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[CEDEC 2013]アニメ/映画業界とゲーム業界では大きく異なる「アニメーションにおける音響制作と演出の組み立て」
東映アニメーション株式会社 企画営業本部・企画開発スーパーバイザー 関 弘美氏 |
バンダイナムコスタジオ 中西哲一氏 |
氏は「花より男子」「おジャ魔女どれみ」「金色のガッシュベル!!」など,多くの東映アニメーションで番組プロデューサーを務めてきた。トップクラスのアニメ制作者がゲーム開発者に向けて語るという機会はめったになく,非常に貴重なセッションと言える。なお本セッションには,バンダイナムコスタジオの中西哲一氏がMCとして参加している。
このアニメの音楽は,通常のテレビアニメとは異なり,映画の音楽制作で使われる「検尺方式」(後述)という手法で作られている。「だから一つのシーンで,大変多くの要素の音楽がかかっています」(関氏)
一方ゲームの場合,「発売延期」のアナウンスがなされることはよくあることだが,氏はその告知を見るたびに,「ゲーム業界ってうらやましい」と思うそうだ。テレビアニメのほうはそうはいかず,放送日が決まると,最悪の場合でもその2日前にはテレビ局に納品されていなければならない。その後,納品されたキー局となるテレビ局からマイクロ波で送られた電波を地方局が受け取って,決められた日時に放送される,という仕組みになっているからだ。
映画の場合も,公開館数が300館におよぶと,300スクリーン分の映像を用意しなければならず,データや,DCPというパッケージを送るための時間をすべて逆算して,この日までに現像所へ,できあがったフィルムを納品しなければならない。準備が遅れたからといって,公開日を3か月ずらすわけにはいかないのが「興業の世界の掟」(関氏)とのことで,放映日や上映日に厳しいショービズの世界の内幕が披露された。
「デジモンアドベンチャー」はテレビアニメ化決定後,集英社のVジャンプで漫画連載が開始されるなどしたが,アニメ制作が決定した当初は,人気タイトルとは言えなかったという。「このテレビ作品を作るための予算は,今だから言えますが,おそらく650万円くらいだったのではないかと記憶しています。この650万円の予算の中で,テレビシリーズ用の音楽の50数曲と,同時に制作する細田 守監督の『デジモンアドベンチャー』という20分映画のための音楽を,すべて一緒に作らなければなりませんでした」(関氏)
スライド冒頭のところに「M1」というクレジットが入っているが,ここからM55までが,52本のテレビシリーズのために用意される選曲方式の音楽メニューになる。
また,ここに書かれている55曲は,注文したときは55曲だが,トラックダウン後には80曲くらいに増えていたりするとのこと。増やし方としては,本来1曲であったものをメロディだけのパートとそれ以外でそれぞれトラックダウンし,メロディのソロパートで1曲,オケと合わせて1曲で,計2曲にする……という感じだそうだ。こういうやり方で「せこく,地道に曲数を稼ぐ」(関氏)方法をとるとのこと。
そして,次のスライドが映画用の検尺リストだ。「花より男子」という30分映画を作ったときのもので,作曲家は大島ミチル氏。「これは映画なので,ゲームの世界と同じように,何かしら映像の手がかりがあり,その映像の手がかりをもとに,具体的に音楽の先生に発注をしていくための表です」(関氏)
とは言っても,発注時にフィルムは一切なく,絵コンテのみで発注することが多いと関氏は続けた。「絵コンテをもとに,例えば,このシーンのこのカットから,このカットまでの間,1分15秒の曲を作ってほしい……という発注をするんです」(関氏)
これが,映画でよく使われる検尺方式というわけだ。要するに,映像のタイミングに合わせてその場面「だけ」のために,楽曲を用意する方式である。
スライドにある「M4」の部分を見ると,1分15秒という秒数を鉛筆で消して,下に「1分14秒12コマ」と書かれている。「コマ」とはゲーム業界でいうフレーム数のことと考えて差し支えない(1秒=24コマ)。絵コンテの状態では1分15秒の尺でよかったものが,実際に映像が完成してみると,1分14秒12コマの尺だった。そのため「半秒(12コマ)短く」という再発注をしたというわけだ。
ここで,ゲーム業界の開発者である中西氏が「なるほど。1曲の中に何曲か入っているという感じですね」と述べると,関氏は「ゲーム業界の方だと,音楽を作る際に,『テンポが変わる=別の曲になる』という解釈をされることが多いですね」と返した。このあたりはまさに,業界の違いによる認識のズレということなのだろう。「こういう発注をゲーム業界の作曲家の先生にすると,『これは1曲ではなくて,3曲の解釈だ』と言われたりもするんですが,我々の業界では,これは1曲の扱いになります」(関氏)
決してごまかそうとしているわけではなく,ひとつの重要なシーンでかかる曲,あるいは1人のキャラクターの心情に沿って作る曲だから,1曲は1曲なのだという理解。この辺が,アニメの現場とゲームの現場の違いと感じているそうだ。
「とくにアニメーションの場合,このスクリプターという職種を抱えているのは,数あるアニメ会社の中でも,東映アニメーションだけと言われています。短い制作期間の中で,極力ミステイクを発生させないためにも,スクリプターは必要な職種だと考えています」(関氏)
ちなみ,ワンクール分で発注される楽曲数は「弊社では常識的には30曲,多くても35曲くらいだろうと言われています」(関氏)
1話はシリーズ監督,2話から6話を同チームの別の演出担当者が演出し,7話目でまたシリーズ監督の演出に戻る。その間,すべての演出担当者が,この作品のために用意された音楽メニューを頭の中に叩き込み,「この音楽はこういうシーンでかけるといいんだ」とか「この音楽のあそこの部分だけ使えば,もうちょっと別の使い方ができるかな」などと学習しなければならないのだ。
「7話と言うのはローテーションの2巡目になるわけですが,2巡目以降,なぜかどんな作品でも,音楽と台詞と演出のマッチングが完璧にうまくいくようになるんです」(関氏)
これはつまり,台詞を言う前から音楽をかける,あるいは,ある台詞が終わり,次の台詞が始まるところから音楽をかける,といったことをすべて計算したうえで,監督/演出担当者があらかじめ間尺を用意しておいたということだ。こういったベテランの技が駆使されているからこそ,我々はアニメーションに気持ちよく没入することができるのだろう。
関氏によると,アニメーション制作において「もっともこだわる」部分の一つが「終わり方」なのだそうだ。これは音楽だけでなく,カットの終わりまで,さまざまな「終わり方」を含んでいる。「カットが始まるときよりも,カットが終わる瞬間,あるいはそのシーンが終わる瞬間に対するこだわりを,アニメ制作の現場では強く意識しています」(関氏)
アニメでは,フェードアウトだけでなく,逆にすごく強い終わり方にする場合もあるし,場面が急激に変わる場合,音楽もきっちり切り替えなければならない。しかし,例えば宇宙空間で使われていた音楽を,次のシーンの日常空間にまで「こぼす」こともある。当然そこにも演出の意図があって,宇宙空間と日常空間は時間軸でつながっている,あるいは宇宙空間での出来事が,日常空間にとっての「予兆」である場合,場面を転換させても,わざと音楽を切らないのだそうだ。
こういった「終わり方」に関する部分は,テレビや映画の世界では非常にこだわられている部分とのことなので,興味のある人は,お気に入りの映像作品を注意深く鑑賞してみるといいかもしれない。
引き算というのは,頭の中に思い描かれている作品のイメージから,「この音楽は要らない,取っちゃおう」「この台詞は邪魔だから,これも削っちゃおう」「ここの効果音を引いてみよう」という作業のこと。つまり「無駄をそぎ落としていく作業」だ。
関氏はゲームの映像を見ていると,「そういったメリハリをつける作業がほとんど行われていないので,イラッとすることがあります。ゲーム業界の人達は『引き算』が苦手な人が多いなと思います」(関氏)
サービス精神も相まって,どうしても足し算が多くなるケースはあるだろうが,それでも関氏は「重要度の異なるシーンが等価に力を入れられているため,どちらがより重要なのか分からない」と苦言を呈していた。
その映像は,脚本上では存在していた台詞をオミットしたり,本来はナレーションで行う予定だった説明を文字だけで見せたりしつつ,音楽と映像の美しい部分をメインで「立たせる」演出が施されており,オリジナルの映像をリメイクしているそうだ。「これが演出プランというものです」(関氏)
「アニメーション,ゲーム,映画などは,いずれも20世紀になってから発達したエンターテイメントですけれど,私は常日頃から,演出,監督,プロデューサー,アニメーター,シナリオライターの勉強をするときは,古典を必ず学んでください,と伝えています。例えばシナリオの場合だと「戯曲」。ラシーヌ,コリーヌ,シェイクスピアなど,そういったところから学ぶべきでしょう。音楽も,シンセでの打ち込みが増えてきましたが,しっかりと作曲の基礎を学ぶことは,とても大切なことだと思います。
弊社の若い監督達も,いろんなジャンルの音楽を聴いたり,あるいはいろんなジャンルのエンターテインメントに触れたりしていますが,「何かしらの好きな古典」を持っていることが共通しています。何か一つ,支えになるような古典のエンターテインメントを持っておくと,これからの創作活動にも大いに役立つのではないかと思います」(関氏)
終始柔らかい話し方で,なかなか表に出ることのない貴重なアニメ/映画業界のエピソードや,制作裏話を紹介してくれた関氏。ゲーム業界に対する苦言もちらほら飛び出たが,歴史や慣習の異なる業界の内情を,他業界の人にも分かりやすく説明してくれたのが印象的であった。
(善し悪しではなく,仕組みとして)インタラクティブに映像がジャンプする動的なゲームに対し,シナリオがきっちり決められた,いわゆる「時間芸術」の色が濃い静的なテレビアニメの,「時間軸に対する徹底的なまでのこだわり」に触れることができたのは,多くの聴講者にとって,有益なものだったのではないだろうか。
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