インタビュー
[インタビュー]「ロックマンエグゼ アドバンスドコレクション」はネットバトラーたちのつながりを再確認できる“同窓会”。江口名人に移植にかける熱意や当時の思い出を聞く
ファンの間では長らく移植を熱望されていたタイトルということもあり,発表時には大きな反響があった。
また単なる移植にとどまらず,オンライン機能を用いた通信対戦や当時のイベントで配布されたチップの収録など,当時のプレイヤーが欲しいと思える機能が実装されている。
今回4Gamerでは発売を記念し,当時シナリオ担当として活躍しながら,さまざまなメディアにシリーズの顔としても活躍していた“名人”こと江口正和氏にオンラインインタビューを行い,アドバンスドコレクション立ち上げの経緯やオリジナル版当時の思い出話などを聞いた。
「ロックマンエグゼ アドバンスドコレクション」公式サイト
発表時に改めて感じたエグゼの“つながり”
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。まず「ロックマンエグゼ アドバンスドコレクション」の企画が立ち上がった経緯を聞かせてください。
江口正和氏(以下,江口名人):
ロックマンエグゼシリーズは,ファンの皆さんから,移植の要望がずっと届いているタイトルでした。加えて社内の各部署からも移植の提案が挙がっていたんです。そういった流れもあって,今回の移植が決まりました。
4Gamer:
開発はいつごろからスタートしたのでしょうか。
江口名人:
はっきりここだとは言えませんが,およそ2年前くらいです。
4Gamer:
2年前,2021年はちょうどエグゼが20周年を迎えた年でもありますね。20周年ということで移植を望む声もかなり高まっていたと思いますが,そういった声も移植の実現に影響したのでしょうか。
江口名人:
そうですね。社内でエグゼを移植しようという動き自体はありましたが,20周年を期に皆さんの声がますます高まったことが企画実現のピースにはなったと思います。発表時にもたいへん大きな反響をいただきましたね。
4Gamer:
SNSなどでは,新情報が発表されるたびに話題になっていました。
江口名人:
こんな反響があるんだという驚きとありがたさの両方を感じました。「ロックマンエグゼ6」が出てからもう18年近く経とうしているシリーズなのに,当時と変わらず愛してくれている皆さんの声というのは,本当に熱いんですよ。
ファンの方だけなく,当時のスタッフから「おめでとう」とか「発表見たよ」と連絡が来て,ちょっとした同窓会みたいな雰囲気になったのも嬉しかったです。当時エグゼを一緒に作った仲間や愛してくれた人たちは今でも“つながっているんだな”と。
4Gamer:
“つながり”というワードはキャッチコピーでも使われていますね。
江口名人:
はい。第1作「ロックマンエグゼ」のキャッチコピーが「いつでもボクらは,つながっている。」だったんですが,それをイメージして今回の「アドバンスドコレクション」は,「いまでもボクらは,つながっている。」というキャッチコピーにしています。
4Gamer:
今回の「アドバンスドコレクション」は,ベタ移植ではなく,イベントで配布された特別なチップや改造カードの実装などエグゼシリーズを遊び尽くせるような要素が再現されています。これらの実装は企画の段階で決めていたのでしょうか。
江口名人:
これらの要素については,移植が決まった時点で絶対入れようと思っていました。
イベント限定の配信チップは,都市部に住んでいた人たちはともかく,地方にいた人たちにとっては大変だった部分があると思います。改造カードに関してもすべて集めるのはお金がかかりましたし,カードを読み込むためには周辺機器も必要でした。
雑誌では「すごいチップが手に入るぞ」「改造カードはすごい効果があるぞ」と言われるんだけど「俺たちは入手できないんだよな」って悶々としていた方は,やはり当時いたと思うんです。
4Gamer:
私も地方在住だったので,イベントの配布チップは憧れの存在でした。
江口名人:
かく言う私も,地方で少年時代を過ごした人間なので,その気持ちはすごく分かるんです。なので,今回移植のタイミングでそういう皆さんの思いに応えたいと言いますか,改めてエグゼを遊び尽くしてもらいたいなと思い,いろいろな要素をできる限り入れています。
4Gamer:
通信対戦も実装されていますが,オリジナル版では通信対戦を行うことで,まれにレアなチップが手に入るタイトルもありました。そういった部分も再現されているのでしょうか。
江口名人:
はい。その辺りの仕様は変わっていません。ただ,今回は特に対戦バランスに気をつかってオリジナル版にはない調整をしています。エグゼには当時大会で禁止されていたようなバランスを壊しかねないテクニックやコンボが存在するので,そこをどうするかについてはかなり悩みました。
4Gamer:
有名な「ロックマンエグゼ2」のプリズムコンボ(※)に関しては,シナリオ攻略では変わらず使える一方,通信対戦では調整が入ったことがアナウンスされていました。
※プリズムコンボ:攻撃を周囲のマスに拡散する設置物「プリズム」と,攻撃判定がその場に残り続ける「フォレストボム」の2枚を使用したコンボ。プリズムを置いた場所にフォレストボムを投げ込むと,フォレストボムの攻撃判定をプリズムが拡散し続けるため,ほとんどの敵を瞬殺できた
江口名人:
はい。プリズムコンボをはじめとした当時大会で禁止されていたようなテクニックやコンボは,何かしら手を入れているんですが,移植作品でもあるので「当時の思い出」という部分も大事にしています。
どういう形で実装するのが最適かという点は,チーム内はもちろんですが,社内のよりエンドユーザーに近い目線を持ったスタッフからの意見も聞きながら長い時間をかけて調整しました。
4Gamer:
そこまで調整に時間をかけたのは何故でしょうか。
江口名人:
昔と今の対戦環境の違いを考慮してのことです。当時はゲームボーイアドバンス同士を通信ケーブルでつないで対戦してましたが,今回はオンラインで遠くの人とも対戦できます。
昔は対戦相手が目の前にいたんで,プリズムコンボを相手が決めてきても「お前,それ強いわ!」とか「ズルい!」みたいなコミュニケーションが取れていたんですよね。そうして話すことで許せたり,今度は使わずに対戦しようということもできたりしました。
ただ,不特定多数の人と当たるオンライン対戦では,コミュニケーションの部分が薄くなるので,そういうやり取りができなくなります。なので,通信対戦限定で一部の仕様を変更してバランスを著しく壊さないようにしたんです。
4Gamer:
確かにオンライン対戦と通信ケーブルをつないで面と向かってする対戦は違いますよね。
江口名人:
ただ,エグゼってものすごい研究されてる方がいらっしゃるんで,新たな戦法が生まれるんだろうなという予感もあります。ありがたいですが,ちょっと怖くもありますね(笑)。
完全になくしているテクニックはないので,ストーリーをサクサククリアする分には,使えるものは思いっきり利用してもらえればと思います。
4Gamer:
スト−リー攻略では,新要素としてロックバスター単発の威力を100倍にする「バスターMAXモード」 があるとも発表されていました。
江口名人:
はい。当時のネットバトラーたちも今は大人になっています。お仕事も忙しいでしょうし,ストーリーだけをサクサク見たいという人もいると思います。バスターMAXモードや改造カードや配信チップを最初から自由に使えるようにしているので,自分のやり方,自分のペースで攻略していただければと。
4Gamer:
日々発表される情報を見ていても,開発スタッフの本気度が感じられるような気がします。先ほどの通信対戦や配布チップの実装はもちろんですが,「ボクらの太陽」関連の改造カードなど,他社作品とのコラボアイテムまで再現されるとは思いませんでした。
江口名人:
コラボの改造カードやチップについては,KONAMIさんをはじめ,心よく許諾いただき実現できました。「ボクらの太陽」シリーズと通信対戦する「クロスオーバーバトル」はオミットされているんですが,それ以外のゲームボーイアドバンス版の「ロックマンエグゼ」側で完結する要素に関しては少し手を入れている要素もありますが,基本的にはそのまま残しています。
移植をしていく中で鮮明に蘇った,当時の思い出
4Gamer:
「アドバンスドコレクション」の開発にあたって苦労した点などはありますか。
江口名人:
通信対戦の機能を入れると決めた時点で,オリジナル版のエミュレートをするという選択肢が採れなくなったので,全シリーズのプログラムを書き換えての移植作業となりました。まずそこに時間がかかりましたね。
ほかにはローカライズの作業です。オリジナル版の日本語と英語に加えて,アドバンスドコレクションでは,簡体字と繁体字に対応しています。RPGなので文字数が多いことと,6作品のバージョン違いを合わせて10タイトルも収録しているので,チェック作業も含めて大変でした。
4Gamer:
移植タイトルもプログラムを書き換える必要があるので,結局ゲーム1本作ってるのとあまり変わらないという話をよく聞きますが,今回も作り直しの必要があったと。
江口名人:
そうですね。あと,当時の資料が残っていない部分もあってそこを補うのにかなり時間を使いました。
4Gamer:
20年前となると資料を残しておく記憶媒体も変わっていそうです。
江口名人:
「ロックマンエクゼ」や「ロックマンエグゼ2」に関しては,まだ紙だったり,フロッピーディスクだったりを使って資料をまとめていたので,なくなっているデータもあったんですよね。あとは,もう技術的に動かない部分やゲームボーイアドバンス時代から眠っていた不具合が発見されて,それを修正するということもありました。
4Gamer:
失われたデータについてはどのように再現したのでしょうか。
江口名人:
これについては,全力で記憶を遡って当時のことを思い出したりとか,オリジナル版のスタッフに声をかけてヒアリングしたりして再現していきました。プログラムをひたすら探って探って,正しい挙動の再現して問題を解決するのは本当に大変でしたね。
4Gamer:
20年前の記憶を呼び戻すのは想像しただけでも大変そうです。
江口名人:
ただ,大変なことばかりではなかったんです。振り返る中で,当時の記憶が鮮明に蘇ってくるんですよね。昔のスタッフと「ここを作った時はこんな話をしたよな」とか「あの時はこんなところに遊びに行ったな」とか,どうでもいいことで盛り上がったり,思い出話に花が咲いたのは,楽しかったです。冒頭でも同窓会というワードを挙げましたが,「アドバンスドコレクション」は作っていく中で本当にそんな気持ちを思い起こさせてくれましたね。
4Gamer:
“同窓会”というワードは,先日公式サイトで公開された鷹岬 諒先生の描き下ろしマンガ「ロックマンエグゼ〜20年ぶりの同窓会〜」にも使われていました。 2023年6月にも描き下ろしマンガを収録した「ロックマンエグゼ NEW STORIES 2023」が発売されますが,こちらはカプコン側から鷹岬先生に話をもちかけたのでしょうか。
江口名人:
「20年ぶりの同窓会」については,今回のアドバンスドコレクションの発売に合わせて,鷹岬先生に私たちからお願いした形ですね。「NEW STORIES 2023」に関しては,「アドバンスドコレクション」と直接的に関係があるわけではなく,鷹岬先生から「新作を描きたい」というお申し出があって,スタートした企画になります。先生自身も「ロックマンエグゼ」にはすごく思い入れを持ってくださっていて,マンガの方でも新たな展開を描いていただけるのは非常にありがたいです。
エグゼでは,“こうなったらいいのに”という未来を描いていた
4Gamer:
オリジナル版の当時開発も聞かせてください。もともと第1作「ロックマンエグゼ」の開発はどのようにしてスタートしたのでしょうか。
江口名人:
もともとはゲームボーイアドバンスのローンチタイトルを作る目的で,いろいろ試作タイトルを検討していて,エグゼはその中で生まれたタイトルですね。もともとはロックマンDASHシリーズの「トロンにコブン」に関わっていたチームが最初期のメンバーで,私は「ロックマンDASH2」の開発チームにいたので,後から合流した形になります。
4Gamer:
江口さんはいつからチームに合流したのでしょうか。
江口名人:
バトルシステムの試作が終わり,開発が半分くらい進んだタイミングですね。ただ,エグゼのチームとはオフィスの席が隣だったので,企画が進行していることは,立ち上がったときから把握していました。それである日突然,ロックマンエグゼチームに移ることになったんです。
4Gamer:
そんなに突然だったんですか。
江口名人:
当時のカプコンは結構そんな感じでチーム移動があったんですよ。「今人足りないんですよね」「江口君出すよー」「本当ですか? お願いします」「じゃあ決定!」。みたいな感じで,エレベーター内で話がまとまることなんかもありました。
4Gamer:
エグゼと言えば,アクションゲームとカードゲームを掛け合わせたような今までのロックマンにはないゲーム性が特徴でした。このコンセプトは試作の段階で,すでに出ていた案なのでしょうか。
江口名人:
そうですね。当時はカードゲームもはやってましたし,収集要素のあるゲームもブームでした。カードでデッキを組むという要素とアクションゲームをドッキングさせるという完成されたコンセプトがいきなり降りてきたという感じで,最初からそこが大きく変わっていることはないですね。
無印やXのようなアクションゲームは,硬派な感じがある一方で難しくて,初心者が入りにくい傾向にありました。エグゼは,アクションが得意ではない人もカードゲームのように知識や戦術でうまく攻略できる新しいロックマンを目指していたんです。
4Gamer:
その狙いがまさに的中したわけですね。私も同世代の人とロックマンの話をすると圧倒的にエグゼの話になる率が高いと感じます。
江口名人:
これまでのロックマンシリーズは一旦置いておいて,「僕たちの新しいヒーロー」として提供できたことが良かったんじゃないかなと思います。今でも多くの人に思い入れを持っていただいているのはありがたいですね。
4Gamer:
PCやインターネットなど,当時,子どもたちの憧れだったものを題材にしていたのも皆の記憶に残っている要因なのかもしれません。
江口名人:
そこは作る際にも意識していましたね。携帯電話やPC,インターネットやプログラム的な用語などを使うことを大人っぽいっていう憧れの対象として描いて,それをゲームを通して体験できるっていうところを目指して作っていました。
エグゼ関連のイベントに来てくださる当時のファンの方と,直接お話しすることもあるんですが,結構システムエンジニアとかゲーム開発者とか,プログラム系の進路に進まれていることが多いんですよ。そういう姿を見ると,エグゼで描いた近未来のビジョンや憧れが少しでも子どもたちに届いていたのかなと思えて嬉しいですね。
4Gamer:
エグゼが描いた近未来については,2023年現在で本当に実現しているテクノロジーがあって話題になることがあります。「ロックマンエグゼ3」で出てくる“インターネットを通じて家の外にいながら操作できる食器洗い機”は,IoT家電そのものですし。
江口名人:
これについてはよく言われるんですが,決して“予言をしてやろう”という思いで作ってたわけではないんです。本当にチーム内で大喜利のようにしていた「将来の社会はこうなったらいいな,こうなったら楽しいだろうな」という話を入れているだけなんですよ。
ネットナビについても「もしプログラムに意思があったらどうなるんだろう」というイメージをひたすら膨らませて作ったんです。ただ結局のところ,世の中の皆さんが「こうなったらいいのにな」と思うポイントって,ある程度共通のものがあると思うんですよね。その社会を良くしたいという皆さんの思いと,たまたまエグゼで描いてた技術が重なったということなのかなと。
4Gamer:
ネットナビも今でいうSiriやAlexaにあたるものですよね。それがさらに進化した姿だと思うと,かなり時代が追いついていると感じます。
江口名人:
エグゼの世界は「プログラムが人間のパートナー」という概念があるので,現実はそこにはまだ達してないですよね。悪い動画をアップロードしようとすると,ナビが怒ってくれるとか,ボケてくれたり突っ込んでくれたりとかもっと会話ができるようになったら面白いとか思ったりしますね。
4Gamer:
ナビカスタマイザーに「ユーモアセンス」を組み込んだロックマンのような反応をしてくれるAIに期待したいですね。
さて,1990年代後半〜2000年代前半というのは,電脳世界を描いている作品というのが非常に多く出ていたと思います。そういった作品をみると,今よりもインターネットやネットワーク技術を神秘的なものとして見ているような気がします。
エグゼも魔法に近いようなスピリチュアルな表現が出てきていましたが,やはり電脳世界やインターネットに対する認識というのは,当時と今では違ったのでしょうか。
江口名人:
魔法的なイメージはあったかもしれないですね。インターネットって言うと現物はただの通信網じゃないですか。ただ,電脳空間というか.端末と端末をつないで形成される,現実世界ではできないことができるもう1つの世界と捉えていました。電脳〇〇とかサイバー〇〇と言っておけば,大半のことが許容されるだろうという(笑)。
エグゼ3では,初期型インターネットがボスとして登場したりします。インターネットを擬人化してボスに据えているということを考えると,“電脳空間は夢の塊”みたいなイメージはあったんだと思います。まあやっぱり昔に考えた近未来なので,今見ると古さを感じる点もありますけどね。
4Gamer:
今エグゼが作られたら,電車に乗るときに駅で切符を買うという描写は省かれてたかもしれないなとはプレイし直して思いました。
江口名人:
今や交通系電子マネーが主流ですからね(笑)。私が真っ先に感じたのは,やっぱり“プラグイン”なんですよね。途中からワイヤレスになりましたけど,最初のころは有線のプラグを挿し込んでいました。もし今から作ったら,絶対に最初からワイヤレスだと思いますし,そういう意味では時代を感じますね。
ゲームボーイアドバンスの誕生とともに始まり,終焉と共に終わった
4Gamer:
子どもたちの記憶に残っているのは,毎年のように新作が出ていたことも大きいと思うのですが,開発現場としては相当ハードだったのではないかと思います。「ロックマンエグゼ」と「ロックマンエグゼ2」に至っては発売まで1年もなかったと思うのですが,最も大変だった出来事は何でしたか。
江口名人:
確かに開発は大変でしたね。今のゲーム開発は試作期間と本制作期間みたいなのがあるんですけど,エグゼに関しては第1作を除いて,試作なしでいきなり完成に向けてのスケジュールをずっと全力疾走している感じでした。
おっしゃる通り「ロックマンエグゼ2」はスケジュール的に大変でしたが,割と楽しく作れた思い出があるんですよね。本当に一番大変だったのは,「ロックマンエグゼ4」の後半なんです。
4Gamer:
「ロックマンエグゼ4」は大きくグラフィックスが変わりましたが,それによって作業量が増えたということでしょうか。
江口名人:
いえ,そこではないんです。エグゼは国内版の開発が終わると英語版の開発が始まるんですね。それと並行して続編の準備をしようというのがいつもの流れだったんですが,そこでスピンオフタイトルの「ロックマンエグゼ4.5 リアルオペレーション」を「ロックマンエグゼ4」の開発チームでやることになったんです。「ロックマンエグゼ4」の英語版と「ロックマンエグゼ5」の立ち上げと「ロックマンエグゼ4.5 リアルオペレーション」が同時に動いていて,そのときは本当におかしくなりそうでした(笑)。
4Gamer:
聞いているだけでも大変さが伝わってきます……。そういった開発に携わりながら江口さんは,大会などでプレイヤー同士の対戦を見る機会も多かったと思います。プリズムコンボをはじめとしたプレイヤーが見つけた印象的なコンボがありましたし,中には開発が想定していないような物もあったと思うのですが,一番印象的だったのはどれでしょうか。
江口名人:
強烈に印象に残っているのは,やっぱりプリズムコンボです。あれだけであらゆるナビが瞬殺されていくので,本当に衝撃的でした。
あとは「ロックマンエグゼ4」と「ロックマンエグゼ5」に登場したダークソウルユニゾンのAIの「使用頻度の高いチップをランダムで使う」という仕様を利用した俗に言う「ABD戦法」です。仕組み自体は知っていましたし,理論的には可能なことも理解してたんですが,「あそこまでやるかね」っていう(笑)。
4Gamer:
AIに強いチップを学習させるためにもう一度ゲームをやり直して調整する必要がありますよね。
江口名人:
「ロックマンエグゼ5」が顕著でしたが,大会でもいきなりHP1のロックマンが出てきて,ダークソウルユニゾンを発動させたり,後に禁止されてしまいましたが「ダークインビジ」によるABD戦法を使ったりしていました。初めて見た時は驚きましたね。ここまでダークに振り切った戦い方をチョイスするっていうスタイルは,すごく印象的でした。
4Gamer:
ダークチップは強力な反面,使うとHPの上限が永久的に1減るなどの重いデメリットがありました。当時のテレビCMもダークチップを使うか使わないかを問いかけるというかなり印象的なものでした。
江口名人:
「ロックマンエグゼ4」「ロックマンエグゼ5」はプレイヤーの人間性みたいなものが見えて面白かったですね。大会でも決勝で一切ダークチップを使わない戦法の人と,ダークチップをゴリゴリ使った人が当たったこともあって,ものすごくエモいなって思いながら見てた記憶があります。
4Gamer:
これは難しい質問かもしれませんが,江口さんの中で特に思い入れのあるタイトルを聞かせてください。
江口名人:
どのタイトルも思い入れ深いですが,強いて言うなら「ロックマンエグゼ3」と「ロックマンエグゼ6」ですね。
「ロックマンエグゼ3」については,私がここでシリーズを完結させる勢いでシナリオを書いたことが印象に残っています。ワイリーとの因縁も,いったん区切りがつきましたし,ロックマンも最終決戦でプロトに飲み込まれて生死不明。スタッフロールが流れてこのまま終わりかと思ったら,最後の最後でロックマンの声が聞こえる……と言った感じでかなりきれいな終わり方ができたんです。ファンの皆さんからの反応や感想も好意的で個人的にも思い入れがあります。結局その後,エグゼ4をやることになったんですけどね(笑)。
4Gamer:
「ロックマンエグゼ6」に関してはいかがでしょうか。
江口名人:
「ロックマンエグゼ6」はシリーズが本当に終わってしまったという点で印象深いですね。鮮明に覚えてるのは「ロックマンエグゼ おわり」という最後のテキストを書いたときのことです。「これを書いたらエグゼは終わってしまうんだ」と思うと本当に書くのをためらってしまって,書いては消して,書いては消してというのを何回も何回も繰り返しました。
4Gamer:
「ロックマンエグゼ6」はエンディングで時代が飛んで,大人になった熱斗たちが出てきたところで,本当に終わってしまう実感がものすごく強くなったのを覚えています。
江口名人:
最後を続きの余地がある形で終わらせるのか,完全に終わらせる形にするのかは,チーム内で相談を重ねて決めました。
あれをやらなかったらまだもうちょっとやれたなとは思っているんですけど,当時はゲームボーイアドバンスからニンテンドーDSに本格的に移行していた時期でしたし,小学生が入学して卒業するぐらいの期間が経っていたので,僕ももうそろそろ卒業かなと。
結果的にゲームボーイアドバンスのローンチから始まって,ニンテンドーDSへの移行と共に終わったと考えるとなかなかきれいな終わり方ができたのかもしれませんね。
4Gamer:
ちなみに「ロックマンエグゼ6」に関して1点聞きたいことがあるんですが,アイリスを出すという構想は「ロックマンエグゼ5」のころから存在したのでしょうか。カーネルとアイリスの関係性に関しては元の「ロックマンX4」の設定をうまく取り入れていたので,驚いた記憶があります。
江口名人:
カーネルを「ロックマンエグゼ5」で出したときは,「ロックマンエグゼ6」が最終作になることも決まっていませんでしたし,アイリスに関しても構想の中にはありませんでした。
ただ,その「ロックマンエグゼ5」のカーネルとバレル,そしてリーガルの設定を固めていく中で,「ロックマンエグゼ6」ではもう一度ワイリーと決着をつける話にしようという思いが生まれてきました。
そして,「ロックマンエグゼ6」において,ワイリーがなぜ優しさを忘れてああいう人格になったのかというバックボーンを語ることになったときに,もともとは1つのレプリロイドの中にあった「破壊」と「平和」という2つの相反するプログラムが分かれたカーネルとアイリスという「ロックマンX4」の設定を思い出して,これを落とし込めないかと思ったんです。
4Gamer:
結果的に非常にピタリとハマっています。そこはプレイしていても感じました。
江口名人:
私もこの設定を思いついたときに「アイリス,ハマりますよ!」と近くにいた先輩に思わず話をした覚えがあります。ものすごく美しい形で元の設定を生かせたので,個人的にも満足しています。
20年以上“江口名人”で本当によかった
4Gamer:
江口さんといえば,“名人”というエグゼシリーズの顔として,コロコロコミックの誌面やイベントなどに出演していたわけですが,どのような経緯で抜擢されたのでしょうか。
江口名人:
かなり突然でしたね。2001年の4月に,上司から「ゴールデンウィークにイベントがあるんだけど,誰か出られないか」という話があったんです。
そこで,上司が席にいるチームのメンバーに1人ずつ声をかけていくんですけど,先輩たちは断っていくんですよ。2人目の先輩が断ったときにチラッとそちらに目を向けてみたら,上司と先輩2名が「行ってくれるよな?」みたいな目で僕を見てるんですよね。
4Gamer:
無言のプレッシャーですね(笑)。
江口名人:
私もチームの中では若手でしたし,良い経験になるかなとも思い,ゴールデンウィークのイベントに出演することになったんです。
最初は江口博士という名前でイベントやコロコロコミックの誌面に出ていたんですが,「博士って,そんな知識だけの人じゃ子どもたちは憧れない。強くないとダメだ!」という話になり,そこから江口名人として出演していました。
4Gamer:
最初はコスチュームも今着ておられる専用の白衣ではなかったですよね。
最初は病院から借りたものを着ていたんですよ。袖口にゴムが入ってるガチの業務用でイベントや撮影が終わるたびに返してました。「ロックマンエグゼ3」ぐらいの時にようやく市販されている白衣が支給されて,専用のものを作ってもらったのは本当にシリーズの終盤になってからですね。
今着ているものは当時作った専用の白衣で,「アドバンスドコレクション」の発売にあたって,傷んでいた部分を補修してもらって大切に着ています。
4Gamer:
江口さんはゲームでも名人というキャラクターとして登場していましたが,デザインなどは江口さんの方から発注していたのでしょうか。
江口名人:
基本的にはデザイナーがその時その時の私の姿を反映してくれていましたね。例えば,「ロックマンエグゼ2」の時は迷彩柄のミリタリーパンツと派手なスニーカーを履いていたと思うんですが,あれは「ロックマンエグゼ2」開発時の私のファッションでした。「ロックマンエグゼ6」の時は靴のデザインを相談されたので,当時私が欲しかったスニーカーに似たデザインの靴にしてくださいと言った覚えがあります。
「江口君太ったから」と,毎回太った名人案を描いていじってくるのには参りましたけど(笑)。
4Gamer:
太ったご自分のシナリオを書くのはきつそうですね(笑)。ゲーム内外で活躍されていた江口さんですが,ご自身の中でエグゼというタイトルは今でも特別な存在なのでしょうか。
江口名人:
もちろんです。名人としてファンの方に会って直に触れ合って,ゲームのフィードバックをもらえる機会は本当に貴重でしたし,自然と皆さんの顔を浮かべて,考えながらゲーム開発に取り組むようになれました。ゲーム開発者としての基本を作ってくれたのが,エグゼなんです。
4Gamer:
なるほど。
江口名人:
今でも皆さんから「名人!」って呼んでもらえますし,どこに行ってもすんなり受け入れてくれるんですよね。今でも皆さんとつながりを感じられますし,本当に20年以上名人をやってきて良かったなと思います。
4Gamer:
ゲーム開発者としての核に今でもエグゼがあるということがうかがえて,いちファンとしてもうれしいです。
さて,そろそろお時間も迫ってまいりましたので,最後に「アドバンスドコレクション」を楽しみにしている読者にメッセージをお願いできますか。
江口名人:
お待たせしました。いよいよアドバンスドコレクションを皆さんのお手元に届けることができてとても嬉しいです。
あの当時の思い出とそしてあの当時できなかったさまざまな要素を楽しんでいただける内容になっていると思いますし,これから新しく繰り広げられるバトルネットワークの世界を体験していただければと思います。名人でした!
「ロックマンエグゼ アドバンスドコレクション」公式サイト
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