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[CEDEC 2023]シブサワ・コウの目標は「もっともっと面白いゲームを作りたい」 クリエイターに「野望を抱け」とエールを送った基調講演
襟川氏とコーエーテクモゲームスの歩みや,氏のゲームや経営にかける思い,そして将来への展望が語られた講演の模様をレポートしよう。
[インタビュー]初代「信長の野望」で初めて統一したときに“こりゃ面白いゲームができた!”と感動。40周年の節目に,シブサワ・コウが語る
本日,コーエーテクモゲームスの歴史シミュレーション「信長の野望」が40周年という節目の年を迎えた。シリーズは16作を数え,位置情報ゲーム「信長の野望 出陣」も発表されるなど,変わらず精力的な展開を見せる「信長の野望」。その生みの親,シブサワ・コウこと襟川陽一氏にインタビューを行い,初代の思い出やシリーズのこれからを語ってもらった。
自分の好きなことが人の役に立つ。それが仕事の醍醐味
襟川氏はまず自身の経歴を紹介した。栃木県足利市で生まれ,慶應義塾大学商学部を卒業後,中堅の商社に勤めたのだが,父親が経営する染料問屋の業績が思わしくなく,「手伝ってほしい」と請われて栃木に戻ったという。
結局会社は倒産してしまい,襟川氏は整理を進める中で「自分だったらうまくやれるのではないか」という思いを強くし,同じ業種で1978年に会社を立ち上げる。それが光栄だった。
だが,そのころの繊維や染料の業界は,東南アジアからの輸入品に押されるなどして全体的に景気が悪く,光栄も経営に苦しむことに。
襟川氏は,倒産した父親の会社と同じ業種でチャレンジしたことを「若気の至り」「今だったら絶対にやりません」と振り返ったが,その一方で「若いうちに無謀なことをやっておくと,失敗しても何らかの形で成功につながる」と述べ,このときの経験が現在にも生きていると語った。
あるとき,襟川氏は書店でたまたま手にした月刊誌「月刊マイコン」でPCを知り,興味を持ったのだが,高価なものなので,会社の状態もよくない中で簡単に買うわけにもいかないと遠慮していたという。
そんな襟川氏の気持ちを汲んでくれたのか,妻の恵子氏が「MZ-80C」を誕生日プレゼントとして買ってくれた。因果関係をはっきりさせる襟川氏の性格はプログラミングとの相性がよかったようで,以降,コンピュータ漬けの毎日を送り,財務管理や見積もりのソフトウェアを自分で組んだそうだ。
ただ,一番楽しかったのは仕事が終わった後にプレイするゲームだったとのこと。PC雑誌に掲載されているプログラムリストを打ち込んで遊ぶ日々を繰り返すうちに,自然とゲーム作りの基本を身につけていった。
ゲームセンターに行くこともあったが,当時は「スペースインベーダー」や「パックマン」といったアクション性の強いものが多く,襟川氏好みの思考を要求されるゲームはほとんどなかったという。ならば自分で作ろう,と思い立って開発したのが「川中島の合戦」だ。
同作はたちまち評判となり,全国から注文が殺到したのだが,襟川氏が本当に嬉しく思ったのは,プレイヤーからの「面白かった」「次はこうなるといいな」といった声が届いたことだという。
それまでの襟川氏は,どこか仕事に義務感のようなものを感じていたが,このコミュニケーションがとても面白いうえに,自分の好きなことが人の役に立つことの嬉しさを知り,これこそが仕事の醍醐味だと思ったそうだ。そして,光栄をゲーム開発専業にすることを決めたという。
コーエーテクモは世界一を目指す
続いて襟川氏はゲームの歴史や市場規模などを示しつつ,ゲーム産業が長期にわたって成長を続けている,非常に稀な存在であることを説明した。
ゲーム市場がまだ小さかったころ,襟川氏は通産省(当時)の役人と会ったときに「市場規模が1兆円を超えないと産業とは言えない」と言われ,悔しい思いをしたという。それが今や世界で約23兆円となっているのだから,襟川氏にとっては感慨深いようだ。
ここからはコーエーテクモの紹介に。グループの基本理念は,襟川氏が経験したことが基になっているという。コーエーテクモの精神とされる「創造と貢献」は,「川中島の合戦」のプレイヤーからの声を聞いて仕事の醍醐味を知った襟川氏の原点だ。
経営基本方針にも,開発者と経営者の両方をこなしてきた襟川氏の考え方が反映されている。よいコンテンツを作ることで収益が上がって会社が成長し,社員の待遇もよくなって新分野への挑戦もしやすくなり,それがまたよいコンテンツにつながっていく……という繰り返しでここまでやってきたという。
社員教育に力を入れていることも,コーエーテクモの特徴。新入社員研修はもちろん,技術や語学,プロデューサーなどの職種別研修といったさまざまなものがある。その理由は,基本的に社員を新卒で採用し,育成を続けてパートリーダー,ディレクター,プロデューサー,やがては役員と成長してほしいからとのことだ。
社員福祉も同様で,8年連続のベースアップを行っている。特に2022年には月額基本給を23%アップさせた。また,今年の新卒社員の初任給は30万5000円になっている。襟川氏は「ゲーム業界のトップクラスの待遇を常に目指しています」と話した。
そんなコーエーテクモゲームスが目指すのは,世界No.1のデジタルエンタテインメントカンパニーだ。世界一は光栄設立当初からの目標だったが,その方法が分かっていたわけでもなく,若かった襟川氏は「頑張ろう!」「気合いだ!」と社員に呼びかけるぐらいしかできなかったと振り返った。
だがその後,コーエーテクモグループが年々成長を続けていることは,多くの人が知る通り。襟川氏は,営業利益ベースでは全世界の上場ゲーム企業中17位にまで上がってきていることをアピールした。ここから世界一へ上り詰めるのは簡単なことではないが,まったくの夢物語で片付けてしまえる位置でもない。
なぜ営業利益ベースでの比較なのかが気になる人もいるかもしれないが,襟川氏は,ゲーム会社の営業利益とは,お客から「もっといいゲームを作れ」という期待感の表れだからとした。その期待に応えるため,営業利益は次にいいゲームを作るための投資に充てるという。
そういった本業重視の姿勢は,襟川氏個人についても言える。4Gamer読者ならご存じかもしれないが,襟川氏はかなりのゲーマーで,毎日朝5時に起きて22時に就寝するまで,ほぼずっとゲームをプレイしているという。タイトルは自社・他社を問わず,最近では「ディアブロIV」や「FINAL FANTASY XVI」などをプレイしたとのこと。
そうやってさまざまなゲームをプレイする中で,新しい面白さに出会ったときは何より嬉しく,自分たちも世界中の人を同じように喜ばせたいと感じるそうだ。
そんな襟川氏の思いは,今年の1月に制定されたコーポレートスローガン「Level up your happiness 新しい面白さでもっと幸せに」にも表れている。
世界一を目指すコーエーテクモの近年の業績も示された。それが下のグラフだが,見事に右肩上がりで,2023年3月期は営業利益と売上高が過去最高を記録している。
中期的な目標としては,2024年度に売上高1000億円,営業利益400億円,経常利益500億円を目指すとのこと。また,2022年度から2024年度の3年間で,パッケージソフトで500万本タイトル,毎期の200万本タイトル,スマホ向けでは月商20億円タイトルの創出を目指すとしている。
その実現のために,襟川氏が必要だと考えているのが,グローバルIPの創造と展開だ。グローバルIPは,プラットフォーム,ジャンル,コラボレーション,ライセンス,タイアップといった多方面に展開できるため,今後の大きなカギになるという。
ゲームIPのゲーム以外での展開というと,映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が記憶に新しいが,襟川氏は以前,任天堂の宮本 茂氏が「うちはタレント事務所ですから」と話すのを聞いたことがあるという。冗談めいても聞こえるが,襟川氏は「それくらいIPを大事にしている」と受け取ったとのこと。
グローバルIPを創造するには,最初から世界を見据えた作り方をすべきだと襟川氏は考えている。
「仁王」シリーズは出荷本数が累計700万本を突破したが,その90パーセントは海外とのこと。任天堂のIPとコラボした「ファイアーエムブレム無双 風花雪月」「ゼルダ無双 厄災の黙示録」はそれぞれ400万本を突破し,500万本に迫っている。今年3月発売の「Wo Long: Fallen Dynasty」も100万本を突破し,Xbox Game Passを含めると,プレイヤー数は380万人を超えているという。
グローバルIPの多方面展開の詳細も説明された。
プラットフォーム展開は,正確に言えばマルチプラットフォーム展開のこと。襟川氏は「たくさんの人に楽しんでいただくため,たくさんの機種に」と話した。
ジャンル展開は,1つのIPをさまざまなジャンルでリリースすること。襟川氏は,歴史シミュレーションとして始まった「信長の野望」が,その路線を継続しつつも,並行してオンラインゲーム,シミュレーションRPG,スマホアプリといったように,ジャンルを変えた新作を送り出していることを紹介した。
襟川氏にとって思い出深いのはMMORPGの「信長の野望 Online」。サーバーのプログラムなどでは「えらく苦労した」とのこと。日本で初のMMORPGを目指して頑張っていたが,「ファイナルファンタジーXI」に先を越されてしまったことも含めて,強く印象に残っているようだ。
ただ,苦労した甲斐あって面白いものに仕上がり,サービス開始から3年ほどは毎日22〜26時の間,最も活況となる時間帯にログインして楽しんでいたとのこと。同作は,それから20年たった今もサービスを継続している。
そして,次なる新ジャンルの「信長の野望」は,8月31日にサービスが開始される位置情報ゲーム「信長の野望 出陣」だ。
このようなジャンル展開は会社の安定に貢献し,またIP自身の強さにもつながっていくと襟川氏は話した。
コラボレーション展開でまず挙げられたのは,無双シリーズ作品の数々。また,無双シリーズ以外でも,アクションゲームのノウハウを生かして他社とのコラボタイトルを開発していることが紹介された。
ライセンス展開は,現在のところ中国の企業に三國志のIPをライセンスする形が中心だ。
タイアップ展開は,アニメや食品,地域など,ゲームでのコラボ以上にさまざまな企業や団体が相手となる。襟川氏はこれまでの実例を挙げながら,「こうやってIPを広めるために現場は頑張っているんですよね」と労をねぎらった。それぞれのコラボに対しての一言コメントも印象に残ったので以下に紹介する。
襟川氏は,これまで説明したことを踏まえて,コーエーテクモの強みを「重層的な収益構造」「優れた開発力・技術力・マネジメント力」「卓越したヒューマンパワー」の3つだとした。
「重層的な収益構造」とは,グローバルIPでも紹介されたような,新規タイトルを作り,シリーズ化して,コラボやIP許諾につなげるといったものだ。襟川氏はこのメリットとして,特定のタイトルに過度に偏ることなく,持続的で安定した高い収益性を実現できることを挙げた。
次は「優れた開発力・技術力・マネジメント力」。開発力については,「オリエンタルな世界観」を得意としていることが挙げられた。これは多くの人が思い当たる通り,「川中島の合戦」や「信長の野望」といった,襟川氏の歴史好きが反映されたタイトルから続く伝統とも言えるものだ。
技術力では,独自のゲームエンジン「Katana Engine」を使ってAAAタイトルを開発していることが紹介された。直近にリリースされたタイトルのMetascoreも高く,社内では「絶対に80点以上,できれば90点以上」が目標になっているとのこと。
マネジメント力とは,納期や品質,予算管理を徹底すること。ほかの2つに比べると少々地味かもしれないが,安定的な成長には欠かせない力でもある。
「卓越したヒューマンパワー」に貢献しているのは,新卒入社した社員が現場経験を重ねながら成長し,やがてはディレクターやプロデューサー,役員になっていくというシステム。実際,現在のコーエーテクモゲームスの役員はみんな新卒で入社しているという。
シブサワ・コウからクリエイターへのメッセージ
コーエーテクモについての説明が終わったところで,会場に集まった開発者に向けて,襟川氏がプロデューサー シブサワ・コウとして何を考えてきたのかが語られた。それらを紹介しよう。
●好きなことを一生懸命
もともと趣味だったゲーム作りを仕事にした襟川氏は,この42年間をとてもやりがいがあるものだったと振り返り,好きなことをできるのは素晴らしいこと,幸せなことだと噛みしめるように話した。
●アイデアは実体験から
たくさんの経験が頭の中に引き出しを作り,それがゲームの源泉になるという。歴史好きだった襟川氏は「川中島の合戦」を作り,そこに経営者としての視点を加えて「信長の野望」を生んだ。
ゲームだけではなく,映画やコミックなどにも親しみ,実際にさまざまな場所へ足を運び,人と話すことがゲームを磨くことにつながると考えているそうだ。
●部下は同志
開発の喜びも悲しみも,楽しさも苦しさも共有して,いい結果が出たときはともに祝うことがゲーム開発の醍醐味になる。
●品質・納期・予算
プロデューサーは品質や納期,予算の管理に責任を負う立場だが,襟川氏もその徹底を求めた。管理という言葉にネガティブなイメージを持つ人も多いが,襟川氏は管理を「一定の範囲内に結果を収めること」とし,「いくらいいタイトルを作れても,管理ができなければ大赤字になり,会社も大きな影響を受ける」と,その重要性を説いた。
襟川氏は,プロデューサーには先を見る力が必要だとした。そのプロジェクトにはどれくらいの人員や予算,時間が必要なのかといったことが把握できないと務まらない役職で,そのためにはさまざまな現場経験が必要になると説明した。
●コラボはリスペクトから
無双シリーズをはじめとして,さまざまな企業とのコラボを行っているコーエーテクモだが,その始まりは良好な人間関係とのこと。そして襟川氏は,お互いのタイトルをリスペクトすることが最も重要だと考えていて,コラボタイトルの開発に当たっては,そのシリーズを愛している社員でチームを編成すると明かした。
●決断
どんな仕事であっても,決断するべき場面があるが,襟川氏は,物事を長期的,多面的,本質的に捉える“長多本”の原則で考えたうえで決断を下し,あとは天命を待つと語った。
●最善,次善,次次善
プロデューサーとしては,もちろん理想を追い求めるべきだが,それがかなわないときもある。襟川氏は,最善が無理だったら次善,それも無理なら次次善と,決して後退はせず,一歩でも前に進めるような策を現実的に選んできたという。
●プロデューサーは経営者
前述したように,プロデューサーは品質や納期,予算に責任を負うが,それは利益に責任を持つということにもつながる。襟川氏は,プロデューサーの仕事は経営者と同じで,ゲーム会社の盛衰は優れたプロデューサーがどれだけいるかで決まると考えているという。前述したように,コーエーテクモゲームスの役員は全員新卒で入社しているが,同時に全員が開発の仕事も抱えたプレイングマネージャーだそうだ。
●OS的発想
リソースを最大限に活用することを考えるべき,という提言。PCを使い始めたころの襟川氏は,「なぜOSが必要なのか?」と思っていたそうだが,あるとき,OSがハードウェアの性能をうまく引き出していることに気付いたという。
プロデューサーも同じで,人や予算,時間といったリソースから出しうる最大のパフォーマンスを目指すべきとした。
●顧客の創造
新しい顧客を迎え入れるためには,新しい面白さを作る必要がある。襟川氏は,それが世界一のゲーム企業につながると語った。
襟川氏は今後の目標として,「もっともっと面白いゲームを作りたい」と語った。今,注目しているテーマにAIを挙げ,法的問題がクリアされたうえで,積極的に開発へ導入したいという。歴史シミュレーションゲームのようなタイトルはAIとの相性もよく,期待しているそうだ。
経営については,コーエーテクモゲームスの鯉沼久史社長や早矢仕洋介副社長をはじめとした次世代の役員に任せ始めており,心配はしていないと話した。
講演も終わりに近づき,ここで襟川氏の信条が語られた。これは39歳のときにアントレプレナー大賞を受賞し,CSKの創業者である大川 功氏から「なぜ受賞できたのかを3つの理由で説明してくれ」と請われ,緊張しながら答えたものだという。
1つめは,さきほどの言葉にもあった「好きなことを一生懸命やる」。それが一番価値あることであり,多少苦手だったり,難しかったりすることも,好きならば乗り越えられるとした。
2つめは「伸びていく業界で思いっきり仕事をする」。これは倒産した父親の会社と同じ業種で光栄を立ち上げてしまった,苦い経験から学んだ教訓だ。
3つめは「幸せな家庭を築く」。幸せな家庭は人生を豊かにし,仕事のやりがいも生まれる。恵子氏が買ってくれたPCがゲーム作りのきっかけになったため,襟川氏は「結婚していなかったら今のコーエーテクモはない」と話した。
襟川氏はコーエーテクモホールディングスの社長だが,恵子氏は同社の会長,つまり上司になる。そして家庭でも恵子氏が上司ということで,襟川氏は「一生このままで行くんでしょう」と笑いながら語っていた。
そして襟川氏が最後に送ったメッセージは「野望を抱け」。分不相応な望みでも構わないので,その夢の実現を目指す中で成長し,やりがいと醍醐味を感じつつ充実した人生を送ってほしいとエールを送り,講演を締めくくった。
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