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シャープが公開した軽量型VR HMDを試す。独自開発のパンケーキレンズは,競合よりも約1.6倍明るい自信作だ
シャープがVR HMDを開発したワケ
まず,押さえておきたいのは,シャープが公開したVR HMDは,あくまでもプロトタイプであり,直近で製品化を予定するものではないということだ。ではなぜ,開発したのかというと,シャープが独自に開発するレンズやセンサーといった,HMD向け部材をアピールするためである。
今回のVR HMDは,技術デモ用の試作機なわけだが,想定よりも完成度が高く仕上がったので,せっかくだからこちらも展示してしまおうということになったようだ。
試作機は軽量化を狙って,バッテリーはあえて搭載しなかったそうだ。そのため,公称本体重量は約180gと非常に軽い。
また,本体側にコンピュータとしての機能を備えていないので,スマートフォンといったなんらかのホストデバイスと,USB Type-Cで接続して使う仕様となっている。会場では,シャープ側が準備した市販のスマートフォン(おそらくはAQUOS R7)を使ったデモを行っていた。
新開発のパンケーキ型接眼レンズは業界で最も明るい
シャープ製VR HMDのキーパーツである接眼レンズは,シャープと同社傘下のレンズメーカーであるカンタツが共同開発したものだ。最近のVR HMDでは,目とレンズの距離を近付けつつ,深い焦点距離や広い視野角をバランスよく実現できるパンケーキ型レンズを採用する製品が多い。今回披露されたシャープ製VR HMDや,パナソニックのグループ会社であるShiftallが開発する「MeganeX」もパンケーキ型レンズを採用する。
パンケーキ型レンズは,接眼側の非球面レンズと,映像パネル側の凸レンズを組み合わせた構造をしており,非球面レンズには偏光レンズを,凸レンズ側はハーフミラーを用いているのがポイントだ。2つのレンズ間で反復的な反射が起きる(反射を重畳させる)ことで,焦点距離を伸ばしつつ,拡大率も上げていく仕組みとなっている。
シャープとカンタツが開発した新型レンズは,非球面レンズと凸レンズの間に,さらにハーフミラーを挟み,もともとの想定光路から逸脱した光を捨てずに利用したそうだ。これにより,いままで捨てていた光を目に届けられるようになるため,光利用率は業界トップとなる40%を達成したそうだ。まさに「目の付けどころ」のレンズを「シャープ」にする技術というわけである。
このレンズを実現するには,相当緻密な光学設計と製造技術が必要になるため,「ほかの会社にはマネしにくいはず」とシャープは自信を見せていた。
ちなみに,競合メーカーが開発するパンケーキ型レンズの光利用率は25%前後であるそうだ。つまり,シャープ製レンズの光利用率は競合と比べて約1.6倍ほど高い。同じ消費電力の映像パネルであれば競合に対して,約1.6倍明るく表示でき,同じ輝度でよければ消費電力を60%に抑えられるということになる。
なお,レンズの視野角は90度で,視度は左右の目それぞれで独立して調整できる。瞳孔間距離(Interpupillary Distance,IPD)の調整機能やアイトラッキング機能は備えていない。
映像パネルの詳細は明らかになっていないが,4K解像度で最大リフレッシュレート120Hzの液晶パネルとのことだ。
HMDのヘッドトラッキング機能は,ゴーグル部前面に備える小型カメラによって,6軸自由度(6DoF)のトラッキングを行うインサイドアウト方式を採用した。もちろんゴーグル部には,加速度センサーやジャイロスコープなどを搭載しているので,それらのセンサーもヘッドトラッキングに活用している。
ただし,先述したように,HMD側にはデータを処理する機構を持たないので,トラッキング性能や精度は,HMDと接続したホストデバイスに依存するという。
加えて,ゴーグル部前面の中央部には,トラッキング用カメラとは別に,RGBカメラが実装されており,これによってリアルタイムで撮影した映像を,ユーザーに見せることでAR/MR的な体験も提供できるようになっている。
サウンド機能は,眼鏡で言うところの「つる」の根元あたりに備える指向性の小型スピーカーで再生する方式で,外音を聞きつつ,コンテンツの音声も周囲に聞こえる形だ。
操作方法としては,いまのところ,ハンドトラッキングによる操作に対応する。大まかな手の動きだけでなく,指の動きまでを検出でき,目前に表示するCGのオブジェクトを指先で突くようなインタラクションも可能だ。
なお,SteamVRに対応する一般的なVR HMD用コントローラには対応していない。また,アプリケーションも,今回の試作機向けに開発したものしか動作しない。このあたりの仕様は試作機然とした仕様に留まっていた。
「ロボホンを3Dスキャンして検品せよ」的なミッションを疑似体験
シャープのブースでは,VR HMDの使い方を疑似体験するデモが用意されていた。内容は,シャープ製のロボット型電話機「ロボホン」の工場で,ベルトコンベアー上を流れてくる組み立て済みのロボホンを手に取って,検品するというものだ。
デモの流れはこうだ。デモを始めると,画面内にメニューが表示されるので,ハンドトラッキングでメニューの[SCAN]ボタンと押すと,HMDのRGBカメラによるシースルー機能で,現実世界のテーブル上にあるロボホンが見える。そのロボホンを「3Dスキャン」することで3Dデータ化すると,「検品完了」となる。
実際には,今回の試作機に,3Dスキャン機能は実装されていないので,検品演出場面はあくまで演出だ。しかし,後述するシャープ製HMD向け部材には,Time of Flight(ToF)の測距センサーもあったので,将来的には,そうした3Dスキャン機能をVR HMDに組み込みたいというアイデアを,デモに盛り込んだということなのだろう
新型センサーやカメラも登場
そのほかにも展示会場では,子会社であるシャープセミコンダクターイノベーション(以下,SSIC)が開発するVR HMD用の半導体部品も展示していた。この中からいくつか紹介しよう。
まずは新開発のアイトラッキング用超小型赤外光カメラ「160K-FF」だ。その大きさは,約1.5(W)×1.7(D)×1.96(H)mmで,突出量(Height)2mm未満に収まっているのは世界最小とのこと。
撮像センサーのサイズは,1/14.5インチとなる。解像度はモノクロで400×400ドット。眼球にある角膜上の赤外反射光を捉えるには十分な解像度だと言える。また,光学系はカンタツが担当しているという。
担当者によれば,アイトラッキング用途だけでなく,表情認識などのフェイストラッキングにも利用可能だろうとのことであった。
カメラではもう1つ興味深い製品があった。液体ポリマー(正確にはゲル状)レンズを組み合わせた新開発の超小型カメラである。
撮像センサーは,ソニーの「IMX258」を採用しており,センサーのサイズは1/3.06インチ,解像度は1300万画素(4208×3120ピクセル)だ。
撮像素子は既製品なので,この製品の注目ポイントはカンタツが開発した光学系の方にある。この光学系は固定レンズが5枚で,焦点調整用のレンズにポリマーレンズが使われている。
ピエゾ(圧電)素子で,透明素材のポリマーレンズを圧縮することで,レンズの形状を変えて焦点距離を調整する仕組みだ。
わざわざ圧電素子とポリマーレンズを使う理由は3つある。
1つは,レンズの立体構造を縮小できるため,カメラモジュールの薄型化につながることだ。
2つめは,焦点距離の調整が圧倒的に速く行えることにある。物理的な移動がない光学系なので,合焦速度は1msを実現したという。これは機械駆動の一般的なレンズと比べて100倍ほど速い。
3つめは,焦点距離を変えても視野角がほとんど変化しない点だ。機械駆動によって立体的にレンズが移動する光学系では,光路が変化してしまうため,焦点距離を変えると,画角が微妙に広がったり狭まったりする。
日常的にカメラを使っている人にとっては身近な現象だが,新開発のレンズでは,レンズが立体的に移動しないため,こうした現象は起きない。実際には,光路が変わる以上,ごくわずかに生じているはずだが,無視できるレベルということだ。
最後は,IR測距センサーだ。これは赤外光を飛ばし,その反射光が入って帰ってくるまでの時間から対象物までの距離を測定するセンサーである。これは,深度センサーとして3Dスキャン用に利用するものになる。本来はこちらを試作機に組み込んで3Dスキャン機能を実装したかったようなのだが,間に合わなかったようである。
まだアイディア段階のようなのだが,シャープでは,このIR測距センサーの構造を応用して,生体センサーに転用する研究も行っているとのことだ。たとえば,VR HMDでは,ユーザーがHMDを装着したかどうかをセンサーで検知する場合がある。これをより発展させて,皮膚下の血流量の変異を検知して,ユーザーのストレス状況などを把握できないかとの構想があるようだ。それができれば,ストレスがたまったユーザーに対して,休憩を促したり,VRゲームの難度を調整したりといったことにも応用ができるようになる。なかなか面白い取り組みではないだろうか。
シャープ公式Webサイト
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