連載
ドキュメンタリーの手法から紡がれる“なろう系”の可能性「誰が勇者を殺したか」(ゲーマーのためのブックガイド:第25回)
「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
駄犬という名前の作家がいる。
44歳で「小説家になろう」に小説を発表し始め,45歳で書き始めた2作目の「誰が勇者を殺したか」が話題となって,商業デビューしたのが2023年10月。人気を博して増刷を繰り返し,1年で続編にあたる「預言の章」を始めとした,8冊もの本を世に送り出している。早書きが多いWeb出身の作家とはいえ,この速度,この密度はなかなかのもので,期待の新人という以上に,興味深い作家である。
「誰が勇者を殺したか」
著者:駄犬
イラスト:toi8
版元:KADOKAWA
発行:2023年09月29日
定価:680円(+税)
ISBN:9784041141847
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KADOKAWA「誰が勇者を殺したか」紹介ページ
商業作品1作目の「誰が勇者を殺したか」は,マーダーミステリー風のタイトルが目を引くように,魔王を倒し,世界を救った勇者が王都に戻ってこなかったところから物語が始まる。巷に流れるさまざまな噂の中には,帰り道で襲われ,仲間を守って命を落とした,という美談から,勇者一行の中でも人間関係に問題があり,美しい聖女をめぐって殺し合ったという下世話な勘ぐりまで含まれていた。
魔王退治,すなわち勇者の死から4年後,平穏を取り戻した王国では,亡き勇者を称える記録が作られることになり,数々の偉業を文献として編纂する事業を立ち上げる。かつて勇者の仲間だった剣聖・レオン,聖女・マリア,賢者・ソロンへの聞き取りが行われ,勇者の過去と冒険譚が明らかとなるなか,しかし勇者の死の真相には,全員が言葉を濁すのだ。
勇者の偉業を語るファンタジーの王道ストーリーを,ひとひねりすることで趣深い作品に仕上げたものは,アニメ化もされたコミック「葬送のフリーレン」がまず浮かぶが,この「誰が勇者を殺したか」は,その辺りをミステリーとして再解釈し,ファンタジーでありながら,多くの人の証言を編纂するドキュメンタリーの構造を取ることで,新しい面白さを生み出している。
食い違う証言を読み解くこと。この作品を読むということは,まさにそれであり,それぞれの証言の隙間を想像し,推理し,分析し,読んでいき,いずれその真相に出会うまでの“知的な探索の旅”が面白いのである。そのうえ,この話は一冊できちんと完結していて,満足感は非常に高い。
にもかかわらず,続編となる「誰が勇者を殺したか 預言の章」が存在しているのがまた,素晴らしい。あの終わりから,いったいどう続くのか。そう思わせておいて,これもちゃんと面白いのだから,駄犬という作家は奥が深い。ただし続編なので,まずは「誰が勇者を殺したか」から読むこと。話はそれからだ。
Web小説のトレンドを網羅した作品群
「誰が勇者を殺したか」から始まり,駄犬という作家を追いかけてみると,これがまた面白い。彼の作品群は,昨今のWeb小説を総括したマイルストーンのようでもあるからだ。
冒頭でも紹介したように,駄犬氏は今日までに8冊を刊行している。手の早さはWeb出身作家の強みではあるが,それにしてもこれは早い。そして,そのどれもが違うテーマを扱っていて,ほとんどがきちんと1冊で完結している。ゆえに氏の作品を追いかけていくと,Web小説のトレンドが手に取るように分かってしまう。
先ほど,“ほとんどが”きちんと1冊で完結していると書いたが,その唯一の例外が,駄犬氏が最初に「小説家になろう」に投稿した「モンスターの肉を食っていたら王位についた件」(マイクロマガジン社OGN文庫)だ。2024年8月までに3巻を数え,まだまだ続刊予定である。
モンスターを食べて主人公がパワーアップしていくところは,「転生したらスライムだった件」をはじめとしたモンスター転生系の系譜といえ,ある種,今までのなろう系小説を総決算したかような作品と言える。
しかし,あとがきによると「小説家になろう」での連載当時は,あまりに読者の反応がなく,心が折れて途中で話を畳んだのだという。その後,「誰が勇者を殺したか」のブレイクで作品の掘り起こしが行われ,再評価されることとなった。書籍化を機に筆者も手に取ってみたが,癖になる面白さで,3冊すぐに読み切ってしまった。「誰が勇者を殺したか」とは全然テイストが異なるのに,こちらのほうが作者も楽しんで書いているように思えるから不思議である。
「モンスターの肉を食っていたら王位についた件」(リンクはAmazonアソシエイト) |
「追放された商人は金の力で世界を救う」(リンクはAmazonアソシエイト) |
続く「追放された商人は金の力で世界を救う」(主婦と生活社PASH!文庫)は,駄犬氏が意識的になろう系ジャンルの再構築を狙った作品だ。
タイトルどおり,いわゆる“追放系”と呼ばれるジャンルの作品で,同作では魔王討伐に向かうSランクのパーティを追放された商人トラオが金の力で魔王討伐を果たし,世界を救う,という筋書きになっている。悪知恵を駆使して金をかき集め,勇者ならやらないような裏ワザを駆使する主人公の行動は実に痛快だ。そして,最後は少しだけほろりとする。ぜひ,エピローグまで読んでほしい。
駄犬氏はさらに,定番ジャンルに挑戦する。次の「悪の令嬢と十二の瞳 〜最強従者たちと伝説の悪女、人生二度目の華麗なる無双録〜」(オーバーラップ)は,“悪役令嬢もの”である。
「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」に端を発する悪役令嬢ものでは,ヒロインをいじめたり,傷つけたりを繰り返し,最終的にはヒロインを愛する王子などによって追放や処刑の道をたどる,乙女ゲーの定番登場人物としての悪役令嬢が,転生で得た2度目の人生では心を入れ替え,善人として生き直す物語が描かれる。
しかし「悪の令嬢と十二の瞳」はこれをさらに再構築し,“生まれ変わっても悪役令嬢の性根がそう簡単に直る訳ない”という出発点から物語を始める。聖女を陥れた罪で死刑になった主人公・セリーナは,人生をやり直すことになっても性格が変わることなく,今度こそ聖女を滅ぼすことを決意するのである。
そこからの展開はやはり痛快で,物語の謎が明かされる後半はまた,ほろりとさせられる。すべては,このシーンのためにあったのだな,と。
「悪の令嬢と十二の瞳 〜最強従者たちと伝説の悪女、人生二度目の華麗なる無双録〜」(リンクはAmazonアソシエイト) |
「死霊魔術の容疑者」(リンクはAmazonアソシエイト) |
「死霊魔術の容疑者」(マイクロマガジン社)は,「誰が勇者を殺したか」と同じくドキュメンタリー的な手法を用いて語られる物語だ。禁忌を犯した魔術師を探す騎士によって尋問される,魔術師の弟子・ルナの証言は,それぞれが短い断章になっていて,話がつながっているようで,ところどころ断絶する。複数の立場からの証言は,しばしば時間すら前後して,それ自体がある種の謎を構成している。もしかしたら,駄犬氏は,本質的にミステリー作家なのかもしれない。
この2か月ほどであるが,筆者はこの駄犬という新しい作家と出会えたことを幸福に思っている。まず妙に癖になる文体が魅力的だ。それでいて,実はハッピーエンドの傾向が強いのも気に入っている。多くの死が描かれはするものの,生き残った者たちは,その場所で幸せになっていく。追放すらも,互いの思いやりが絡んでいる。作品の根っこには,キャラクターへの優しい視線が感じられるのだ。
またなろう系の異世界転生や異世界転移,無双系などには多い,冒頭のいじめシーンがないのもありがたい。のちの活躍シーンを際立たせるための手法であり,読者の共感を呼ぶシーンでもあるのは分かるのだが,筆者はあれが苦手なのである。
こうして,よい作品と出会ったら,また,こういう作品を読みたくなる。
ああ,読書は一冊で終わらないのだ。
KADOKAWA「誰が勇者を殺したか」紹介ページ
朱鷺田祐介(ライター)
TRPGデザイン/翻訳を主戦場とするフリーライター。代表作に「深淵」「シャドウラン」「ザ・ループTRPG」など。最近のブームはスウェーデン産TRPGで,「MÖRK BORG」に触発された戦国ドゥーム・メタル・ファンタジー「信長の黒い城」を展開中。蜂蜜酒(ミード)について掘り下げた同人誌「MEAD-ZINE」は,BOOTHにて電子版が購入できる。
- 関連タイトル:
ウズ - マーダーミステリーアプリ
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