インタビュー
[TGS 2017]「MONSTER HUNTER: WORLD」が採用するヤマハのサウンド技術「ViReal」は,モンハンに何をもたらすのか。開発者に聞く
4Gamerでは,東京ゲームショウ2017の会場で,ViRealの開発に携わっている白木原 太(しらきはらふとし)氏に話を聞くことができたので,その内容を基に,MONSTER HUNTER: WORLDが採用した技術の正体に迫ってみたい。
なお,それに先だってお伝えしておくと,本稿の内容は,カプコンの岸 智也氏がCEDEC 2017で行った講演の内容を理解していると,把握しやすいはずだ。本稿では一部でその内容を前提とする部分があるので,基礎知識がちょっと不安という人は,そちらに目を通しておいてもらえればと思う。
[CEDEC 2017]基礎からすっかり分かる「これで解決! ゲームに必要な3Dオーディオの全て」の聴講レポート
ヤマハとカプコンは共同で,ViRealのバーチャルサラウンドサウンド技術をプラグイン化
さて,冒頭で「MONSTER HUNTER: WORLDがViRealを採用した」と紹介したが,実のところ,ViRealはヤマハが手がける3D音響技術製品シリーズである。
ラインナップは以下のとおりで,立体音響の録音(入力),編集,再生(出力)という一連の流れをサポートする,立体音響用の統合スイートだ。
- ViReal Mic:「Ambisonics」の編集を行うための64chマイクアレイで,球体の上に64個のマイクを実装したものとなっている。「360度カメラで撮影するとき,このマイクを使って同時に音を収録すると,映像も音も360度対応できる」とは白木原氏の弁
- ViReal Sound Engine:「まだ開発中のため,最終仕様が確定していない」(白木原氏)が,Ambisonicsの音声フォーマットを扱えるソフトウェアベースの制作環境,つまり,Ambisonicsフォーマットによる360度音声データのままミックスしたり音を移動させたりできるような制作環境である。イメージとしてはむしろDAW(Digital Audio Workstation)に近い。「今後,DAWのプラグインのような形でリリースできればいいなと考えていますが,予定は未定です」と白木原氏は述べていた
- ViReal Headphone:ヘッドフォンによる立体音響を再現するバーチャルサラウンドヘッドフォンプロセッサ(=機能)
- ViReal Speakers:多数のスピーカーを設置した部屋で360°定位を実現させる技術
なお,Ambisonics(アンビソニックス)についてはCEDEC 2017におけるカプコン岸氏の講演レポートが詳しいが,誤解を恐れず,ものすごく簡単に説明しておくと,ある一点でさまざまな方向から同時に収録した複数の録音を用いて,後からその音場を360度で再現する録音・再生技術だ。
ViReal Headphoneは何であって,メリットはどこにあるのか
採用するアルゴリズムは定番のHRTF(HRTF:Head Related Transfer Function,頭部伝達関数。「人間を中心とした360度の世界があるなかで,この方向からの音はこう聞こえるはずだ」というデータベースのこと)で,360度定位をヘッドフォン用にダウンミックスするとき,バイノーラル化を図っているわけである。
ただし,ゲーム用の統合オーディオ制作ミドルウェアであるWwiseにプラグインとして組み込んであるため,MONSTER HUNTER: WORLDにおけるViReal Headphoneは,5.1chとか7.1ch,あるいは上下10chずつとかいった「チャネルベース」だけではなく,「オブジェクトベース」で,360度の空間を2000ポイントでカバーすることもできる仕様になっている。換言すると,ゲーム空間内において2000か所の座標点をベースに音源を定位させることができるのだ。
量子化ビット数は32bit浮動小数点で,サンプリングレートは現状48kHz。サンプリングレートは「もちろん高解像度もサポートできますが,(ゲームではいわゆるハイレゾレベルのものが要求されないため)実際の対応は,今後必要に応じて,ということになります」と白木原氏は述べていた。
処理遅延の具体的なスペックは未公開ながら,事実上,ほぼないと述べて差し支えないレベルだそうだ。「ソフトウェア処理で入力信号を遅延なく処理していますから,処理していない状況と変わりません」(白木原氏)とのことである。
ゲーム用のバーチャルサラウンドヘッドフォン技術としては,「Razer Surround Pro」や「Dolby Headphone」「DTS Headphone:X」「Waves Nx」など,さまざまな選択肢があるわけだが,なぜカプコンはそれらではなく,言ってしまえば新参の,さらに言えば製品ポートフォリオも完成していない技術を採用したのか。競合との違いについて尋ねてみると,白木原氏からは次のとおり,自信に満ちた回答が得られた。
通常は,『HATS』と呼ばれる人体模型を使って録音したりするケースが多いわけですが,なら(HATSに採用される)その耳の形がベストなのかと言えば,そうではありません。現在は立体のキャプチャ技術も進化しているので,我々は耳の型取りから始めて,『本当によい耳の形』を研究して,それをViReal Headphoneで活用しています。言うなれば,データの品質で勝負している感じです」
氏の言うHATSとは要するに,4Gamerのヘッドセットレビューでもお馴染みの,ダミーヘッドのことだ。
HRTF方式が抱える問題としては,リスナーの耳の形状が,ダミーヘッド側のそれ(=開発者が準備した耳型)と大きく異なる場合,開発者が意図したようには聞こえない点が挙げられる。
そもそもダミーヘッドは,ある程度の汎用性を持たせるため,バストアップの人体をデフォルメしたものになっている。よって,確かに汎用性は高いものの,頭や肩,胸部の大小など,細かい部分が個々のリスナーとは異なるため,耳の形状や体形がダミーヘッドと大きく異なる場合は,開発者の意図したとおりのサラウンド感が得られない,ということがままある。
白木原氏の発言に戻ると,つまりヤマハは,なるべく多くの人が,開発者の意図したとおりに音の位置を認識できるようにするため,あえて一般的なダミーヘッドは利用しなかったのである。
実在する人間の耳と頭の形状をデータ化したうえで,それを基にHRTFのモデリングを行ったバーチャルサラウンドヘッドフォン技術がViReal Headphoneだと言い換えてもいいだろう。「シンプルにデータの精度を上げている」という意味では,ギミックのない王道とも言える手法だが,大量のデータを集めて解析し,最大公約数を導くというのは,昨今のビッグデータ活用にも通じる,旬の方法とも言える。
結果として得られるViReal Headphoneのメリットは何なのか。音としてどこが違うのかについて,白木原氏は「上下感」を挙げていた。MONSTER HUNTER: WORLDのような,プレイヤーキャラクターの上からモンスターの各種効果音が鳴るタイトルで,「上から音が鳴っている」表現をきちんと行えるのが,最大のウリだという。
「弊社でもデモを用意していますが,この『上下感の表現を行えている』ことに皆さん驚かれています。おそらくこの表現力こそが,MONSTER HUNTER: WORLDに採用された決め手になったのかな,と」(白木原氏)。
筆者の知る限り,バーチャルサラウンドヘッドフォンプロセッサで「上下感が分かること」をウリにしている製品はほとんどない。HRTFを使って,実際にスピーカーがある位置よりも高いところから音が鳴っているように聞かせる「エレベーション」(elevation)という技術はいくつか存在するが,360度の音源定位を実現するだけでなく上下感まで得られるバーチャルサラウンドヘッドフォン技術は,ViReal Headphoneが初ではなかろうか。
ここまであえて触れてこなかったが,カプコンはMONSTER HUNTER: WORLDだけでなく,「バイオハザード7 レジデント イービル」(PC / PlayStation 4 / Xbox One)の「ゴールド エディション」でもViReal Headphoneを採用している。そしてカプコンは,前者では上下感を追求する一方で,ホラーゲームである後者においては「後方の音をきちん表現したい」という希望があり,それぞれ要望に合わせて,共同でチューニングしていったとのことである。
このあたりのカスタマイズ性の高さが,今後も継続されるのであれば,ゲームのサウンドデザイナーにとって利用する価値の高いサービスということになるだろう。
なお,DTS Headphone:Xのアピールポイントでもある「コンボルーションリバーブを用いた音響ルームの再現」については,「現時点はサポートしていません。ただ。技術としてはもちろん持っているので,ViReal Sound Engineの機能として将来的に搭載していこうかなとは考えています」(白木原氏)とのことだった。
ViReal Headphoneのデモを体験
想像してもらえると思うが,東京ゲームショウ2017の会場内はノイズだらけだ。カプコンブースも決して静かな環境ではなく,批評的にMONSTER HUNTER: WORLDの音を聞くには適さないということで,今回は会場の外に出て,白木原氏が用意してくれたタブレットPCを使い,ヤマハ製のデモでViReal Headphoneを試聴することになった。
デモは,3D空間内で上下に跳ねる球体を音源として,これに近づいたり離れたり,周囲をグルグル回ったり,自分も飛び跳ねたりできる一人称視点のアプリケーションで,ヘッドフォンを装着していれば音の変化をリアルタイムに確認できる。
厳しいことを言うと,真正面に音源がある状態でジャンプした場合,確かに上下で音色は変化するものの,ちょっとやり過ぎで不自然な印象もあった。ただこのあたりはあくまでもデモなので,分かりやすさを重視した可能性もあるだろう。
ところで,バーチャルサラウンドヘッドフォン技術で前方の定位がぼやけやすいというのは,ヘッドセットレビューで繰り返し指摘していることだが,HRTF処理にあたってバイノーラル化しているViReal Headphoneは,かなり優秀な部類に入る。少なくとも,「耳の真横から後ろの定位は分かるが,前の音はさっぱりで,すべて脳のど真ん中で定位する」という,よくある伝統的なHRTF方式とは聞こえ方がまったく異なり,やや前方で定位している。
横並びで比較したわけではないものの,あえて言えば,バイノーラルレンダリングベースのバーチャルサラウンドサウンドと近い聞こえ方だ。
後方定位は,今日(こんにち)の主要なバーチャルサラウンドヘッドフォンプロセッサにおいて問題ではなくなっているが,それはViReal Headphoneでも例外ではない。後方の定位および音源定位も非常にスムーズで,真後ろが若干デッドポイントになって落ち込むのもきちんと確認できた。
「聞こえ方が仮に不自然だとしても,真後ろはきちんと聞こえてほしい」という人もいるだろうが,現実世界において,人間の真後ろというのは最も高域が聞こえにくく,かつ音量も少し落ちて聞こえるのだ。これは耳の形状が原因だが,ViReal Headphoneはそれをきちんと再現できている。
※リアルタイムではないが,ヤマハは「足元から聴こえる足音が、回りながら自分の頭に近づいてきて遠ざかる」というデモサウンドを用意しているので,ぜひヘッドフォンやヘッドセットを装着して聞いてみてほしい。
ViRealの今後
ヤマハは,東京ゲームショウ2017に合わせる形で,2018年1月以降,ViReal Headphoneの本格提供を開始すると発表した。バイオハザード7 レジデント イービルのゴールド エディションとMONSTER HUNTER: WORLDは先行採用という位置づけだが,なら残る3技術はというと,「(完成,発売まで)それぞれ2,3年かかると思います」と白木原氏。ViReal Headphone以外は,これから立ち上がる予定の立体音響技術と呼んで差し支えないだろう。
前述のとおり,このマイクでは64ch分の集音を行うことになるわけだが,白木原氏は「『DANTE』という汎用的なネットワークオーディオフォーマットをサポートしていますので,極論,ノートPCが1台とViReal Micだけでも録音は問題なく行えます」としていた。
というか問題はむしろ,「録音した64chのオーディオデータ」をAmbisonics形式に変換するところにあるそうだ。たしかに,64chで録音したデータが仮に10分とかあったりすると,それをAmbisonics形式へ変換するのを想像しただけで,メチャクチャにパワフルなCPUが欲しくなるレベルである。
白木原氏は,「やはりAmbisonicsへの対応はゲーム業界が一番進んでいると思いますので,まずはゲーム業界での採用に注力し,収録のところでもヤマハで立体音響技術を提供するというところを目指していきたいです」と語っていた。
一方,ViReal Headphoneと対を成す出力用ソリューションであるViReal Speakersだが,こちらは自由な配置で室内にたくさんのスピーカーを設置したうえで,その状態をソフトウェアが検出して,ソフトウェア側でいいバランスになるよう,各スピーカーから出る音を調整する仕組みになっているという。その仕様上,5.1chや7.1chといった既存のマルチチャネルスピーカーセットで必要な,「スピーカーの設置場所への配慮」が無用というのがメリットになる。
そういう方向性なので,設置できるスピーカーの数に上限はないそうだ。氏いわく「開発用にヤマハ社内で『122基のスピーカーを設置した部屋』は作っています」とのこと。122基ものスピーカーを設置したドーム状の部屋自体が,大学の研究所を除けばヤマハにしかないそうで,かなり実験的な仕様を採用していると言えるだろう。
「実際問題としては,10基くらいから効果を確認できますね」とも白木原氏は述べている。つまり,家庭で導入できるようになれば,スピーカーの配置場所を気にしなくてよくなるというわけで,テンションの上がる読者もいるのではなかろうか。ただ,それをスマートに実現するには電源やオーディオケーブルのワイヤレス化が必要であろうとも思う。
白木原氏も「スピーカーの位置を自動で検出する機能まで含め,ViReal Speakers対応のスピーカー製品を出すとなると,先の話になってしまうと思います」と述べていたので,一般家庭にViReal Speakersが下りてくるまでには時間がかかるはずである。
ヤマハのような巨大企業にもなると,新技術が誕生したからといって,それが即座に最終製品まで下りてくるわけではないので,この点はやむを得ないところか。
ただViRealの開発チームとしては,これから社内外への営業活動を活発化させるとのことなので,カプコン以外のゲームデベロッパによる採用も含め,継続的に注視していく必要のある技術とは言えるだろう。
意欲的な立体音響技術と断言できるViReal
それ以外の技術は目下開発途上なわけだが,CEDEC 2017におけるカプコン岸氏のセッションでも述べられたとおり,Ambisonicsをはじめとする立体音響技術はゲーム業界の「旬」だ。なので,ゲーマーが気付いた頃には,ヤマハの技術が録音から出力までの全工程を席巻していた,なんてことが起こってもまったく不思議ではない。
一方,開発者目線に立ってみると,64chと高解像度(Hi-Order)Ambisonics録音に対応したViReal Micはすぐにでも需要がありそうだ。また,ViReal Sound Engineも,Ambisonics形式のまま64chの録音データを編集できるなら画期的なソリューションになるはずで,シリーズ全製品の早期完成に期待したいところである。
ヤマハのViReal公式Webサイト
カプコンのMONSTER HUNTER: WORLD公式Webページ
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(※カプコンブース撮影:林 佑樹,インタビュー撮影:佐々山薫郁)
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