが,最近では「スマートヘッドライト」を手がけている。これは確率分布を用いて雨粒や雪片が落ちてくる場所を予測し,そこにクルマのヘッドライトが当たらないようにすることで運転手の視界を確保するという装置である。
またこの技術を使い,対向車に当たる光をオフにしたり,自転車や歩行者にスポットライトを当てたりすることによって運転中の危険を減らす研究も進めているとのこと。
金出氏は,こうした人間自身の目に映る映像に変化をもたらす研究こそが本来の意味でのAR(Augmented Reality,拡張現実)につながるのではないかと語っていた。
講演の終盤,金出氏はあらためて研究の価値に言及した。「新しいことに価値があるのではない。役に立つことに価値がある」とし,それを実現するためには成功に至るストーリーの存在する「焦点の定まった研究」が重要であると述べた。
最後に金出氏は,「結果を人に納得させのは質と量である」「本当に動くものが人を納得させる(あなたの出した結果に本当に納得した人は,それがいくらで買えるか聞いてくるだろう)」という自身の発言を紹介し,「問題はあなたが解いてくれるのを待っている」と会場に集まった聴講者に呼びかけ,講演を締めくくった。
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