インタビュー
人類は「機械が生み出す知財」にどう向き合うべきか――SF作家・藤井太洋氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第19回
連載第19回めとなる,ドワンゴ・川上量生氏との対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」。今回は,SF作家・藤井太洋氏をお招きして,これから人類が直面するさまざまな課題や,今起きている問題についてなど,いろいろなことを語ってもらいました。
藤井氏は,3D制作ソフト「Shade」の開発統括などを経て,SF小説「Gene Mapper」を個人出版。同作が国内Kindle市場で最も売れた小説となったことで一躍注目を集めたという,一風変わった経歴を持つ人物。作家として頭角を現しただけあり,その“未来を思い描く”知見の深さや視点の面白さは本物です。
SF作家である氏が見据える未来の姿とはどんなものか。また,その時代における著作権のあり方,それに向き合う人類のあり方とはどういうものか。いつにも増して,さまざまなテーマに議論が広がった今回の座談会。ちょっと難しい話も多いですが,いつものように,雑談混じりの堅苦しくない内容になっているので,通勤/通学の途中で,あるいはお昼休みに,ぜひご一読ください。
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「機械が生み出す知財」にどう向き合うべきか
川上氏:
唐突でなんですが,最近,自分の中で国産のSF小説がとても熱いなと思っていて。
4Gamer:
ああ,そんな話をされていましたね。
川上氏:
そんな流れで,今回はSF作家の藤井太洋さんをお招きして,いろいろなお話を――とくに著作権や知的財産権周りの話をできればと思います!
藤井氏:
今日は宜しくお願いします。
4Gamer:
知的財産についてですか。それはちょっと難しいお話になりそうですね……。
川上氏:
まぁでも,これからのネット時代のありようや,ゲームも含めたコンテンツ業界にも大きく関わるテーマだと思うから,4Gamerさん向きでもあると思うんですよね。
4Gamer:
分かりました。しかし,知財と言えば,以前,川上さんが「昨今では,遺伝子情報や化学式をコンピューターで解析して,それらを全部特許として登録しまくるみたいな動きがある。それが大きな問題になっている」みたいなお話をされていましたよね。もしかして,今日はその辺のお話とかになるんですか?
川上氏:
あ,そうそう。その話その話。
なるほど。今日の対談はそういうテーマなんですね(笑)
そういうことであれば,確かにその辺の話って,別に遺伝情報や化学式に限らないんですよ。例えば,何か幾何学的な模様のパターンとかをコンピューターで割り出して,それを全部「意匠登録」してしまうだとか,他のいろいろな分野でも起こりうる話で。そういう機械的に生み出されたものを,どこまで権利として認めていくんだ?っていうのは,私は,これからもっとちゃんと議論されていくべきテーマではないかと思っているんです。
※意匠権(いしょうけん):意匠法に基づく物品の形状・模様・色彩のデザインの創作についての権利。権利期間は登録設定から20年(日本国内の場合)
川上氏:
「機械が生み出す知財」をどう扱うかっていうのは,これからの人間社会にとってはかなり大きな問題だと思うんですよね。
藤井氏:
製薬産業などではすでに起きている話ですからね。
川上氏:
はい。しかも,もう実際には作りもせずに,コンピューターの中だけでランダムにシミュレーションをしていって,その組み合わせの結果を特許申請しちゃうみたいな話まで出てきているじゃないですか。そうなると,そもそも「知財」には人間が考えたものだけじゃなくて,機械が発明したものまでが含まれるって話になっていきますよね。
藤井氏:
おっしゃる通りです。だから例えば,布とかの模様,テキスタイルのパターンとかにしても,今はCAD(※)とかでデザインして,そのデータを使って織ったりプリントしたりするわけじゃないですか。ということは,テキスタイルのパターンを機械的に何十億……じゃ全然足りないな。とにかく大量に作ってしまえば,理屈上は新しいモノが生まれなくなるって世界が訪れるわけですよ。だって,あらゆるパターンが先にコンピュータによって作られてしまうから。エルメスの新作のスカーフは,果たしてオリジナルデザインと言えるのか?ということが起きるかもしれないんです。
※CAD(キャド):Computer Aided Designの略。コンピュータを用いて設計をすること,またはコンピュータによる設計を支援するツール(CADシステム)のことを指す
4Gamer:
「これからの知財のあり方」って聞くと,もうちょっと建設的なイメージを持っていましたが……。お話を聞いていると,なんかもう,SF小説のディストピアみたいな話ですよね。
でも,これは,知財の世界で起きている/起きつつある現実の話なんですよ。“コンピュータが機械的に生み出したもの”があらゆる分野を席巻していく,そういう世界になりつつあるという。僕はやっぱり,それはそれでどうなんだって思うんですけど。
藤井氏:
それこそ,デザインでもなんでも,人間が何か新しいものを作った!と思っても,検索をかけてみたら必ず(登録されたものが)見つかるみたいな世界ですよね(笑)
一同:
(爆笑)
4Gamer:
それは確かに,ちょっと嫌な世界ですねぇ(苦笑)
川上氏:
そうそう。なぜSF作家の藤井さんと知財の話をしたいのかを説明しないといけないと思うんですけど,ちょっと前に,僕と藤井さんは「IP2.0研究会」という会合に呼ばれて,そういう時代における「著作権」「知的財産権」っていうのはどういう風にあるべきかっていう議論をしていたんですよ。
藤井氏:
そうでしたね。ただ,「機械が生み出す知財」を使って既存の知財保有者に戦いを挑む人達っていうのもいて。これも製薬業界の話なんですけど,タンパク質の塩基配列パターンを片っ端からWeb上とかで公開していって,企業が特許申請する前に「公の物」にしてしまえ!っていう動きがあるんですよ。製薬会社が新しい薬を作っても独占できないようにしようって話です。まだまだ公開しているデータが少ないので,実効性はあまりないんですけど。
4Gamer:
なるほど。興味深いですね。
川上氏:
それはあれですよねぇ。製薬会社が支払っている特許の申請費用と,反抗勢力側のコスト(HDDの値段とインフラ代)の戦いというか。そこの維持費勝負みたいな,最終的にはそういう話に行き着きますよね(笑)
藤井氏:
特許料の更新費は1つにつき年間3〜4万円(※)ぐらいでしたっけ? 維持するだけでも結構なお金を使いますからね。
※参考URL:産業財産権関係料金一覧(2012年4月1日以降)
川上氏:
はい。
藤井氏:
今でも,家電関連の特許とかは,ボタンの位置とか細かく特許を取ってるじゃないですか。その家電がなくなっても,ずっと更新し続けてたりします。だから今後,機械が生み出す「知財」が増えていくと,こういう部分の維持コストがさらに増えていくのかもしれませんね。
川上氏:
いやぁ,でもそれってもの凄い無駄ですよね。実質的な価値を何も生み出さない(笑)
藤井氏:
本当にそう思いますよ。こういうのはエスカレートすると,一部(特定の企業とか)を除いては誰も幸せにならない流れですよね。
SF的な世界が実はもう現実にある
4Gamer:
しかし,昨今の著作権にまつわる議論って,大事なんだけど“そこじゃない”というか,そういうお話が多いように感じていたんですが……。このお話は,なんだか妙なリアリティというか,怖さが感じられますね。
川上氏:
いや,本当にそうなんですよ。だって,例えば著作権が死後50年なのか70年なのかみたいな話っていうのは,僕は正直,「どっちでもいいじゃん」って思うんです。70年にしたい人がそんなに頑張るんだったら,僕なんかは「じゃあ70年でいいじゃん」とか思ってしまう。
藤井氏:
青空文庫みたいに,パブリックドメインを活用して有意義な活動をしている人や享受している面から見れば大問題なんでしょうけど,それ以外で問題になるケースってほぼないですからね。どちらかと言えば,違うほうが困ります(※)。
※藤井氏による補足:
ヘミングウェイ(1899-1961)の著作権は日本では切れていますが,米国ではまだ生きている。この状況で「老人と海」をパブリックドメインと考えて,それを下敷きにした新たな作品を書くのは難しい。紙だけならばまだしも,電子書籍やWebで公開してしまえば,米国の権利者の権利を侵害してしまうことになるのです。
川上氏:
「ダビング10」とか補償金(※)の話にしたってね。なんでそんなところで,そこまで揉めるんだって思うんですよ。もっと他に議論すべきポイントはいくらでもあるだろうと。
※私的録音録画補償金制度。デジタルメディアを用いて録音/録画する場合,利用者は一定の補償金を管理団体に支払わなければならないとするもの。補償金は,機器やメディアの販売価格に上乗せされている。
藤井氏:
本当にそうですね。
だけど,この機械が生み出す知財の問題っていうのは,これからの世界のありようを左右する本質的な話だなと思うんです。知財関連の議論においては,僕はここ(機械が作る知財)こそが一番の問題になるなって感じるんですよ。だから,藤井さんがここが重要だと指摘したのはまったく正しくて,これはまさに「IP2.0」に相応しい議題だと思ったんです。
藤井氏:
ありがとうございます。
川上氏:
……でも,この話で盛り上がっていたのは全体で20人ぐらいいるなかの4人ほどで。その4人ぐらいで「すげえ!その通りだ!」ってめっちゃくちゃ盛り上がっていたんですけど,他の皆さんは非常に困っていたのが,ちょっとショックでした(笑)
4Gamer:
うーむ(笑)
藤井氏:
現代って,コンピュータが自動的に作り出していくものを,あまりにも自然に享受しまくっていると思うんです。でも,この流れが続いていくと,これは誰が作ったの? 誰のもの?っていうのがよくわからなくなる――そんな時代が来るはずなんですよね。
川上氏:
よくSFとかで描かれているような機械の反乱……例えば,AIが自我に目覚めてみたいなことって,たぶんない。一方で,コンピュータがあらゆるものを作り出す,それが世界の土台として定着していく先に,「人間が決める範囲」がどんどん狭くなっていってしまうっていうことはあると思うんです。
藤井氏:
似たような話でいえば,プログラムの世界でも,自分が書いてるソースコードがマシン語として動いているときの状態っていうのはもう分からなくなっていますからね。どんどん“人間が分からなくてもいいように”なっていますよね。
川上氏:
そうです。まぁでも,まだプログラムにコードとデータっていう概念が存在している間は,少なくともそのデータ構造がどうメモリに展開されているのかとかの把握は必要でしょうから,そのあたりはかなり最後まで残ると思うんですけどね。
藤井氏:
“人間が決めない”“機械が自動的に行う”って部分でいうと,株のトレーディング(高頻度取引)なんかも近い問題ですよね。
※高頻度取引(こうひんどとりひき):金融・証券市場において,コンピュータを利用して高速(1000分の1秒以下)に小口取引を繰り返す取引手法。
川上氏:
ああ,そうですね。
藤井氏:
最近は,高頻度取引の勝負のポイントがプログラムの良し悪しを越えていかに取引所のデータセンターの近くにサーバーなりチップを置くか……みたいな世界になっている(※)とかって話を聞くと,いよいよだなって感覚に陥りますけど。
※物理的にサーバーを取引所の近くに置くことで,市場の情報を他の一般の参加者よりもコンマ何千分の1秒か早く得られる。その時間差を利用して,一瞬先の株価を先取りして儲けるやり方など。高頻度取引の手法の一つ。
4Gamer:
「攻殻機動隊」とかでもそんな話があったような……。SF的な世界が,実はもう現実にあるって話ですよね。
川上氏:
うん。アルゴリズムで定義化されたものっていうのは,最終的にはそういう物理的な勝負にもなっていきますよね。さっきの特許の話で,最終的にはコスト(HDDの値段とインフラ代対特許の維持費用)の戦いになるっていうのも,そういう事例の一つですね。
藤井氏:
まぁただ,僕は,そのアルゴリズムを人間が書いて指示を出しているうちは「まだいい」と思っているんですよ。
川上氏:
今は,そのアルゴリズムを生み出す部分すら自動化されていく流れになっていますからねぇ。
はい。機械学習のプログラムがアルゴリズムを作っていって,1番スコアの高かったアルゴリズムが勝手に走って――みたいな感じになってくると,ますます人間の分からない世界になっていくわけです。なんか数値(お金)は増えているけど,今はなんのアルゴリズムが走っているんだろう?みたいな。これはこれで,結構怖いと思うんですよ。
川上氏:
「ディープラーニング(※)」とか,AIや機械学習の研究が進むとそうなっていきますよね。
※低レベルの情報から高レベルの情報を段階的に導き出していく機械学習の方式。人間の大脳のメカニズムをコンピュータ上で再現する「ニューラル・ネット」の一つ。
4Gamer:
なんか,お話を聞いていて思い出したんですけど,川上さんは,インターネット時代の悪い流れって意味で,ある種の「ハック」をしようとする人達にどう向き合っていくべきか――みたいなお話をされていたじゃないですか。
川上氏:
はいはい。
4Gamer:
分かりやすい例でいうと,スパムメール業者であるとか,機械的にページを作ってアフィリエイトで稼ぐであるとか,機械が作り出すものの弊害ってすでにありますよね。そこがさらに発展していくと,高頻度取引であったり,機械的にIPを生み出して全部押さえてしまうみたいな世界になっていく――って理解でいいんですか?
川上氏:
そうそう。そういう話が出てきた時って,だいたい人の反応って2パターンあって。一つは,「ズルい」「これは酷い」みたいな反応で,そういう人の方が多いわけだけど,もう一方では,「俺もこんなビジネスモデルを考えられるようになりたい」って人も出てくるんですよね(笑)。そしてWeb業界の起業家っていうのは,基本的に後者が多いんですよ。人類の裏切り者ですよね。当然,そこにはアンチも生まれて――という構図になります。
藤井氏:
ははは。
4Gamer:
アンチっていうのは「ズルは許さない」みたいな?
藤井氏:
まぁ,ズルをする人に対してはどうしても嫌悪感って抱くもんですからね。でも,なんだろうな。別に明確な法律違反ってわけでもないし。どちらかというと,「不当に儲けてる奴が憎い」とか,そういう話な気がするけど。
川上氏:
その辺はなかなか難しいですよね。現行法が現状に対して正しく機能しているかっていうと,そんなこともありませんし。
藤井氏:
でも,その意味では,僕は「ズルをしてる奴」が人間じゃなくなったとしたら,その敵意はどこへ向かうんだろう?とも思うんですよ。
川上氏:
まぁ,コンピュータにズルをさせてる人間がいる間は,その人なり企業への反発なんだろうけど。
藤井氏:
じゃあ,彼らが死んじゃった後は?
川上氏:
うーん。それってたぶんだけど,要するに「資本主義が憎い」みたいな話ですよね。こんな世の中にしたのは,すべて資本主義のせいだ!みたいな(笑)
藤井氏:
ああ,そうですね(苦笑)
川上氏:
だから,もう何に怒っているのかよくわからないみたいな。そんな感じになっていくんじゃないですか。例えば,もう20〜30年もすると,「Google憎い」とか「Amazon憎い」とか,そういうのがいっぱい出てくる――今も出てきてるけど――んじゃないかなって気がしています(笑)
一同:
(爆笑)
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