レビュー
「音を現実世界に定位させる技術」はゲームで効果があるのか
Waves Nx+Nx Head Tracker
Nx Head Trackerは,「音を現実世界に定位させる技術」である「Waves Nx」を活用するためのBluetooth接続型デバイスだ。WavesはGDC 2016のタイミングでWaves Nxを「ゲーム市場でも展開する」としていたものの(関連記事),実のところ,技術基準適合証明――いわゆる技適――を取得して2017年1月17日に登場した国内版はプロオーディオ系のWaves国内代理店がいつもどおり扱っていたため,筆者の視界に入らず,すっかり忘れていた。そんなある日,秋葉原の店頭で実機を見つけ,「そう言えばWaves Nxってあったなあ」と,手に取った次第である。
入手の経緯が経緯だけに,ほとんど予備知識なしでのテストとなったが,いろいろ面白いことが分かったので,チェック結果をお伝えしたい。
愛用のヘッドフォンやヘッドセットに取り付けて使うNx Head Tracker
音楽制作の現場では,スタジオとなる部屋の中に複数のスピーカーを配置するので,音はユーザーの前方から聞こえることになるが,Waves Nxではその体験をヘッドフォンやヘッドセットで再現するのだ。2ch出力対応の一般的なヘッドフォンやヘッドセットだと,音は頭の真横から聞こえるのに対し,Waves Nxを導入すると,Waves Nxは「ユーザー(の頭)がいまどの方向を向いているか」を追跡(=トラッキング)し,それに合わせて,ユーザーがどの方向を向いていたとしても,音は部屋の奥に“設置”されたスピーカーから聞こえるようなイメージになる。
「いつものスタジオと異なる場所で,ノートPCとヘッドフォンだけで作業の続きを行うときも,いつもと同じように音が前方のスピーカーから鳴っている感覚が得られる。だから作業しやすい」というのが,プロオーディオ向けWaves Nxの謳い文句だ。
もっとも,Waves Nx自体はマルチチャネルサラウンドに対応している。そのため,ヘッドフォンやヘッドセットの装着時に音が“部屋”の後ろから聞こえるようにすることも可能だ。Wavesがゲーム市場で展開しようとしているのは,2chというより,マルチチャネルサラウンドのほうという理解でいいだろう。
本体サイズは実測約55(W)
バッテリーは連続で40時間持つとされ,残量が心許なくなった場合には通常時に青く光るLEDが赤くなるとのことだが,2週間ほど使ったりよしたりした感じでは,バッテリー切れを思わせる兆候はない。使い方次第ではあるものの,けっこう持つという理解でよさそうだ。
天面部にあるのは電源ボタンとLEDインジケータのみ。シンプルな外観だ。ボタンは短押しでBluetoothペアリングモードとなる |
電池は底面側の蓋を開けると取り付けられる。技適通過を示す印刷も底面側にあった |
長期的にこの状態で利用すると,クッション部がゴムバンドの形に凹んでしまったり,材質によってはクッション部のカバーが痛んでしまったりする可能性はあるので,ここは注意が必要だろう。
対応OSはWindowsが8.1以降,macOSが10.9.5以降。AndroidとiOSに関する具体的なバージョン情報は出ていないのだが,筆者はAndroid 6.0.1とiOS 10.3.1での動作を確認している。ハードウェア側としてはBluetooth 4.0以降に対応していることが条件だ。
デスクトップPCだと追加でUSB−Bluetoothアダプターが必要になると思うが,それ以外の端末だと,最近のものなら標準対応している可能性が高いだろう。
なお,スマートフォンやタブレットではPlay StoreもしくはApp Storeからアプリ版「Waves Nx」をダウンロードすることで,Nx Head Trackerを利用できる。ただ,これは「音を現実世界に定位させる技術」を活用したメディアプレーヤーであって,ゲームには使いようがないため,今回は紹介を割愛する。無料で使えるので,Nx Head Trackerを導入したなら,一度は試してみるといいのではなかろうか。
Waves Nx自体は単体で利用可能。Nx Head Trackerはその機能拡張用ハードウェア
PCおよびMacでNx Head Trackerをゲームやビデオ,音楽で使うには,「Nx for Windows and Mac」という別売りのソフトウェアを購入する必要がある(※音楽制作用には「Nx」というプラグインが別途用意されている)。もっと言えば,単体で利用できるNx for Windows and Macというソフトウェアが先にあって,Nx Head TrackerはNx for Windows and Macの機能拡張用ハードウェアという扱いだ。
- ゲーム(プログラム)→OS(のサウンドマッパー)→サウンド出力デバイス
という感じのサウンド出力処理になるのに対し,Nx for Windows and Macを導入すると,
- ゲーム(プログラム)→OS(のサウンドマッパー)→Nx Headphones→サウンド出力デバイス
という流れになる。
常駐し,タスクトレイから呼び出せる設定用アプリケーションのスクリーンショットが下だ。ご覧のとおり,「真上から見た人間の頭部」を模した3Dヘッドモデルの周辺を,5基のスピーカーが囲むようなものになっている。
前段で触れたとおり,Waves Nxではユーザーの頭がどこを向いているのかリアルタイムで追跡することになるのだが,設定アプリケーションでは,追跡にどのハードウェアを使うのか選択できる。「え? そこはNx Head Trackerなんじゃないの?」と思うかもしれないが,実はNx Head Trackerを持っていない場合,Webカメラで代用することができるのだ。もっと言えば,Waves Nxを単体で利用することもできる。
ただしWebカメラの場合,ユーザーの目の位置を追跡して頭の位置を把握するため,部屋がやたらと暗かったり,ユーザーが後ろを向いてしまったり,そもそもVR(Virtual Reality,仮想現実)対応ヘッドマウントディスプレイを装着していたりする場合は使えない。また試した限り,左右の首振りの検出精度は良好で,上下の動きにはやや弱いという特徴を持ち,また遅延面においてゲーム用途では不利だったので,少なくともゲームやVRコンテンツで利用したいのであればNx Head Trackerの利用が必須だと断言しておきたい(※ビデオや音楽を楽しむだけならWebカメラでも十分に代用可能だと思う)。
また,こちらは言うまでもないが,単体で使う場合はそもそも頭の動きの追跡機能は使えない。
次に「Buffer Size」(バッファサイズ)は,サウンドデータを一時的に貯めておくためのデータ領域のことで,選択肢は64
試した感じでは,スピードが優先されるFPS用途だと選択肢は64しかない。FPSでもとくにスピード感重視のタイトルだとそれでも遅く感じられることがあったので,FPSとの相性はあまりよくないと言わざるを得ないだろう。
一方,それ以外のタイトルだとデフォルトの512でも気になるケースは少なかった。「音が明らかに遅れて聞こえるようなら,より小さなバッファ値を選ぶ」くらいでいいと思われる。このあたりはジャンルやプレイスタイル,PCスペックとの相談だ。
- Circumference(サーカムファレンス):耳の上端を基準とした頭囲
- Inter-Aural Arc(インターアウラルアーク):左右にある耳の穴から穴まで,後頭部を回したときの長さ
ここを正確に入力しないと,仮想スピーカーが正面ではなく,頭の中にあるように聞こえたり,横からの音の定位がズレたりと,本来の性能を味わえない。なので,面倒だがちゃんと計測しよう。
ひととおり設定が終われば,あとはシンプルである。右上のスイッチボタンは,Waves Nx機能の有効/無効切り替え用。「OFF」にした場合は仮想デバイスとしてのNx Heaphonesがバイパスされ,Output Devicesで選択しているサウンドデバイスから「普通に」サウンドを出力することになる。
- Voice:Nxエフェクトは最小限で,主にボイスチャット向きのプリセット
- Multimedia:中程度のNxエフェクトがかかるプリセット。ゲーム用途や音楽試聴用途,ビデオ鑑賞にまんべんなく向くとされる
- Movie Theater:最大限のNxエフェクトがかかるプリセット
の3つ。WavesはMultimediaとMovie Theaterをゲーム向きとしているのだが,Movie Theaterは反響音など残響系の音が増えるので,広大な世界を旅するオープンワールドのMMORPGや,広い世界を味わうVRコンテンツ向けといったところで,基本的には「MultimediaかVoiceのほうで好みのものを選ぶ」ほうが早いのではないかと思う。
ただ,たとえば「左右も無視してメガネのツルに引っかける」といったことを行うと,軽く動かすくらいなら問題ないものの,首を一定以上動かすと変な挙動になった。できる限り「ヘッドフォンやヘッドセットの天頂部設置」を心がけたほうがいいだろう。
自然なサラウンド感が得られるWaves Nx。Nx Head Trackerも優秀だが,いくつか注意事項あり
実際にWaves Nxを使ってみると,「違和感のないサラウンドサウンド」であることにすぐ気付く。たとえばRealtek Semiconductor製のHD Audio CODEC用ドライバソフトウェアに付属する“おまけ”のバーチャルサラウンドサウンド機能は言うに及ばず,「Razer Surround Pro」よりも,サラウンド感は自然だ。
戦艦の場合は主砲の位置も体感でき,たとえば1番砲塔から3番砲塔まで順次発砲といったとき,耳が楽しく,カメラをズームするとなお楽しい。あるいは,艦載機が接近し,上空を過ぎて遠ざかっていくのも,魚雷の接近するイヤな音も,正しくその方向から聞こえる。
ただ弱点もあり,端的に述べて真後ろは弱い。Razer Surround Proだとほぼ真後ろから聞こえるようなシーンでも,Waves Nxだと後方の左右にズレて鳴っているように聞こえることが多々あった。担当編集が「Voiceプリセットだとむしろ真後ろは良好だと思う」と言っていたので試したが,やっぱり違和感は残ったので,ここは聞こえ方に個人差があるところなのかもしれない。
なお,ゲーム側で「ワイド・ダイナミックレンジ」を無効化したせいかなと思い「オン」にした場合でも,ズレた感じは変わらず。むしろ効果が弱くなったように感じられ,筆者はすぐ「オフ」に戻している。
顔を真正面に向いているときはWaves Nxを単体で使っているときと同じ感覚だが,顔を右に向けてみると,前方の仮想スピーカーから鳴っている音は左耳を中心に聞こえ,かつ,右耳には反響音がとどくようになる。真後ろを向けば,正面の仮想スピーカーが後方かなり後ろにあるいように聞こえ,頭を下に向けると斜め上のほうで仮想スピーカーが鳴っているように聞こえる。立体的な音環境を体験できるという点で,これはとても面白い。
ただ,そうやって頭をぐりぐり動かしていると,頭を正位置に戻したときにWaves Nx上の正位置からズレていることがまれにあった。その場合,左右の音のバランスも微妙に変わってしまう。
対策自体はあり,[Alt]+[Tab]キーでタスクを切り換えて,[Sweet Spot]ボタンを押してそれからゲームに戻ればいいのだが,正直,面倒だ。せめてキーボードショートカットでいつでも再キャリブレーションを行えるようにしてくれると,VRヘッドマウントディスプレイを外してぱっと再キャリブレーションできるので,センターがズレたとき,違和感に苛まれなくて済むだろう。対応をお願いしたいところだ。
もう1つ,Nx Head Trackerを使っていて気になったのは,不定期に生じる「追跡の停止」だ。最初は六畳のテスト部屋に無線LANルーターが3台あって,それぞれから2.4GHz帯と5GHz帯の電波が出ており,さらにスマートフォンが6台,Bluetooth接続型機器がマウス2台とキーボード1台,Apple Watch Series 2 1台の計4台あることによる2.4GHz帯の混雑が原因かと思った。だが,Nx Head Tracker以外の無線接続型デバイスをすべて無効化しても症状に変わりはなかったので,現状のファームウェアなりソフトウェアなりに,何らかの問題がある可能性はある。
もっとも,筆者の環境だと症状が出たのはテスト開始後1時間以上経過してからだったので,VR用途だと問題はないかもしれない。付け加えると,一般的なPCゲームと組み合わせてNx Head Trackerを5時間使い続けたという担当編集者の環境では,とくにそういう問題は出なかったものの,Webカメラを用いたテストでは遅延設定を詰めた場合に症状の頻発を確認したとのことだった。
まずは体験版を使ってみよう。Nx Head Trackerはそれからでも遅くない
今回筆者は「Core i7-6700HQ」と「GeForce GTX 1070」搭載のゲーマー向けノートPCでテストしたが,Nx Head Tracker利用時であってもCPU負荷は無視できるレベルだったので,むしろCPU性能は前述した処理遅延の問題を左右するという理解でいいだろう。
体験版のスクリーンショット。試用できる残日数が表示される |
Webブラウザ「Chrome」上で試せるデモもある。頭囲の設定ができないのでちゃんとした仮想スピーカー感は得にくいが,雰囲気は掴めると思う |
価格はWavesの公式サイト上だと9.99ドル(税別,日本から購入する場合は無税)で,国内代理店版も1296円(税込)と安価だから,気になったら買ってしまっていい価格だ。
またNx Head Trackerは,通常価格が1万1880円(税込)のところ,「特別価格」として7560円(税込)になっている。いつまで特別価格が続くのかは分からないが,Nx for Windows and Macをまず試し,Webカメラを用いて頭の動きを追跡する機能にも満足したのであれば,VR用途を前提に,人柱気分で衝動買いをしても後悔は少ないはずである。
WavesのNx for Windows and Mac販売ページ
メディアインテグレーション(販売代理店)のNx for Windows and Mac販売ページ
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