「リリア・ゲームミュージック・セレクション vol.１ feat. 伊藤 賢治」レポート。ゲーム音楽からクラシックまで，多彩な楽曲が聴衆を魅了した

　「リリア・ゲームミュージック・セレクション vol.１ feat. 伊藤 賢治」が，2023年3月11日に川口総合文化センター リリア 音楽ホールで開催された。「ロマンシング サガ」「聖剣伝説」などで知られる伊藤賢治氏が，自身の代表作とこれまで影響を受けてきた名曲を生演奏するという趣向で，聴衆は幅広いジャンルの楽曲に酔いしれた。

音響に定評のあるホールに響き渡る生演奏

　今回の会場となった川口総合文化センター リリア（以下，リリア） 音楽ホールは，音響面で国内外の専門家からも高く評価されている。そういった会場の特性を考慮し，今回の公演は伊藤氏のピアノに加え，土屋玲子さんのヴァイオリン，井谷享志さんのパーカッション，川村 竜さんのウッドベース，そして岸川恭子さんのヴォーカルという，アンプラグド編成で行われた。ゲーム音楽を，クラシック向きに設計されたホールで，しかもこういった編成で楽しめる機会はそうそうない。

●「リリア・ゲームミュージック・セレクション vol.１ feat. 伊藤 賢治」出演（敬称略）
ピアノ：伊藤賢治
ヴァイオリン：土屋玲子
パーカッション：井谷享志
ウッドベース：川村 竜
ヴォーカル：岸川恭子

●「リリア・ゲームミュージック・セレクション vol.１ feat. 伊藤 賢治」セットリスト（敬称略）
第1部
・S.E.N.S：「Love」
　　※NHK「被災者の声 今、私たちにできること」より
・伊藤賢治：「Sayonara」
・伊藤賢治：「Time Passed Me By」
・宮川 泰：「大いなる愛」
　　※「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」より
・伊藤賢治：「永遠の一瞬」
　　※「この青空に約束を― 〜ようこそつぐみ寮へ〜」より
・伊藤賢治：「ポリュムニア」
　　※志方あきこ「Istoria〜Musa〜」より
・アストル・ピアソラ：「リベルタンゴ」

第2部
・伊藤賢治：「Departure」
　　※「パズル&ドラゴンズ」より
・伊藤賢治：「風標」
　　※「アルトネリコ3 世界終焉の引鉄は少女の詩が弾く」より
・伊藤賢治：「夕時雨」
　　※「おおかみかくし」より
・伊藤賢治：「ボドールイ」
　　※「ロマンシング サガ3」より
・伊藤賢治「七英雄バトル」
　　※「ロマンシング サガ2」より
・ウラディーミル・ヴァヴィロフ：「カッチーニのアヴェ・マリア」
・伊藤賢治：「愚者の舞」
　　※「聖剣伝説4」より
・伊藤賢治：「熱情の律動」
　　※「ロマンシング サガ -ミンストレルソング-」より
・伊藤賢治：「再生の絆〜Re;univerSe〜」
　　※「ロマンシング サガ リ・ユニバース」より

アンコール
・ジョン・バリー：「ある日どこかで」
　※映画「ある日どこかで」より

　伊藤氏のコンサートはトークからスタートすることが多いのだが，今回はゲーム音楽に馴染みの薄いリリアのファンも来ているということで，「Love」のソロ演奏でスタート。公演当日が，東日本大震災からちょうど12年めということもあり，そこを意識して選曲したのだという。
　また，伊藤氏はかつて一人の聴衆として，リリアにスターダストレビューやさだまさしさんのコンサートを聞きに来ていたというエピソードを明かし，こうした体験から影響を受けて今の自分があると，音楽的なルーツを語った。そして会場である音楽ホールの音響について，「音が頭上から降ってくる」と，音楽家の観点から絶賛した。


　続く「Sayonara」「Time Passed Me By」は，伊藤氏がソロで演奏。伊藤氏は自身の楽曲をピアノソロで披露することが珍しいそうで，ディープなファンにはレアな機会となったのではないだろうか。
　「大いなる愛」は映画「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」の楽曲。氏が幼い頃に見たアニメや特撮のうち，最も好きな作品であり，この曲を作った宮川氏からも影響を受けているそうだ。「宇宙戦艦ヤマト」シリーズといえば，漫画家の松本零士氏がキャラクターデザインや監督など重要な役割を果たしたことで知られているが，伊藤氏は松本氏が2月13日に逝去したことについて，「氏は亡くなられたが，作品は永遠に残る。自分の曲も，みなさんの心の中に残るものであってほしい」と語った。
　「ポリュムニア」は，シンガーソングライターの志方あきこさんがゲーム音楽関連の作曲家とコラボしたアルバム「Istoria 〜Musa〜」のために伊藤氏が作曲したもの。曲名は音楽と文芸を司る9柱の姉妹神から付けられており，氏が担当したポリュムニアは「不朽の名声を受けるにふさわしい作品を作った者に，名声を運んでくる女神」なのだという。そんな説明をしつつ伊藤氏が「もっと名声をくれ！」と冗談交じりに語ると，場内の雰囲気も和らいだ。
　第1部ラストを飾るのは「リベルタンゴ」。伊藤氏曰く「聴くのは大好きだが，演奏するのはスリルがある」という難しい曲目。チェリストのヨーヨー・マ氏の演奏がTVCMで流れたことをきっかけに，この曲のファンになったという。この日の演奏は伊藤氏のアレンジによるスピーディかつ迫力あふれるもので，ちょっとRPGのボス戦を思わせるところがあったのが面白い。


　第2部は伊藤氏の代表曲の一つになった「Departure」で幕開け。かつて「パズル＆ドラゴンズ」のTVCMでは，グラミー賞を受賞したアカペラグループであるペンタトニックスがこの曲を歌ったこともあり，伊藤氏は「自分の中で大きな財産になった」とコメントしていた。
　「風標」「夕時雨」と普段は歌が入る曲も，このコンサートでは伊藤氏自身の編曲によるインストゥルメンタルで披露された。
　そして伊藤氏は「お待たせしました！」というコールとともに「ボドールイ」「七英雄バトル」といったスクウェア・エニックス在籍時の代表曲を演奏した。今回の「七英雄バトル」は伊藤氏のピアノがメインとなっており，悲壮さが増しているという印象。曲の題については，ストレート過ぎたため，今は「もう少し考えればよかった」と思っているとの秘話を明かしていた。
　続いて伊藤氏のコンサートではおなじみの岸川恭子さんが満を持して登場し，「カッチーニのアヴェ・マリア」を披露。ゲーム音楽の直後にクラシックが演奏されるのもこのコンサートならではといえるだろう。岸川さんご自身はとても緊張していたそうだが，いざ歌うとなると，岸川さんの中からもう1人の岸川さんとでもいうべき存在が「弱い恭子はいらない」とばかりに登場するのだそうだ。
　そんな岸川さんを加えた一同は「愚者の舞」「熱情の律動」を続けて披露。岸川氏の朗々たる声がほかの楽器に負けずコンサートホールに響き渡る様は迫力の一語に尽きる。


　そして伊藤氏は「再生の絆〜Re;univerSe〜」，アンコールに応えて「ある日どこかで」を演奏。「今回は“Vol.1”と銘打たれているが，次回以降のコンサートも企画していきたい。新型コロナウイルスの規制も来週からは緩和されるので，次回からは声を出してください」と観客にさらなる応援を呼びかけた。


　一流の音楽家達による生演奏が，優れた音響に定評のあるコンサートホールに響く様子は，配信などでは味わえない，現地観賞ならではの感慨があった。まだ発表はされていないが，「Vol.2」の実現にも期待したい。